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シーズはある、人がいない。日本から創薬スタートアップが生まれない構造に挑むCVC大鵬イノベーションズの戦略

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2008年には世界第2位を誇っていた日本の医薬品創出数が、2022年には6位にまで後退した。COVID-19ワクチンに象徴されるように、欧米ではスタートアップが新薬開発の最前線を担い、大手製薬会社がそれを買収してポートフォリオを組むという流れが当たり前になっている。だが日本では、その動きはまだ緒についたばかりだ。

「日本のアカデミアには十分なシーズがある。問題は、それを社会実装へとつなぐ人と仕組みが足りていないことです」。そう話すのは、大鵬薬品のCVCを率いる下村俊泰氏。研究者の視点と投資家の視点、両方を持つ数少ない存在だ。なぜ日本から創薬スタートアップはなかなか生まれないのか。何が変わる必要があるのか。そして、日本から世界のがん患者に届く薬を作るために今何が必要なのかを聞いた。

下村俊泰
大鵬イノベーションズ株式会社 代表/マネージングパートナー
1999年に外資系製薬会社に入社、オンコロジー領域での創薬を推進し開発候補品を複数創製。2009年に大鵬薬品に入社後もオンコロジー領域の創薬研究に携わる。開発候補品を創製後、その早期臨床開発プロジェクトをリード。その後、2016年よりTaiho Venturesに出向し、オンコロジー分野を中心に欧米の創薬ベンチャーに対する投資、大鵬の開発候補品のスピンアウトベンチャー設立に携わる。2019年に帰国後、研究開発企画部門、経営企画部門に在籍し、創薬戦略策定、中⾧期製品戦略およびポートフォリオ戦略策定を主導。理学博士。

ポイント

・欧米で加速するオープンイノベーションと、日本の人材流動性の低さ・自前主義が生む創薬スタートアップ不足の構造的課題。
・売れるほど薬価が下がる日本固有の制度と、グローバル視点での上市戦略・M&A出口の重要性。
・投資前に研究者と共同研究を行い、データの信頼性を高める独自のインキュベーション手法。
・シリアルアントレプレナーの循環を促すため、若手経営人材の参入がエコシステム構築の鍵。
・AIとロボットの融合による創薬加速への期待と、ハルシネーションリスクへの慎重な対応の必要性。

INDEX

大手製薬会社はなぜ、スタートアップに投資するのか
日本の薬は、売れれば売れるほど安くなる
投資の前に、一緒に研究する。大鵬イノベーションズ流のインキュベーション
日本の創薬エコシステムを回すのは、若い経営者だ
AIとロボットとともに創薬する未来

大手製薬会社はなぜ、スタートアップに投資するのか

――創薬の世界では、大手製薬会社がスタートアップと組む流れが加速していると聞きます。まずはその背景を聞かせてください。

下村:製薬会社にとってのゴールが、「自分たちで薬を作ること」ではなく「誰よりも早く患者さんに届けること」だからです。2000年代の初頭、私がメガファーマにいた頃は、自社でスクリーニングをして化合物を作るのが当たり前でした。しかし、それだけでは限界があります。そこで、ある程度研究が進んでいるシーズを持つスタートアップに投資する方針に、業界全体の発想が変わってきました。

また、投資をすることで研究開発費の固定的な費用の割合を下げられるという経営的な合理性もあります。ただ、海外でオープンイノベーションが加速した背景には、もう一つ人材の循環という要因があります。欧米では、製薬会社とスタートアップ、アカデミアを行き来しながらポジションを上げていく文化があります。一方で、日本は人材の流動性が低く、自前主義の文化が長く続きました。それが業界全体の成長の遅れに直結しているように思います。

――それでも大手製薬会社が自社で研究を続ける意味はどこにあるのでしょうか。

下村:製薬会社が画期的な新薬を自社で創り出すポテンシャルは今でもあります。一方でCVC目線では「目利き力」を鍛えるためです。スタートアップの良いシーズを評価するためには、創薬を自分たちで経験している必要があります。要するに、自社で創薬を続けることは、ものにならないものに投資してしまわないための眼を育てることになります。もちろん新しい薬にはリスクがたくさんあって、必ずしもうまくいくわけではありません。だからこそ確度の高いシーズを選ぶ目が求められるのです。

