メタバースから撤退、高額なGPU保有への投資。モルゲンロットが挑んだ事業転換の内幕
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2019年設立のモルゲンロット株式会社は、当初レンダリング事業を軸に、メタバース向けのGPUリソース提供を手がけていた。しかし生成AIが急拡大した2023年を境に、事業の重心はAI計算基盤へと大きく移る。代表交代、資金調達ラウンドのズレ、高額なGPUサーバーへの投資。技術者から経営トップへと歩んだ代表取締役CEOの中村昌道氏に、事業転換の内幕とこれからの成長戦略について伺った。

中村昌道
モルゲンロット株式会社 代表取締役CEO
日立製作所でGPUサーバーを使う側のエンジニア・研究者として勤務。所属部署の組織再編をきっかけに転職を決意し、2022年にモルゲンロットへR&D担当として入社した。レンダリングからAIへの事業転換に伴い一時CTOに就任してプロダクト開発を主導し、その後、代表取締役CEOに就任。
ポイント
・メタバース市場の伸び悩みと生成AIの急拡大を受け、レンダリング事業からAI計算基盤事業へピボット。処理の順番管理や分離を担う「制御」の技術は、レンダリング時代から共通。
・ピボットで資金調達のシリーズが1つズレ、投資の型を重視するVCでは障壁に。戦略的リターンを重視するCVCの理解を得て、ピボット後の出資者はほぼCVCに。
・マッチング型サービスの「ニワトリと卵」を突破するため、高額なGPUサーバーを自社で購入して先行提供。新事業として売れるまでに要した期間は約1年。
・大企業との違いは、決断の速さと「失敗の扱い方」。失敗の理由と修正策を説明できる、ビジョン・事業計画・事業戦略の整合性が取れた挑戦こそがスタートアップの要諦。
・国内はAIリテラシーに応じたAPI提供とSIer・コンサルティング会社との連携、海外は北米子会社を軸に展開。データセンターの設計まで一括で担える点が強み。
INDEX
・なぜレンダリングからAIへ。事業ピボットの舞台裏
・GPUの民主化が変えた、日本企業のAI活用の壁
・レンダリング時代の技術が、そのままAI領域での武器になった
・シリーズが1つズレた代償。VCとCVCの明暗
・高額なGPUサーバーへの投資。持ち出し覚悟で回した最初の1年
・日立のR&Dエンジニアは、なぜ経営者になれたのか
・大企業とスタートアップ、決定的に違う「失敗の扱い方」
・SIer連携と北米展開。AI基盤の勝ち筋をどう描くか
なぜレンダリングからAIへ。事業ピボットの舞台裏
――モルゲンロットは2019年の設立当初、レンダリング事業を手がけていましたよね。まずは、AI領域へ転換するまでの経緯を教えてください。
中村:もともとは、GPUを使って美しい映像を作る「レンダリング」事業がメインでした。2019年から2022年頃はまだ生成AIが今のように普及しておらず、GPUは主に映像処理のために使われていたんです。当時は仮想空間サービスであるメタバースが注目を集めていたので、その用途にGPUリソースを貸し出す事業を展開していました。
ただ、2022年から2023年にかけてメタバースは思いのほか成長せず、一定の水準までは成立するものの、大きく伸びる領域ではないという判断に至りました。一方で2022年11月にChatGPTが発表されると生成AIが爆発的に伸び始め、GPUサーバーは生成AIのために使ったほうがいいという話になったんです。そこで、レンダリングから生成AIのための計算基盤事業へとピボットしました。

――代表を含めて体制も大きく変わりましたが、どのような背景があったのでしょうか。
中村:前代表は、もともとのレンダリング事業を自分で立ち上げた本人だったので、その事業を続けたいという意向がありました。そこで別会社を新たに設立し、特許や技術の使用権をすべてその会社へ譲渡しました。
そして、私たちモルゲンロットは、生成AIに特化した形です。ただ、「計算力を分散させる」という発想自体は、レンダリング事業をやっていた頃からまったく変わっていません。GPUサーバーを1か所に集中させるのではなく、再生可能エネルギーの発電所など複数の場所に分散して置き、電力を確保しやすい場所で計算を行う、という考え方です。この構造は今も同じで、変わったのは計算の用途だけです。
GPUの民主化が変えた、日本企業のAI活用の壁
――2023年以降、AIやGPUを取り巻く環境はどのように変化したのでしょうか。
