フィジカルAI元年、日本企業はどこで勝つのか。Muso Actionが狙うアプリレイヤー
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物流・製造・小売の現場にAIを搭載した汎用ロボットを投入することで、人手不足をはじめとした社会課題の解決を目指すMuso Action。フィジカルAIの研究開発を進め、すでに現場での実証実験にも着手しており、これから1〜2年間でパッケージ化されたプロダクトを展開する予定だ。
フィジカルAIとは、AIを活用して現実世界の物体を実際に動かす技術だ。ここ数年でアメリカや中国を中心として、社会実装に向けた研究開発が世界中で行われている。日本は生成AIで大きく後れを取ったものの、フィジカルAIの社会実装に挑むプレイヤーは国内にも存在しており、そのうちの一つがMuso Actionだ。
今回は、同社代表の村山龍太郎氏にお話を伺う。「ここからの数年間が勝負」と語る同氏は、どのような勝ち筋を描いているのだろうか。熾烈な競争環境の中で、ディープテック企業がどのように事業戦略を描き、社会実装を進めているのかを伝えていく。

村山龍太郎
Muso Action株式会社 代表取締役CEO
SoftBank RoboticsのPepper、GROOVE XのLOVOT、Preferred RoboticsのKachaka(搬送ロボット)で、事業開発・プロダクトマネージャーを歴任。AmazonのAlexa、LINEのClovaではスマートスピーカーのビジネスアライアンスを担当し、プラットフォームの拡大と、音声認識・自然言語処理を活かした事業開拓を実現。法人向けロボットの事業企画から顧客開拓、プロダクト開発マネジメントまで精通。2025年4月にMuso Actionを設立。
ポイント
・フィジカルAIの競争領域はハードウェア、基盤レイヤー、アプリレイヤーの3つ。米中企業と勝ち負けを争うのではなく、共存しながら現場適用を担うアプリレイヤーに勝機を見出す。
・既存ロボットでは対応しきれない非定型・少量多品種の作業が主戦場。ルールベースとVLAを組み合わせ、早期の現場実装を狙う。
・勝ち筋は、キープレイヤーとの協働による現場理解、ルールベースとVLAの併用、電流値も活用した力制御技術の3点。
・フィジカルAIは生成AIでいえばGPT-1の段階。イノベーションのジレンマで大企業が二の足を踏む今こそ、スタートアップがリスクを取る価値がある。
・RaaSの月額課金モデルで、1年後の実用化、2年目の横展開、3年目の他業界進出を計画。目指すのは役立つロボット100万台の提供。
INDEX
・フィジカルAIの社会実装は「アプリレイヤー」にかかっている
・既存ロボットとフィジカルAIの「間」を狙う
・イノベーションのジレンマに直面するロボット業界――壁を破るのはスモールスタートかもしれない
・役立つロボットを100万台提供したい
フィジカルAIの社会実装は「アプリレイヤー」にかかっている
――フィジカルAIが社会に実装されると、何がどのように変わるのでしょうか?
村山:そもそもフィジカルAIとは、画像や音声、テキストの形でのインプットをもとに現実世界の物体を動かして、作業を代行させるための技術です。社会実装の形としては、ロボットや自動車などが分かりやすいかと思います。そのほか、家庭用ロボットへの展開を見据えた研究開発も進められています。技術的にも大きく飛躍しており、投資額も爆発的に増えました。たとえばアメリカのスタートアップ「Figure AI」は多額の投資を受け入れて、2026年時点でバリュエーションは数兆円規模に上ると言われています。
――世界中で開発競争が行われているということですね。競争環境をざっくりと教えていただけますか?
