TO TOP

「社会課題」と「経済性」は両立できるか──VALT JAPAN小野貴也が挑む、就労支援の再構築

NEW

読了時間:約 9 分

This article can be read in 9 minutes

「障害者就労支援のあり方を、根本から変えたい」──VALT JAPAN 代表の小野貴也氏が掲げるビジョンは、福祉とビジネスのあいだにある“解けそうで解けない問い”に挑むものだ。
全国に2万カ所存在する就労継続支援事業所。その多くが企業からの受注に苦戦し、廃業を余儀なくされる一方で、デジタルスキルを持ちながら活躍の場を得られない障害者も少なくない。VALT JAPANは、これらの事業所と企業をつなぐプラットフォームを構築し、業務の創出から教育・納品管理までを一気通貫で担う事業モデルを展開している。
社会課題をどうビジネスに変換し、持続的な価値に昇華させるのか。本記事では、小野氏の実体験に基づく視点と、現場で培われた知見をもとに、その構想と実践を紐解いていく。

小野貴也
VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO
1988年生まれ、大分県出身。大学を卒業し、塩野義製薬に入社。MRとして約3年間勤務した後、2014年にVALT JAPANを起業。就労困難者ゼロ社会の実現を目指し、就労困難者向けデジタルトランスフォーメーション(DX)プラットフォーム「NEXT HERO」を展開。

ポイント

・VALT JAPANは、全国約2万カ所の就労継続支援事業所とデジタル業務を発注したい企業をつなぐプラットフォーム「NEXT HERO」を展開し、就労困難者の活躍機会を生み出している。
・事業所は経営難・スキル指導・納品責任など構造課題を抱え閉鎖が増えている。一方で潜在的に高いデジタルスキルを持つ人材も多く、VALT JAPANが間に入り品質と責任を引き受けるモデルへ転換している。
・自社で運営する「NEXT HERO DIC」を“実験場”と位置付け、業務をレベル分けしながら、支援員含めたITスキル育成・オペレーション設計を内製化。その知見を全国の事業所に水平展開するハブとして機能している。
・三菱地所との連携により「DIC丸の内」を設立。大丸有エリアの企業・スタートアップ・TMIPネットワークと接続し、障害者雇用や人的資本投資といった非財務価値も含めたソリューションを提供する。
・社会性と経済性は「最初から両立しない」と捉え、まずはどちらか一方(自分が夢中になれる側)で価値を確立。その後、人と資金など経営資源を集めて両者を“交差”させる段階に進むべきと考える。

INDEX

全国2万カ所の「就労支援現場」が直面する危機と、VALT JAPANの挑戦
「DIC」という“実験場”が生む、再現可能なソリューション
社会課題と経済価値を「交差」させるには?——実践者が語るリアル
社会性と経済性、どちらから始めるか——“両立”のリアルと戦略

全国2万カ所の「就労支援現場」が直面する危機と、VALT JAPANの挑戦

――まずはVALT JAPANが手がける「NEXT HERO」について教えてください。

小野:「NEXT HERO」は、就労困難者、主に障害者の方々に向けたデジタル業務のマッチングプラットフォームです。顧客は2軸ありまして、ひとつはデジタル業務を発注したい企業、もうひとつは、全国に約2万カ所ある就労継続支援事業所です。私たちはこの両者をつなぐ中間支援のような役割を担っています。

――就労継続支援事業所とは、具体的にどういったものなのでしょうか?

小野:民間企業が国の認可を受けて運営している福祉サービスで、A型・B型の2種類があります。A型は雇用契約を結ぶ形で、B型は非雇用型。いずれも国の制度に基づく就労支援ですが、実際には多くの事業所が経営難に陥っています。

理由は明確で、民間企業からの受注が減っているからです。営業力が弱く、自ら案件を取りにいけない事業所が多いんですね。

――そうした課題に対して、VALT JAPANはどのような介在の仕方をしているのですか?

