2022年に産学協創協定を締結した東京大学と三菱地所が、協定の一環としてスタートしたトークイベント「東大Week@Marunouchi」。ビジネスの中心地である丸の内にて、東大の教員が各々の専門分野に関する講話を行なった。
昨年に続き第2回目の開催となった今年は、「ヘルスケア・医療のエシカル消費」「憧れのハワイの現実と課題」「これからの時代の大学教育」「自動運転の民主化」など多種多様な講話が繰り広げられた。
有楽町 micro FOOD&IDEA MARKET と丸の内にあるGARB Tokyoの2会場にて3日間にわたって行われた本トークイベント。今回は、2日目である2023年8月9日の様子を紹介する。
INDEX
・SDGsに向けて、ヘルスケアや医療の「エシカル消費」を考える
・そんなに良いところ?“憧れのハワイ”の現実と課題
・今がまさに転換期。これからの時代の大学教育とは
・大学発ディープテックスタートアップのCEOが語る、自動運転の民主化
SDGsに向けて、ヘルスケアや医療の「エシカル消費」を考える
有楽町 micro FOOD&IDEA MARKETにまず登壇したのは、東京大学医科学研究所公共政策研究分野教授の武藤香織氏。医科学研究所内のヒトゲノム解析センターにて、医療領域の倫理について考える研究室を主催している。武藤氏はこれまで「IPS細胞研究への細胞提供者に向けた、インフォームドコンセント用資料の開発」や「新型コロナウイルス感染症における偏見・差別をはじめとした倫理的問題の解消」などに取り組んできた。
今回の講話のテーマは、ヘルスケアや医療の「エシカル消費」。一般的な生活用品におけるエシカル消費の考え方はすでに普及し始めているが、ことヘルスケア・医療領域に関してはまだほとんどの人が意識していないのが現状だと武藤氏は語る。
武藤「SDGsに則ると、ヘルスケア・医療領域では大きく4つの倫理的課題があると捉えています。まず1つが、研究参加者の方々の貢献を目に見える形にしたいというもの。2つ目が、安全性と有効性が確認されている薬や検査や治療法とそうでないものを見分けやすくしたいというもの。3つ目が、研究者の興味関心だけではなく患者や市民が望むヘルスケア・医療の開発をしたいというもの。最後が、私たちの子孫が誇れるヘルスケア・医療を残したいというものです。
たとえば1つ目に挙げた課題だと、私たちが日頃飲んでいる薬や受けている治療法は、その背景に必ず研究に協力してくださった被験者の方がいます。特にガン治験などでは、患者さんが自らの身体で薬の安全性を確認するという、非常にリスクの高い段階を経なければなりません。このような研究参加者の方々を、日本はもっと尊ぶべきだと私は考えています。現に海外のシンポジウムなどでは“研究参加者に感謝の拍手を送る”という時間が設けられていることもありますが、日本ではほとんどありません。研究参加者の勇気や想いに国としてどう報いるのか?というのは、今後考える必要があるのではないでしょうか」
武藤「また4つ目の課題に関しては、90年代頃までは大論争を巻き起こしていたのに、現代では普通のこととして受け入れられているものがあります。たとえば“脳死は本当に人の死か?” “体外受精や代理出産は行われていいものなのか?”など。しかし現代では、脳死判定された方から臓器移植することは普通になっていますし、体外受精も一般的になってきていますよね。これと同じで、今大論争となっている話題、たとえば“積極的安楽死・自殺ほう助”や“遺伝子操作”などは、私たちの子孫にとっては普通になるだろうか?ということを考えてみていただきたいです。特に遺伝子操作は、次世代やその次の世代にも影響していくものですから、私たちの世代で行っていいものかという議論は必ず起こるでしょう。
このように、ヘルスケア・医療のエシカル消費にはさまざまな課題や疑問が横たわっています。その中で大切なのは、こうして何度も何度も話し合いを重ねていくことではないかと、私は考えています。皆さんもぜひ、今日をきっかけにヘルスケア・医療のエシカル消費について考えを巡らせてみてください」
そんなに良いところ?“憧れのハワイ”の現実と課題
続いて登壇したのは、東京大学副学長(グローバル教育推進)、グローバル教育センター長、大学院総合文化研究科教授の矢口祐人氏。矢口氏はアメリカ文化論、とりわけハワイを中心とした文化表象や歴史の記憶論について関心を抱いてきた人物である。
ハワイといえば、のんびりとした常夏の島、フラダンス、美しい自然が満喫できる素敵な観光地というイメージが強い。しかし、実はハワイの歴史と社会は複雑で、なかでも近年は主権回復運動や独立運動が行われているという、意外な一面も持つ。
