TO TOP

AI人材をどう育てるか? 経産省×クラウドAIサービス開発会社グルーヴノーツが考える「最先端教育」

読了時間:約 14 分

This article can be read in 14 minutes

ポスト2020年の日本には圧倒的にマンパワーが足りない。その理由は少子高齢化や、それに伴う労働力人口の減少だ。

課題解決を担う技術としてAIが注目されているが、先端技術の特徴を理解して、誰もが使えるようにサービス化して社会実装を推進していくためには教育が必要だ。タマゴが先かニワトリが先か、産業の発展と教育は切っても切り離せない。この循環を上向きに回していくためには何が必要なのだろうか?

今回は、経済産業省情報経済課でAI施策を行う小泉誠課長補佐と、先端技術を誰でも簡単に利用できることをテーマにしたスタートアップ「株式会社グルーヴノーツ」代表取締役会長の佐々木久美子氏に、「AI人材とその教育法」を伺った。

INDEX

AI教育の現状、課題解決のカギは「目的を明確化するスキル」
変化に対応する能力が、「目的を明確化するスキル」を育む
教育メソッドとして汎用化できるのか? 求められる2種類の教育方法
基礎力をどう定義するか、「複合知」がひとつの答えになる
ここがポイント


小泉誠
経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 課長補佐
民間企業にてEコマース・アドテクノロジー・アプリ開発・マーケティングオートメーション・キャッシュレス決済等、その時々の先端領域において経営企画・戦略企画・実行責任者として担当したサービスは20を超える。経済産業省へ入省後は、データとAIの活用観点で横断的に政策立案と活動を実施。MaaSの推進、スタートアップ支援、AI人材育成としてAI Questを担当している。


佐々木久美子
株式会社グルーヴノーツ 代表取締役会長
小学校5年生のときにプログラミングに出会い、プログラマー、システムエンジニア、会社役員を経て、2011年に株式会社グルーヴノーツを設立。代表取締役社長を経て、2012年に現職。佐々木氏は、自身の仕事や子育ての経験をもとにテクノロジーと遊ぶアフタースクール「TECH PARK(テックパーク)」事業を担う。そのほか、グルーヴノーツは、AIと量子コンピュータを活用した独自のエンタープライズ向けクラウドサービス「MAGELLAN BLOCKS(マゼランブロックス)」事業を展開。

AI教育の現状、課題解決のカギは「目的を明確化するスキル」

まず気になるのは、AI教育の現状だ。どのような課題があり、解決のために何が行われているのかを両名に伺った。

小泉:
まずAI教育に関する経産省の動きからお話しすると、「AI Quest」という人材育成事業を開始しました。AIの社会実装を進めるため、AI人材を早急に育成するための実証を始めています。今まで、リカレント教育の推進やIT人材スキルの標準化を行ってきましたが、産業政策としてAIの社会実装を推し進めるために、AI人材育成手法そのものを経産省の事業として行うことはあまりなかったと思います。

私は経産省でデータ、AI・データサイエンスなどの利活用を各産業横串で推進する政策を担当しており、大企業とスタートアップ協働でのAIシステムの開発を支援する政策を進めながら、グローバルで戦っていけるサービスやプロダクトを産み出すべくサポートしています。
日本には資本金10億円以上の企業でも約6000社、中小企業は約360万社もあります。AIはイノベーティブな新しい価値を生み出す可能性があるツールであると共に、コストを効率化したり生産性を向上させることができるツールです。その両面で社会実装を進めていく必要があり、決して大企業やスタートアップのためのものだけではありません。各産業課題や中小企業課題を解決する人材が圧倒的に不足しており、2〜3年のスパンで行動しないと今後グローバルで負ける可能性が高い。ここ1年で100回以上の意見交換を産学のAI関係者としてきましたが、皆同じ危機感を感じていました。文科省中心に様々な教育改革が進められていることに加え、経産省としても「産業政策として考えるべきことがあるのではないか」という考えに至りました。AIを社会実装していく人材をここ2−3年でどう育成するか。それがテーマです。

そこで経産省が新たな政策として立てたのが人材育成事業である「AI Quest」。この事業最大の課題は「どうやって拡大生産性のあるAI人材育成手法を確立するか」です。社会実装を目的とした実践的なAI人材育成を取り巻く構造的な問題として、「現場の暗黙知を教えられる講師が足りない。増やそうにも最前線で活躍しているエンジニアを講師にはしにくい」ということがあります。

