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革新と創造の時代に|政策現場から見る『官民共創のイノベーション』vol.1

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オープンイノベーションというと、まず想起されるのは、「大企業」と「スタートアップ」の協業だろう。xTECHには、実際そうした共創の事例・キーパーソンを深堀りする記事が充実しており、私自身さまざまなヒントをいただいている。

INDEX

連載開始にあたって
なぜ今スタートアップなのか
なぜ今オープンイノベーションなのか
官民共創と規制のサンドボックス制度

連載開始にあたって

ここで、今一度、カリフォルニア大学バークレー校のChesbrough教授による定義に立ち返ってみたい。オープンイノベーションとは、組織がその内部に不足するリソースを外部に求めて利用する枠組みを指す。したがって、実は、大企業とスタートアップ間の協業に限らず、何らかの差異があるあらゆる組織間において成り立つ可能性はある。
ちょうど1年前、『官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先』(ベストブック, 2024, 中原裕彦審議官との共編著)を刊行した。この本は、事例をベースに、普段なかなかオープンにされることのない行政官の思いや思考プロセスに踏み込むとともに、規制のサンドボックス制度のメインユーザーであるスタートアップのダイレクトなお声も収録した点に特色がある。いわば政策現場のオープンイノベーションを詳らかにすることを試みた内容といえる。出版後、そうしたリアリティに対して、驚きやある種の感動も含めて前向きな関心・反響を想像以上にいただいた。
そこでこの連載シリーズでは、「官」と「民」の共創、特に「スタートアップ」との関係にさらに着目してみたい。第一線で活躍されるスタートアップ関係者へのインタビューを織り交ぜながら、たとえばムーンショット型研究開発制度(破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発の推進)など、規制のサンドボックス制度にとどまらない政策現場、まさに拙書タイトルの「その先」にさまざまな角度から光を当てていければと思う。
第1回は、今後の展開の基礎情報として、スタートアップの重要性と国を挙げた支援状況、変革の時代におけるオープンイノベーションの意義、官民共創の代表例である規制のサンドボックス制度についてポイントを整理する。

なぜ今スタートアップなのか

スタートアップ創出元年といわれる2022年、「スタートアップ育成5か年計画」が策定された。過去最大の1兆円規模の予算、税制、法制度など、あらゆる政策ツールを総動員して、スタートアップを生み育てるエコシステムの創出を目指す内容だ。国を挙げてスタートアップ支援に注力する中、ここであらためて、スタートアップの果たす役割とその重要性を確認したい。
前提には、スタートアップをはじめとするイノベーターの新規参入や成長は、公正でダイナミックな市場の競争環境のために常時不可欠という競争政策の視点がある。
その上で、いま日本社会は、DXやGXを通じて、「X=トランスフォーメーション」(変革)の実現を目指していることが挙げられる。そこで求められるのは、前例踏襲、経路依存、予定調和ではなく、革新性や創造性を持って機敏にチャレンジしていくことであり、スタートアップはまさにその立役者といえる。ハーバード大学のChristensen教授の破壊的イノベーション理論では、スタートアップの市場参入方法の観点から以下のように説明される。スタートアップは、まずこれまで見過ごされてきた顧客をターゲットに、収益性の低いニッチ市場に入り込み、既存サービスと比較しより良いサービスを低価格で提供しようと努める。このとき既存の大企業は、新たな産業構造に十分適応できない場合が多いため、スタートアップは足場固めができる。その後スタートアップは、収益性の高いボリュームゾーンとなる市場に移行し、大量に採用されるサービスの創出、ひいては破壊的イノベーションの実現が目指されることになる。

