2021年9月、三菱地所と東京医科歯科大学(TMDU)は共同運営プロジェクト「TMDU Innovation Park(TIP)」を開設した。TIPはトータルヘルスケアイノベーションの拠点と銘打って生み出したコミュニティだ。人々の健康が増進する社会を実現すべく、大学・スタートアップ・行政などが関わり合える産学官連携を目指している。
9月8日にはTIPのオープニングを記念したオンラインイベントを実施。TIPの取り組み、事例の紹介、パネルディスカッションなどを対話した。本記事では、イベントで語られた内容をレポートとしてお届けする。
INDEX
・医療現場のアセットを活かして“トータルヘルスケアの実現”に取り組む
・NEC×TMDUが生み出した予防医療特化の新規事業「NECカラダケア」とは?
・オープンイノベーションの発信地は東京・御茶ノ水にて
医療現場のアセットを活かして“トータルヘルスケアの実現”に取り組む
イベントの最初に登壇したのは、東京医科歯科大学 統合イノベーション推進機構 教授の飯田香緒里氏。飯田氏からは、TIPやTMDUが携わるオープンイノベーションの取り組みについての紹介があった。
飯田「本学では、国際都市東京に位置する利点を活かした医歯学研究領域で世界屈指のヘルスケア・サイエンス拠点を形成すること、そして世代を超えて人類の“トータル・ヘルスケア”を実現することを目指しています。これらのミッションを達成するためには、大学のみではなく産学連携・オープンイノベーションに取り組むことが大切だと考えます」
TMDUには、大きく分けて3つのアセットがある。共同研究や学術指導などの「研究力」、臨床現場の視察や情報活用などの「臨床力」、それらを学生やステークホルダーに伝える「教育力」だ。これらを最大限に活用することで、産学連携による価値創造をより大きなものとしている。
飯田「これまでにも、医薬分野・再生医療分野・ゲノム医療分野・医療機器分野・ヘルスケア分野などで領域ごとに専門人材を配置したプロジェクトの実施を行なってきました。また、組織対組織の産学連携も推進しています。業界にとらわれることなく、ビジョンが一致する企業様とは大型のプロジェクト実施に踏み切ってきました」
現在TMDUではさらなるイノベーションへの貢献を目指した取り組みとして「TMDUイノベーション戦略2020」を掲げている。 “医療・健康・社会をリデザインする”“アイデアから始める産学連携〜共同研究で終わらない産学連携”をテーマに、Withコロナに対応した新たなトータルヘルスケア戦略を実施しているのだ。
飯田「昨年は、30年後の未来を考えるワークショップや、課題解決に向けたイノベーションアイデアコンテストなどを実施しました。今回のTIPは、その一手先の仕組みづくりと位置づけています。医療現場や研究現場を起点に、大企業・スタートアップ・行政などが集うコミュニティの醸成に着手していく所存です」
NEC×TMDUが生み出した予防医療特化の新規事業「NECカラダケア」とは?
続いて、TMDUが実施している産学連携の取り組みの代表例についての紹介があった。今回取り上げられたのは、NECとTMDUにて実施している「NECカラダケア」。登壇者は、NEC・高瀬宏文氏、TMDU・藤田浩二氏、経済産業省 ヘルスケア産業課・稲邑拓馬氏だ。
高瀬「TMDUとNECでは昨年、2020年10月に連携協定を締結しました。疾病予防や健康の維持・向上に資する取り組みとして、ヘルスケア領域における新しい事業の創造と研究を進める体制を構築しています。『NECカラダケア』の取り組みはその一つ。実店舗にセラピストとして理学療法士や作業療法士を配置し、身体の分析や体質に合わせた適切な施術を提供しています」
コロナ禍において自宅で過ごす時間が増えたことから、自身の健康を気遣う人々が増えている。そういった人々に向けて適切なヘルスケアサービスを提供し、健やかに日々を過ごしてもらうよう働きかけるのが本事業の目的だ。
高瀬「病気になったから治療するという考えではなく、病気を予防するためのヘルスケアという観点で本プロジェクトは始動しました。サービスを提供すると共に、データを集めることで研究活動に活用していくことも目的です」
稲邑「現在のヘルスケア領域の事業の多くは薬機法の管轄外のものを医療現場とは離れた場所で提供しているケースが多くあります。今回のように医療現場で活躍する人材が専門性を活かしてヘルスケア領域に取り組む事例は新しく、かつ価値も大きなものなので非常に期待しています」
事業アイデアが生まれてからローンチに至るまでは約1年と、スピード感を持って本プロジェクトは実施されているという。今後は身体のみではなく「栄養」「心」などあらゆる領域で事業を展開することで人々が健康に生きられる社会の創造を目指す。