村山:フィジカルAIには大きくハードウェア、基盤レイヤー、アプリレイヤーの3領域があります。人間でいう身体に相当するハードウェアの開発については、中国メーカーがシェアを広げています。ただしハードウェアはコモディティ化がすでに進んでおり、価格競争のフェーズにあるとも言えます。
2つ目の基盤レイヤーとは、生成AI(ChatGPT)でいうところの、大規模言語モデル(GPT)にあたるもののロボット版です。大量のデータを学習し汎用的にロボットの動作生成を実現するモデルで、アメリカ企業が圧倒的な競争優位を持っています。生成AIにおけるOpenAIのような企業がアメリカには複数社あり、膨大な額の投資を受け入れている状況です。この基盤レイヤーに関して言えば、スタートアップが新たに参入することは難しいでしょう。
我々が注力しているのは3つ目、アプリレイヤーです。簡単にいえば、基盤レイヤーの技術力を物流や製造業などの現場作業に適用する領域です。具体的には、基盤レイヤーの技術を応用し、現場データを利用したモデルのカスタマイズ(追加学習)や、実際にロボットを操作するためのアプリなどです。大企業が手を付けていない白地の部分だといえます。

――アプリレイヤーで重要なのは、どのハードウェアや基盤レイヤーを選ぶかではなく、「どの領域で使うか」や「どのようなデータを取るか」ということですか?
村山:まさにその2つだと思っています。
まず、「どこで使うのか」については、正直なところ、まだ誰も明確な答えを持っていません。なぜなら、フィジカルAIの技術がまだ十分にお客様に届いていないからです。投資熱は高まっていますが、どこで使うかを各社が模索しているところです。
その先に見えてくるのがデータ取得です。実際の現場でデータを取得することで、現場できちんと使えるロボットを育てていくことが非常に重要なポイントです。
既存ロボットとフィジカルAIの「間」を狙う
――そもそも論なのですが、フィジカルAIが普及する未来は本当に来るのでしょうか? 製造や物流の現場では無数のロボットが既に稼働している状態ですよね。
村山:鋭いご指摘だと思います。おっしゃる通り、定型的な業務はルール化され、既存のロボットが割り当てられています。一方で、ロングテール作業とも言われますが、非定型な作業、少量多品種を取り扱う作業、複雑な作業については、まだまだ人手で対応しているところがほとんどです。
たとえば、物流業界での先端事例としては、1,000〜2,000種類の商品を既存のロボットでピッキングしていると聞いています。しかし、取り扱い品種が数万点になると、一つひとつにルールを作り込むことは現実的ではありません。そこでフィジカルAIの出番が来るわけです。
――既存のロボットでは置き換えられなかったタスクを引き取る形ですね。
村山:その通りです。ただ、私たちは汎用ロボットについて、既存のルールベースのロボットの技術と、フィジカルAIの技術であるVLA(Vision-Language-Action)モデルを融合した形で動くソフトウェアの開発を進めています。
複数の棚が並ぶ倉庫で「あの棚の右上にある箱の中から商品を取る」というタスクを与えたとします。この場合、棚の位置の認識とそこまでの移動はルールベースで行います。その上で、箱から商品を取り出す作業はフィジカルAIのVLAに任せます。既存技術とVLAを組み合わせることで早期の現場実装を狙います。

――現場の状況に合わせて臨機応変に動くロボットなんですね。そうすると、技術力だけでなく、現場を深く理解することが開発の鍵だと思われます。
村山:おっしゃる通りで、会社として強く意識しているのは、実際の現場でしっかりお使いいただけるロボットを提供することです。そのため、現場の方々にできる限り多くのインタビューをしています。工場や倉庫などでお客様が実際に何をしているのかを見せていただくほか、私自身もスポットアルバイトなどで現場の作業を体験することもあります。
お客様との議論では、どの作業をフィジカルAIに任せるべきかが必ず論点になります。私たちも完全な答えを持っているわけではないのですが、「まずはスポットアルバイトの方にお願いするような作業から自動化の対象として考えてみましょう」とお話ししています。1分程度の指示で伝わり、その後は数時間、自律的に手を動かし続けられるタスクです。そうしたタスクからフィジカルAIに任せていきましょうと話しています。
――こうした現場感覚があるから、貴社が勝ち抜けるのでしょうか?