これまでを振り返ると、今はAI・データサイエンス、少し前だとスマホアプリやアドテクノロジー、もっと前だとWebなど、技術は変遷してきましたよね。そしていつの時代も、どう社会実装され、どうビジネス化するか不確実だったので、最前線で活躍する人がその知恵を持っていましたよね。特に初期段階ではその知恵はとても希少だから、その人達が持っている知恵はすごく価値が高くなる。ですので、それに基づいてコンサルティングや開発運営受託、そして人材育成が事業として成立していました。やがて徐々にそこにチャンスを感じた人が参入してくるようになり、玉石混交の時期が来て、淘汰されてニーズも落ち着いてくる。このサイクルがAIでも起きています。それ自体は良いことですが、問題は時間と規模です。講師役ができる人を増やしていくアプローチでは間に合いそうにありません

AI Questの場合は講師を増やすのではなく、講師が少ない中でどのように拡大生産性を高められるかるかというチャレンジを行っています。参考にしたのは、「42」という無料で民間がやっているプログラミングスクールでした。フランスにあるのですが、講師は一切おらず教材は全てケーススタディ。学生同士の教え合いによって自主学習を促し、教材をつくる10名のスタッフでなんと年間1000人を育成しています。

今回実証するのは、拡大生産性の高い手法と教材についてです。教材はMBAのケーススタディのようなもののAI•データサイエンス版を作ることを想定しています。実際の実装事例を擬似経験学習することで、実践的な力を身につけます。また学習方式はいわゆるPBL(Project Based Learning)で生徒同士が議論し教え合います。10月から200名程度で開始する予定です。今回の実証結果はうまくいったことも正しく失敗したこともオープンにし、教材も含めて世の中に共有します。その後は社内研修や人材育成事業に活用していただいても良いし、さらにこの動きを元に教育における協調領域を作っていっても良い。いずれにしてもAI Questによって社会実装のためのAI人材育成として、大きなうねりを作り出したいと考えています。

佐々木:
今のお話を聞いて考えていたのは、単に「エンジニア」と言っても、得意分野は様々だということです。エンジニアに隔たりなく共通しているのは、いま社会の中で何が求められているかという「社会課題」と「技術トレンド」の掛け合わせの中で仕事をしていることだけ。その上で自分の得意分野を活かして課題解決に取り組むのです。

AIを本質的に理解しているエンジニアはすごく貴重な存在です。なぜかというとプログラミング技術以前に、やろうとしていることへの深い知識が必要だからです。AIをプログラミングできる人はいても、活用できる人は少ない。アプリやWebサイトのように、プログラムを開発できれば良いという世界とはかなり違います。そこが、AI開発の難しさだと思います。

だからAIという言葉も使い方が難しくて、そもそもAIビジネスは、人の経験を代替するという側面があるので、プログラミング以前に取り組む対象に対する深い知識が必要です。なのでAIを開発するエンジニアには、データを読み解くデータサイエンティスト的な力が必要となることもあります。AIにも技術トレンドがあるので機械学習の方法も様々で、対象に応じた技術とその背景になる知識をバランス良く駆使することが重要です。だから、一概にAI教育と言っても何をどう教えるのかは深く考えなければいけないことだと思います。

小泉さんがおっしゃっていた「社会実装している人材が教えないといけない」という意見には同感です。どのIT教育にも共通することは、「テクノロジーをどこに使うか、目的を明確化するスキルが重要」だと思います。つまり技術の本質的な価値を捉え、それが社会のどのような課題を解決するのかを理解することが、とても重要なのです。
それがあれば、今後どのような技術トレンドが来ても応用できるようになる。事実、私たちがいま取り組んでいる量子コンピュータのように、社会を大幅に変えるような技術は、これからも次々と生み出されてくるでしょう。
グルーヴノーツでは、テックパーク事業で子どもたちに対してテクノロジー教育を行っていますが、クラスの中では必ず目的意識を持つことを教えるんですね。その上で、主体的に考え、実践することを通じて、現代のIT技術の分野で何が起きているのか、AIを使えばどうなって、何ができるかを気づかせてあげる。

AIを使うと、偏ったデータを与えると偏った答えが出てしまいます。正しく利用するのは、適切なデータを用意しなきゃいけない。だから何が正しいのかを理解していなければいけない。AI教育というのは、テクノロジーを通じて、ものを正しく見る力を養うことでもあります。

そういう深いことを教えなければいけないので、AI教育やプログラミング教育といったトレンドだけに乗っかって、教え方を間違えてしまうと、単に手段を暗記するだけになって子どもが疲弊してしまいます。そもそも学ばせたいというのは大人の動機です。子どもは遊びたい。だから、その衝動をうまく活かして、ものの本質を見抜く力を身に付けさせてあげるのが教育者の役割だと思います。

