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「宇宙の交通ルール」が未来を拓く ——10cm以下の宇宙ゴミの動きを予測するStar Signal Solutionsのソリューションとは

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宇宙開発が加速する今、私たち人類は衛星からの情報や通信への活用など宇宙の恩恵を受けている。しかし、地球の環境問題と同じように、宇宙もまたルールを守って活動しなければ、安全かつ長期的な活動は続けられない。

既に国際的に宇宙のルール作りが進められており、日本でも宇宙活動法というルールが定められている。そのルール作りに携わったのが、JAXA 発のスタートアップ、Star Signal Solutionsの岩城陽大氏。現在はJAXAの技術を使ってデブリ(宇宙ゴミ)問題の解決に取り組んでいる。

ルールのない新しいフロンティアで、ルールを作りながら事業を展開してきた岩城氏。領域は違えど、新たな市場を作っていくスタートアップの起業家は通じる点も多い。今回は岩城氏に、宇宙問題の現状と、ルールのない市場での事業作りにおけるポイントを聞いた。

岩城陽大
Star Signal Solutions株式会社 代表取締役
2011年JAXA入社。文部科学省宇宙利用推進室、内閣府宇宙戦略室等を経て、在ウィーン国際機関日本政府代表部では、2019年の宇宙活動の長期持続可能性(LTS)ガイドラインの採択や宇宙資源WGの設立に携わるなど宇宙の国際ルール作りに従事。2022年JAXA べンチャ―としてStar Signal Solutions株式会社を設立。S-Booster2021審査員特別賞、始動Next Inovator2022シリコンバレー選抜派遣、未来X三井住友海上賞、Think globally Act locally賞(JTB賞)W受賞。

ポイント

・Star Signal SolutionsはJAXAの技術を使い、宇宙空間をライフル弾以上のスピードで飛び交うデブリを回避して、安全に宇宙活動を行うためのソリューションを提供している。
・日本がロケットの打ち上げを開始したのは世界で4番目、国別の政府予算は米中に次ぎ世界第3位で、宇宙開発先進国として国際的にルールを作っていくべき側の国。
・衝突により致命的な問題を引き起こす1~10cmのデブリは100万個以上あると言われており、人工衛星にデブリに衝突すれば、さらにものすごい数のデブリが発生する。
・Star Signal SolutionsをJAXAから切り出した理由は、JAXAは税金で運営されており民間企業のような事業展開ができず、市場の原理に則ってグローバル展開するにも限界があったから。
・新しい市場ではサンドボックス的に行動を起こしながら、ルール作りをしていくのが重要。どこにどんな危険性があるのか深く理解し、規制できる立場になれば、自分たちのポジションを作っていける。

INDEX

宇宙のルールを作るためにJAXAへ。持続的な活動へ向けた新たなチャレンジ
深刻化するスペースデブリ問題と日本が誇るソリューション
デブリから衛星を守る Star Signal Solutionsが描く安全な宇宙空間
「ルールを作る側になる」新たな市場でフロントランナーになる方法

宇宙のルールを作るためにJAXAへ。持続的な活動へ向けた新たなチャレンジ

——宇宙産業について興味を持ったきっかけを聞かせてください。

岩城:私が宇宙産業に興味を持ち始めたのは2007年ごろです。当時はイーロン・マスクをはじめ、多くのIT長者が宇宙ビジネスに乗り出していました。その様子を見て、これから宇宙産業が盛り上がるのを感じ、自分も将来は携わりたいと思うようになって。

宇宙産業への関わり方も様々ありますが、その中で私が興味を持ったのがルール作りです。これから多くのプレーヤーが宇宙産業に参入すれば、より具体的なルール作りが欠かせません。大学の法学部へ入学した当初にそう思った私は、国際法や宇宙法を特に学び、卒業後はJAXAに就職しました。

——JAXAでは、どのような仕事をしていたのでしょうか。

岩城:JAXAでは、法務分野の経験を中心に政府に出向する機会も多くありました。内閣府が宇宙活動法を策定する際の支援をしたり、外務省に出向してウィーンの国際機関日本政府代表部に参加したり。国際的な宇宙のルール作りに政府代表チームとして、ディスカッションに関わらせてもらいました。

——学生の頃の夢を叶えられたのですね。その上で、今の取り組みに挑戦しようと思ったきっかけがあれば聞かせてください。

岩城:きっかけは2019年に国連で定められた、宇宙活動の長期持続可能性(LTS)ガイドラインの採択に携わったことです。このガイドラインは、今のような宇宙活動をこのまま続けていくと、将来的に宇宙空間を使えなくなるため、宇宙環境を守るために定められたものです。

ガイドラインの中では、スペースデブリ問題や衛星軌道上での衝突リスク、宇宙天気の話が取り上げられています。人類がどのように宇宙を使っていくのか、方向性が定められましたが、それを実現するためのルールやソリューションを作らなければなりません。それが今の取り組みの原点です。

——ガイドラインとルールは違うのですか?

