全方向移動機構が拓く製造業の未来――TriOrbが目指す固定製造ラインの制約を超えるフレキシブルな工場
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TriOrbは、360°自由自在に移動できる「全方向移動機構」を開発した。小さな筐体でありながら800kg/台の耐荷重を備え、ミリ単位の精密な制動も可能だ。さらには複数台を協調して動かすことで長尺物や特殊な荷姿のモノを運べるなど、「移動」に革命を起こす存在であり、顧客の本導入も始まっている。
同社が手掛ける新しい「移動」は、製造現場のあり方を変えつつある。工場においては、「移動」は付加価値を生まない付帯的な作業だと位置づけられてきた。しかし「移動」を主作業と位置付けたうえで設備として組み込めば製造はフレキシブルになると、同社代表取締役CEOの石田秀一氏は話す。
これまで製造現場では何が課題だったのか、その課題に対して「移動」はどのような解決策となりうるのかを、同氏に伺う。ディープテック領域のスタートアップにとって役立つTipsについてもお話しいただいた。

石田秀一
株式会社TriOrb 代表取締役 CEO
九州工業大学大学院生命体工学研究科博士後期課程修了。産業技術総合研究所で製造業向け生産システム/プロセス評価の研究に10年取り組む。自律移動ロボットの競技会で世界大会技術部門2位。
ポイント
・全方向移動機構による「移動の設備化」が、固定ラインの制約を打破し、多品種生産時代に不可欠な工場の柔軟性を劇的に向上させる。
・産総研での10年の経験に基づき、特殊部品を排した保守性とミリ単位の精度を両立。研究と現場の溝を埋め、社会実装を実現した。
・複数台の協調による長尺物搬送や、アームロボットの土台としての活用により、人の動きを模した高効率な作業環境を構築する。
・米国拠点によるグローバル展開に加え、移動データの蓄積による「工場の大規模モデル」構築で、経営層への提案力を強化する。
・調査レポートではなく、現場で泥臭く課題を抽出する姿勢こそが、投資家や顧客からの信頼を勝ち取る源泉となる。
INDEX
・製造業のボトルネックは「移動」
・「移動」による製造現場の再定義がはじまった
・社会実装から逆算した技術開発
・経営者は、解像度高く話せなければならない
・エンジニアと共に拓く、ものづくりの未来
製造業のボトルネックは「移動」
――貴社は、重量物やマニピュレータを全方向に動かせる「全方向移動機構」を開発されました。これによって製造業はどのように変わるのでしょうか?
石田:一言でいうと、製造現場がフレキシブルになります。
製造現場というと大量生産を想像される方も多いかと思うのですが、工場に求められる要件は変わりつつあります。大量生産の象徴的な存在であった自動車工場についても、様々な車種を製造するようになっていますよね。大量生産よりも差別化が重視される今日、日本のものづくりの競争力の源泉は、多品種生産が可能な柔軟さにあります。工場の中で培ってきた技術やリソースを受け継ぐためにも、フレキシブルな製造現場は求められています。
――多品種生産が可能なフレキシブルな製造現場を実現するキーワードが移動だということですね?
石田:その通りです。従来は、製造現場における「移動」は本筋ではない付帯作業として位置づけられていました。その発想を転換して、「移動」を主作業として扱う。つまり、「移動」を工場設備の1つに組み込んでしまうことで、生産プロセスが刷新されると考えています。
これにより変種変量生産も、より自由な形で実現させられます。移動起点での革新を、日本から作っていくことを狙っています。
「移動」による製造現場の再定義がはじまった
――全方向移動機構を使えば何がどのように変わるのですか?
石田:たとえば重量物を扱う製造工程では、工程間搬送に天井クレーンを使うケースがあり、複数人で作業しますが、それぞれの搬送作業と搬送の待ち時間が発生しますよね。また、クレーンの場合には人間の手による玉掛け作業が何度も発生します。しかも、稼働中のクレーンの下には危険なので作業員は出入りできません。ここに全方向移動機構を導入すると、モノを陸上で安全に次々に運びながら手待ち時間なく並列で生産できるわけです。
また、全方向移動機構ならば、工場の狭い通路でも移動できますし、ミリ単位の精度があるので「とりあえず移動させる」のではなく、次の機械にモノを直接投入するところまで実現させられます。「移動」を、単なる付帯的な作業ではなく、生産設備の一部に変えていけるわけですね。
――そうすると、工場のカタチが大きく変わりそうですね。
石田:その通りです。これまで移動は、人が行うことを前提にしており、きちんと設計されてこなかったと思っています。作業のブレは作業員がうまく吸収する形で、属人的に行われてきました。移動に関する労力はゼロに近ければ近いほど良いわけで、そこを代わりに請け負える技術力が我々の強みだと言えます。