小泉:
本人の衝動は変えられないものですよね。企業の採用に対しても似たことは言えると思っていて、「こういう人材が欲しい」というある種の個別性を変えようとするアプローチはナンセンスだと思っています。だから一律にAI人材を採用すべきと言っても、もちろん各企業で思うところは異なる。AI人材の必要性や育成に対する考えも違う。教育で大事なことのひとつは翻訳に近いものだと思っていて、衝動に至っていないものを「理解しろ」と押し付けたのでは伝わらない。教えたい事の良いところを抽出して伝えて、「それならやりたいです」と言ってもらえるように翻訳しないと人も組織も動きません。

変化に対応する能力が、「目的を明確化するスキル」を育む

現状とそこから生まれる課題は理解できたが、実際にAI活用が求められるのは企業やプロジェクトチームなどの「現場」だ。教育で何が変えたいのか、現場では何が求められているのかを伺った。

佐々木:
私は「どのような人材が欲しい?」と聞かれた時に、必ず「臨機応変に対応できる人が必要だ」と答えています。

なぜかというと、成長する企業には必ず変化に強い人がいるんです。変化に強いということは、幅広い価値を許容することだとも言えます。つまり多様性を受け入れる力だとも言えます。最近ではダイバーシティと言われてますけど、なるほど理にかなってるなと。

実際、プロジェクトのスタート時は「変化に柔軟な子どもと進めた方が早いかも」と思っているくらいです。テックパークで私が受け持つプロジェクト学習のクラスでは、「Slackを使うよ」と言えば、「はーい」と素直に受け入れてくれます。いまや世の中には、様々なITツールやサービスが提供されていて、そうした利便性に優れた新しいものを取り入れられ続けるかというと、企業や組織が対象になれば適用速度は著しく鈍化します。「社内の規定でまだ許可されていないから……」と、導入に時間がかかることが多い。

その場その時の状況を判断して、最適なものを選択できる。変化には強い方がいいんですよ。イレギュラーを遮断して、良いところを見ずにダメな理由だけを探して否定してしまっても本質を理解できないですし、取り入れた結果として自分たちに合わなければ、また戻ればいいんです。

小泉
なるほど。そこに関係しそうなケースとして、AI界隈にいる人って「数年前は別のことをやってました」という人が多いんです。なぜかというと、不確実性が高い領域はそもそも移り変わりが激しい。不確実な領域も年を追うごとに増えています。昔はさんざんやっていたことを鞍替えをすると、「焼畑だ」「コウモリだ」と言われていましたけれど、現代では「しなやか」という言い方が正しいのではと思うのです。

それを時間軸の話に転ずると、システムだとライフサイクル分析ってありますよね。何事も生まれて、成長して、衰えていきます。何が言いたいかというと、不確実性の高い状況では撤退するスパンも短くなります。これからは、事業を始める際に、辞めることまで織り込んだ計画を立てなければダメです。自分たちが作り上げたものを、新たな動きの中ですぐに変えていかなければならなくなります。

佐々木:
教育も「その場しのぎ」ではダメですよね。教育は結果が出るまで時間がかかります。いま叫ばれているAI人材に必要なスキルも、子どもたちが社会に出るころには枯れたものになっているかもしれない。だから本質に立ち返って考えて設計しないといけません。「パッチを当ててなんとかしましょう」ではいけないのです。

教育メソッドとして汎用化できるのか? 求められる2種類の教育方法

前段で「AI教育は難しい」という話が出た。それを承知で官民が教育プログラムを構築している最中だが、ここで実現後のことを考えてみよう。佐々木氏は「目的を明確化するスキルがあれば今後どのようなトレンドが来ても応用できる」と話していたが、いま構築しているメソッドは、これから先に起こりうる変化にも対応できるのだろうか?

小泉:
一概には言えませんが、可能性は高いと思います。今までの話をまとめると、だいたいふたつの方向性になるかなと思っていて。

ひとつは「特定の分野に対応できる人を育てる」こと。今ならAI、中でも特定の分野に対応できる知識と知恵を養う教育です。ここが短期で取り組むべきところで、ここでの拡大生産性が必要です。

一方で、今後も新しい技術が生まれ続けていくでしょう。その時に必要なのが佐々木さんがおっしゃっていた「テクノロジーを何に使うか、目的を明確化するスキルを教えること」です。これがふたつ目の方向性ですね。このメソッドは領域が変わっても応用ができますから、本質的には優先度を上げていかなければいけません。

