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利益だけでは測れない 新規事業の価値。廃銅線リサイクル技術が清水建設にもたらした恩恵とは

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大企業のアセットを最大限に引き出す手段として有効な大企業発のスタートアップ。その価値は必ずしも利益だけで図れるものではない。大企業とのシナジーを考慮して、初めてその価値を発揮する事業もある。

それを証明するのが清水建設発のスタートアップであるDO・CHANGE。被覆銅線から効率的に金属銅抽出する技術により、グローバルで事業を展開しようとしている。今回は代表の岸本明弘氏にインタビューを実施し、起業の背景や事業インパクト、出向起業という起業形態について話を聞いた。

岸本明弘
DO・CHANGE株式会社 代表取締役
1998年清水建設株式会社入社。現場での原価管理や事務をスタートに営業、総務、人事、不動産仲介、不動産開発、債権回収事業等を幅広く経験。2022年社内起業制度発足に伴い、応募。審査合格後、起業活動開始。2024年から現職。

ポイント

・知人から紹介された銅線の被覆を油で揚げることで炭化させる技術に可能性を感じ、社内起業制度に応募した。
・社内の審査会ででたインプットをもとに、野焼きをしている発展途上国の貧困問題解決と結びつければ事業化できると考えた。
・DO・CHANGEの技術を使えば、きれいに皮膜を取り除いて高額で取引できるうえに、就労継続支援などの作業場でも安全に作業を行える可能性がある。
・清水建設から紹介を受けたケニア大統領夫人が主宰するNPO法人と協働してビジネスの実行化を目指しており、このようなつながりは、清水建設が持つネットワークをさらに深化させることにも役立っている。
・大企業が持っている技術やネットワークを活かし、何かしら社会の課題を解決し、その上で利益を生み出す事業を作っていく必要がある。

INDEX

社内起業制度が拓いた、銅線リサイクルの新天地
危険な野焼きからの解放。リサイクルの技術革新で世界を変える
大企業におけるスタートアップの価値とは

社内起業制度が拓いた、銅線リサイクルの新天地

——まずは起業した経緯を聞かせてください。

岸本:発端は知り合いの社長からの相談でした。その会社は銅線の被覆を油で揚げることで炭化させる技術を持っており、その炭をアスファルトに使えないかと相談されたんです。私が建設会社の人間ということで相談をくれたものの、技術に詳しくない私は社内ベンチャービジネス部に技術を紹介しました。

技術を紹介すれば、ベンチャービジネス部がどうにか事業化してくれると思ったのです。しかし、技術は評価されたものの「誰が担当するのか?」と言われてしまって。事業立ち上げの経験のない私は、彼らが事業化してくれないと知って引き下がりました。

直接的な契機になったのは、その1年後に清水建設が久しぶりに社内起業制度を復活させたことです。頭の片隅に技術のことを覚えていた私は、この制度の連絡が来た当日に申し込みました。

——事業化したいという想いはあったのですね。

岸本:そうですね。知り合いの社長に技術の話を聞いた時から、大きな可能性を感じていました。廃材として処理される銅線から、被膜のプラスチックをリサイクルできれば、環境に貢献できると思ったのです。

一人で起業するのはハードルが高く感じていましたが、社内起業制度としてサポートを受けられるのは、大きなチャンスだと思いました。

——事業化はスムーズに進んだのでしょうか?

岸本:いえ、調査を進めてみると、銅線をリサイクルする商流は既に出来上がっており、そこに入り込むのは難しくて。リサイクル事業者が銅線を収集した後に、銅線から機械でプラスチックの被膜を剥がし、中の銅線は金属加工会社に買い取ってもらう流れがすでにあったのです。

そこで次に目をつけたのが海外でした。実は審査会にアイデアを話したところ、審査員の一人が発展途上国では被覆廃線を違法に野焼きし、中の銅線を取り出していることが問題になっていることを教えてくれたのです。野焼きをしているスラム街の貧困の解決を目指している団体もあると聞き、そことコラボできれば事業化できると考えました

危険な野焼きからの解放。リサイクルの技術革新で世界を変える

——なぜ野焼きが問題になっているのか教えてください。

岸本プラスチックを焼いた煙が、環境にも人体にも悪影響を及ぼすからです。しかし、アフリカでは、貧困者が銅線から銅を取り出しリサイクル業者に販売するための、野焼きが後を絶ちません。専用の機器などを必要としない野焼きは、誰でも簡単にできるからです。一方で、野焼きをしている人たちは寿命が短いというデータもある上に、有毒な煙は周辺地域にも広がります。

そのため、国を挙げて野焼きを取り締まっているものの、生きていくために野焼きをするしかない人たちがいるのも実情です。そんな彼らに私たちの技術を提供すれば、環境問題と健康問題をクリアしながら、クリーンにリサイクルしてもらえる。そう考えグローバルでの事業展開に舵を切りました。

