海底、サーモン、ニワトリの骨格。「まだ見ていないもの」をどう描くか【東大Week@Marunouchi 2026 DAY2】後編
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東京大学の教員陣が最先端の研究を大手町・丸の内・有楽町エリアで語る「東大Week@Marunouchi」。2026年は7月28日・29日の2日間で開催された。2日目の7月29日は3会場に分かれ、各会場2部構成の講演が行われた。
本記事では、3×3 Lab Future会場の第2部に登壇した沖野郷子氏の深海探査の話に加え、Inspired. Lab会場の2講演――養殖サーモンから食の倫理を問う福永真弓氏、デザインの思考法を実演した山中俊治氏――をレポートする。測る、作り変える、描く。三者が扱っていたのは、いずれも「まだ十分に見えていないもの」との向き合い方だった。
ポイント
・世界の海底のうち、実測済みは約3割。残る7割は衛星で測った海面の傾きからの推定で、実測値と1000メートル単位でずれることもある未知の領域。
・プレート運動を支えるのは、海水が入り込むことで保たれる地球表層の「絶妙な硬さ」。欧米のチームが手薄なインド洋で、プレートが生まれる海嶺に挑む日本の研究チーム。
・「サーモン」は生物の分類ではなく商品カテゴリー。ニジマスは「トラウトサーモン」となり、三倍体化や身の色番号の管理で「いつ食べても同じ味」を実現。
・地球に置かなくても成り立つ細胞農業が投げかける、人間は何を食べて何者になるのかという問い。創造は同時に廃棄でもあるという、デザインに伴う責任。
・名前のついた部品をつなげるのではなく、骨格や仕組みを理解して形を描く思考法。Suica改札の13度も、構造から車を描き直す発想も、その延長線上。
INDEX
・地図のないところに行きたい――深海を探査する
・サーモンになった魚たち:デザインされる生命が問う食の倫理
・未来を描く
地図のないところに行きたい――深海を探査する

登壇したのは、東京大学大気海洋研究所教授の沖野郷子氏。全長100メートル級の研究船に乗り込み、海底の成り立ちを調べてきた。冒頭で流されたのは船内の映像だ。後部デッキには何もない。研究目的ごとに機材をまるごと積み替えるため、船そのものは意図的に「だだ広く」作られているのだという。

沖野:石を取って、筒を突き刺して泥を採って。ローテクの極みみたいな、何十年も何百年もこれをやっているみたいな世界です。24時間動いているので、ご飯が唯一の楽しみ。船員さんも交代するので、誰が司厨長(船の調理責任者)かというのは我々にとって非常に大きい問題です。
海底の7割は「推定」でしかない
Google Earthを開けば、海底にも山脈や平原があることは誰でも見て取れる。だが実際に計測されているのは、世界の海のおよそ3割にすぎないという。
測深の歴史は長い。ギリシャ時代から重りとロープで水深を測ってきた。音響測深に移行したのは第一次世界大戦以降である。潜水艦探知のために発達したソナー技術を、ドイツの技術者が真下に向ければ水深が測れると気づき、特許を取得した。それが世界中へ急速に広まったそうだ。
とはいえ当初は船の真下しか測れず、面的な地図を作るには行ったり来たりを繰り返すしかなかった。転機は1980年代のマルチビーム測深機だ。ビームを細くし、複数方向を聞き分ける。一度の航走で水深の3.5倍ほどの幅を、芝を刈るように測れるようになった。
沖野:太平洋の水深4000メートルの所にいるとしたら、一気に14キロメートルが測量できちゃう。すごいと思うでしょう。すごかったんですけど、でも船は遅いんですよ。観測する船の速度は時速20から25キロ。一生懸命自転車を漕ぐくらいですよね。で、地球は広い。
残る7割はどうしているのか。答えは推定である。人工衛星で海面の高さを測る。水面は必ず重力に直交するため、海底に重い山があればその方向へ海面もわずかに傾く。この関係を使えば、おおまかな地形が導ける。ただし推定は密度の仮定に依存するため、実測値と1000メートル単位でずれることも珍しくないという。
沖野:私が学生の頃から言われているのは、地球の海底地形よりも火星の地形のほうが精度よく分かるということ。これは事実です。火星は探査機で電磁波を照射することで測れますが、地球でやると海面で反射してしまう。それでも重力による推測のおかげで、船で行って未知の巨大な海山やアトランティス大陸を発見するみたいな夢は90年代以降なくなりました。