中村:当時GPUのリソースを使えていたのはごく限られたプレイヤーで、ChatGPTのようなAIモデルを提供する会社が裏側でMicrosoftやGoogleのGPUサーバーを使っている、という構図でした。それが大きく民主化されたんです。誰でも自由に手を加えられる「オープンソース」のAIモデルが急速に流行り出し、性能も上がってきました。2026年には中国製の「Qwen」というモデルがChatGPTをスコアで上回るかもしれない、というニュースもありました。かつてパソコンのOSがWindowsやMac OSからオープンソースのLinuxへ広がっていったのと近い動きが、AIの世界でも起きているとイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。
――そうした変化は、日本企業にとってどのような意味を持つのでしょうか。
中村:AIをフルに活用するには、自社のデータを入力する必要があります。ただ、外部企業のサーバーに自社データをそのままアップロードするのはリスクが高く、セキュリティに鑑みると難しい企業も多いんです。自分たちの好きな環境の中にAIだけが存在し、データが外部の誰にも渡らない状態で使えるようになって、初めて多くの企業が「自社のデータをAIに処理させよう」と判断できるようになります。
日本の産業の中でも特に規模が大きく、AI活用の拡大が見込まれるのが製造業です。設計指示書を読み込ませて設計者の業務を支援したり、図面や技術者の作業を撮影した動画を処理して効率化のヒントを見つけたり、といった技術寄りの活用も増えています。

レンダリング時代の技術が、そのままAI領域での武器になった
――現在は具体的にどのような事業を展開しているのでしょうか。
中村:お客様から見ると、GPUサーバーを管理するツール、制御するツール、そしてクラウドサービスの3つです。私たちが目指しているのは、お客様が最大効率で生成AIを使える環境を提供することです。生成AIをクラウドで利用し続けると、企業によっては月に数千万円単位の費用がかかることもある。だからこそ、基本的な処理能力は自社で保有するGPUサーバーに持たせておき、追加で必要な分はクラウドサービスで確保する、という考え方が非常に重要となります。ただ、そうした基盤を自前で作るのは大変で、しかもそれ自体は多くの企業の本業ではありません。だから私たちがそこを担っています。
――「制御」という言葉の意味が少しつかみにくいのですが、具体的には何をしているのでしょうか。
中村:たとえばGPUサーバーに10人が同時に処理を依頼した場合、どの順番で処理するかを管理する必要があります。もう1つ重要なのが、ユーザーごとの処理が混ざらないようにすることです。たとえば、GPUサーバーにデータを送ると、処理の途中でメモリに一時的にデータが残ることがあり、何も対策をしないと、次に別の人が質問したときに前の人の入力内容が意図せず返ってきてしまう。社外秘の情報を扱っていれば、別の部署の人にその内容が漏れてしまうことになります。意図していないのに、機密情報である自社の財務データをもとにした答えが返ってきてしまうと困りますよね。
実はこの管理と制御のレイヤーは、レンダリング時代とほとんど同じなんです。当時も、複数のお客様が送ってきた映像データを、順番待ちをさせながら混ざらないように処理して返していました。「推論」であれ「学習」であれ「シミュレーション」であれ、依頼された仕事を順番に処理して適切に返すという意味では同じです。だからこそ、基盤として使っている制御ツールそのものは変えておらず、拡張を重ねているという状況です。
シリーズが1つズレた代償。VCとCVCの明暗
――大胆な事業転換にあたり、経営面ではどのような難しさがあったのでしょうか。
中村:技術面では、処理する対象が変わるだけだったので、実はそこまで大きなハードルはありませんでした。大変だったのはプロダクト側と経営側です。これまでアニメーション会社やゲーム会社に売っていたプロダクトを、製造業向けのAI計算基盤プロダクトとして出さなければならない。エンジニアリングの部分はあまり変わらなくても、誰がどう使うかというユーザーインターフェースは劇的に変える必要があり、そこは大変でしたね。
経営面では、ピボットによって資金調達のシリーズが1つズレてしまったことが大きな課題でした。もともとシリーズAの次はシリーズBだと考えていたところにピボットが入ったので、間にシリーズA+のような調達を1回挟み、そこから改めてシリーズBを実施することになりました。ようやくそのズレを縮められつつある、という段階です。

――投資家との関係性にも影響はあったのでしょうか。