――大鵬イノベーションズはオンコロジー(がん領域)や免疫疾患を中心に投資するCVCですね。領域を絞る理由も聞かせてください。

下村:がんは患者数が多い上に、死につながる病気でもあるため、課題感が強いです。結果的に、大きな市場が形成され、生物学の最先端ががん研究に集まるからです。だからオンコロジーに投資したいというVCは世界中に多い。そして、私自身が長年がんの研究をしてきた専門家でもあります。専門家同士が集まってやるからこそ、スピードが上がり、成功確率も上がります

また、がんや免疫をキーワードにすることで、組織の強みにもなります。全く関係ない分野まで「面白そうだから」と手を広げると、逆に足を引っ張ることになりかねません。アルツハイマーや神経系など、領域外は見なくていい。そうすることで、専門領域をより深く研究できることが、私たちの強みだと思っています。

日本の薬は、売れれば売れるほど安くなる

――日本で創薬ビジネスをする難しさのひとつに、薬価制度の問題があると聞きます。その実態を教えてください。

下村:日米の薬価の差は、大きいものだと10倍近くになるケースがあります。その理由の一つは、日本では承認後も様々な調整が入り、価格が徐々に引き下げられていくからです。しかも、たくさん売れるほど下がる、実際に調整が入って価格が下げられた薬をいくつも見てきました。

一方、アメリカは基本的に自由価格なので、インフレ率を超えなければ薬価を上げ続けることができます。承認後も市場の成長に合わせて少しずつ価格を上げていけるため、日米の差が大きくなってしまう。どんなに世の中の物価が上がっても、日本の薬価は下がっていく可能性もあります。頑張って営業してたくさん売ろうとすると、頑張っただけ価格が国に下げられるのが実態です。

――では、日本の製薬会社は海外市場に軸足を移してしまうのではないでしょうか。

下村:いえ、日本の市場は諦めることはできないし、すべきでもないと思っています。やはり日本の患者さんに薬を届けたいという想いは必ずあるからです。ただ、日本だけでビジネスを成立させようとするには無理があるので、常にグローバルな視点で考える必要があります。

そのため製薬会社では、どの国で最初に承認を取るかという議論が必ず出てきます。日本ではなくアメリカ、ヨーロッパで先に上市して薬価を確立し、それを参照して日本の薬価を決めるという戦略をとる会社もある。薬価制度は規制なので私たちがどうこうできるものではありませんが、その中でどう動くかは常に考え続けなければいけない問題です。

日本の国民皆保険制度は本当に素晴らしい制度で、それを守ることはとても大切です。ただ、その制度を維持しながら医薬品産業を成長産業として育てることをどう両立させるか。そこには、まだ大きな議論の余地があると感じています。

――資金調達の難しさも、日本のバイオスタートアップに影を落としていると聞きます。

下村:そうですね。バイオ領域への投資は根性がいります。投資のサイクルが長い割に、金利が上がるとリスクとして見られやすくなる。そのため、バイオへの投資配分比率がじわじわ下がっている状況があります。これはアメリカも日本も同様です。

さらに日本固有の問題として、上場のタイミングがあります。自己資金で回るようになってから上場するのが理想ですが、まだ研究開発費がかかる段階で、いわば苦し紛れで上場せざるを得ないケースがあります。創薬では、フェーズ3の臨床でPoCが取れた段階でも、その後の開発費や製造コストが莫大にかかる。上場後もボラティリティが高い状態が続きやすく、そこがバイオスタートアップへの投資を難しくしている一因だと思います。

出口として理想的なのは、臨床で有望なデータが出た段階でグローバルな大手製薬会社にM&Aしてもらうことです。自分たちでIPOして薬を売るところまでやろうとすると、15年以上かかる上に莫大な資金が必要になる。スケールアップは大手製薬会社の方が得意なので、7〜8年で臨床のPoCが取れた段階での売却が、現実的な出口として描きやすいでしょう。そういった背景もあり、日本でもIPO一択という空気から、M&Aへの流れに変わってきていると感じています。

投資の前に、一緒に研究する。大鵬イノベーションズ流のインキュベーション

――大鵬イノベーションズの投資スタイルで、特にユニークな点を教えてください。

下村:投資の前に「インキュベーション研究」を行う点です。先生方の研究を一緒に育ててから、会社を作るべきかどうかを判断します。具体的には、特許戦略の整理、動物実験での安全性データの取得、臨床に近い動物モデルでの検証といったことを一緒に行います。