なぜ今オープンイノベーションなのか

次に、変革の時代におけるオープンイノベーションの意義について確認したい。オープンイノベーションの定義は冒頭のとおりだが、関連する理論として、たとえば、スタンフォード大学のGranovetter教授は、「弱いつながり」こそが、多様で効率的な情報伝播をもたらし、革新を引き起こすという、ソーシャルネットワークにおける「弱いつながりの強さ(Strength of weak ties)」を提唱した。また、ハーバード大学のTushman教授は、組織同士の関係性が複雑化する中で、「越境者(Boundary spanners)」、すなわち、異なるコミュニティ間の結節点となり橋渡しを担う人材が、変革の実現に主要な役割を果たすと主張した。
これまで我が国は、会社を中心とした「強いつながり(strong ties)」の人間関係には秀でているとされてきた。しかし今後、革新的、創造的な活動を加速していくためには、既存の境界を越えてオープンで広いネットワークの形成が不可欠になるということだ。
こうした中で、大企業とスタートアップのオープンイノベーションの状況について見てみると、たとえば日本の大企業によるスタートアップへの投資額は欧米、中国と比べてさらに拡大の余地があるといえる。そのため、関連税制の拡充をはじめ、オープンイノベーションの推進は「スタートアップ育成5か年計画」においても、その3本柱[1]のひとつとして位置付けられている。また、「スタートアップ育成5か年計画」を通じてスタートアップを生み育てる環境整備が進められる中、今後そこから生み育てられたスタートアップが、破壊的イノベーションの実現を目指して急成長を遂げていくためには、次に説明する規制のサンドボックス制度の活用を含め、大企業や政府との連携を通じた新しい市場の創出が一層重要になるといえる。

[1]「スタートアップ育成5か年計画」の3本柱には、①人材・ネットワークの構築②資金供給の強化と出口戦略の多様化③オープンイノベーションの推進の3つがある。

官民共創と規制のサンドボックス制度

スタートアップやオープンイノベーションをめぐる現在地を確認したところで、最後に、官民共創の代表例として規制のサンドボックス制度の概観を振り返っておきたい。
現在、人工知能(AI)やブロックチェーンなどが社会に大きなイノベーションの可能性をもたらし、変革の立役者であるスタートアップをはじめとした事業者から新しいビジネスモデルが次々と生み出されている。しかし、こうした新しいビジネスモデルが法規制などのルールの観点でスムーズに社会実装されないことがある。昭和のものづくりの時代に最適化された既存の関連規制と整合しない、新規性の高さゆえにそもそも適用されるルールが存在しないといった理由が指摘される。
こうした中で、規制のサンドボックス制度は、スタートアップをはじめとする事業者が、「まずやってみる」ことを許容し、期間・参加者を限定した上で、既存の規制の適用を受けることなく、新しい技術やそれを活用したビジネスモデルの迅速な実証を可能とする。実証により得られたデータを活用することで、事業化や規制の見直しにつなげることができる。これまで31件・150社の利用実績(令和5年12月時点)があり、実際に法改正に至ったケースも存在する。
子供が砂場(サンドボックス)で遊ぶように思い切って試すことのできる、いわば実験場を提供するとのコンセプトにもとづいて創設された、変革の時代ならではの革新的な制度といえる。
また、従来日本では、法律は国が作ってあとはそれに従うものというイメージが強かったが、規制のサンドボックス制度のもとでは、官民ともにルールメーカーの思考となって、その共創プロセスによってイノベーションが実現されることになる。
「アジャイル・ガバナンス」、すなわち時代の要請に合わせてルールを機敏にアップデートすべきとの考え方を含め、こうした法制度をめぐる新たな変化についてもお伝えしていければと思う。
『官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先』の出版後前向きな反響を多くいただいたことに加えて、もう一つ実感したことがある。それは、革新的なアイデアを有する方々は、起業家に限らず、官民といった所属組織、組織内でのポジションによらず、あらゆるところにいらっしゃるということだ。この連載シリーズが変革の時代を生きるすべての挑戦者の皆さまにとって、何らか少しでも参考となれば幸いである。

[池田陽子:経済産業省 競争環境整備室長 経済産業研究所コンサルティングフェロー]
2007年に東京大学卒業後、経済産業省に入省。専門分野は、イノベーション政策、ルール形成、グローバルガバナンス。内閣官房では政府全体のスタートアップ政策を統括。近著に『官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先』。経済産業研究所コンサルティングフェローとしても活動。これまで携わってきたスタートアップ政策、対GAFAのデジタルプラットフォーム規制、出版等の功績を評価され、2024年、Forbes JAPANの「Women in Tech」に選出。なお、本連載において、事実関係に関する記載以外の部分は、経済産業研究所コンサルティングフェローの立場による。