岩城:決定的な違いは、ルールには法的拘束力があっても、ガイドラインにはないことです。ガイドラインは「みんなでこれを守ろうね」と確認するためのものであって、破った国や人を罰することはできません。

そのため、それぞれの国がガイドラインに沿って国内法など拘束力のあるルールにするのです。日本では、宇宙活動法が定められていて、民間企業などが宇宙活動をする際は許可制になっていますし、ルールを破れば許可が剥奪されて罰則も与えられます。

深刻化するスペースデブリ問題と日本が誇るソリューション

——既に日本でもルールがあるとのことですが、Star Signal Solutionsはどのように宇宙環境に貢献しているのか聞かせてください。

岩城:私たちが提供しているのは、具体的なソリューションです。どんなにルールを定めても、ソリューションがなければ宇宙の環境は守れません。宇宙環境を守るためには、様々なアプローチがありますが、私たちが注目しているのはデブリ(宇宙ゴミ)問題です。

特に私が日本から発信していきたいのが、デブリの「除去」と「回避」についてのソリューション。除去については、日本のアストロスケール社などが取り組んでおり、2019年にガイドラインを作る時も代表の岡田さんが、各国の代表に向けてもデブリ問題の重要性を大変説得的に紹介くださいました。

私たちが取り組んでいるのは、デブリとの衝突の「回避」です。JAXAの技術を使い、宇宙空間をライフル弾以上のスピードで飛び交うデブリを回避して、安全に宇宙活動を行うためのソリューションを提供しています。

——日本が世界に誇る技術を持っているのですね。宇宙市場の中で、日本の立ち位置はどのようなものなのでしょうか。

岩城:実は日本がロケットの打ち上げを開始したのは世界で4番目です。それもロシアやアメリカが軍事用に開発しているのに対し、日本は純粋に平和目的で開発してきたこともあり、国際的に大きな存在感を発揮しています。

国別の政府予算を見てみると、昨年は、日本は米中に次ぎ世界第3位でした。ヨーロッパは国単位だけでなく地域単位の予算もあるので単純比較はできませんが、宇宙開発の先進国として、国際的にもルールを作っていくべき側の国と言って良いでしょう。アジアで唯一国際宇宙ステーション(ISS)計画に参加している国でもあり、日本への国際的な期待は大きいです。

——日本の宇宙技術は世界でもトップクラスなんですね。デブリ問題についても聞かせてください。

岩城:現在宇宙で追跡できている10センチ以上の物体は35,000個あると言われています。そのうち9100個は人工衛星など人が動かしているものであり、残りはデブリです。それだけでなく、衝突により致命的な問題を引き起こす1~10cmの物体は100万個以上あると言われています。

宇宙は広いと思われがちですが、特に人類にとって有益な軌道は一定の範囲です。その限られた範囲にデブリが増え続けると、安全な宇宙活動が続けられなくなってしまうのです。

——今もデブリは増え続けているのでしょうか?

岩城:増え続けています。たとえば約10年前の2014年に打ち上げられたロケットの数は214機でしたが、2023年に打ち上げられた数は2,664機です。この10年の間で、ロケットの打ち上げペースは10倍以上になりました。

また、多くの国々が毎年人工衛星を打ち上げており、2030年までに予定されている数は累計5万8000機。もしもそのうちの一部がデブリに衝突すれば、ものすごい数のデブリが発生しています。デブリを減らす取り組みとともに、デブリとの衝突を避け、デブリを増やさない取り組みも必要なのです。

——10cm以下の物体が、そこまで危険なのですか?

