TO TOP

下剤なしで大腸がん精密検査を実現、Boston Medical Sciencesが挑むグローバル展開

NEW

読了時間:約 9 分

This article can be read in 9 minutes

大腸がんは、罹患数で国内1位、死亡数で2位という主要ながんでありながら、早期に発見できれば死なずに済む疾患でもある。それでも死亡者数が多い背景にあるのは、早期発見につながる精密検査を受けることへの心理的・身体的なハードルの高さだ。

そこにブレイクスルーを起こそうとしているのが、下剤を使わずに大腸の精密検査を可能にする技術を開発し、日米で異例のスピードで承認取得を進めるBoston Medical Sciencesだ。同社を率いる岡本将輝氏に話を伺った。

岡本将輝
Boston Medical Sciences株式会社 代表取締役CEO
医師。研究者としてデータサイエンスを用いた予防医学研究に従事した後、米国ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院(MGH)の3D Imaging Research Labで教員・研究員を務め、Boston Medical Sciencesを創業。下剤を使わない大腸がん精密検査の社会実装に取り組む。

ポイント

・「仮想的腸管洗浄技術」と「ポリープ検出技術」を実装したプログラム医療機器を開発。下剤で糞便を除去するのではなく、AIにより糞便を除去するという発想の転換で、無下剤での全大腸精密検査を実現。
・治験では既存の下剤あり検査に劣らない精度を示し、主要評価項目を達成。がん化しやすいとされる10ミリ以上の高リスクポリープでも、検出感度・特異度ともに非常に高い数値。
・起業から3年弱で治験を完了。安全性・有効性の検証には妥協せず、経営上のリスクを引き受けることで、異例のスピードで承認プロセスを推進。
・米国ではFDAのブレイクスルーデバイス指定を受け、TAPプログラムにも選出。現地に事業基盤を持つパートナーと組み、日米双方での承認取得と普及を見据えた展開。
・疾患啓発、医療機関支援、画像診断クリニックの展開支援まで、「大腸がん死の根絶」から逆算した事業構築。安全は保守的に、事業判断は大胆にという経営姿勢。

INDEX

・大腸がんは、検査さえ受ければ死なずに済む疾患
・下剤を使わない発想の転換が生んだ、AI画像診断によるブレイクスルー
・臨床から研究、そして起業へ。医療を「再現性の高い仕組み」に
・日本発でグローバルへ。スピードで承認を切り拓く戦略
・大腸がん死根絶に向けた事業拡大と、経営のバランス感覚

大腸がんは、検査さえ受ければ死なずに済む疾患

――改めて大腸がんが、どのような位置づけの疾患なのか教えてください。

岡本:大腸がんはがん種別の罹患数で見ると、男女計で1位であり、死亡数で見ても2位の疾患です。罹患数が非常に多く、亡くなる方も多いのですが、実は本来「死ななくていい」疾患とも言えます。大腸がんには前がん病変であるポリープが明確に存在するので、そのポリープを早期に見つけて対処できれば、がんになる前に治療できる疾患なんです。

――それでも死亡者数が多いのはなぜなのでしょうか。

岡本:精密検査を避けてしまうという課題があります。日本の一次スクリーニングは便潜血検査で、そこから先の精密検査はいきなり大腸内視鏡検査になります。内視鏡検査を受けた方はわかると思うのですが、2リットルにもなる下剤を飲んで何度もトイレに駆け込んで腸を空にしないと受けられませんし、内視鏡挿入を伴う検査自体も人によっては苦しいものです。また、検査準備を含めると、1〜2日がかりの検査になってしまい、とても気軽な検査とは言えません。その結果、多くの方が避けてしまいます。

さらに、一次スクリーニングにおける偽陽性・偽陰性も少なくありません。例えば、スクリーニングで引っかかり内視鏡検査を受けても、偽陽性で「痔でした」となると、その後精密検査を受けなくなってしまう方が少なくないんです。そして気づかずに進行してしまうという、不幸なケースが起きています。

肺がんであれば、レントゲンの次にCTという簡便な精密検査がありますが、大腸がんにはその「間」に位置する検査がずっとありませんでした。下剤ありの大腸CT検査という選択肢もあるにはあるのですが、下剤を使う時点で、受ける側の心理的ハードルはやはり一定程度あるため、なかなか普及してこなかったのです。

下剤を使わない発想の転換が生んだ、AI画像診断によるブレイクスルー

――そこでBoston Medical Sciencesが開発されたのが「仮想的腸管洗浄」を用いた診断技術なんですね。

岡本:はい。通常、大腸の精密検査では腸内に糞便があると診断がつかないため、下剤で糞便を取り除いた状態で検査を行います。私たちの「仮想的腸管洗浄」は逆の発想で、糞便を残したまま、下剤を使わずにCT画像を撮影します。撮影した画像から、AIの力で糞便だけを選択的に取り除く、という考え方です。

