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「プロセスがプロダクト」——アステラス製薬×安川電機の合弁スタートアップ、セラファ・バイオサイエンスが挑む、細胞医療20年間のものづくり革命

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2006年にiPS細胞[1]が発見されてから、約20年。2012年には発見者である山中伸弥教授がノーベル賞も受賞し、「夢の技術」として世界中から注目を集めた。ドナー不足の解消、あらゆる臓器の再生――そんな期待が高まる一方で、iPS細胞を含む人工多能性幹細胞由来の細胞医薬品(法的な分類は『再生医療等製品』)が正式に薬事承認されたのは、2026年3月の日本での条件・期限付き承認が得られた2例のみ。

なぜ、これほど時間がかかるのか。

「いくつか理由はありますが、一つの大きな理由は『ものづくり』が、できないことです」。そう語るのは、セラファ・バイオサイエンスCEOの山口秀人氏だ。

同社は、アステラス製薬と安川電機という2つの大企業が合弁で立ち上げた異色のスタートアップ。汎用ヒト型ロボット「Maholo(まほろ)」[2]を用いるとともに、製造プロセス開発にAIを組み合わせることで、再生医療の製造課題を根本から解決しようとしている。なぜロボットでなければならないのか。大企業同士の合弁はどうやって実現したのか。そして、この取り組みは世界の患者に何をもたらすのか。山口氏に聞いた。

[1]iPS細胞・・・人工多能性幹細胞。人間の皮膚や血液などの細胞に少数の遺伝子を導入することで作られる細胞。2006年に世界で初めて山中伸弥(当時京都大学教授)が発見及び作製に成功し2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞した。
[2]Maholo(まほろ)・・・国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)発のベンチャーであり、現在は安川電機の100%子会社であるロボティック・バイオロジー・インスティチュート株式会社(RBI)が、開発、販売する汎用ヒト型ロボットシステム。

山口秀人
セラファ・バイオサイエンス代表取締役社長兼CEO
アステラス製薬株式会社にて、CMCディベロップメント原薬研究所長などを歴任し、長年にわたり同社のバイオ医薬品に関するCMC研究、技術開発を牽引。2025年6月より一年間、一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)代表理事副会長を務めた。2025年10月、アステラス製薬と安川電機の合弁に伴い、セラファ・バイオサイエンスの代表取締役社長CEOに就任。ロボットとAIによる細胞医療のものづくり革命を推進している。

ポイント

・細胞医薬品は「作り方そのものが製品」であり、製法を少し変えれば別の薬になる特殊性――再生医療が20年進まなかった本質的な壁。
・同じ実験でもヒトは約20%、ロボットは約6%のばらつき――ばらつきの大きさゆえにヒトでは正解へ到達できない再生医療の構造的課題。
・ヒト用機器をそのまま扱える汎用ヒト型ロボット「まほろ」と、AIが導く無限の実験条件を物理世界で再現する柔軟な自動化基盤。
・研究室と工場に同一設定のロボットを置く「細胞医療のTSMC」構想――「工場で再現できない」を構造から解消するFaaS型モデル。
・AI実用化・医工連携・ヒューマノイド普及が重なる転換点で、傍観者ではなく当事者として挑む細胞医療のものづくり革命。

INDEX

薬の歴史から読み解く、細胞医療という「革命」
細胞医療が進まなかった本当の理由
ロボットなしでは、正解にたどり着けない
「細胞医療のTSMC」を目指す――研究室と工場をシームレスに繋ぐビジネスモデル
アステラス製薬×安川電機、合弁誕生の舞台裏
歴史の転換点の当事者として

薬の歴史から読み解く、細胞医療という「革命」

――前提知識として、再生医療・細胞医療の推移と現状を教えてください。

山口:まずは薬の歴史の話からさせてください。薬の元となる原薬というのは、時代の変遷とともにずっと進化してきています。昔は天然にあるものや生薬が中心でした。それが科学の進歩とともに多様化していって、今では化学合成薬や抗体などのバイオ医薬品と呼ばれるような多様な「モダリティ」に基づいた医薬品が使われるようになっています。