小野:全国の事業所のスキルや特性をデータベース化し、企業から大規模に受注した案件を、適切なスキルや対応力を持つ事業所に配分しています。例えば急成長しているメガベンチャーさんと取り組んだ案件では、1日で最大1400人が稼働しました。これは従来の派遣モデルやクラウドソーシングのようなビジネスモデルでは実現できない規模です。

――事業所側にとっても、企業側にとっても新しい選択肢になりますね。

小野:おっしゃる通りです。事業所にとっては安定的に仕事を受けられるメリットがありますし、企業にとっても、人的資本や障害者雇用といった非財務価値への貢献につながります

また、コスト競争をするのではなく、品質や納期管理を含めた全体の管理コスト削減も私たちの付加価値として提供していることも特徴です。

――就労支援事業所のリソースは十分に確保できるのでしょうか。

小野:実は就労支援事業所は減り続けており、A型事業所だけでも、年200ヶ所のペースで閉鎖が進んでいます。このままだと、2032年には消滅する可能性もあると言われています。

しかし、実は潜在的にスキルの高い方も多くいらっしゃって、仕事さえあれば活躍できる方も少なくありません。就労支援事業所の支援員がITスキルを教えられないとか、納品の責任が果たせないという構造的な課題があるだけなんです。

「DIC」という“実験場”が生む、再現可能なソリューション

――VALT JAPANが直営で運営する「NEXT HERO DIC(デジタルイノベーションセンター)」についてもお聞かせください。

小野DICは、当社が主体として運営するデジタル業務に特化した就労支援事業所です。通常の就労支援施設と異なるのは、オペレーション設計やスキル訓練を自社で内製化している点。DICで得られた知見やノウハウは、他の就労支援事業所に展開することで、VALT JAPAN全体のサービス品質を底上げする“ハブ”的な役割を果たしています。2024年9月に開所した「NEXT HERO DIC鎌倉」を皮切りに、現在は「NEXT HERO DIC丸の内」、「NEXT HERO DIC延岡」の3カ所を運営しています。

――DICではどのような業務が行われているのでしょうか?

小野:業務は難易度別にレベル分けしています。例えば、レベル1はOCRで読み取った帳票の補正作業のような、ルールベースで対応可能な作業です。一方でレベル5になると、生成AIを活用したアプリ開発や、ノーコード/ローコードツールを使った業務効率化アプリの開発といった高度な業務も含まれます。

――それだけ多様な業務に対応するためには、支援員のスキルも問われるのではないでしょうか?

小野:おっしゃる通りです。DICでは、支援員自身がITスキルを学び、利用者に指導できる体制を整えています。教育機能を持つことで、単に作業を依頼するだけではなく、長期的な就労力の育成にも貢献しています。

――企業側のニーズにはどのように応えているのでしょうか?

小野:単なるアウトソーシングではなく、企業の経営課題や人的資本戦略と接続するソリューションとして提供しています。特に「NEXT HERO DIC丸の内」は、三菱地所さんと連携して設立した拠点で、大企業とともに社会課題の解決に取り組む地域戦略拠点としての機能も持っています

SIerと競合する領域もありますが、障害者雇用や人的資本投資といった“非財務価値”への貢献が評価され、独自のポジションを築けていると感じています。

――どういった経緯で、不動産デベロッパーである三菱地所と一緒に「NEXT HERO DIC丸の内」を設立したのでしょう?

小野:2024年の1月に三菱地所さんのCVCである「BRICKS FUND TOKYO」から出資を受けたことがきっかけになっています。当社が目指す「企業の労働者不足と就労困難者の経済的自立という課題解決」を支持いただいて実現しています。大手町・丸の内・有楽町などのいわゆる大丸有エリアは、国内GDPの20%が集積すると言われるほど大企業やスタートアップが集積していると言われています。当然、デジタル業務や先端技術を活用した業務ニーズや課題も集積しています。それらを、大企業やスタートアップが参画し、350団体ものつながりを持つオープンイノベーションプラットフォーム「TMIP」のネットワークを活用し、三菱地所さんと一緒にエリア全体で解決していくことを目指しています。

――最初から、今のようなビジネスモデルを続けてきたのですか?

小野:いえ、起業当初はクラウドソーシング型の仕組みも構築しました。ただ、現場ごとのスキル差が大きく、成果にばらつきが出てしまったんです。また、納品責任をどこが負うのかが曖昧になるという課題もありました。

最終的には「間に入って責任を持つ」モデルにこそ価値があると判断し、今の形に舵を切りました。

――VALT JAPANが一括受注・一括管理のスタイルをとる理由は、そういった課題を解消するためでもあるのですね。

小野:そうですね。品質を担保するためには、私たち自身が責任を持って設計し、管理していく必要があるのです。だからこそ、DICのような拠点で検証し、成功したモデルを水平展開していく。この循環が、私たちの強みになっています。