——アフリカ諸国に技術を提供して事業化できる目処が立っているのでしょうか。

岸本:いえ、実は技術的な問題が残っています。油で揚げるだけでは、被膜のプラスチックがきれいに取り切れず、買い取り価格が下がってしまいます。また、建物などに使われている銅線は、火事の際にも15分はガスが発生しないよう、耐熱性の高いプラスチックが使われており、既存の特許技術では対応できないものもあります。

そこで、新たな技術を開発し、特許を申請しています。私たちの技術を使えば、きれいに皮膜を取り除いて高額で取引できるうえに、就労継続支援などの作業場でも安全に作業を行える可能性があるため注目を集めています。

——雇用を作れるということは、途上国にも魅力的ですね。

岸本:まさにガーナでは若者の雇用創出が問題になっていて、在日ガーナ大使も私たちの技術に期待してくれました。私たちの技術は、高額な設備も必要ありません。

実際にガーナで野焼きをしている人たちに私たちの技術を試してもらったところ、安全性と簡単さに、とても喜んでくれました。彼らも野焼きが環境や健康に悪いことは知っており、できればやめたいと思っているのです。日本語で「ありがとう」と言ってもらえて、使命感を覚えました。

大企業におけるスタートアップの価値とは

——収益化も見えてきているのでしょうか。

岸本:ガーナやケニアも、銅線のリサイクルの商流があるため、まずは部分的に私たちの技術を取り入れることで収益化しようと考えています。私たちの技術を使うことで銅線の被膜をきれいに剥がすことができ、野焼きで取り出した銅よりも高額で買い取ってもらえるため、その差額をみんなで分配するようなモデルです。

将来的には自分たちで現地の人を雇い、銅線の回収から銅の販売まで行えれば、より利益も大きくなると見込んでいます。大きな利益は見込めませんが、スモールビジネスとして成立する算段はついてきたところです。

——会社を出て起業しようと決意したきっかけがあれば聞かせてください。

岸本:直接的なきっかけになったのは、2024年2月に岡山のビジネスコンテストで賞を頂けたこと。おかげで様々な方がアドバイザーになってくれました。それなら「出向起業」という形で外に出て起業しようと決心したのです。

実は収益化の見込みがなければ起業はしないつもりでした。今も明確に見えているわけではありませんが、それでも起業に踏み切ったのは周りからの後押しがあったからです。スタートアップ界隈の方たちはみんなポジティブで、困っていることを共有すると力になってくれますし、力になってくれる誰かを紹介してくれます。

——清水建設にとって、今回の事業は何かしらメリットがあるのでしょうか。

岸本:清水建設はこれまでにアフリカ約16か国で90件以上のプロジェクトを手掛けてきました。2023年半ばに、現地社会へのさらなる浸透を目指して、アフリカの営業拠点をドバイからケニアに移しましたが、それ以降、本業の業務拡大を図るだけでなく、ケニアの地域社会の開発や発展に貢献できるような取り組みを模索してきました。昨年初めにケニアの大統領夫人が来日された際、清水建設のイノベーション拠点「NOVARE」を訪問されました。この訪問をきっかけに、清水建設はケニア大統領夫人が主宰するNPO法人と協力して、ケニアの環境保全に資する活動に取り組もうとしています。

大統領夫人のNPO法人は、女性活躍の推進、環境保全、若年層の支持を三本柱として活動しています。DO・CHANGEの廃線リサイクル活動は、野焼きをやめさせるという点でケニアの環境保全に役立つことから、清水建設より紹介してもらい、このNPO法人にもDO・CHANGEの技術に興味をもってもらいました。現在、ケニアではこの大統領夫人が主宰するNPO法人とDO・CHANGEが協働して、ビジネスの実行化を目指しています。このようなつながりは、清水建設が持つネットワークをさらに深化させることにも役立っています

ケニアやガーナだけでなく、同じような課題感を抱えている国は、アフリカだけでも10以上存在し、その中には清水建設本体が本業の建設工事で既に施工実績をもつ国もあります。それらの国でDO・CHANGEと清水建設が同じ目的を共有しながらコラボできれば、よりグローバルで存在感を出せるのではないでしょうか。

——今後、大企業が新規事業を考えるうえで大事だと思うことを教えて下さい。

岸本:社会的意義だと思います。投資家たちの話を聞いても、これからは単に利益を生み出すだけの事業には投資が集まりません。大企業が持っている技術やネットワークを活かし、何かしら社会の課題を解決し、その上で利益を生み出す事業を作っていく必要があると思います。

そのために大事なのが可視化です。私たちの事業で言えば「いかにCO2排出量を減らせるのか」をデータで示さなければなりません。もしくは若者や女性の雇用率なども可視化できれば、大きなインパクトになるでしょう。

それらのデータはまだ実績が出せていませんが、これからデータをとることで、より説得力のある事業にしていきたいと思います。

——最後に、今後のビジョンをお願いします。

岸本:まずは世界中から銅を取り出すための野焼きをなくすのが大きな目標です。その後のビジョンは、アフリカ現地でM&Aを果たすこと。たとえば国を挙げてやることになれば国営事業でもいいですし、現地のリサイクル企業に売却しても構いません。

そこで得た資金で、また別の社会問題を解決していきたいですね。