目標は、他の投資家から見ても「このデータは信頼できる」と思ってもらえる水準まで研究シーズを引き上げること。最初に立てた仮説が検証できなかった場合は、支援を中止することも当然選択肢に含みます。必ず会社を作るわけではなく、あくまでも仮説検証のプロセスです。

先生から出されたデータだけを見て「これは良い、悪い」と判断するのは、とても難しい場合があります。一緒に研究する中でそのサイエンスの確からしさを肌で感じられることが、ある意味でリスクを下げることになっているし、先生方との信頼関係もその中で育まれます。時間もリソースもかかりますが、それをやってでも意味があると思っています。

――実際の成果として、どのような事例がありますか。

下村:北里大学発の「PRD Therapeutics」はその一例です。インキュベーション研究を経て会社を設立し、2023年に13億円を調達しました。2025年から臨床フェーズに入り、今年中にフェーズ1が完了する予定です。脂質異常症の会社なのでがん領域ではありませんが、このアプローチで生まれた会社のひとつです。また、熊本大学発の「StapleBio」もインキュベーション研究を経て2024年に4.6億円を調達し、次世代の核酸医薬品開発に挑戦しています。

――事例が生まれ始めているのは理解できました。ところで、国内のシーズが将来的に枯渇してしまうという懸念はないのでしょうか。

下村:ないとは言えません。そうなったとき、どうするかは常に考えていかなければいけないと思っています。一つの方向性は、複数のラボのシーズを組み合わせて新しいシーズを作ること。一つのラボだけで完結しているシーズでは展開に限界があっても、別の先生と繋ぐことで新しいものが生まれる可能性があります。古い特許でも組み合わせ次第で新しくなるかもしれない。

大学を超えた連携はまだ多くはありませんが、2024年からAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)が始めた「大学発医療系スタートアップ支援プログラム」では、全国12ある橋渡し拠点のうち、国立がんセンター、筑波大学など4機関の拠点が採択され、これまでの拠点の枠を超えて全国からシーズを募る仕組みになっています。補正予算150億円規模のプログラムで、そういう形で知見が混ざっていけば、少しずつシーズが広がっていくことが期待できます。

――複数の大学を跨ぐ場合、知財の帰属や利益配分といった問題も出てきそうですね。

下村:確かに、うまくいった場合の分配は論点になります。ただ、それは発明者の間で取り決めることなので、誰が関与したか貢献したかをしっかり整理して議論するしかありません。まずはシーズを産むことが先で、その後の話は必ず解決できると思っています。

日本の創薬エコシステムを回すのは、若い経営者だ

――創薬領域のエコシステムの現状についても聞かせてください。

下村:アーリーステージのシーズを育てようというアクションに対して、VC側の専門人材がまだ追いついていない部分があると感じています。経営者も同様です。実績ある人材をと考えると、どうしても50〜60代の大企業OBになってしまいます。

それでは一度イグジットしても、エコシステムとして循環しません。シリアルアントレプレナーをやろうにも、2回目をやる頃には80歳になってしまうからです。

――では、どういう人に創薬スタートアップに挑んでほしいと思いますか。

下村:若くて、スタートアップの経営に取り組んでみたいという意欲のある方です。仮にサイエンスは分からなくても、一緒に勉強していく気概のある人が増えてくれると嬉しいですね。1人で全部やる必要はありません。薬の世界は規制が複雑な分、手伝ってくれる人もたくさんいる。アクティブに動けること、そしてサイエンスをちゃんと学ぶ姿勢を持っていること。この2つが揃っていれば、あとは仲間と環境が補ってくれると思っています。

そして、研究者と経営者は分けて考えた方がいい。大学の先生にはサイエンスに集中してもらい、若いプロの経営者が経営を担う。その形が最も健全だと個人的には思っています。年齢と説明のうまさは比例しませんし、投資家が聞きたいことを整理して答えられるか、それをトレーニングできるかどうかの方がよほど大事です。

