住友商事がAIロボットで挑む物流の労働力不足課題。米国ユニコーンDexterityと描く未来図に迫る
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物流業界では、労働力不足が深刻化している。日本国内では、倉庫や配送業務に従事する人材の確保が難しく、労働条件の改善だけでは根本的な問題を解決できない状況だ。一方、アメリカをはじめとする海外市場でも同様の課題が顕在化しており、高額な賃金を提示しても人材が集まらないのが現状。このような状況下で、AIやロボットを活用した物流の自動化が注目を集め、業界全体が効率化と生産性向上を目指す動きが加速している。
こうした課題に対し、住友商事は米ユニコーン企業Dexterityと手を組み、物流業務の自動化に挑戦している。両社はジョイントベンチャー(JV)という形態を採用し、それぞれの強みを融合させることで、日本市場における新たな物流ソリューションを展開。本記事では、住友商事が物流領域に参入した背景や、JV設立の意図について、代表の尾山昌太郎氏に話を聞いた。
尾山昌太郎
2006年住友商事入社。情報産業分野を中心にM&Aや新規事業開発などを担当し、住友商事のCVC業務にも従事。2024年投資先のDexterity社と共にJVを設立し現在同JVの社長を務める。
ポイント
・世界的に物流人材が枯渇し、賃上げでも確保困難。住友商事はAI・ロボット活用を成長戦略の柱と位置づけ、労働力不足を抜本解決する自動化ソリューションで市場開拓に乗り出した。
・米ユニコーン DexterityのロボットはAI制御×独自ハード最適化で、不定形・重量・柔軟素材も高速かつ精密に搬送可能。米国で商用実績を積み、従来機の限界を大きく超える。
・両社はJVを設立し、住友商事の資金力・顧客ネットワークとDexterityの技術革新力を融合。日本固有の規制・作業環境に即したローカライズを迅速に進め、導入障壁を下げる。
・大企業×スタートアップ協業成功の要諦は、スピード尊重と明確な役割分担。住友商事が市場開拓・規制対応を担い、Dexterityは開発に集中。初期から深く関与し信頼と優位性を確立。
・まずRaaS型で日本物流を自動化し、コストを人件費並みに圧縮。将来は空港・製造など他産業やアジア・欧州へ展開し、人材育成とエコシステム構築で総合ソリューション企業を目指す。
INDEX
・深刻な物流業界の人材不足の解決に、住友商事が乗り出した理由とは
・アメリカの物流業界を変えつつあるDexterityの革新的技術
・住友商事×Dexterity、JV設立の背景と目指す未来
・大企業とスタートアップの協業を成功させる秘訣とは
深刻な物流業界の人材不足の解決に、住友商事が乗り出した理由とは
――物流業界の現状について聞かせてください。
尾山:周知の通り、物流業界は深刻な人材不足が問題になっていますが、それは少子高齢化だけが原因ではありません。体力が求められるハードな仕事であることで、若い方を中心に敬遠する方も多いのです。そのため、求人倍率がどんどん高くなり、どれだけ労働条件を改善しても必要な人材を確保できない状況が続いてきました。
それはアメリカでも変わりません。これまで移民の労働力に依存してきたアメリカでも、物流倉庫やトラック運転手は不足状態で、時給40$(約6,000円)以上を提示しても人材が集まらないことも。そのような状況が続けば、業務効率が悪化して物流コストが上がる他、物流の停滞やストライキによる供給網の混乱を招くリスクすら示唆されています。
――なぜ住友商事が、そのような物流業界の課題解決に乗り出したのでしょうか?