社会課題と経済価値を「交差」させるには?——実践者が語るリアル

――社会課題をビジネスで解決したいと考えるスタートアップ経営者は多いと思います。ただ、行政や大学、大企業との連携が難しいという声もよく聞きます。うまく連携を進めていくために必要な視点について教えてください

小野:まず、僕は「産官学連携」という言葉をあえて分けて考えています。社会課題というのは、すでに国が制度を整備して予算を割いているケースが多いんです。就労支援、医療、介護などには国家予算がついていて、制度としてもインフラとしてもすでに整っている。

だからこそ、「国がやっていることは何か?」「逆に、国ですら解決できていない課題は何か?」という、この二つをきちんと見える化する作業が欠かせません

――「車輪の再発明」にならないようにするということですね。

小野:そうです。もし国がすでにやっていることならば、僕らがやるのではなく、国がやった方が効率的です。だから、自分たちが取り組む課題が本当に“国ではできないこと”なのかを、何段階にも掘り下げて問い直すべきだと思っています。ここが曖昧なままでは、産官学との連携も空回りしてしまうでしょう。

――実際に行政や企業と連携する際には、どのような点が問われるのでしょうか?

小野:一番はリターンの提示ですね。例えば自治体から補助金を出してもらうとして、「その見返りは何か?」と必ず聞かれます。それは多くの場合、経済的なリターンなんです。納税額がどれくらい増えるのか、雇用がどれくらい生まれるのか、コストがどれくらい削減できるのか。

そうした定量的な成果を見せられるかどうかが勝負だと思います。

――企画や思いだけでは動かせないということですね。

小野:はい。企画だけでは通らないと思った方がいいですね。だから僕たちは、まずは自分たちがリスクを取って実践し、小さくてもエコノミクスを証明するところから始めています。自治体との連携でも、ROIで実績を提示して、次のステップに進むことができました。企画だけでなく、実証データがなければ信頼は得られません。

――連携をスタートさせた後にも、継続的な課題があるのではないでしょうか?

小野:もちろんあります。たとえスタートラインに立てても、人事異動や年度予算の変動など、こちらではコントロールできない要素も多くあります。だから、むしろそこからが大変。常に環境は変わるので、僕たちも柔軟に対応しながら進めていく必要があります。そういう意味でも、単なるアイデアではなく、実行と継続性が求められるんです。

社会性と経済性、どちらから始めるか——“両立”のリアルと戦略

――社会課題の解決と事業としての収益性。この二つをどう両立するかは、スタートアップにとって大きなテーマだと思います。両者の関係性について、どのように捉えていらっしゃいますか?

小野:大前提として、「社会性と経済性は最初から両立しない」と思った方がいいです。今でこそ、DIC丸の内のように、社会課題解決と事業を両立できる新しい形を実現しつつありますが、最初からうまくいっていたわけではありませんし、出発点がきれいだったとも思っていません。

いきなり両方の“ベン図の重なり”を狙うのは無理がある。だからこそ、まずは経済的価値をどう作るか、あるいは社会的価値をどう作るか、どちらかに絞って取り組むことをおすすめしたいですね。

――どちらから始めるべきか、順番に正解はあるのでしょうか?

小野:正直、どちらでもいいと思っています。ただし、自分が「寝ることを忘れるくらい夢中になれる」方から始めた方がいい。そこに熱量がないと続かないですから。最終的には、社会性と経済性の“交差”を目指す必要がありますが、それは始めてから考えればいい。最初から両方を同時に追うと、どちらも中途半端になってしまいます。

――両者を交差させるためには、どんな要素が必要になるのでしょうか?

小野:キーワードは「人」と「お金」です。自分一人の知恵や努力だけでは、なかなか交差は実現できません。社会課題と経済価値の接続に長けた人、もしくはその知識やノウハウを持つ人たちとつながる必要があります。それには当然、資金も必要になります。

大企業なら予算を取ってプロジェクトを動かす必要があるし、スタートアップなら仲間を集めて事業として形にしていく。そのための“経営資源”がなければ、アイデアだけでは前に進めないんですよ。

――経済価値と社会価値、それぞれを別で取り組むことが、最終的に“交差”を生む土台になるわけですね。

小野:そこが非常に重要です。議論としては「どうやって両立させるか」って話しがちなんですが、実際には“何も進んでない状態”になりやすい。まずは、それぞれを独立して成立させる。その上で、共鳴する人やリソースを集めていく。その順番を間違えないことが、結果的にうまくいく道なんじゃないかと思います。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:できるくん
撮影:阿部拓朗