人が集まれば、イノベーションは生まれるのか? 都市経済学が解き明かす「集積」の力
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新しいアイデアやイノベーションは、人や企業が集まるところで生まれる。人や企業がうまく集積できるように、スタートアップ支援や産学連携などの拠点整備が進められてきた。
一方で、「集積」のメカニズムについては詳細に明らかになっているとは言い難い。人や企業が集まるだけで、人と人とのつながりは本当に生まれるのだろうか。こうした、場所とイノベーションの関係性について考える学問が、都市経済学や空間経済学だ。誰かの知識や技術が周囲に波及していく「知識のスピルオーバー」は、集積の度合いや多様性によって、その起こりやすさが変わることが研究から示唆されている。
今回は、中央大学経済学部の岡本千草准教授に、イノベーションと集積の関係について話を伺った。都市経済学の研究者には、日本のスタートアップやディープテック領域における「集積」はどのように映っているのだろうか。

岡本千草
中央大学経済学部 准教授
東京大学にて博士(経済学)を取得。東京大学政策評価研究教育センター(CREPE)特任研究員、立教大学経済学部助教を経て、2026年より中央大学経済学部准教授。東京大学不動産イノベーション研究センター(CREI)特任研究員を兼務。専門は都市経済学・空間経済学。経済活動の新陳代謝に着目し、イノベーション活動の立地と、それを促す地域環境を研究。同じ視点から、空き家対策などの地域政策の効果検証にも取り組む。
ポイント
・集積のメリットは「インプットシェアリング」「レイバープーリング」「知識のスピルオーバー」の3つ。イノベーションの文脈で特に注目されるのが、対面が支える知識のスピルオーバー。
・人が集まれば自動的にアイデアが生まれるわけではなく、「誰と誰が集まるか」という構成こそが鍵。分野が遠い相手ほど、議論を重ねられる地理的な近さが重要。
・求められる環境は事業段階で変化。試行錯誤するシーズ期ほど多様性の高い環境の効果が大きく、量産フェーズでは知識のスピルオーバーの必要性は相対的に低下。
・分野をまたぐ多様性は範囲が広がると効果が減衰する一方、分野内の多様性は広域でも持続。地理的な近さが認知的な近さを補うという、Boschmaの「5つの近接性」に通じる構図。
・大学があるだけで周辺の研究活動が一律に活発化するわけではなく、地域産業が知識をどう活かせるかが鍵。人材育成や交流を促すコーディネーター機能への期待。
INDEX
・イノベーションと集積の関係は、面白い
・集まれば成功するとは限らない――「人や企業が集まること」を深掘る
・イノベーションと集積の関係性を解明したい
イノベーションと集積の関係は、面白い
――岡本先生は、イノベーションと集積を研究されています。そもそものきっかけは何だったのでしょうか。
岡本:幼少期の経験がベースにあります。片方の祖父母は、農業が盛んな地域に住んでいました。子供の頃に時々稲刈りなどを手伝った記憶があります。そして、もう片方の祖父母は海外の大都市で暮らしていました。どちらの暮らしにも良さがあって、ただ二つの環境はまるで違いますよね。子供心にもその違いは印象的で、場所による違いに興味が出てきたんだと思います。
その後、国際協力の仕事に就きたかったため、津田塾大学に進学して国際関係学を学びます。学生時代に訪れた東ティモールでの経験が、大きなきっかけになりました。日本で暮らす私には一見不合理に映ることでも、彼らが暮らす環境のなかでは筋が通っていて、そこに彼らなりの合理性を感じたんです。そうした経験もあって、人々の合理的な行動を出発点に考える経済学に通じるものを感じ、大学院からは経済学を専攻することにしました。
――経済学の中でも都市経済学や空間経済学に着目されたのはなぜでしょうか?