尾山:当社の成長戦略の一環である、AIやロボット技術と親和性の高い課題だったからです。今や物流業界の課題は世界的にも注目を集めており、効率化や自動化のために先端技術を活用したスタートアップが誕生しています。
私達は、以前からCVCを通して米国や日本を含むグローバル市場で革新的な技術や企業をリサーチしながら投資しており、物流業界の課題も主要テーマの一つでした。物流業界は多くの産業と接点を持つ分野であり、この領域での活動が他事業への波及効果を生む可能性も考えていたのです。その一環として、今回のテーマであるDexterityにも注目しており、有望な投資先として期待していました。
アメリカの物流業界を変えつつあるDexterityの革新的技術
――Dexterityの技術が、類似のロボット技術とどう違うのか詳しく教えてください。
尾山:柔軟性の高いAI制御と先進的なロボット設計により、従来の物流ロボットでは対応が難しかった多様な荷物の扱いやトラック荷台への積載作業を可能にした点です。特に、荷物の形状や重量がバラバラな状況でも、効率的かつ正確に作業を進められる点で、他社製品との差別化を図っています。
その最大の特長は、多様な形状や重さの荷物を柔軟に扱えること。従来のロボットは、硬い素材や一定の形状を持つ荷物を扱うことに長けていましたが、不規則な形状や柔らかい素材を扱う際には、破損のリスクや作業の非効率さが課題でした。Dexterityのロボットは、AI制御による高度なセンサー技術を活用し、荷物の形状や重さを瞬時に認識して最適な力加減や動作を可能にしたのです。
たとえば荷物を吸着する吸盤の力加減を細かく調整し、柔らかい素材でも破損を防ぎながら安全に持ち上げられます。また、重心が偏った荷物を安定して運ぶ能力や、狭いスペースで効率的に積載作業を行う技術も備えているのも他社技術と比べて優れています。このような柔軟性と精度の高さは、物流業界で広く求められる課題に対応するだけでなく、作業スピードの向上や効率化にも繋がるでしょう。
――Dexterityの優位性は、AI技術にあるのでしょうか。
尾山:AIだけに限らず、ハードウェアとソフトウェアの両方を最適化している点です。従来のロボットでは、組み立て作業のように繰り返し作業での高い精度が重視されましたが、物流の積み込み作業においては精度よりも柔軟さと速度が重視されます。Dexterityは自身が開発するAIのみならずハードウェアもメーカーと協力して最適化し、複雑なタスクを高速にこなし商用でも活用可能なレベルを実現したのです。
既にアメリカ市場での商用化も進めており、今後は日本市場へのローカライズを進めていきます。住友商事との協業により、さらなる技術の普及と進化が期待されるでしょう。アメリカ市場での商用化を経て蓄積されたノウハウをもとに、日本市場にも展開していきたいと思います。
住友商事×Dexterity、JV設立の背景と目指す未来
――投資先として見ていたDexterityとJVを設立した経緯をきかせてください。
尾山:JVという形態を選んだ最大の理由は、双方が持つリソースを長期的に活用し、新たなビジネスモデルを創出したいと思ったからです。JVを設立することで住友商事の資金力やネットワークと、Dexterityの技術革新能力を効果的に組み合わせることができると判断しました。
特に物流業界では、課題解決のスピードが求められています。日本市場においても、地域特有のニーズや規制に合わせたローカライズが欠かせません。アメリカで実証済みのDexterityの技術を日本市場にスムーズに導入するには、住友商事が持つ市場理解や事業基盤を活用した方がいいと思ったのがJV設立の背景です。
――JVを設立することで、双方にとってどのようなシナジーがあるのでしょうか。
尾山:住友商事が自ら出資し、日本法人を設立することで、供給体制の安定やサービス品質の維持を図ることができました。一方、Dexterityにとっても、JVを設立することで自社の技術を広く展開するための足掛かりとなります。
スタートアップとしてのスピード感を維持しつつ、大企業のサポートを受けることで、持続可能な成長が可能になるのです。この協業は、日本市場での成功だけでなく、将来的に他国への展開や、新たな物流ソリューションの創出にもつながる可能性を秘めていると考えています。