今、バイオ医薬品という言葉をよく耳にすると思うのですが、実はその歴史も面白い。例えばエリスロポエチンというサイトカイン[3]は、かつては大量のヒトの尿から抽出したものを原料として製剤化し身体に投与していた時代がありました。それが1980年頃に組み換えタンパク技術が登場することで、大腸菌などからタンパク質を自由自在に作れるようになった。その延長線上で、抗体を薬に使おう、病気の原因であったウイルスを逆に遺伝子を運ぶ運び屋(ベクター)として遺伝子治療に使おう、という流れが生まれていったわけです。

[3]サイトカイン・・・細胞から分泌される特殊なタンパク質。

――ものすごく進化してきたんですね。

山口:そして、そこに登場したのがiPS細胞です。2006年に山中先生がiPS細胞を発見されて、2012年にノーベル賞を受賞されました。これまでの医薬品開発の歴史というのは、突き詰めると「ヒトが思うように自由自在にものを作り、クスリとして投薬する」という話だったんです。化合物、タンパク質、抗体――それがそのまま薬に直結していた。

ところがiPS細胞の登場で、まったく別の扉が開いた。iPS細胞という特殊な細胞を出発点として、もともと身体の中にある臓器を作ったり、失った機能を再生できる可能性が開かれた。これはそれまでの薬づくりとは、根本的に性質が違います。移植医療が唯一の方法だった機能再生に対し、いわば「身体そのものを薬にする」時代の幕開けだったわけです。

――「夢の技術」と呼ばれたのも、それだけのポテンシャルがあったからこそですね。

山口:ドナー不足の問題も、心臓でも腎臓でもあらゆる臓器の再生も、全部解決してしまうんじゃないかという期待が高まりました。でも現実は、2006年の発見から今日まで、多能性幹細胞から作った細胞が医薬品として正式に認められたものは、世の中にほとんどありません。

つい最近になって、日本でようやく「条件・期限付き承認」という特殊な薬事制度のもとで2つの製品が初めて承認されました。思いのほか、時間がかかった。その大きな理由として、我々が考えているのは――他ならぬ「ものづくり」がうまくいかないという壁です。

細胞医療が進まなかった本当の理由

――「ものづくり」がうまくいかない、というのは具体的にどういうことでしょうか。

山口:再生医療を進める上で多くの課題があることは事実ですが、実際には品質のコントロール、つまり「ものづくりの課題」の方がはるかに大きなウェイトを占めています。iPS細胞のような特殊な細胞から目的の細胞を作る技術は、研究室レベルではうまくいきますし、論文にも公表されます。一方で、医薬品というのは工業製品ですから、「誰が作っても同じものができる」という再現性が絶対に必要です。ところが細胞の場合、研究室から工場に製造技術を移管しようとすると、一般の工場のオペレーターが同じように真似をしようとしても、なかなか同じものができません。

――なぜ同じものができないのでしょうか。

山口:根本的な問題は、細胞医薬品が持つ特殊な性質にあります。一言で言うと、「Process is Product、すなわち作り方そのものがプロダクト」だということです。

わかりやすく説明すると、普通の薬、例えば錠剤のような化学合成薬の場合、その化学構造に特許があります。だから、構造さえ同じであれば、製造方法は何でも構わない。どう作っても、同じ構造の化合物が得られれば、それは同じ薬です。

ところが細胞の場合、心臓の細胞も神経の細胞も、もともと身体の中にあるものですから、細胞そのものに特許性はありません。特許が取れるのは、「iPS細胞からどうやってその細胞を作るか」という作り方だけです。つまり作り方こそが、その薬の正体なんです。

これが何を意味するかというと、「作り方を少しでも変えた瞬間に、それは別の薬になってしまう」ということです。

例えば、ある作り方で細胞を作り、安全性の確認を進めていたとします。ところが途中で「この作り方では工場で安定して同じものができません」という問題が発覚して、作り方を変えざるを得なくなる。そうすると、安全性の確認はゼロからやり直しです。

進んでは戻る、進んでは元に戻る。その繰り返しが、20年間という長い時間の正体です。

――そもそも、なぜ同じように作れないのでしょうか。化合物と違って、細胞自体がそれだけ複雑ということですか。

山口:おっしゃる通りです。細胞医薬品の難しさの本質は、中身が完全にはわかっていないものを薬にするという点にあります。低分子化合物やタンパク質は、その構造や働きをかなりの精度で把握した上で薬にしています。