岡本:幼少期の経験に加えて、どうすれば産業やイノベーションが生まれるのかという問いから、Face to Faceのコミュニケーションから生まれる知識のスピルオーバーに興味を持ったからです。知識のスピルオーバーというのは、ある人が持っている知識や技術が他の人に波及することです。対面で話すことがスピルオーバーにつながるというのは、よく考えたら面白いと感じたんですね。
――そこで、人や企業が集まる集積に着目されたのですね。
岡本:その通りです。
集積には大きく3つのメリットがあります。1つ目が、原材料や設備などの投入物をシェアできる「インプットシェアリング」です。伝統的な産業集積を想像される方も多いかと思いますが、インプットシェアリングはコワーキングスペースのような環境でも生まれます。創業したばかりのときに、一からオフィスを構えて家具や備品を揃え、会議室や打ち合わせスペースまで持とうとすると大変です。集まっているからこそそうした設備や空間を共有できることは、まさにインプットシェアリングだと感じています。
2つ目のメリットは労働者のマッチングや流動性に関わる「レイバープーリング」です。こちらは比較的イメージしやすいでしょう。スタートアップが集まる場所には、そこで求められる力を持った人も多く集まるので、企業も人も相手を見つけやすくなります。人が近い分、評判や情報も伝わりやすく、共通の知人を介して声もかけやすい。リファラル採用のような人づての採用も効きやすく、集積によるメリットは大きいと考えられます。
そして3つ目のメリットが、人と人が話すなかで知識や技術が伝わり、そこから新しいアイデアが生まれる「知識のスピルオーバー」です。

――イノベーションの文脈でいえば、集積による3つのメリットの中でも、知識のスピルオーバーが最も重要そうな印象を持っています。
岡本:その通りです。もともと伝統的な産業集積は、インプットシェアリング・レイバープーリング・知識のスピルオーバー(最近は Sharing / Matching / Learning とも分類されます)の3つの軸で見られてきましたが(参考資料[1])、イノベーションの文脈では、特に知識のスピルオーバーに注目が集まっています。
――知識のスピルオーバーは、どのような「集積」によってもたらされるのでしょうか?
岡本:アメリカの先行研究では、知識のスピルオーバーは街区やブロック単位といった狭い範囲で働く、と示す研究もあります(参考資料[2][3])。なぜなら、言語化されていない暗黙知は対面でこそ伝わるからです。
イノベーションが期待される段階においては、新しいアイデアを生み出すために、それぞれが持つ知識を組み合わせることが重要です。そのためには、同じ空間で議論することも必要なんですよね。特に、まだ進め方や答えが見えていない時期には、異なる知見を持つ人が集まって話し合える場所が重要です。
集まれば成功するとは限らない――「人や企業が集まること」を深掘る
――狭いエリアに人や企業が集まれば、知識のスピルオーバーは勝手に生まれていくものなのでしょうか?たとえば大企業では数千人が毎日同じビルに出社してくるわけですが、そうした場所では知識のスピルオーバーが無尽蔵に起こっているということですか?
岡本:人が集まれば多様な知識が集まるので、新しいアイデアが生まれやすい傾向にはあります。ただし、人が単にたくさん集まっていれば良いかというと、「誰と誰が集まるか」という構成も重要になると考えています。業種や分野が近い人であれば、多くを語らなくても通じる部分が多いですが、逆に遠い人であれば議論を重ねないと知識が伝わりづらいため、近くにいることが効いてくると考えられます。
――ただ集まるだけでは何も生まれないというのは納得感がありますよね。もう少し具体的に、たとえばディープテック文脈では、どのような集積があればイノベーションにつながるのでしょうか?
岡本:事業の段階によって区分する必要があります。シーズ期は試行錯誤の段階なので多様な技術や業種にアクセスできる環境が向いている一方で、量産化フェーズに突入すると求められる環境が変わるからです。
その意味で、革新的なアイデアが必要なシーズ段階ほど、多様性の高い環境に身を置く効果は大きいと考えられます(参考資料[4])。一方、量産の段階においても知識のスピルオーバーは必要だとはいえ、最初期のシーズ段階に比べるとその必要性は下がると言えます。
――多様性というと、具体的には?
岡本:集まっている人や組織が多様かどうかの判断に使える指標として、経済地理学者のBoschmaが整理した「5つの近接性」があります(参考資料[5])。地理的・認知的・組織的・社会的・制度的近接性の5つですね。そこから得られる示唆としては、地理的な近接性だけが重要なわけではないこと、また離れていても他の近接性で補えることも挙げられます。
また、多様性にもさまざまな階層があります。たとえばフィンテックとリーガルテックとリスク管理といった、異なる領域の専門家が集まることを多様性と考える立場もあります。一方で、フィンテックを旗印としてブロックチェーンや送金システムなど各分野の専門家が集まることを多様性と考えることもできます。前者は分野をまたいだ多様性、後者は分野の中での多様性ですね(参考資料[6])。
こうした近接性や多様性が複雑に絡み合って、知識のスピルオーバーの度合いが決まっていきます。実際、私の研究では、この分野間の多様性と分野内の多様性が、新しいスタートアップの誕生にどう効くのかを分析しました(参考資料[7])。どちらも起業を後押ししますが、分野間の多様性は範囲が広がると弱まる一方、分野内の多様性はより広い範囲でも効き続けます。分野をまたぐ知識ほど近くでの対面が要る、つまり地理的な近さが認知的な近さを補っている、というわけです。

――もう少しディープテック領域のお話を続けると、東京だけでなく、北海道や熊本ではキープレイヤーとなる企業を中心とした集積が進んでいます。こうした現象について、岡本先生はどのように見ていますか?