一般的に今までの日本の教育手法は、座学が中心で知識から入ることが多かったと思います。知識というのは形式知化されたものです。AIを社会実装する場合は、それ自体を形式知化するのが難しい状態で、故にケーススタディを通した擬似経験学習が重要だと思っています。この学習を突き詰めていった先では、目的を明確化するスキルを会得するまでにたどり着けるかもしれません。

技術はある成熟を迎えると、私たちからは見えなくなる」ということがあります。自動車や飛行機はどうして動いているのか? パソコンはなぜ動くのか? もはや気にする人はいないでしょう。技術を意識せず、何のために使うのか、それこそ子供がゲームのように触れられる状態は理想的だと思います。AIも本来はそれが理想です。一般的にはこれはとても難しいことですが、グルーヴノーツさんの取り組みは素晴らしいと思います。

目に見えるものにおいては、人間はかなり高い知性を発揮できます。例えば今ここで何か物が飛んでくれば、とっさに身構えて対応しようとする。でもデータやAIのように見えない世界になると途端に何が起きているかわからなくなる。でも、ただ見えていないだけで見えればわかるんだと思うんです。実は人間の本来的な知性とはそういうもので、見えるようにすることで、眠らせている知性を活かせるはずだと考えています。

基礎力をどう定義するか、「複合知」がひとつの答えになる

課題は見えた、現場で求められる能力も把握できた。次は教育を施す際に起こりうる問題を考えてみよう。何かを教えようとしても、全てを吸収してくれることは稀だろう。過去マネジャー職に就かれた方や、お子さんがいらっしゃる人は「うんうん」とうなづいてくださるはずだ。この問題に私たちはどう取り組めば良いのか。

佐々木:
スタッフや仕事仲間、子どもを見て思うのは、全員価値観がバラバラなんですよね。みんながみんなAIやプログラミングを学びたい、やりたいわけではない。

わかりやすい例があって、私は子どもにコンピュータを与えているんですよ。テックパークでも、子どもたちは一人一台、自分のパソコンを持っています。ひとりは動画編集、ひとりはCADで3Dデータ、ひとりはプログラミング、ひとりはゲームという風に、それぞれ活用方法が異なります。コンピュータがあればみんなプログラミングをするかというと、そうではありません。だから「何を選ぶか?」という価値観を育む応援ができたらいいかなと。やはり、人は自分の知る価値観の中で、自己の世界を形成します。だからこそ、情報の渡し方も教育の一環だと思います。

大人でも子どもでも、好きなことや、自分の欲求を満たす動機付けがないと学ぼうとはしません。学ぶためには専門性が必要なので「私はこれをやりたい」と思ってもらうきっかけが必要です。それには、どういう環境が準備できるかが重要だと思っています。

テックパークで行うアクティビティのひとつとして、それこそ大人が使うAIを子どもでも扱えるようにしたAIプログラミングキットを用意しています。また、AIやプログラミングだけではなく、最新の電子工作機器を使ったアクティビティや、コンピュータグラフィックス、デジタルアート、芸術・音楽・ダンス、伝統・歴史、サイエンスなどまで。グルーヴノーツのエンジニアをはじめ、各分野のプロを招いて直接子どもたちに教えています。色んな人の専門性や得意を流動的に混じり合わせて、子どもたちの知的活動を広げていくのです。そうした環境を用意してあげて、はじめの興味関心の一歩を後押ししてあげた後は、基礎学習の出番です。そこで思うのが「生きていくために本当に必要な基礎ってなんだろう?」という疑問ですね。これはAIに限った話ではなく教育全てに当てはまることですが、仮にAI教育を行うとして、だとしたらそれを学ぶために必要な基礎って何だろう? 私たち大人が子どもの頃は、スマートフォンすらまだ日常に定着していなかったのに、そんな大人の価値観を「基礎」として考えていいの? とか。「基礎と教育」は考え続けているテーマなので、答えが出ていないトピックではあります。

小泉:
何が必要か? という問いに対して「複合知」がひとつの答えになるかもしれないですね。これは感覚的なお話ですが、今活躍している人には複合知を備えた人が多いのです。

私が良く顔を出しているコミュニティがあるんですが、集まっているのは皆なんらかのドメインの専門家で活躍している人達です。共通しているのは「何でも知りたがる」「人の専門領域を自分ごとのように考える」こと。そういう行動をしている人はよく「あれと似てるよね」ともよく言います。ボーダーを超えてクロスすると、今までにない発想が生まれ、新しい切り口が見えてくる。こういったことが「目的を明確化するスキル」にもつながると思います。