講話のテーマは、「憧れのハワイの現実と課題」で、広告的な文脈では語られないハワイにおける「主権回復」「独立運動」の意義を理解し、自らの意見を持つことを目指すものだ。
矢口「ハワイは、昔は独立した1つの国でした。しかし1893年にアメリカの資本家と外交官、アメリカ海軍の介入でハワイ王国は崩壊します。ハワイ王国の元首だったリリウオカラニという女性は、その後、新政府によって逮捕・幽閉されてしまいます。そしてハワイは一方的にアメリカ合衆国へと統合されることが1898年に決められてしまいます。
ではなぜハワイ王国が崩壊したかというと、ハワイにはサトウキビ農場を経営するアメリカ人資本家がいて、経済的に強い権力を持っていたことが関係しています。ハワイからアメリカへサトウキビを輸入しようとすると、気になるのはやはり関税ですよね。そこから“関税がかからないよう、ハワイをアメリカの一部にしてしまえばいいのでは”という話が持ち上がります。もちろんハワイ王国としては抗いたいところですが、小さな国のため軍を持っていませんでした。アメリカ海軍の上陸を見た女王は強い抗議宣言をした上で国を受け渡さざるを得ませんでした。」
アメリカが違法にハワイ王国を崩壊させたという歴史的事実は明確に文書に残っており、1993年には大統領が謝罪決議に署名もしました。しかし依然としてハワイはアメリカの一部であり、ネイティブハワイアンによる主権回復が続いています。
矢口「今、ハワイのマウナケアという山に大型の天文台を建てようという動きがあります。実は日本の科学者も関わっており、全体の建設費の約2割ほどの375億円は当初、日本で負担することになっていました。しかし今、一部のネイティブハワイアンを中心にとても強い建設反対運動が巻き起こっています。マウナケアは標高4000mを超える大きな山で、ハワイアンの人々にとっては日本でいう富士山のような存在です。そんな聖なる山に大きな天文台を建てるのは、土地の権利や宗教・文化的習慣を破壊し、山を冒涜するものだと訴えている人がいるのです。先住民を中心とした反対派はマウナケア山頂に向かう道に集まり、工事車両が入れないようにしています。抗議の意を表するために、そこでフラを踊ることもあります。ハワイの伝統であるフラは、その言葉と身体の動きで明確なメッセージを伝えるひとつの言語であり、踊ることで自らの権利と伝統の大切さを訴えています。
また、ハワイは素晴らしい観光地ですが、それに伴ってホテルや住宅はかなり価格が上がっています。その結果、ホームレスが社会問題になっています。もともとハワイに住む先住民が、自らの土地でホームレスになってしまうという問題もあります。
さて、「ハワイは楽園」「楽しい観光地」と憧れるだけで良いのでしょうか。皆さんはどう思われますか?」
今がまさに転換期。これからの時代の大学教育とは
丸の内のGARB Tokyoにまず登壇したのは、東京大学大学院教育学研究科教授の両角亜希子氏。両角氏は主に大学教育や高等教育の研究を手がけている。
大学教育はこれまでさまざまな変化を遂げてきたが、特に現代は転換期の真っ只中。18歳人口の急激な減少、高齢化のため教育よりも介護・福祉に予算を割かねばならない実情、さらには教育研究の高度化への要求、チャットGPTなど生成AIの登場、人々の多様化……などいくつもの社会変化が生まれている中で、大学はその課題解決の場として期待が高まっている。そんな背景を受け、「これからの時代の大学教育」をテーマに講話が行われた。
両角「大学教育は13世紀に誕生し、とても長い歴史の中で3つの理念が確立されました。1つは、法学や医学などの“職業人育成”。2つ目は、教養人を育てる“リベラルアーツ”。3つ目は、研究などの“真理探求(フンボルト理念)”です。日本にはさまざまな大学や専門分野があるように見えますが、よく見るとこの3つの組み合わせでできているんですよ。しかし今、時代の変化に伴ってその前提条件そのものが見直しを迫られています。
たとえば日本は海外と比べても各教員が個人商店化していて、“どんな講義をしようがどんな成績をつけようが教員の勝手”という意識が強いです。各教員の個性があり面白さもあるものの、授業についての教員間での交流や横断的に見たカリキュラム改善に関する議論が十分になされていないため、社会改善志向が低いなどの傾向があります。このような教育現場を変えていかねばならないというのが、今日本が抱える大きな課題だと感じています。
