これまでマネタイズが難しく、スタートアップが参入しにくいとされてきた防災ビジネス。そんな中、SNSや気象データなど様々な情報をリアルタイムに収集して、リスクを可視化するサービスで成長を遂げているのがSpectee(スペクティ)だ。
テレビ局や自治体をはじめ、様々な業界を顧客に持つ同社だが、今のビジネスモデルに行き着くのは決して平易なことではなかったという。創業時は個人向けのビジネスを展開するもピボットを余儀なくされた同社。
いかにして今のビジネスモデルへのピボットを成功させ、事業を伸ばしてきたのだろうか。今回は同社代表の村上建治郎氏にインタビュー。ターニング・ポイントとなったアクセラレータープログラムの有用性についても語ってもらった。
村上建治郎
ソニー子会社にてデジタルコンテンツの事業開発を担当。その後、米バイオテック企業にて日本向けマーケティングに従事、2007年から米IT企業シスコシステムズにてパートナー・ビジネス・ディベロップメントなどを経験。
2011年に発生した東日本大震災で災害ボランティアを続ける中、被災地からの情報共有の脆弱性を実感し、被災地の情報をリアルタイムに伝える情報解析サービスの開発を目指し株式会社Specteeを創業。著書に「AI防災革命」(幻冬舎)
ポイント
・防災ビジネスはマネタイズが難しく、参入ハードルが高い。理由は、「費用対効果が見えにくいこと」と「投資家目線では市場の動きを予想しにくく、投資が難しい」こと。
・アクセラレーションプログラムは、VCなどが開催するスタートアップの成長を目的としたものと、大企業が開催するオープンイノベーションを目的としたものに分かれるため、目的に応じて使い分けるのがポイント。
・既存とは異なるニーズを持ったお客様が増えてきて、インターフェースを変える必要があるとき、市場に対するメッセージが異なる時にはピボットを考える必要がある。
・スタートアップが成長するには、市場を限定して圧倒的知名度を獲得することが重要になる。
INDEX
・ピボット成功のカギとなったのはアクセラレータープログラム
・テレビ局から自治体へ。事業のステップアップを成功させた秘訣とは
・市場を限定して圧倒的知名度を獲得することがスタートアップの戦略
ピボット成功のカギとなったのはアクセラレータープログラム
――なぜ防災ビジネスのマネタイズが難しいのか教えてください。
村上:いつ来るか分からない災害に対して、お金をかけて備えるということは企業にとっても個人にとっても費用対効果が見えにくいものです。どこかで災害が起きると、防災グッズや備蓄品を購入する人が増えるのですが、少し時間が経つと意識から外れてしまいます。
一方で自治体は防災に対してそれなりの予算を用意していますし、企業も災害時の備えの必要性は理解しています。ビジネスチャンスが全くないわけではないものの、参入のハードルも高く、スタートアップなど新しいプレーヤーが参入してこなかったため、市場の盛り上がりが欠けていたんだと思います。
――自治体や大企業でニーズがあるにもかかわらず、なぜこれまでスタートアップが生まれてこなかったのでしょうか。
村上:防災領域で起業しようとする人の絶対数が少ないからだと思っています。ボランティアに行くと、高校生や大学生の若い方が大勢参加しているのですが、そこから何かアイディアをビジネス化していこうという人はあまり多くありません。どうしても慈善活動としてNPOなどの道に進む人が多い印象です。
加えて、投資家目線では市場の動きを予想しにくく、投資が難しいのも大きな要因です。
前例が少ないため収益性が予測できず、ビジネスモデルが魅力的でも投資するのに二の足を踏んでしまう。結果的に、若い人たちが起業しづらい領域になってしまっています。
――村上さんはどのような経緯で今のビジネスモデルに行き着いたのか聞かせてください。
村上:実は創業時は個人向けのスマホアプリを作っていました。災害が起きた時に周辺エリアの災害情報を取得できるアプリを開発し、当時2万程度はダウンロードされました。しかし、災害が起きた時にしか開かないアプリでは広告もとれず、マネタイズができなくて。
当時は似たようなサービスを作っているスタートアップも何社かいましたが、どこもマネタイズに苦しんでピボットを余儀なくされていました。私たちも例外ではなく、BtoBへのピボットを考えるようになったのです。
――どのようにしてピボットを果たしたのでしょうか。
村上:契機となったのは、デジタルガレージが主催するアクセラレーションプログラム「Open Network Lab」です。11期生として参加した私たちは、今のサービスの原型となるアイディアをプレゼンしました。そして、そのアイディアに注目してくれたのがテレビ局でした。
そこから3ヶ月に渡ってビジネスブラッシュしていく中で、テレビ局で私たちのサービスを使ってもらうにはどうしたらいいか徹底して議論しました。キー局は全て回って話を聞き、メディア向けのサービスへと作り込んでいったのです。
そして、プログラムの最終プレゼンを終えた後、NHKがトライアルで使ってくれることになりました。
――アクセラレーションプログラムが成長のきっかけになったのですね。
村上:そうですね。NHKがトライアルで使ってくれたのが2015年のことで、翌年2016年の熊本地震の際に本格的に利用してくれたのです。報道を見た視聴者からの反響も大きく、民放からも問い合わせが増えるようになりました。
もしもアクセラレーションプログラムに参加していなければ、今のような事業の広がりはなかったと思います。
テレビ局から自治体へ。事業のステップアップを成功させた秘訣とは
――アクセラレーションプログラムをうまく活用するためのヒントがあれば教えてください。
村上:目的に応じたアクセラレーションプログラムを選ぶことです。プログラムは大きく2つに分けることができます。VCなどが開催するスタートアップの成長を目的としたものと、大企業が開催するオープンイノベーションを目的としたものです。
当時の私たちのように事業のブラッシュアップを目的にしている会社が、後者のようなプログラムに参加しても得られるものは多くありません。一方で、オープンネットワークラボは、真剣に事業として成り立たせるためにアドバイスをくれました。事業フェーズや目的によって、賢くプログラムを選ぶのが成功のカギになると思います。
――テレビ局向けにピボットしようとした時は、スムーズに進んだのでしょうか?