藤田「我々のように医療に従事する人間は、医療現場の外に出る機会が非常に少なく、それゆえにこうして社会と繋がる機会も多くありません。病院で患者さんと対峙している中で感じていた予防医療の必要性も、病院にいるだけではきっと形にできず、ただ歯がゆい思いに留まってしまっていたことでしょう。それがこうして形になるのは、まさに産学連携あってこそだと思います」
稲邑「予防医療に対する世間の興味関心はまだまだ高くありません。しかし、ウェアラブル端末や技術開発の影響で、日常の健康状態を知る機会は増えましたし、今後健康への感度はとても高くなると見込んでいます。そういったときにエビデンスを持ってサービスを生みだせるのが、産学連携でアカデミックな要素を取り入れて事業開発を行う強みです。今後もTIPを始め多くのサポート体制が生まれてヘルスケア領域の事業が加速することを願っています」
オープンイノベーションの発信地は東京・御茶ノ水にて
イベントの最後には、パネルディスカッションが実施された。テーマは「新時代における日本のヘルスケアイノベーション」。あらゆる目線から考えるヘルスケア領域の事業の今後を考える。登壇者は、Beyond Next Ventures・橋爪克弥氏、東京大学 FoundX・馬田隆明氏、TMDU・飯田香緒里氏、三菱地所・堺美夫氏の4名だ。
橋爪「世界と比較したとき、日本は創薬・医療系分野で高い研究開発力を誇るとされています。研究資金も決して少なくなく、開発のポテンシャルは非常に高いのです。ところが、日本によって開発された新規医薬品は世界と比べて少なく、減少傾向にあります。つまり、研究開発には強いもののアウトプットが弱い。それが、日本の現在の課題です。
一方で大学発ベンチャーの現状というと、設立件数は増加傾向にあり、資金調達額も同様に増加しています。背景には、大学発ベンチャーの上場数が関与しており、VC・CVC・投資家からの信頼を得ているのが現状です。ただ、スタートアップが増加している昨今においても、ヘルスケア領域の事業に取り組む企業は10%未満。今後、この領域に取り組む企業数拡大は課題だといえるでしょう」
スタートアップの立ち上げが珍しくなく、世の中の後押しもある現在。より一層、大学・大企業・スタートアップらが手を取り合い新しい価値創造を目指して協業していく未来が求められている。
馬田「大学発ベンチャーを見ていると、ITの力を活かして他分野に貢献したいと考える人は多いように感じています。医師を目指していた学生が、人の健康を維持するという目的を叶えるために医師ではなく医療技術を社会実装することに興味を抱くような例が増えているなと」
飯田「日頃、起業をテーマにしたセミナーを開催していますが、最近は参加者の半分が学生なんてこともあります。それだけ学生自身も意識が高く、自らが活躍できるフィールドを探しながらアンテナを張っているのだと感じずにはいられません」
ディスカッションの話題は、産学連携のさらなる推進へと移る。医療分野での産学連携が最も進んでいるのは、アメリカ・ボストンだという。エコシステムが形成されており、スピーディーに共同開発、臨床実験などを成功させている。
橋爪「大学・VC・インキュベーターらがコンパクトシティに集積している街なので実現できていると考えています。距離感が近いからこそアライアンスに取り組むハードルも下がっているのかなと」
堺「そういう意味ではTIPのような取り組みを御茶ノ水という土地で行えるのは非常に喜ばしいことなのかもしれません。大学や企業が集まっているのはもちろん、丸ノ内線を使えば本郷や大手町などへも行ける距離感。産学連携を推進するための場としては成熟する可能性をとても秘めていると思います」
TIPの取り組みはまだ始動したばかり。トータルヘルスケアイノベーションのハブとして機能するべく時間・空間・英知の集積するエコシステム形成を目指している。
馬田「ITとヘルスケアは互いを補い合う関係性だと思っています。医療分野に数多ある課題をITの力が解決できるケースはおそらく今後もたくさんあるでしょうから。TIPを通してその成功事例が生まれ、ヘルスケア領域のアップデートにつながってほしいと考えています」
飯田「医療分野で産学連携は今まで医薬品や医療機器開発などの専門性の高いものばかりに留まっていました。しかし、本来は医療の知識が身近な暮らしをより良くするお手伝いができると思っています。そういった潜在ニーズを掘り出し、活性化できるような場所としてTIPを機能させていきたいです。私たちの今後の活動にご注目いただければ幸いです」
●TIPにご興味がある方はこちら