――大学院生の段階から、そのキャリアを意識することはできますか。

下村:できますし、そうなってほしいです。自分の研究テーマ、あるいは先生や先輩のテーマが創薬につながるかもしれないと気づいたとき、補助金などを取りながら進めてみることは今でもできます。同じ大学内のスタートアップで少し経験を積むのもひとつの道です。

基礎研究から外に出ることへのハードルがまだ高いのはわかっています。VCに話すと株を持っていかれる、研究を盗まれるという警戒感を持つ方もいるでしょう。ただ、特許を先に書いてから論文を出す文化に変わりつつあるように、少しずつ変化は起きています。近くに「あの先生、どうやってうまくいったんですか」と気軽に聞ける成功例が増えれば、それが一番の変化のきっかけになると思います。今の日本のバイオ分野はまだ成功例が少ない。だからこそ、1件1件の成功が持つ意味は大きいはずです。

――大手製薬会社で活躍している研究者には、どう動いてほしいと思いますか。

下村:アカデミアの先生方と一緒に、創薬の社会実装を進めてほしいです。創薬のプロジェクトをリードした経験があって、次にどんな失敗が待ち受けているかをある程度予測できる人たちの知見は、スタートアップにとって本当に貴重です。プロボノのような関わり方でも構いません。大企業で積み重ねてきた経験値をフル活用できるのがスタートアップの環境だと思っていますし、そういう人たちが外に出てアカデミアと一緒に動く。そこから日本の創薬エコシステムが少しずつ変わっていくんじゃないかと思っています。

また、私たちが参加しているアクセラレーションプログラムでは、大鵬の他にエーザイ、塩野義、アステラスも参加していて、研究者の開発コンセプトを製薬会社目線でレビューするという取り組みをしています。最終的に創薬シーズを買うのは製薬会社なので、将来の買い手が最初の段階でアドバイスする。研究者が間違った方向に時間を使わないための仕組みとして、もっと広げていけたらと考えています。

AIとロボットとともに創薬する未来

――生成AIの台頭によって、創薬の開発期間は短くなっていくのでしょうか。

下村:変わる可能性はあると思っています。いくつかの場面で生成AIが使われてくるのは間違いなく、化合物の設計や副作用の予測はすでにその候補として挙がっています。先行薬の情報収集や文献調査などは、今でも生成AIが瞬時にやってくれる。エージェント化が進めばさらに速くなっていくでしょう。

もう一つ大きいのは、実験のロボット化です。ロボットは文句を言わずに24時間働けます。今は研究者が1日8時間しかできないことが、ロボットなら止まらずに回せる。そうなるとデータが溜まる速度が上がり、アウトプットも相乗的に加速していく。生成AIだけよりも、フィジカルAIと組み合わさった時の方が、創薬への影響はずっと大きいと思っています。

――一方で、この領域ならではのリスクもありそうです。

下村:ハルシネーションは絶対に許されない領域なんです。化合物の設計でAIに嘘を言われて、それをそのまま作ってしまったら大事故になる。もっともらしい内容で出てくるのが一番怖くて、お医者さん向けのガイダンスのAIが間違えて、薬を飲んだ患者さんに何か起きたらとんでもないことになります。

AIのアウトプットのもととなる文献自体の問題もあります。以前、ある製薬会社が発表した論文のうち再現性があるものがどれだけあるかを調べたところ、かなり低かったという報告があります。再現性の低い論文を大量に学習したAIが出す答えは何なのか、という問いは常につきまといます。

――では、AIをどう使うのが正しいのでしょうか。

下村:何を信じるかの根拠を、自分たちで確認しなければいけない、ということだと思います。確認せずに人に投与することは絶対にできないので、そこは人間の判断が必要です。逆に言うと、製薬会社が自社の実験で積み上げてきたデータは大きな強みになります。複数の製薬会社がデータを持ち寄って新しいAIを作ろうという取り組みも出てきていて、そういうところから信頼できるツールが育っていくのかなと思っています。

人間がやるべきことと、機械に任せるべきことを分けていくのが現実的な向き合い方です。まだない薬や未来の薬に対してどこにニーズがあるかを考え、患者さんの立場に寄り添って進めていくのは人間が強いところ。動物実験のような判断が必要な作業も同様です。回せるところは機械に任せて、人間はそこに集中する。その整理がこれからの創薬現場で求められていくと思います。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