他にも、AIやロボットに負けない人材を育てるにはどうしたらよいか?という議論も多く起こっています。中でも私が好きなのは、『ROBOT-PROOF』の著者であるジョセフ・E・アウン氏の考え方です。彼は、人間にしかない能力である“創造性”を育てるには、各分野をまたぐ系統的なテーマ学習と、各科目がたこつぼ化しないよう知識を統合する経験を積むこと、そして現実社会との接続の中で学ぶことが必要だと説いています。日本では、データを使う理系学問を増やそうとする動きがありますが、文理すべての学問を横断する教育や現実の社会を教材としたような学習も重要なのでは?と考えています。
両角「現実の諸課題を抱えてやってくる社会人の教育、リカレントはそうした意味でも大事ですし、人生100年時代と言われて関心が高まっていますが、日本の大学はこの需要への対応が驚くほど遅いです。それを受けて現在研究を行なっているところなのですが、潜在需要が掴めていない・大学側の運営体制が脆弱・大学が取り組む意義を見出せていないという仮説が浮かび上がってきました。そして少しずつ、これらを解決する先進事例も出てきはじめています。
最近の大学といえば経営難や不祥事などのネガティブなイメージが付き纏いますが、同時に多くのチャンスも巡ってきていると私は思います。そして大学教育と社会の繋がりを結び直すことができれば、大学はもっと面白い場になるでしょう」
大学発ディープテックスタートアップのCEOが語る、自動運転の民主化
続いて登壇したのは、東京大学大学院情報理工学系研究科特任准教授であり、スタートアップ企業「TIER IV(ティアフォー)」のCEO&CTOを務める加藤真平氏。世界で初めて自動運転技術のためのオープンソースソフトウェア「Autoware」を開発した人物である。
今回の講話は「自動運転の民主化」と題して、加藤氏からティアフォーのこれまでの歩みや今後のビジョン、さらに日本の大学発ベンチャーが世界に羽ばたいていくためのヒントなどが語られた。
加藤「ティアフォーでは“The Art of Open Source Reimagine Intelijent Vehicles”という理念を掲げています。まず我々は、自分たちが作ったものを囲い込むのではなく一般公開をして広めてしまうという“Open Source(民主化)”を推進している会社です。また“Reimagine Intelijent Vehicles”には、自動運転をこれまでと違うやり方で作り上げていくという意味を込めています。
ここからの話は大学発スタートアップがマネタイズしていくためのヒントにもなると思うのですが、我々が行なっているのは、登山にたとえると“5合目から9合目へ行ける”プロダクトによるマネタイズです。大学発のベンチャーというのは、生まれた時点ではその土台となる技術はすでに論文で発表されていることが多いです。
我々はこれをオープンソースと呼んでいるのですが、山登りでいうと5合目までの世界を作っているようなイメージだと思います。ビジネスというのはいかに早く安く頂上まで辿り着くか?というのが目的ですから、オープンソースは“5合目まで楽に行けるもの”と思えばいいのです。そしてティアフォーでは、5合目までは無料で来られるようにして、5〜9合目へと誘う部分でマネタイズを行なっているのです。
5〜9合目のマネタイズの方法として、我々はプラットフォームを提供することにしました。マネタイズは大きく3種類に分かれており、1つ目は自動運転の開発に必要なツール類、2つ目が自動運転のソフトそのものです。そして3つ目が自動運転の企画デザインです。自動運転ソフトを搭載するハードウェアにはタクシーやバス、小型ロボットなどさまざまなバリエーションがあり、それぞれOSのどの機能を使うかは違ってきてしまうものです。そこでティアフォーでは、巨大な自動運転ソフトと一緒に、こうすればタクシーになる、こうすればバスになる……といった形で企画を販売するのです」
また加藤氏は、ティアフォーが世界で勝っていくためのキーポイントについても語った。
加藤「自動運転技術を導入したい顧客の中にもさまざまな段階のお客様がいて、“自動運転が全く分からないから丸投げしたい”という方も多いです。ただティアフォーは300〜400人規模の会社ですので、そこまで工数がかかる顧客をたくさん相手にすることはできません。その点では、自動運転の車を量産するTESLA社やBYD社といった企業に負けてしまいます。ティアフォーが唯一勝てるのは、“自動運転の車を量産できる人”を量産するという方法。オープンソースを公開して、私たちティアフォーに在籍するような優秀な開発者を少しでも多く輩出できるような世の中にすることに他なりません」