――生産性も大きく上がりそうです。
石田:実際に、生産性が劇的に上がるケースもあります。また、受注ロットの最小単位も大きく引き下げられるので、フレキシブルな工場運営にもつながります。
――導入は実際に進んでいるのでしょうか?
石田:たとえばTier 1と呼ばれる自動車部品メーカー様を中心に全方向移動機構の検討が進んでいます。一部の工場ではPoCを終えて、生産ラインの中で部品の供給を行ったり、金型の搬送を行ったりしています。コンベアやクレーンの「移動」を代替する未来に向けて、実績を1つずつ積み重ねています。
これまでは1工場につき1台や2台の発注が多かったのですが、10台弱の発注も見えてきました。最近では導入実績も増えつつあり、それに伴ってリードタイムも縮小してきました。さらなる横展開を見据えていて、それに向けて資金調達を進めているところです。
――そのほかにはどのような企業が関心を寄せているのでしょうか?
石田:展示会に出展すると、工場を抱えている色々な企業の方からお声がけいただきます。現代では変種変量生産が採用されることも多く、たとえば半導体のように大量生産が前提だった業界でもチップを簡単に試作できる工場が求められています。そうした変種変量生産で工程が組まれている工場などからお声掛けをいただいていますね。
国外でも引き合いは強いです。先日、デトロイトに米国拠点を設立したのですが、展示会に出展すると多くの米国企業からもご関心をいただき、LOI(意向表明書)をいただいたケースもありました。米国企業も日本と同様の課題があり、弊社の技術にご期待いただけているようです。
社会実装から逆算した技術開発
――工場ではどれくらいの重さのモノを運ぶ想定なのでしょうか?
石田:実証では約800kgの重量物を運んだのですが、実験レベルであれば1tのモノを運べました。現場でよく扱われる金型の重さが300~500kg程度なので、耐荷重は十分に実用的です。実際の現場では、モノの重量だけでなく荷姿(形状)も重要です。多くの工場では特定の荷姿を移動させるための専用搬送体を持っているのですが、月に1回しか動かさない場合もあるなど課題がありました。
――確かに工場では特殊な形のモノを運ぶ機会も多いですよね。
石田:我々の全方向移動機構は複数台協調も可能なので、特殊な荷姿にも対応できます。
また、位置決め精度も優れており、数ミリ以内の制動が可能です。本体についている魚眼レンズで場所の特徴を捉えるので、位置情報の精度も高い。微調整が必要な場合も全方向に稼働できるため、狙ったところにピタッと移動できます。クレーンで吊る時のように、作業員が押したり引いたりする必要はなくなるはずです。

――イメージしやすい実例はありますか?
石田:たとえば産業界でよく使われるアームロボットも、全方向移動機構と組み合わせることで改良できます。従来のアームロボットには長い腕が生えていて、それがクネクネと動きますよね。しかもアームが長いので重心が偏って倒れやすいんです。
そこで発想を変えて、アームロボットに「移動」を組み合わせました。全方向移動機構を使えば土台自体が動くため、短いアームで十分ですし、アームがクネクネと動く必要もありません。人間が手と足を組み合わせてモノを移動させるように、作業効率を大幅に向上させます。
――全方向移動は原理的には思いつく人も多そうに感じます。
石田:実際は、全方向移動機構は50年ほどの研究の蓄積がありました。ただ、重いものを運べない、狙った場所から数センチ単位でズレるなど、産業用途には耐えられなかったんです。
――50年前から研究はあるのに、社会実装が進まなかったのはなぜですか?
石田:最大の原因は、全方向移動機構を扱う研究者の多くが、現場の課題を深く知ろうとしなかったことだと思います。研究開発は、目的がないと進みません。製造業の移動に大きな課題があることを実感している研究者が少なかったことが、全方向移動機構が実装されなかった一番の要因だと思います。
――学問と現場の間に溝があった。それを、石田さんが繋いだということですね。
石田:産業技術総合研究所(以下、産総研)で働く頃から現場の重要性を感じていたので、作業着を着て安全靴を履いて、現場に何度も足を運びました。現場に入り浸って、その現場に必要な機能は何かを考え抜きました。そこからバックキャストで考えたところ、私がかねてから研究していた全方向移動機構がソリューションとして浮かび上がってきたんです。
現場の課題さえ分かれば、何を目指すべきなのかは明確になります。我々の場合は「移動」を設備の一部にしなければ意味がないので、移動機構の部品には特殊部品はなるべく使いませんし、稼働を止めないために保守性にもこだわっています。こうした現場起点の技術開発は、誰にでもできることではありません。
経営者は、解像度高く話せなければならない
――石田さんは、産総研で長く働かれてきましたが、安定した職を捨てて、スタートアップを興したのはなぜですか?
石田:自分が培ってきた技術を社会に実装できるチャンスがあると感じたからです。基礎研究も含めた全ての研究の中で、社会実装まで漕ぎ着けられるものは決して多くはありません。私が応用研究側の研究者だったこともあり、実装のチャンスがあるのであればチャレンジしてみたいと考えていました。
あとは、タイミングの問題もありました。製造業では現場経験がとても重視されるため、20代で参入するのは現実的には難しいかもしれません。何かあった際の損失も桁違いに大きくなるのでそれも理解できます。大学での研究の下地があり、産総研で10年以上働いたタイミングだったので、製造業の方々から信頼いただける土壌が整ったと感じたことも独立の決め手でした。
――確かに、顧客からの信頼が得られるかは大きいです。
石田:自分たちが解決できる課題に対して経営者自身が、解像度高く話すことが重要です。そのように解像度高く話せる自信がついたタイミングで、スタートアップ起業に踏み切りました。