――JVにおける住友商事とDexterityの役割分担について聞かせてください。
尾山:Dexterityは、物流業務の自動化を実現するためのロボット技術の開発と実用化を担っています。一方で住友商事は日本特有の物流環境や顧客ニーズを深く理解しており、これを基にした市場開拓を進めるのがミッションです。住友商事の広範なネットワークや資金力は、技術導入の際のリスク軽減や、迅速なスケールアップに大きく貢献するでしょう。
さらに、企業の調整役としても機能し、日本市場で必要とされる規制対応やカスタマイズの推進を行っていきます。
この役割分担は、両社がそれぞれの専門性を活かしつつ、協業によるシナジーを最大化することを目的としています。住友商事が市場展開を担い、Dexterityが技術革新を続けることで、両社は物流業界の変革に向けた強力な基盤を築けるでしょう。
大企業とスタートアップの協業を成功させる秘訣とは
――大企業とスタートアップが協業するうえで大事なポイントを聞かせてください。
尾山:それぞれの特徴を理解し、適切な役割分担と関係構築を行うことが重要です。特に、スタートアップが持つスピード感や柔軟性を尊重し、大企業側がそれを支援する体制を整えることが成功の鍵となります。
スタートアップは、特定の分野での技術革新や迅速な意思決定を得意としている一方で、資金力や市場への影響力は持ち合わせていません。それを補うのが大企業です。そして、両者のリソースを効果的に組み合わせるためには、初期段階でのスタートアップの成長支援が欠かせません。
たとえば資金やリソースの提供だけでなく、技術を商用化するためのノウハウやネットワークの共有が求められます。住友商事とDexterityの協業では、住友商事が市場開拓や規制対応を担当し、Dexterityが技術開発に集中できる環境を提供することで、両者のシナジーが生まれました。
――大企業とスタートアップが協業するうえでの注意点はありますか?
尾山:スタートアップが成長すると、多くの企業や投資家からの提案が寄せられるため、大企業側がスタートアップとの関係を維持する努力が必要です。特に、大企業内部で担当者が変更されたり、協業プロジェクトが優先順位を下げられたりすると、スタートアップとの信頼関係が薄れる可能性があります。
また、タイミングの管理も重要です。スタートアップが一定の規模に達する前に協業を終了してしまうと、十分な果実を得るのは難しいでしょう。一方で、成長後に参入を試みても、スタートアップが他の企業を選ぶ可能性が高まります。住友商事は初期段階からDexterityと深く関わり、人材や資金だけでなく市場戦略を共有することで、他の大企業との競争において大きな優位性を生めました。
――最後に、今後の展望について聞かせてください。
尾山:当面の目標は、日本市場へのロボット技術の導入を完了させることです。現在、アメリカ市場で成功を収めた技術を日本の物流環境に適応させるため、ローカライズを進めています。たとえば日本のトラック荷台やカゴ車など、現地の特有の条件に合わせてカスタマイズしていかなければなりません。
この技術を広めることで、物流業務における人手不足を補い、効率化を図れるでしょう。また、ロボットの導入コストを低減するため、サブスクリプション型の「ロボット・アズ・ア・サービス(RaaS)」モデルを採用し、人件費に近い負担感での運用を可能にする試みも進めています。
――中長期的には、どのような未来を見据えているのでしょうか?
尾山:中長期的には、物流業界以外の分野にも技術を展開していくことが視野に入れています。たとえば空港や製造業など、24時間稼働が求められる現場や、労働力不足が深刻な業界への応用です。また、住友商事のネットワークを活用し、東南アジアやヨーロッパといった新たな市場への進出も計画しています。
さらに、事業領域の拡大と並行して、日本での開発体制強化にも取り組みたいと考えています。日本が強みを持つハードウェアとDexterityのAI技術を日本で組み合わせて開発していくことで、AIロボット企業として競争力を高めつつ、チャレンジしたいエンジニアに魅力的な環境を提供し、海外人材含めた採用を進めていきます。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:VALUE WORKS
撮影:河合信幸