ただ、これを製品にするには、仮想的腸管洗浄の機能に加えて、ポリープを検出するAI、画像を再構成する技術、そして医師にとって使いやすいUX/UIという、それぞれ別の要素技術を高いレベルで実現し、統合する必要があります。個々の技術があるだけで製品化できるわけではないんです。

――実際の精度はどれくらいなのでしょうか。

岡本:治験の結果で言うと、主要評価項目を達成しており、評価対象の指標について既存の下剤あり検査に劣らない検査精度を示しています。また特に、10ミリ以上の、がん化しやすいとされる高リスクポリープの検出感度と特異度は非常に高い数字となっています。対応するCT機器についても、国内外に導入されているCT機器のほぼすべてが対象になるように、幅広く検証を進めてきました。

臨床から研究、そして起業へ。医療を「再現性の高い仕組み」に

――話は変わりますが、岡本さんはもともと臨床医を志向していたそうですね。

岡本:はい。医学部を卒業後、国立病院機構・災害医療センターで研修しました。臨床現場の厳しさと、人の命に直接向き合う仕事の大きな意義を学びました。現在も、医療を現場で支える方々には深い敬意を持っています。私たちも手段こそ異なりますが、「医療を通じて人を助ける」という目指す先は同じだと考えています。

一方、臨床を経験する中で、個々の医師の経験や技量に依存せざるを得ない医療の構造にも関心を持つようになりました。目の前の患者さんを診ることに加え、科学的な根拠と技術によって医療をより再現性の高い仕組みにし、より多くの方へ届けたい。その思いから、研究の道へ進むことを決めました。

――そこから研究者としての道を歩まれたんですね。

岡本:統計や疫学に関心があったので、東京大学の公衆衛生大学院に進み、博士課程でも研究を続けました。その頃、データサイエンスが盛り上がり始めていて、統計学・疫学を深め、その先の機械学習やディープラーニングも学びたいと思い、英国のUniversity College London(UCL)に留学しました。そこでAIへの関心がぐっと広がりました。

UCL在学中、現地スタートアップの事業開発に関与する機会がありました。そこで実感したのは、優れた研究成果も、それを社会へ届ける仕組みがなければ、人々の生活を変える力にはならないということです。科学と事業を接続することへの関心が深まり、その後、医療AIメディアを共同創業しました。その活動を通じて見えてきたのが、大腸がん死亡を減らすうえでの本質的なボトルネックです。診断技術の精度だけではなく、検査に伴う負担のために、患者さんが精密検査まで到達できていない。そこに解くべき課題があると考えました。

研究アプローチとして解決策を探る中で、2020年頃、MGHの研究に出会いました。CT、AI、そしてすでに世界中に存在する医療インフラを組み合わせれば、個々の診断技術を改善するだけでなく、精密検査に至る経路そのものを再設計できる。そう確信し、研究を外から眺めるのではなく、自ら研究者・教員としてチームに加わりました。技術を深く理解し、研究を重ねながら臨床実装のコンセプトを磨き、それを現実の医療として社会へ届けるために、Boston Medical Sciencesを創業しました。

日本発でグローバルへ。スピードで承認を切り拓く戦略

――起業の経緯も聞かせてください。

岡本:最初は米国と日本のどちらで起業するか悩んでいました。決断を後押ししてくれたのは、日本の投資家であり、友人でもあるBeyond Next Venturesの橋爪さんです。創業時の資本構成上は私が全株式を保有して立ち上げた、いわゆるsole founder(単独創業者)の会社です。ただ、橋爪さんがいなければこの事業は今の形ではなかったと思っていますし、創業期から重要な局面をともに考えられる信頼できる投資家とご縁があったことは幸運でした。

日本を選んだ具体的な理由は3つあります。1つ目は、当時シード期の開発支援を手厚く行う公的助成が拡充されてきていたこと。2つ目は、日本は健診や人間ドックの土壌がしっかりしていて、開発と検証を早められるのではないかと考えたから。最後に、これが一番大きいのですが、自分自身が日本人であり、日本に育ててもらったので、まずは日本に貢献したいという思いがあったからです。

新しい医療機器を世の中に出すには、まず国の審査機関から承認を得る必要があります。日本ではPMDA(医薬品医療機器総合機構。医薬品や医療機器の安全性・有効性を審査する公的機関)、米国ではFDA(アメリカ食品医薬品局)がその役割を担っています。日本には、標準化された撮影技術、高い精度管理、健診・人間ドックの基盤があります。この強みを生かして質の高い臨床データを蓄積し、日本で磨いた技術を世界へ展開できると考えました。

――日本での承認プロセスは、実際どれくらいのスピード感で進んでいるのでしょうか。

岡本:非常に速いペースで進めてきました。医療機器は、その特性やリスクに応じて、安全性と有効性を示すために必要なデータを整え、規制当局の審査を受けます。私たちの製品については、実際の臨床現場で性能を検証する治験が開発上の重要なステップでした。

治験を始めるまでには、PMDAと相談を重ねながら、評価項目や試験デザイン、解析方法などを具体化していきます。私たちは、創業してから2年程度で治験をスタートさせました。医療機器開発としては、かなり速い立ち上がりだったと考えています。