村山:勝ち抜ける理由として考えているのは、3つです。1つ目は、前述のように現場を解像度高く理解できていることです。特に、製造業や物流業のキープレイヤーとの協働プロジェクトから現場理解を深められていることは大きいです。現場を知る、データを取ることが重要なフェーズで、有力な方々にパートナーとして選んでいただけたことは圧倒的な強みだと考えています。
2つ目は、先ほど申し上げたように、現場の課題をVLAだけで解こうとしていないことです。ルールベースもVLAも使えるように、大手ロボットスタートアップでロボット開発経験を積んだメンバーが、開発をリードしています。
3つ目は力制御の技術を持ち合わせていることです。現在のフィジカルAIの技術は画像認識からロボットの動作を生成するのがメインなのですが、そこに力制御の技術を掛け合わせています。具体的には、高機能センサーに過度に依存せず、ロボットに流れる電流の大小からも力のかかり具合を把握することで、多種多様な物体を精度高く扱えるようになってきました。
――創業間もないスタートアップが、経験豊富なエンジニアを集めたり、大手企業と協業したりするのは容易ではなかったはずです。なぜ実現したのでしょうか?
村山:私自身がロボット業界に15年ほどいて、良い時期も苦しい時期も見てきたことが要因ではないでしょうか。ロボット業界ではともすれば派手なデモで注目を集めがちですが、フィジカルAIは実際にお客様に使っていただくまで現場に張り付く泥臭い開発も大事です。地味ではあったとしてもブレない姿勢でいたことに対して、共感してくださった方が多いと思っています。
それに加えて、ハード・ソフトの様々な組み合わせを駆使しながらアプリレイヤーで勝負するというポジションを取ったこともあるでしょう。フィジカルAI業界の中には、中国やアメリカには勝てないという悲観論もあります。しかし私たちは、アプリレイヤーについては、中国やアメリカの企業に勝つか負けるかという構造では捉えていません。そうした企業と共存して、お客様に使っていただけるロボットを作るビジネスだと考えています。目指すべき世界観を打ち出してきたことに共感いただけているのではないでしょうか。
イノベーションのジレンマに直面するロボット業界――壁を破るのはスモールスタートかもしれない
――ずっとロボットに関わってきた村山さんがフィジカルAIに挑戦するきっかけも教えてください。
村山:フィジカルAIによって指数関数的に成長する予兆を感じたからです。ロボットは最先端技術の塊であり、社会のゲームチェンジャーになる存在だと考えてきました。たとえば自律走行型ロボットは、これまでの10年間でできあがってきた大変素晴らしい技術です。しかし、フィジカルAIが登場したこれからの10年は、今までとはまったく違うスピードで成長すると思います。それなら、この波に乗りたいと考えて、人生をコミットして起業することにしました。
――それでも、今挑戦するのはリスクが高いのではないでしょうか?
村山:フィジカルAIは技術的な飛躍を見せているとはいえ、生成AIで言うところのGPT-1のような段階です。ChatGPTに搭載され爆発的に利用されたのがGPT-3.5だったことをふまえると、フィジカルAIに現段階で取り組むのはリスクが高すぎるという判断も合理的だと思います。だからこそ、少人数のスタートアップを新たに立ち上げてリスクを取る価値がある状況だと判断しました。
――やはり、フィジカルAIは高リスク領域なのですね。
村山:今は、いわゆるイノベーションのジレンマに直面している状況です。目の前のお客様を短期的に幸せにするのであれば、従来のロボット技術を使った方が安くて早いのは事実です。しかし、次の5〜10年を考えると、現時点では扱いづらくても新しい技術に挑戦しつづけることによって、既存技術を追い抜き、大きな市場を切り開く可能性があると信じています。

――すごく面白いです。村山さんと一緒に働きたいエンジニアの方も多くいらっしゃるかと思います。
村山:エンジニアの方にとっては、今が一番エキサイティングなタイミングです。まだ社会実装されていないフィジカルAIを、お客様にどうやって届けるのか。ハードウェア、ソフトウェア、クラウドなど、さまざまな技術を組み合わせる総合格闘技のような状態です。大企業が二の足を踏む中で、少人数のスタートアップとしてリスクを取って最初の一歩を踏み出せれば、自分がフィジカルAIの専門家である、と言えるようになると思いますよ。ここからの数年が勝負だと思いますので、興味を持っているエンジニアの方がいらっしゃれば、いつでもお待ちしております。
――ありがとうございます。今後のロードマップも伺えますか?