中村:VCの方々は、経営陣の交代自体については、論理的に説明していけば理解していただけました。それよりも気にされたのは、シリーズのズレです。VCによっては「このラウンドのこういう会社なら、この金額で出資し、統計的にこれくらいの時期・規模で上場するはずだ」という一種の型が決まっている。そこからズレると、なぜズレているのか、そのズレはどれくらいのリスクなのかという説明が煩雑になり、担当者が興味を持ってくれても投資委員会を通らない、ということがありました。
一方でCVCは、戦略的なリターンも重視するため理解を得やすく、業務での連携がうまくいけば投資委員会を通していただけるケースがありました。そのため、ピボット後の出資者はほとんど全員CVCになっています。お客様が変わればCVCの顔ぶれも変わるので、シリーズAとシリーズBでは連携する投資家がだいぶ違っています。逆に、ピボットを機に離れていった投資家の方もいます。抜ける会社もあれば、新たに出資してくれる会社もある、という形ですね。
高額なGPUサーバーへの投資。持ち出し覚悟で回した最初の1年
――ピボット後に事業を軌道に乗せるまで、どのような苦労があったのでしょうか。
中村:新しい事業として売れるようになるまで、結局1年ほどかかりました。その間にプロダクトの定義や売り方を変え、社内の役割分担も変える必要がありました。特に苦労したのはファイナンスの仕方です。
以前のクラウドサービスであれば、お客様に使っていただければ収益が立ちましたが、事業転換後はベースとなる環境を自分たちで持ち出して用意しなければなりませんでした。自社でGPUサーバーを購入する必要があり、しかも億を超えるほどの投資。スタートアップが手を出せる金額とは言いにくい。しかもGPUは2年ほどで世代が変わるため陳腐化も早い。この点のファイナンスは本当に大変でした。
サービスの仕組みは、GPUサーバーを持っている企業からリソースを提供いただき、そのリソースを使いたい企業に貸し出す、UberやAirbnbに近いマッチング型です。ただ、使う側はGPUサーバーが1台もないプラットフォームをまず使いませんし、貸す側も利用者が1人もいないプラットフォームには出しません。このニワトリと卵の状況を突破するために、まずは自分たちでGPUサーバーを購入し、提供せざるを得なかった。それでも、どうしても使いたいという企業がいてくれたおかげで、先行投資をしながら少しずつ提供を始められた。それが事業を軌道に乗せる一番の原動力になりました。
――社内の体制やメンバーの意識にも変化があったのでしょうか。
中村:ピボットのタイミングでは、退職した社員も一定数いました。ただ、エンジニアの多くは残ってくれました。技術的な仕事はそれほど変わらないと説明できましたし、ユーザーに近い立場の人ほど、AIの必要性を実感として理解しやすかったのだと思います。一方で事業側は変化が大きく、AIやインフラの知識に不安がある方は離れていくケースもありました。会社としては、提供するものが変われば人材の入れ替わりも起きるものだと受け止めています。
日立のR&Dエンジニアは、なぜ経営者になれたのか
――中村さんご自身は日立からモルゲンロットへ転職されていますよね。そのきっかけを教えてください。
中村:日立では、GPUサーバーを使う側のエンジニア・研究者として勤務していました。転職を考えたきっかけは、所属していた部署が組織再編でなくなったことです。当時はGPUが流行っていたので、GPUを使える会社に移りたいと考えました。ただ、日本国内でGPUを積極的に推している企業はあまりなく、たまたまモルゲンロットを見つけて転職したという流れです。「スタートアップに行きたかった」というよりは、扱いたい機器・やりたいことが先にあって、それに合う環境として選んだというのが実際のところですね。
入社当初はR&D担当として、シミュレーションやAIの活用に取り組んでいました。その後、レンダリングからAIへの急速な事業転換に伴い、一度CTOに就任し、プロダクトを作る方向へと舵を切っていきます。

――R&DエンジニアからCTO、そしてCEOへ。経営に携わるようになった過程で、意識してきたことはありますか。
中村:スムーズだったわけではありませんが、1つずつ必要なことに取り組んできました。特にスタートアップでは、自由度が高いからこそ好きなことだけをやりたいという方もいますが、それだと結局「誰が責任を持つのか」という話になってしまいます。
研究しかしていなかった立場から、プロダクトを作るために開発チームと一緒に手を動かしたり、売らなければならないから営業をしたり、人を採用する必要が出てきたり。少しずつ自分の枠の外に踏み出していくと、気づけば一通りのことをやっている状態になっていました。全部を自分一人で抱え込むというよりも、自分の枠から出ていくことに抵抗がないかどうかが、成長できるかどうかの分かれ目になる気がしています。たとえば開発しか経験してこなかった人が、数十億円規模の資金調達を任されたときに、自分で学びながらやり切れるかどうか。そこで「分からないからパス」と言ってしまうと、その会社におけるその人の成長は止まってしまうのではないかと思います。