その背景にあるのは、規制上の論点がすべて消えるまで待つのではなく、論点を早期に特定し、必要な対応を並行して進め、企業として責任を持って意思決定する姿勢です。ただし、患者さんの安全性や製品の有効性を確認するプロセスを省略したわけではありません。私たちが引き受けたのは、追加対応や手戻りが生じる可能性を含む経営上のリスクです。安全性・有効性の検証には一切妥協せず、スピードと品質を両立させることを徹底してきました。

――日本でこれだけスピード感を持って進める一方、米国での展開はどのように考えていますか。

岡本:米国では、FDAから「Breakthrough Device(ブレイクスルーデバイス)」の指定を受けています。これは、生命を脅かす、または不可逆的に重篤な疾患に対して、より有効な診断や治療を提供する可能性がある医療機器を対象に、FDAとの対話や審査を優先的に進める制度です。

もちろん、この指定自体が製品の承認や有効性を保証するものではありません。ただ、私たちの技術が、大腸がんという重大な疾患に対する新たな診断手段になり得ることが、FDAの制度要件に照らして評価されたという点で、非常に重要な意味があります。

さらに、製品の実用化を見据えてFDAとの早期かつ継続的な対話を進める「TAPプログラム」にも選出され、参加しています。規制承認だけをゴールにするのではなく、患者、医療従事者、保険者などの視点も踏まえ、承認後に実際の医療現場で使われるところまでを見据えて開発を進める枠組みです。

米国展開の戦略も進化させてきました。当初は、遠隔読影会社を自社で設立あるいは保有し、サービス提供まで一貫して手がける構想でした。しかし、世界への普及速度を最大化するには、すでに現地の販売網や医療機関との関係、運用基盤を持つ企業と組む方が合理的だと判断しました。

現在は、私たちが製品開発と技術革新に集中し、米国で強い事業基盤を持つパートナーとともに市場展開する戦略を進めています。CTは世界各地の医療現場に広く普及している画像診断インフラです。既存の医療資源を最大限に活用することで、大規模な設備投資に依存せず、大腸がん死を減らす新しい選択肢を世界へ届けられると考えています。

大腸がん死根絶に向けた事業拡大と、経営のバランス感覚

――検査技術の提供以外にも、幅広く事業展開を進めていますね。

岡本:私たちは、単なる医療機器メーカーではなく、「大腸がん死を根絶するためのソリューションプロバイダー」でありたいと考えています。

どれほど優れた検査技術を開発しても、検査を受ける人が増えなければ、大腸がんで亡くなる方を減らすことはできません。そのため、創業から1年も経たない段階から、医療機関と連携した市民講座や商業施設でのイベントなど、疾患啓発・検査啓発にも取り組んできました。

さらに、医療法人と連携した医療機関支援事業や、鉄道会社と協力した画像診断クリニックの展開支援も進めています。将来的には検査にとどまらず、予防や治療を含む患者さんの一連の体験を見渡し、私たちだけでは解決できない領域については、提携やM&Aも活用しながら必要な機能を広げていきたいと考えています。事業を増やすこと自体が目的ではありません。「大腸がんで亡くなる人をなくす」という目的から逆算し、必要な事業を構築しています。

――事業を広げながら、スピードも追求する。そのバランスは、どのようにして保っているのでしょうか。

岡本:日本発の医療機器スタートアップで、世界市場に本格的に挑戦できる企業は、まだ決して多くありません。私たちは、その数少ない一社にならなければならないと思っています。そのため、すべての不確実性が解消されるまで待つのではなく、合理的に管理できるリスクであれば、競合より早く意思決定し、実行に移してきました。重要なのは、無謀に賭けることではなく、どのリスクを取り、どのリスクは絶対に取らないかを明確にすることです。患者さんの安全や法令遵守については保守的に、事業上の意思決定については大胆に、というのが私たちの基本姿勢です。

一方で、その大胆な意思決定の裏側では、悲観的なシナリオまで織り込んだ計画をつくり、撤退基準や代替策も準備しています。私は、まだ十分に言語化されていない課題を捉え、既存の前提にとらわれずに新しい発想や事業の可能性を構想し、それを素早く意思決定へ移すことを得意としています。一方、パートナーでもあるCOOの柘植は、その構想に潜むリスクを緻密に洗い出し、実現可能な計画へ落とし込んで、実行の精度を高めるタイプです。新しい道筋を描く力と、それを着実に現実へ変える力。その両方が組み合わさることで、スピードを失わず、同時に大きく軌道を外れることなく、ここまで事業を前進させてこられたのだと思います。

ただ、薬事承認はゴールではありません。患者さんが実際に検査を選び、精密検査の完遂率が高まり、大腸がんで亡くなる方が減って初めて、私たちの事業は成果を生んだと言えます。日本で生まれたスタートアップが、世界の標準的な検査経路を変えられることを証明したいと思っています。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:河合信幸