でも細胞は違う。低分子化合物やタンパク質が、細胞の中で自由自在に動いて1つの細胞を機能させているわけですが、今もなお細胞のことを完全に理解している人は誰もいません。毎年新しいサイエンスから新しい知見が出てくる。言ってみれば、経験工学的にうまくいったことはわかっているけれど、なぜうまくいくのかは100%把握できていない――そういう前提で薬にしなければいけないわけです。

――それはつまり、ヒトが手作業でやっている限り、どうしてもばらつきが出てしまうということでしょうか。

山口:そこがものづくりの課題に直結する部分です。しかも細胞の場合、私の細胞と別の方の細胞は当然違いますし、同じ人間が同じ作業をしても、毎回まったく同じにはできません。試験管を回す速度一つとっても、ヒトが手でやっている限り絶対にばらつきが出てしまう。

品質へのインパクトが誰にも判断できない以上、一番悪いケースを想定して対処しなければいけない。だからわずかな変化でも「ゼロからやり直し」になる。それが積み重なって、細胞医療はなかなか前に進めなかったのです。

ロボットなしでは、正解にたどり着けない

――ヒトによるばらつきが根本にあるとすれば、ロボットによる自動化が解決策になるのでしょうか。

山口:そう考えています。ただ、自動化といっても方向性は大きく2つあります。
一つは装置型の自動化で、ブラックボックスのような閉じた装置の中で、あらかじめ決めた工程を実施するためボタンを1つ押せば完結するタイプのもので、いくつかの装置は既に世の中で使われています。もう一つが、我々が取り組んでいる「まほろ」のようなヒト型ロボットによる自動化で、特定の工程ではなく様々な工程を一つのシステムで実施することが可能です。


写真提供:セラファ・バイオサイエンス株式会社

――この2つは何が違うのでしょうか。

山口:「まほろ」は、ヒトの動作を完全に模倣しています。そして周りに配置している機器も、もともとヒト用に開発されたものをそのまま使っているだけなんです。ヒトが実験室でやっていることを、そのままロボットに置き換えている。

だからロボット専用の特殊な機器を新たに開発する必要がありません。しかも科学は進歩し続けていますから、新しい機器が出てくるたびに、古いものを外して新しいものを差し込むだけで対応できる。自動車製造工場のような単腕アームで装置を組んでしまうと、新しい技術が出てきた時に装置ごと入れ替えなければなりません。ヒト型であれば、その必要がないのです。

――ほかにもヒト型ロボットのメリットはあるのでしょうか。

山口:柔軟性です。装置型というのは、特定のプロセスや工程をそれ専用に装置化したものですから、できることが限定されています。AIが導き出した新しい条件を反映させようとしても、変えられるパラメータが温度や流速といったごくわずかなものに限られてしまう。

「まほろ」の場合、試験管を振るなど、ヒトの単一動作をライブラリとして大量に持っていて、研究者がそのライブラリからメニューで選んでシーケンスを組む形になっています。つまり、ヒトがやれることなら何でも再現できる柔軟性がある。そこにAIを組み合わせることで、AIが導き出した無限の検討結果を、フィジカルな世界でそのまま表現できるわけです。

――実際にどんなデータが出ているか、教えてください。

山口:まず、ばらつきの比較から話すと、同じ実験をロボットでやった場合のばらつきは約6%です。一方、ヒトがやると平均で約20%のばらつきが出ます。

この差がどれだけ決定的かを示すシミュレーションがあります。縦軸を「欲しい細胞がどれだけ取れたか」として、ばらつきが6%程度の状態でさまざまな条件を変えながら実験を繰り返すと、徐々に最適解に近づいていけます。ところが、ばらつきが20%の状態でどれだけ実験を重ねても、ノイズに信号が埋もれてしまって、いつまでたっても答えにたどり着けない。

――それは深刻ですね。どれだけ頑張っても、構造的に正解が見えないということですか。

山口:そういうことです。だからロボット化というのは、単に効率を上げるとか、早くするという話ではないんです。特に再生医療のように不確実性が高くばらつきが大きい世界では、ロボットを使うことが正解にたどり着くためのマストな条件になる。