大企業とスタートアップ、決定的に違う「失敗の扱い方」
――大企業とスタートアップでは、意思決定において何が最も違うと感じますか。
中村:良くも悪くも会社の規模が小さいぶん、早く決断して早く取り組めることがスタートアップの価値だと思います。それができなければ、大企業に対して提供できる価値はほとんどありません。だからこそ、やるべきことを絞り込むのが重要です。
もう1つの大きな違いは、失敗の扱い方です。大企業は投資できる金額自体は大きくても、失敗が許されにくい傾向があります。失敗しないように様々な準備を整えたうえでないと、たとえば10億円規模の計算基盤を購入するといった実行には、なかなか踏み切れません。スタートアップの場合、周囲も「失敗はするものだ」と捉えてくれるので、挑戦しやすい面があります。
その代わり、失敗したときに何を目指してどこがうまくいかず、今後どうするのかをきちんと説明できなければなりません。ビジョンと事業計画、事業戦略の整合性が取れていれば、投資家は「こういう理由でうまくいかなかったのだから、こう修正すべきだ」と判断してくれます。理にかなった挑戦になっているかどうかが、スタートアップの大切なポイントだと思います。
――資金の性質そのものにも違いがあるのでしょうか。
中村:元をたどれば、予算がどこから出てきているかという話だと思います。VCが投資するお金は、失敗することがあらかじめ織り込まれたお金です。一方、大企業が事業計画の中で基盤導入を判断する場合、そのお金はPL(損益計算書)やBS(貸借対照表)に直撃します。しかも金額が大きい場合は、事業計画をしっかり作って実行していることを、桁違いの数の株主に説明して納得してもらわなければなりません。やり方そのものが違うのだと感じています。
もちろんスタートアップも、成長して上場すれば同じような説明責任を負うことになります。今の段階では、投資していただいているお金の性質に見合った形で、きちんと実行して結果を示していくことを意識しています。
SIer連携と北米展開。AI基盤の勝ち筋をどう描くか
――今後はどのような成長を目指していますか。
中村:国内と海外の両面で伸ばしていく方針です。海外では北米にも子会社があり、そこを活用して提供を進めています。国内については、お客様のAIリテラシーに応じて2つのアプローチを取っています。すでにコーディングなどでAIを使いこなしている企業は、複雑な業務には高度なAIモデルを、簡単な業務には安価なAIモデルを、というように用途に応じて使い分けたいニーズがあるため、多数のAIモデルがある当社のAPIサービスを渡すと使っていただけます。もう一方で、どの業務にどう使えばよいか分からない企業も少なくない。そうした企業には、コンサルティング会社と連携して業務ごとの効率化案とセットで計算基盤を提供したり、社内システムを開発したベンダーから私たちの計算基盤を呼び出してもらったりしています。今後はこうしたSIerやコンサルティング会社との連携を広げていく必要があると考えています。

――AI活用を進めるうえで、企業が意識すべき点はありますか。
中村:2つあります。1つはコストです。あらゆる業務に高性能なAIモデルを使ってしまうと、月額の費用だけで非常に大きな金額になりかねません。たとえばメールの返信をするだけなのに、一番高性能なAIモデルを使ってしまうようなことが起こり得ます。本当にその業務に高度なAIモデルが必要なのかを見極める必要があります。
もう1つはデータの置き場所です。特に日本の製造業には輸出管理規制があり、製品データをうかつに海外のサーバーへアップロードすることはできません。このデータは海外で扱ってよい、このデータは国内でなければならない、という切り分けをきちんと行う必要があります。
――そうしたニーズに対して、モルゲンロットの強みはどこにありますか。
中村:サービスを導入していただくだけでなく、計算基盤の大元のデータセンター自体の設計まで一括で対応できる点です。既存の建物に導入する形も、屋外に設置するプレハブ型のいわゆるモジュールデータセンターも、パートナー企業と連携しながら対応できます。サプライチェーンも含めて一括で環境をお渡しできる点は、データセンター事業を新しく始めたい企業や、プライベートクラウド用のデータセンター環境を求める企業に向けた強みになると考えています。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:小池大介
撮影:河合信幸