岡本:現段階で判断を下すのは時期尚早かもしれませんが、人や企業同士の「リンク」をどれくらい持てているかが1つのポイントだと考えています。たとえば集積のメリットとして労働者の移動が起こるレイバープーリングが挙げられるわけですが、集まっている企業の規模があまりにも違うと移動がなかなか起こりづらいといったこともあるかと思います。
――具体的にはどれくらいの距離での集積が求められるのでしょうか?
岡本:これは先ほどの研究の話ともつながります。分野をまたぐような多様性は、範囲が広がると効果が薄れるという結果が出ました。だからこそ、いわゆる「遠い」知識であればあるほど、Face to Faceコミュニケーションが必要になるということですね。
逆に、広いエリアで考えるときには、ある種の工夫が求められます。交流を促進させるような仕組み、交流が少なくてもスピルオーバーが起こりやすいような人員・企業の構成、あるいはハブとして機能する人や機関の設置も考えられますね。
――ハブ機能といえば、北海道なら北海道大学、熊本なら熊本大学の試みにも注目が集まっています。集積に対する研究機関の関与についてはいかがですか?
岡本:先行研究でも、大学が地域経済にプラスの影響をもたらすことを示したものは多いです(参考資料[8][9])。その意味で、大学が集積の中心的な役割を担うこと自体は期待できると思います。
少なくとも周辺企業の研究活動という点で見ると、大学があれば一律に活発になる、というほど単純ではないようです。現在私が分析を進めている研究でも、効果は分野によって濃淡がありそうで、活発になる分野もあれば、そうでもない分野もある。それによって地域全体のイノベーションが増えたのか減ったのかは、慎重に見る必要があります。いずれにせよ、大学があること自体より、その知識を地域の産業がどれだけ活かせるかが鍵になるのだと思います。
ただ、大学で育った人たちが周辺の企業に就職するという経路もあるので、知識のスピルオーバーだけでなくレイバープーリングも含めて考えるとまた違った結論になるのではないかと思います。
――なかなか厳しいご意見ですね。将来的には、大学がコミュニティマネージャーの役割を担う未来はありうるのでしょうか?
岡本:方向性としてはあると思います。企業同士では直接的なコラボレーションが難しい内容でも、産学連携であれば可能なこともあります。大学は知識を整理していくと同時に、人材の育成や交流を促進させる場でもあります。コーディネーターとしての役割は期待されても良いのではないかと思います。
――東京科学大学は、tip(TMDU Innovation Park)と呼ばれる産学協同の医療イノベーションハブを設置しています。三菱地所が共同で運営しており、味の素のような大企業からスタートアップ、VCまで、様々な企業がラボを経由してつながっています。
岡本:多様な立場の人や組織が一つの場で出会うのは、知識のスピルオーバーやマッチングの観点から興味深いですね。これまで私がお話ししてきたのは、主に認知的な近さ(知識がどれだけ近いか)と地理的な近さでした。でもこういう場は、組織も制度も、社会的なつながりも異なる人たちが、地理的に近づくことで交わる場です。これまでとは別の種類の近接性が関わってくるので、そこに個人的にも関心があります。
イノベーションと集積の関係性を解明したい
――都市経済学の分野での最近の潮流なども教えてください。
岡本:最近、注目されているのが「どう縮むか」という問いです。日本の人口減少が避けられない中で、どう縮めばよいのか。イノベーション活動は集積する傾向が他の経済活動に比べても高いことから、イノベーション創出における集積のメリットが高いと考えられます。人口が減っても、どこに集め、どんな構成にするか次第で、その効果は保て、むしろ高められるかもしれません。だからこそ、人や産業の配置・構成に着目する研究が重要になってきていると思います。
――富山のコンパクトシティは有名ですね。
岡本:有名な事例ではありますよね。
結局、これからどう縮むかを考えていく場面においても、人や建物を強制的に動かすことはできません。そのあたりは、人の気持ちにどう寄り添いながら進めていくかを考えていくことになるのかと思います。

――都市経済学や空間経済学という学問は、今後はどのような方向に進むのでしょうか?