「絶妙な硬さ」がプレートを動かしている
海底を測る理由には、海図の作成、資源開発、漁場、地震・火山の監視、排他的経済水域の画定といった社会的要請に加え、科学的要請もある。一つは、活発な火山活動や巨大地震の大半が深海で起きていることから、その仕組みを解明する研究。もう一つは、活動の穏やかな海底に積もり、2億年分の地球史を刻んだ堆積物から過去を知る研究だ。
沖野氏が関心を寄せるのは前者、なかでも活動が活発な、プレートが生まれる場所だ。地球表層の硬い層はリソスフェアと呼ばれ、その硬さは温度で決まる。岩石の粘性は温度が上がると桁単位で下がる。地球の表面が硬いのは、単純に冷えているからだという。

沖野:よくプレートが沈み込む漫画がありますよね。でも硬かったら曲がらないと思いません?これ、絶妙に硬いんですよ。ガチガチだったら一枚岩ですから。硬くなりすぎるとどうなるかというと火星です。火星は冷え切っているため、今はプレートテクトニクスの世界ではありません。
地球は46億年の歴史のうち、およそ40億年にわたってプレートテクトニクスを維持している。なぜ火星のように固まらないのか。有力な説の一つが、海の存在だ。岩石鉱物の結晶格子に水が入ると、粘性は大きく下がる。亀裂から海水が入り込むことで、適度な柔らかさが保たれてきたという仮説である。
なぜインド洋なのか
日本で固体地球科学を専門とする研究者の9割ほどは、プレートが沈み込む側を扱う。沖野氏はその逆、生まれる側だ。地球全体で見れば年間の火山活動の8割は海嶺で起きているが、遠く、噴出も穏やかなため注目されにくい。
近年の焦点は時間軸にある。氷期・間氷期の海水準変動がマグマの生産量を左右し、それが地形に現れるという論文が十数年前に発表され、大論争になった。数百万年スケールの変動を追うには、1000キロ規模の調査が要る。そこで沖野氏らが選んだ舞台が、インド洋だった。
沖野:戦略的なことがあって、太平洋や大西洋に行くともう絶対に欧米のチームに勝てません。インド洋はどこの国からも遠い。港も遠い。これは参入の価値ありということで、我々の師匠の世代がインド洋に進出して、以後日本人チームは結構頑張っています。
1年半前の航海では、モーリシャスから船に乗り、3週間ほど調査を行った。断層で剥き出しになった巨大な崖に沿って、数十キロおきに、深さを変えて岩石を採取する。手法は金属の網で海底を引っ掻くドレッジ。極めてローテクだ。そして採れた石には、しばしば小さな生物が付いてくる。ある回収では、タコらしき生物が姿を現した。分類の専門家に照会中で、新種であることはほぼ確実だという。
沖野:これからのトレンドは無人機による測量です。海底の近くまで行けるので分解能は1メートルくらい、車以下まで測れる。ただこれがまた遅いんですよ、歩くより遅い。それでも探査の未来は無人化に向かうでしょう。ただ、私個人としては、現地に行かなかったらモチベーションが湧かない気がしています。
サーモンになった魚たち:デザインされる生命が問う食の倫理