村山:現在は複数のお客様と実証実験を進めており、プロダクト化やスケールを強く意識しはじめた段階です。現在のプロジェクトはすべて個別対応(一品一様)です。使用するロボットアームも異なれば、対象となる作業も異なり、ソフトウェアのチューニングもプロジェクトごとに違います。ただ、複数のお客様のプロジェクトを横並びで見ると、共通点も多くあります。同じタスクを複数社にパッケージで販売することでスケールさせていくことが次のフェーズだと認識しています。
マイルストーンとしては、1年後には実用化段階に進めていきます。基盤レイヤーを活用して自動化されたタスクがお客様の現場で毎日動いている状態まで到達したいと思っています。
その次の1年間で、横展開によるスケールを狙います。プロダクトをパッケージ化して、複数のお客様にお使いいただけるようなスケジュール感を想定しています。その後は、業界を超えた展開を狙います。それまでに培った技術を土台としながら、異なる業界に進出していく3年目としたいです。
――競合の動向についてはいかがでしょうか? たとえばアメリカや中国の企業が日本で大きなシェアを獲得する可能性もあるように思います。
村山:大前提として、海外企業とは激しい競争になる可能性は高いと思います。一方、設置後の初期立ち上げ、メンテナンスなどが発生するのがフィジカルAIです。ソフトウェアを単にコピーするのではなく、販売・設置・メンテナンスなどに際して日本国内のキープレイヤーとビジネス網を作ることが大事だと思っています。
役立つロボットを100万台提供したい
――収益モデルは、どのような形を想定していますか。
村山:RaaS(Robot as a Service)を念頭においた月額課金モデルを想定しています。作業者が担当する業務を自動化することでレンタルフィーをいただくイメージですね。当面のロボットの生産性を人間の半分と仮定した上で24時間稼働させれば、8時間稼働する人の1.5倍の仕事量が期待できます。利用料としては、人件費に見合った価格帯を設定できれば、私たちにとっては1年程度で初期コストを償却できて、2年目以降は利益が出るモデルになるわけです。

――最終的な目標はどこにあるのですか。
村山:個人的な思いでもあるのですが、人々の役に立つロボットを100万台規模で提供できるようになっていきたいです。様々な業界が人手不足に喘いでいる中で、いままでは人手に頼らざるを得なかった作業を代替できるロボットを人件費に見合った価格帯で提供できれば100万台という数字は夢ではありません。
その先には、家庭でお使いいただけるロボットにも進化していけるかもしれませんね。特に高齢者向けの介護などの領域では人手不足が深刻化していて、日本にとって一番大きな課題として立ち現れてくるでしょう。BtoBで100万台までたどり着けば、その後は家庭の中でも支援するロボットに変化していくのではないかと。かなり遠い未来の話ではありますが、ロボットの社会的意義を果たすためにもそのあたりも見据えています。
――ありがとうございます。最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。
村山:フィジカルAIを使えている会社と使えていない会社ではビジネス成長のスピードが変わる世界が、ここから1〜2年で来ると私たちは信じています。
そのような中で、今やることは大きく2つあります。1つ目は、ビジネスを強くするためにどの業務をフィジカルAIに置き換えられるのかを考えておくことです。2つ目は、データを蓄積していくこと。フィジカルAIの性能がどれだけ向上しても、現場に適用するためには学習データが必要です。現場でロボットを実際に動かしてデータを収集することで、フィジカルAIの将来的な本格導入に備えていくとよいのではないでしょうか。そうした試行錯誤や実証実験を、我々のようなアプリレイヤーの企業と一緒に探索していただけると嬉しいです。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう
撮影:小池大介