ヒトをどれだけ大勢集めて、どれだけ大量に実験をこなしても、ヒトではたどり着けない。そこが他の製造業の自動化とは、根本的に違うところです。

――実際の実験でも、そのことは確認できていますか。

山口:はい。NK細胞(ナチュラルキラー細胞)と呼ばれる免疫細胞を使って実証実験をやっています。1回の実験で100の条件を自動で同時に検討できるんですが、最初はランダムに回すと、条件ごとにばらばらな結果が出てきます。そこで出たデータをAIに解析させて、次に試すべき実験条件を提案させる。それを3回繰り返すと、8割以上の条件で目標とするポピュレーション、つまり欲しい細胞の量が得られるようになりました。

従来であれば年単位でかかっていたプロセスの最適化が、このやり方でぐっと短縮できる。これが我々の目指しているアプローチの手応えです。

――今の「まほろ」はプログラムベースで動いているとのことでしたが、AIの進化によって、「まほろ」自体もさらに成長していくのでしょうか。

山口:そうですね。現世代の「まほろ」は、ライブラリの中にある動作をプログラムで組み合わせてシーケンスを作る形です。ロボットの外でAIが最適な実験条件を導き出して、それをロボットに指示し実行するという分業になっています。ただ、これは第一段階にすぎません。

安川電機はAIロボットの開発にも力を入れていますし、次世代の「まほろ」ではフィジカルAI、センサー、そしてVLM――ビジュアル・ランゲージ・モデルと呼ばれる画像処理の技術を組み合わせて、より自律的に動作を生成できるものを目指していると聞いています。

「細胞医療のTSMC」を目指す――研究室と工場をシームレスに繋ぐビジネスモデル

――セラファ・バイオサイエンスのビジネスモデルについて教えてください。

山口:我々は「まほろ」を売る会社ではありません。「まほろ」を効果的に活用したプラットフォームを構築し、細胞医薬品の開発と製造サービスを提供する会社です。

研究室で「まほろ」を使ってプロセスを開発する。その「まほろ」と全く同じ設定のロボットを、そのまま工場に置く。同じプログラムで動かすわけですから、同じものができるわけです。

そうすると、これまで細胞医療がずっと抱えてきた「研究室ではできたのに工場では再現できない」という問題が、構造的に解消できると考えています。

――他業界のビジネスモデルも参考にしたのでしょうか。

山口:近いのは半導体業界の雄、TSMC(台湾積体電路製造股份有限公司)だと考えています。半導体の世界では、設計図を持ち込むとチップとして返ってくる。FaaS(ファクトリー・アズ・ア・サービス)という形ですね。我々が目指しているのはそれに近くて、プロトコル、つまり細胞の作り方のアイデアを持ち込んでいただくと、細胞として返ってくるようなモデルを考えています。

ただ、単にロボットがあれば成立するというものではありません。ロボットを医薬品製造の基準(GMP)に適合させて運用するだけでも、大変なノウハウが必要です。各国の薬事当局との合意も必要になる。そういったノウハウも含めたプラットフォーム全体を、大手製薬会社に限らず、バイオベンチャー企業や大学の先生方にも広く使っていただけるようにしたいと思っています。「まほろ」は1台で異なる細胞に対応できるフレキシビリティがあって、今週は網膜色素上皮細胞、来週は別の細胞という切り替えも可能です。少量多品種が得意な点も、幅広いパートナーと組みやすい理由の一つです。

――GMP環境というのは、具体的にどういうものですか。

山口:皆さんがイメージされる研究所は、白衣の研究者が試験管を持って作業しているような場所だと思います。一方、医薬品工場というのは、ヒトの汚染が入り込まないよう徹底的にコントロールされた環境で、決められた手順書通りにものを作ることが法律で求められています。

過去には、目的の医薬品に別の薬物が混入し健康被害が発生したという事故がありました。医薬品の品質は、患者さんの生命の安全に直結するということです。そのため、製造の環境と手順について極めて厳しいルールがある。我々のチャレンジは、そのルールの中に最先端のロボットを組み込んで、薬事当局に認めてもらいながら運用していくことです。