Inspired. Lab会場の第1部に登壇したのは、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授の福永真弓氏。専門は環境倫理と環境社会学だが、近年は「惑星倫理」という言葉を使うようになったという。自然が人工化されるというより、人工物のなかに自然を見出す作業が中心となり、従来の「環境」とは意味合いが変わってきた。なにより、地球そのものが改変され、宇宙への居住環境の拡張が現実味を帯びるなか、地球という惑星とは何ものであるのか、棲まうための環境とはどのようなものかが問われるようになってきたからだ。
福永:今日お帰りいただいた時に、スーパーの前でサーモンを目にしたらちょっと立ち止まる。それをしていただけたら、私の講演は成功かなと思っています。
「サーモン」は商品カテゴリー
出発点として示されたのは、岩手県宮古市のサケ漁獲量のグラフだった。平成のピーク時に600万匹近くあった数字が、令和5年には6349匹まで落ちている。網に数万匹入っていた時代から、数えられる程度へ。宮古市は令和2年から「宮古トラウトサーモン」の出荷を始めた。産業として、サケからサーモンへ軸を移さざるを得なかったのである。
この二つは同じ魚ではない。トラウトサーモンの正体はニジマスだ。サーモンという語は、生物学的な分類ではなく商品カテゴリーに近いという。養殖された生食可能な大型サケ類のうち、オレンジから赤の身で、どこを取っても脂が乗っていれば、それはサーモンとして流通するのだ。
福永:ニジマスが日本に来たのは1877年。冷たい水を好む性質が中山間地域の産業に適し、国策として広がりました。戦後は冷凍魚としてアメリカへ輸出され、静岡や長野には「ニジマス御殿」が建つほどでした。円高で輸出が難しくなると、今度は釣りブームが来ます。開発で減った渓流魚の代わりに放流され、釣り堀の定番になったのです。
転機は1980年代。日本市場を調べたノルウェーが、刺身と寿司のネタとして養殖魚のトラウト(マス)を売り込んできたことだという。
福永:マスは日本の市場でちょっと安い印象があると察知したノルウェーの人たちが、じゃあサーモンを付けようと。サケのほうが位が高そうだ、と。それでトラウトサーモンという名前がついて、ニジマスはトラウトサーモンになりました。
いつ食べても同じ味、のために
養殖技術が目指すのは、その魚そのものの味ではない。いつ、誰が食べても同じ品質であることだ。
性成熟すると魚は栄養を卵や精子に回すため身が痩せる。それを避けるため、性成熟しない三倍体(染色体を3組持つ個体)が大量に作られる。産卵しにくい系統の生殖細胞を、産みやすい系統に移植する技術もある。身の色はアスタキサンチン(エビやカニにも含まれる赤い色素)の投与量で決まり、カラーチャートで管理される。輸出先の国や取引先の企業ごとに、目指すべき色番号が指定されるという。
さらに進むのが細胞農業だ。魚を育てずに、細胞から直接、刺身グレードの切り身を作る。サケは肉食であり、養殖するほど他の魚を飼料として消費する。福永氏が引いたのは、1970年代の水産庁の文書にあった一節だ。養殖はタンパク質にタンパク質を喰わすから生産に限界がある――その点は当時すでに指摘されていた。現在は、配合飼料の原料となる魚の漁獲量が減っており、魚粉以外のタンパク質でいかに配合飼料を作るかが課題となっている。
福永:オリジナルが何かを問われることがないから、皆さんはひたすらそのコピーを食べ、コピーで満足し、コピーを求める。魚というものがどういうものだったかは、本当に背景に沈んでいくのです。
どこまで地球を作り変えていいのか
講演が最終的に向かったのは、食の話を超えた問いだった。細胞農業に代表される技術は、最低限の水と大気と栄養素と光があれば成立する。つまり、地球に置かなくてもよい生産セットである。

福永:私たちは地球にいながらにして、地球にいなくてもいい何かを食べつつ、どういう人間になるのか。フォイエルバッハという哲学者が「食べるものからあなたたちはなるのです」と言ったように、人間の存在は食べるものからなる。じゃあ私たちは一体何者になるのか。
福永氏は、デザインという営みには常に責任が伴うと繰り返した。創造は同時に廃棄でもある。何かを新しく生み出すことは、それまであった何かを未来から削ることでもあるからだ。
未来を描く

Inspired. Lab会場の第2部に登壇したのは、デザインエンジニアで東京大学特別教授の山中俊治氏。冒頭、前の講演を受けてこう切り出した。
山中:デザインという言葉が、人のために人工物として生物を改変する技術として使われていましたね。1970年代に『生きのびるためのデザイン』という本があって、序文からプロダクトデザイナーほど下賤な職業はない、というくらいの文明批判が書いてある。そういう時代を乗り越えて、我々は少しずつ本質に迫れるデザインへ舵を切ろうとしている。ということを大前提とした上で、今日の僕の話はとてもノー天気です。
描いた線が、8000万人の習慣になる
自己紹介は、過去に描いたスケッチと、それが実際に世に出た姿を並べる形で進んだ。20代で描いた車は1989年の日産インフィニティQ45に、30代直前のスケッチはオリンパスO-PRODUCTになった。
なかでも生活への浸透度が高いのがSuicaの自動改札機である。カードをかざす面が手前に13度傾いていることをご存じだろうか。
山中:あの角度は今のところほぼ全国共通で13度傾いています。その角度を決めたのは僕だったりします。新技術は遠くからは使えない、信号処理に0.2秒かかる。だったらカードを0.2秒置いてもらうデザインにしなきゃいけない、というところからスタートしています。