佐々木:
あー、なるほど。AIにも似たような現象があります。例えば今までお店を出したことのない場所に出店をすると、売上がいくらになるのかを予測しようとします。売上に関連する因子を選び出し、AIに計算させると、驚くほど正確な金額を予測することができるのです。しかしその因子は、非常に数が多く、相互の関係性を単純に割り出すことができません。出店候補地が少し違うだけで、全く違う因子が影響を及ぼし始める。そしてそれは、単純に相関を表現できるものでもない。こういうことを見れば見るほど、社会の実態は非常に多様なんだなと思います。だからこそ、多様性を吸収できる人が重要な世の中になっているのかもしれませんね。

小泉:
不確実性が高い時代には、多様性を備え、変化に対応できる人が適しているのだと思います。多様な行動が先にあって、意味や理由は後からついてくることが起きていると思うんです。まず多様に行動して、意味を見出す機会を作るには、相応に無駄撃ちとも思えることをしないといけないですよね。上手くいっている人達は、無駄なことも数限りなくしていると思いますよ。

佐々木:
何がいつ仕事やビジネスの話に結びつくか分からないですよね。どこからが仕事で、どこからが仕事じゃないかなんて、もう分からなくなっている。このあいだ釣りをした際、レクチャーしてくれた方が「何回糸垂らしたかで釣果が変わる」と言っていました。「これって仕事でも言えることだな」と思ったり

水の上に色彩絵の具を垂らすとピシャーって広がりますよね。一見無駄に見えることを経験していくと、一滴ずつどんどん世界が広がっていく。時には「この色とこの色は合わないな」と思うこともあるし、「逆にきれいだな」となるかもしれない。

小泉:
私も佐々木さんも、遊びも仕事も人生の中で全てが学びで繋がってるので、割り切ることができなくなっていますよね。その流れで言うと、仕事を考える上で、「家族」もその中に入ってくるべき状況になっていると思いませんか?

佐々木:
家族は抜けてはいけない要素だと思います。私は人の動きも合わせてプロジェクトだと捉えているんですね。ITツールをひとつ作るにしても、プログラミングはほんの一部で、要件を定義して、環境を用意して、構築して、と様々な工程が存在します。そういう一連の工程のなかで、「子どもの熱が出たから早退します」という状況も出てくるじゃないですか。ただ、プロジェクトを中断するわけにはいかないからみんなでカバーするけれど、ギスギスしてしまうというのが一般的にありますよね。でも、しょうがないですよ。なぜなら、ライフの中にワークや家族など、様々な要素が混在しているからです。ワークが最優先事項と割り切るわけでもなく、ライフの中に含まれる要素は本来どれも重要なものですよね。人生の中では全てが繋がっているのだと思うのです。

私がマネジメントするときは、スケジュールにバッファを必ず作ります。私が母だからという面もありますが、家族ごと受け入れられるように体制を整えています。そのためにテックパークは、スタッフと家族両方がいられる場所としても存在しています。会社自体をチームだと捉えて、「あなたは開発に専念して、私たちが見ておくから」が実現できる体制を整えました。

小泉:
話をAI人材育成に戻すと、複合知人材はひとつの目標になり得ます。個人的にはAI Questを通してトレンドの先端になる技術を社会実装できる人材を育成しつつ、本質的に「課題を設定し、テクノロジーを活用する人材」も育成していかなければと思います。

国として、社会実装における人材育成の重要性を広くみなさまに知っていただき、実際に育成を行ったメリットが世の中にどんどん周知されて、そこに事業参入する人や学ぶ人が増えて大きなうねりになる。そういう流れが生まれたら理想的ですよね。人材育成を進める上で「一人でやらずに皆で力を合わせましょう」「こうやると上手くいきますよ」と伝えるのが私の役割ですし、今日本としてAI人材育成を通して実現するべきことなのだと思いました。それを後押しする動きを作りたいので、佐々木さん、今後ともどうぞよろしくお願いします。

佐々木:
こちらこそどうぞよろしくお願い致します。

ここがポイント

・実際に社会実装に取り組む人材でなければ、最先端の知識は教えられない
・現場の人を教育に配置すれば産業が停滞する、そのジレンマが課題
・経産省が目指すのは「先生がいない状態でいかに拡大生産性を成立させるか」
・「変化に対応する力」は「目的を明確化するスキル」とニアリーイコール
・教育は翻訳に似ている、価値を伝え「やりたい」を引き出す動きが必要
・求められる基礎的な力とは何か? 「複合知」がひとつの答えになりうる

企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:戸谷信博