岡本:私は目下、知識のスピルオーバーが起こるメカニズムの解明に取り組んでいます。
――コロナ禍を経て対面の重要性が再認識されていることもあり、社会的意義のある研究ですよね。
岡本:実際、アメリカの研究で興味深いものがあります。コロナ禍では多くの企業がオンライン勤務に移行したわけですが、もともと別々の建物にいて遠隔でやり取りしていたチームに比べ、同じ建物で対面していたチームのほうが、コロナ禍に入り知識のやり取りが減った、という研究もありました(参考資料[10])。コロナ禍は、対面がどういう場面で重要になるのかを、あらためて考えるきっかけになったと思います。
――最後に、都市経済学者としてのご意見をいただければ嬉しいです。
岡本:先述のように、都市経済学の特にイノベーションに関する実証研究は、アメリカの先行研究が分厚いんですよね。ただ、日本のイノベーションを考えたときには、日本の文脈も含めた研究がもっと進むべきだと言えます。現状は特許数や企業数から知識のスピルオーバーを議論することが多いのですが、スマートフォンの位置情報のような移動データなどの活用がもっと広がれば、研究はさらに深まりますし、人の属性まで含んだデータが豊富にあれば、社会への貢献も大きくなると思います。
――アメリカと日本では環境は大きく違いますよね。
岡本:たとえば、東京では企業がすでに集積している丸の内や渋谷だけでなく、五反田などにもスタートアップが次々に生まれています。東京の中に、性格の異なるクラスターがいくつもある状態です。面白いのは、東京だとこうしたクラスター間を一日で移動しやすいことです。午前中に五反田、午後には本郷の東大に移動して、その後に丸の内の企業を訪問するといったことも可能です。これがアメリカであれば、車移動が中心で拠点同士も離れているので、こうは動けなかったりしますから。
――確かに、日本独自の要素を考慮した研究が進めば、日本のスタートアップにとっての勝ち筋も見えてきそうな気がします。
岡本:一般には、場所とイノベーションを結び付けて考える人は少ないかと思います。ただ、イノベーションを創発する政策を考える時などには、場所の要素にも目を向ける価値があると思います。私の研究によって新しい視点をお伝えできていたら嬉しく思います。
主な参考資料:
[1] Gilles Duranton and Diego Puga, (2004) “Micro-foundations of Urban Agglomeration Economies.” Handbook of Regional and Urban Economics, vol. 4, pp. 2063-2117.
[2] Stuart S. Rosenthal and William C. Strange, (2003) “Geography, Industrial Organization, and Agglomeration.” Review of Economics and Statistics, vol. 85, no. 2, pp. 377-393.
[3] Maria P. Roche, (2020) “Taking Innovation to the Streets: Microgeography, Physical Structure, and Innovation.” Review of Economics and Statistics, vol. 102, no. 5, pp. 912-928.
[4] Gilles Duranton and Diego Puga, (2001) “Nursery Cities: Urban Diversity, Process Innovation, and the Life Cycle of Products.” American Economic Review, vol. 91, no. 5, pp. 1454-1477.
[5] Ron Boschma, (2005) “Proximity and Innovation: A Critical Assessment.” Regional Studies, vol. 39, no. 1, pp. 61-74.
[6] Koen Frenken, Frank van Oort, and Thijs Verburg, (2007) “Related Variety, Unrelated Variety and Regional Economic Growth.” Regional Studies, vol. 41, no. 5, pp. 685-697.
[7] Chigusa Okamoto, (2026) “Formation of New Start-ups: Does Business Diversity in Existing Start-ups Matter?” Regional Studies, vol. 60, no. 1.
[8] Shawn Kantor and Alexander Whalley, (2014) “Knowledge Spillovers from Research Universities: Evidence from Endowment Value Shocks.” Review of Economics and Statistics, vol. 96, no. 1, pp. 171-188.
[9] Naomi Hausman, (2022) “University Innovation and Local Economic Growth.” Review of Economics and Statistics, vol. 104, no. 4, pp. 718-735.
[10] Natalia Emanuel, Emma Harrington, and Amanda Pallais, (2026) “The Power of Proximity to Coworkers.” Quarterly Journal of Economics, forthcoming.
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう
撮影:阿部拓朗