――ちなみに素人考えかもしれませんが、移動に関する技術の適用先としてまず思い浮かぶのは物流などの業界かと思います。なぜ製造業に着目されたのでしょうか?
石田:確かに、全方向移動機構を物流などに適用させる研究はあります。物流とは違いますが、私自身、大学時代には全方向移動型の車椅子を研究していました。ただ、そうした分野では、全方向移動機構は「あったらいいな」と言われるものの、実際に対価をいただけるかというと疑問符が付きまとっていたんですね。
――技術的には優れていても、実際に買ってもらえるかは別問題ということですね。現場をよく知る石田さんならではの気づきだと思います。
石田:一方の製造現場では、「移動」を変えることで生産性に大きく貢献できると考えています。産総研では製造業向けの研究を行う中で、数百件の現場に伺い、生産財や消費財など様々なものを作る工場を見てきました。多くの工場に共通する課題を自分の目でたくさん見てきた中で、「移動」が解決策となる課題も多いと実感したんです。
そうした想いを抱えながら、産総研に入った後も大学との共同研究は続けてきました。肝心なことは、「移動」の効率を上げるだけでなく、製造現場全体を強化することです。それを実現させる下地を整えていました。移動に着目すれば、莫大な投資を行わなくても生産プロセスは変えられると考えています。
エンジニアと共に拓く、ものづくりの未来
――これからディープテック領域で起業を志す方々へのメッセージもお願いします。
石田:とにかく、現場にこだわることが肝心です。起業したいと相談を持ち掛けてくる後輩も多いのですが、まずは現場を知るようにアドバイスしています。調査レポートを読んだだけでは自分の言葉で課題を語れないと、現場に立って知りました。
私たちが米国進出先としてデトロイトを選んだのも、現場にこだわったからです。なぜシリコンバレーではないのかと聞かれることも多いのですが、シリコンバレーにはお金があっても現場が少ないんです。実際の工場で、エンジニアたちと一緒に汗水を垂らさないと意味がないと考えました。

――ありがとうございます。今後の展開を教えてください。
石田:今はどちらかといえばメーカーに近い立ち回りをしていますが、我々が本当にやらなければならないのは生産ラインの請負です。その先には、「こんな製品を作りたい」というご要望に対しても提案したい。工場の動き全体を見渡して、設備はどのように作ればよいのか、人間はどのように関わるべきなのかなどを提案したい。工場全体や経営の意思決定に参画できるように動いています。
そのための鍵を握るのはAIの進化で、工場の大規模モデルづくりです。TriOrbの筐体を使ってモノを運べるようになれば、工場の配置もどんどん学習していきます。これまで存在していなかった工場の大規模モデルを作れば変種変量生産における理想的な配置も理解できるようになるでしょう。
――大規模モデルができれば業界全体の生産性向上にもつながりそうです。
石田:一般的に工場のサイバーフィジカルシステムは装置単体で設計されていて、付帯作業的に作業員がモノを運ぶ属人的な側面があります。結局、人が移動させている部分はサイバー部分に乗らないのでデータが蓄積されず、「移動」が気づかないうちに工場全体のボトルネックになっていたというのが私の見立てです。
そうした課題を解決すべく、モデリングやAIなどソフトウェアの部分を強化していきます。
――エンジニア採用を強化されるということでしょうか?
石田:はい、その通りです。当社としては、ものづくりとAIの両方に興味のあるエンジニアを探しています。
現場の課題感とは無縁でいられないのが、弊社のビジネスです。現場が抱える本質的な課題を泥臭く探し出し、AIを活用して解決していくのが弊社の次のフェーズです。コーディングが純粋に好きというよりは、ものづくりに貢献する意欲のある方との出会いを期待しています。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう
撮影:河合信幸