将来的には国内での承認取得にとどまらず、世界各地にロボット生産工場を展開して、各国の患者さんに価値を届けていきたいと考えています。

――現在の進捗とロードマップについても聞かせてください。

山口:親会社アステラス製薬のプロジェクトの製造自動化に取り組んでいます。また、外部顧客となる可能性のある複数の方々とも具体的なビジネスのお話をさせていただいています。

「まほろ」を使った製造については、すでに90%以上の工程の自動化に成功しています。次のマイルストーンは、これを研究室レベルから薬事的な制限環境下、つまりGMP準拠の環境でロボットを運用する段階に移行させることです。2028年前半には「まほろ」を用いたGMP製造基盤を確立し、2030年前後に海外での製造拠点を立ち上げるべく、実績を積み重ねているところです。

アステラス製薬×安川電機、合弁誕生の舞台裏

――セラファ・バイオサイエンスはアステラス製薬と安川電機という大企業2社が合弁で立ち上げたスタートアップですね。その経緯も聞かせてください。

山口:一言で言うと、偶然と出会いの積み重ねです。「まほろ」自体も、パッと出てきた技術ではなくて、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)発のベンチャーであり、現在は安川電機の100%子会社であるロボティック・バイオロジー・インスティチュート株式会社(RBI)がビジネスをスタートした後に、アステラス製薬が1つのクライアントとして関わり始めたのが最初です。

ただ、アステラス製薬の中に「まほろ」について非常に熱心に興味を持ったメンバーがいました。それが1つ目の偶然です。受発注関係の中ではありますが、非常に近い関係でいろいろ検討を深めていきました。

もう一つ、アステラス製薬の会長を務める安川健司氏と私も含めて、3年前に安川電機の小川社長(当時)を表敬訪問したことがありました。その場で話が盛り上がって、「何か一緒にできないか」という議論になった。その後、たまたまその場にいたメンバーで継続して議論を重ねるうちに、いつの間にか会社を作ろうかという話になったのです。

――トップ同士の意気投合が、大きな触媒になったわけですね。偶然の積み重ねですから、再現性をもたせるのは難しいでしょうか。

山口:難しいとは言い切れないと思っています。偶然ではあるんですけど、そこには両社の素地があった。アステラス製薬はずっと「科学の進歩を患者さんの『価値』に変える」ということをビジョンに掲げていて、患者さんの価値につながるのであれば、新しいモダリティにも積極的に挑戦する社風。そういうイノベーションへの積極的な姿勢が文化として根付いているからこそ、受発注関係を越えて議論を進めていけた。

そして、プロジェクトチームという形ではなく、有志で議論を進めていった結果を「合弁会社を作る」という形で両親会社に答申した時に、それを面白いと受け止めてくれる寛容さが両社にあった。その素地がなければ、どんな偶然があっても形にはならなかったと思います。

歴史の転換点の当事者として

――最後に、山口さんが今この事業に携わっている上で、大切にしている思いを聞かせてください。

山口:我々は本社を、東京科学大学の医療イノベーションハブ、TIP(TMDU Innovation Park)に構えています。2025年10月には同大学構内の「ロボット未来創造センター」の開所式が行われて、我々も共同研究という形で連携し事業を進めていくことを前提にしています。

ロボットと医学、AIが交差するその場所にいながら、いつも思うのは、我々は今、歴史の転換点にたまたま居合わせているということです。

――転換点、というのはどういう意味でしょうか。

山口:いくつかの大きな変化が、今この瞬間に重なっています。AIが一気に実用化された転換点。国として医工連携を推進しようという転換点。ヒューマノイドが現実のものになりつつある転換点。それが全部、同じタイミングで起きている。

再生医療という領域で言えば、20年近くかかっても前に進まなかったものが、ロボットとAIの組み合わせによってようやく動き始めようとしている。そこに我々は当事者として関わっています。

――「当事者として」というのが、山口さんにとってのキーワードなんですね。

山口傍観者ではなく当事者として、歴史を切り開いていきたいという気持ちがあります。それは我々だけではなくて、東京科学大学も含めて、同じ志を持つ方々と一緒にやっていくことだと思っています。

同じような感覚を持っている研究者の方、ベンチャーの方、企業の方がいれば、ぜひ声をかけていただきたいです。細胞医療のものづくりを変えるという、この歴史的な取り組みに、一緒に参加してほしいと思っています。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:小池大介