当時、非接触改札に慣れていない人々は、遠くからかざしたり素通りしたりしてしまい、機械が反応しなかった。実験を重ねるうち、自分のほうを向いて光っているものには思わず触れる、という傾向が見つかる。2001年の導入以降、このフォーマットは全国へ広がったという。
近年は折り紙工学の研究者と組み、カブトムシの翅が1自由度で展開する構造を人工物として再現したロボットを制作。最新作はハサミムシで、扇子を二つ折りにしたような構造により、翅は展開すると面積で約15倍になるという。

ニワトリを描いてみてください
ここで山中氏は、会場に筆記具を出すよう促した。お題は「何も見ないでニワトリを描く」。
多くの人は、丸い頭を描き、くちばしと目を入れ、トサカを乗せ、胴体をつなぎ、羽と2本の足を描き足す。決して間違いではない。だが、と山中氏は問う。手羽先やもも肉は、この絵のどこにあるのか。
山中:我々は膨大な画像を毎日見ているので、全部記憶したら頭がパンクする。だから簡略化して抽象化して記憶するんです。その記憶に頼って描くと、名前がついたものをつなげた絵になるんですね。頭、目、トサカ、胴体、足。名前がついたものの詳細は覚えないんですよ。

そこから山中氏は、実際の骨格を描き起こしていく。背骨があり、肋骨が後ろへ向かい、骨盤から出た太ももはいったん前に伸びる。膝はそこにあり、下へ伸びた骨の先にかかとがある。人間よりはるかに長い足の甲があり、その先に3本の指。鳥の足が逆に折れて見えるのは、単にかかとが高い位置にあるからだ。
山中:先端を軽くして、アクチュエーターを根元に置くのは高速で走るためには非常に重要なこと。だからたっぷり肉のついた太ももがあって、先端にはほとんど肉がない。腱で駆動している足先がある。多くの生き物はこの構造をとっていて、人間みたいに足先がでかくて筋肉がたっぷりついているほうがむしろ珍しい。
絵は観察の結果であり、理解の記述でもある。だからこそ、構造を知らずに形だけを考えることは、クリエイターにとってむしろ難しい。ものとして成立しないものは、製品にならないからだ。
構造を変えることが、デザインの本質
同じ視線は工業製品にも向けられる。乗用車の骨格は、ホイールベースがタイヤ4個分、タイヤの直径は60〜70センチ、その倍強が全高、といった具合に把握されている。窓を全開させたければボディは窓より広くなければならない。制約を押さえたうえで、あとは自由な線を引く。
では、画期的な車はどう生まれるのか。線を工夫するだけではどこかで見た車にしかならない。山中氏は基本骨格のタイヤそのものを描き換えてみせた。脚状の機構を複数並べ、上にドームを載せる。それだけで、これまでに見たどの車とも違う姿になる。
山中:かっこいい車というと最近の車はこういうラインが入っているよね、という話になる。それも消費者に対する重要な記号ではあるんですけど、それとは別に、生き物の仕組みを考えるのと同じように、車とは何だったっけと問い直すことがデザインの本質だったりもします。
例として挙がったのはイカだ。三角の部分は頭ではなく、前後の微速移動に使うヒレである。足に見えるものは立つためでも走るためでもなく、餌を口に運ぶ触手だ。噴射口の向きは自在で、前にも後ろにも進める流線形の生物。そう理解して初めて、なぜこの形なのかが分かる。理解できれば、イカはデザインできる。
会場からは、なぜ消せない筆記具を使うのかという質問が出た。
山中:消せてしまうと、いつまでもその絵を完成させることにこだわってしまう。消せないほうが、なんでこう描いたんだと考える時間が生まれるんですね。思考の道具として、わざと消せない道具を使います。
講演の締めくくりで、山中氏は福永氏の問いに応じるように語った。農業を始めた時点で、人類はすでに環境改変を始めている。自然を観察し、仕組みを知り、都合よく変える。それを否定することはできない。

山中:じゃあ、どの程度やれば我々はハッピーになれるのか、どこまでが許されるのか。それは常に僕ら工業デザイナーにも突き付けられた問題です。そんなことを絵に描きながら、いつも考えてはいます。
三つの講演に共通していたのは、見えているつもりのものが実は見えていない、という指摘だった。海底の7割は推定値であり、切り身の背後にある魚の来歴は流通の過程で消え、記憶の中のニワトリには骨格がない。測る、作り変える、描く。手法は違っても、解像度を上げる作業という点では同じだ。
文・編集:BRIGHTLOGG,INC.