村上:いえ。どのテレビ局を回っても「こんなものは使わない」と言われました。普通なら、諦めて別のアイディアを考えると思うのですが、少ないながらも一部の人たちからは強いニーズを感じたのです。それが入社間もない若い局員の方たち。
部長レベル以上の方や年齢が高い方からの評判はよくなかったものの、現場で働く方々からは「これは便利」という声が挙がっていたのです。テレビ局の中には「取材は足で稼ぐもの」という固定観念があり、新しいやり方を取り入れることに抵抗がある一方で、現場で働く経験の浅い方はそこに課題感を感じていました。その声を細かく聞き取っていったのがポイントだったと思います。
――テレビ局で使われるようになってからの展開も聞かせてください。
村上:テレビ局でサービスが広がると、今度は自治体からの引き合いが増えていきました。既にテレビ局での実績があるので、自治体に広げるのは比較的容易でしたね。どんなに小さな市場であっても、実績を作ることの重要性を強く感じました。
一方で、テレビ局と自治体とは求められる機能やスペックも異なります。最初は既存のサービスをそのまま自治体に提供していたのですが、途中で限界を感じてイチから作り直すことにしました。
――どのように限界を感じたのでしょう。
村上:あるタイミングから、サービスが広がらなくなっていったのです。最初に問い合わせをくれたアーリーアダプターの方たちは、多少使い勝手が悪くてもサービスを使ってくれます。しかし、それ以降はしっかり市場にマッチしなければサービスが広がらないと感じ、作り直す必要性を感じました。
ただし、問題はテレビ向けのサービスも運用しながら両立するのか、既存のサービスを止めて自治体向けに全てのリソースを当てるか。社内で何度も議論を繰り返し、出した答えは既存のサービスはクローズして、自治体や企業などが使えるようにサービスをリニューアルすることにリソースを全て当てることでした。
スタートアップは大企業のようにリソースが豊富ではありません。そのリソースを分散させても、どちらもうまくいかない可能性が高いです。それよりも一つのサービスにリソースを集中させることを選びました。
――サービスを作り直す適切なタイミングについて考えを聞かせてください。
村上:既存のお客様と異なるニーズを持ったお客様が増えてきて、かつインターフェースを変える必要があるときです。特にSaaSは、ログインした瞬間にお客様にとってベストなソリューションになっていなければなりません。求める情報や使い方が異なるターゲットが現れたのであれば、新しくサービスを作ることを検討した方がいいと思います。
また、市場に対するメッセージが異なる時も、プロダクトは分けるべきだと思います。既存の市場に刺さっていたメッセージが、新しい市場に刺さらない場合は、今のプロダクトがマッチしていない可能性が高いです。メッセージを使い分けるという時は、プロダクトを分ける一つの指標だと思いますね。
市場を限定して圧倒的知名度を獲得することがスタートアップの戦略
――今や自治体のみならず、様々な業界に事業を展開していますね。成功したポイントを聞かせてください。
村上:防災に特化したことだと思います。防災サービスを広げる上で、一番の壁になるのは「いつ来るか分からない災害のためにお金を払ってもらうこと」です。その壁を取り払うために、多くの防災スタートアップが日常でも使える機能を追加しようと考えます。私たちも最初はそう考えました。
しかし、日常でも使える機能というのは、他の企業が別のサービスの形で提供していたりします。その機能を専門的に作っている企業に私たちが勝てるはずがありません。中途半端に機能を追加するよりも、防災に特化し、防災では絶対的に勝てる機能を提供することによって、その領域に尖ったサービスとして徐々に注目されるようになっていきました。
――現在は様々な企業と協業しながらサービスも作っていますが、どのように協業のアイデアを考えているかも聞かせてください。
村上:できるだけ自分たちとは遠い事業者との協業を考えたり、防災を時系列で考えて事業者をリストアップしたりしました。たとえば災害前であれば保険会社と共創が考えられますし、災害後を考えると建設会社と共に価値を作り出せます。
また、大企業が共創相手を探すために開いているアクセラレーションプログラムにもよく応募しますね。たとえば今は家電のデータの防災活用に注目していて、家電製品をたくさん持っているパナソニックのプログラムにも応募しました。家電のデータを使えば、災害時にどれくらいの人が家屋に残っているか把握できたり様々な活用シーンが考えられます。
最近は家電に人感センサーが組み込まれているものが多いため、そういったデータを活用して、より正確に災害時の避難の状況を把握する。そのアイデアが採択され、一緒にプロジェクトを進めています。
――最後に、防災のように「大事なことだけどマネタイズが難しい領域」のスタートアップに対してメッセージをお願いします。
村上:どんなにマーケットが小さくてもいいので、まずはお金を払ってくれる市場を見つけて、そこで圧倒的に知名度を獲得してください。私たちにとってはそれがテレビ局で、今やテレビ局で私たちのサービスを知らない人はいません。取材を受けるためにテレビ局に足を運ぶと、どこに言っても「Specteeにはお世話になっています」と言われるまでになりました。
そのように特定な業界で圧倒的な認知度がとれれば、そこから必ず派生する市場が現れるはずです。最初から大きな市場を狙うのは一見正しい戦略のように見えますが、スタートアップは少ないリソースを集中させなければなりません。まずは市場の大小よりも狙った一つの市場で圧倒的な存在感を出せるようにしてください。そうすると必ず次の新しい市場に展開できるようになります。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