岩城:人工衛星は秒速7~8kmという、ライフル弾より速いスピードで飛んでいるため、宇宙空間にあるデブリに触れると破壊・損傷を免れません。東京-大阪間をおよそ1分で移動できるスピードです。

衝突の衝撃は、質量×速度で増加するため、たとえ10cmのデブリでもダンプカーとの衝突に匹敵しますし、1cm程度のものでも軽自動車に匹敵します。宇宙には交通ルールがないため、四方八方からそのようなデブリがとんでくるのをイメージしてもらえれば、危険性をイメージしやすいと思います。

——実際に衝突事故が起きていたら教えてください。

岩城:過去にも何度か起きています。たとえば2009年にアメリカの民間衛星とロシアの軍事衛星が衝突していますし、他にも衝突事故は何件かありました。このような衝突事故が起きると、新たなデブリが数百~数千個発生してしまいます。その多くは20~30年、長いものだと100年以上に渡って衛星軌道上に残ってしまうのです。

さらにそれが、ほかの衛星などに衝突すると連鎖的にデブリが発生してしまい、指数関数的にデブリが増えてしまいます。

デブリから衛星を守る Star Signal Solutionsが描く安全な宇宙空間

——デブリ問題を解決するために、どのような取り組みがあるのでしょう。

岩城:何より大事なのはデブリを出さないことです。昔は人工衛星のカメラのキャップのようなものも宇宙で捨てていましたが、そのような行為も今は規制されています。また、国連では使わなくなった衛星は25年以内に地球に落とすなどして、有益な軌道を保護するよう定めていますし、アメリカでは5年以内に落とすよう定めています。

そして、私たちが取り組んでいるのが衝突事故を防ぐこと。どこに何が飛んでいるのか把握して、回避できるようサポートするSaaSサービスを提供しています。現状では1cmほどの物体までは把握しきれていませんが、10cm以上の物体であれば、その軌道を予測し回避できるようになりました。

——なぜJAXAからスタートアップとして切り出したのでしょう。

岩城:単に優れた技術として終わらせるのではなく、ユーザーフレンドリーなサービスに磨き上げるためにも、JAXAを出て事業化した方がいいと判断しました。JAXAは税金で運営しているので、民間企業のような事業展開ができません。予算の中でしか活動ができないため、大きく事業展開できませんし、市場の原理に則ってグローバル展開するにも限界があります

サービスの根幹となる技術を開発した者もメンバーにいるため、R&Dを繰り返しながらサービスを作り上げています。

——どういう団体が顧客になるのでしょうか。

岩城:民間企業はもちろんですが、国や政府にも販売していきます。たとえば国の資産として衛星を打ち上げている国も多くありますし、国が道路を管理するように、宇宙を管理するために国や宇宙機関が私たちの技術を使うパターンもあります。彼らも安全に衛星をとばすために、私たちのサービスが必要になるからです。

現在は10cm以上の物体を把握するサービスしか提供できていませんが、10cm以下の小さな物体も把握できるサービスも開発中です。

「ルールを作る側になる」新たな市場でフロントランナーになる方法

——宇宙のようなルールのない市場で、ルールを作りながら事業を展開するために大事なポイントを聞かせてください。

岩城:宇宙の例を話すと、もともとはルールよりも先立つのが行動です。たとえば未開拓の地に町を作るにも、ルールが元からあるのではなく、先に誰かが何か行動を起こしてルールはあとから付いてきますよね。

逆に言えば、誰も何もしていないところでルールを作るのは非常に難しい。今でこそ宇宙資源の議論も進んでいますが、それも最初から具体的なルールがあったわけではありません。もちろん、環境を破壊しないようにするなど、原則的なルールはあったにしても、具体的なルールは行動を伴いながら作られていきます。

そのため、新しい市場ではサンドボックス的に行動を起こしながら、ルール作りをしていくのが重要だと思います。

——日本ではルールがないと行動できない人も多いように感じます。これまでグローバルに活動してきて、そのような印象を受けたことはありますか。

岩城:たしかに海外の政府関係者などと話をしていると「ルールを作らないと規制ができないからルールを作る」と言っていた人が多いように感じます。ルールがない部分は自由に行動して、問題が起きそうなところは規制のためにルールを作るという流れです。

一方で日本では、ルールが定まっていないと行動できないという話はよく聞きます。ただし、日本でも根拠がなければルールを作れません。宇宙活動法を作る際も、根拠となる事実があるか何度も問われました。法律を作っても使う人がいなければ意味がないので、本来は日本も行動をもとにルールが作られているんです。

スタートアップに関して言えば、最近は政府も寄り添って話を聞いてくれるので、国と話し合いながら既存の法の枠外の活動を積極的にしてほしいと思います。

——これまで法の作成にも携わってきた立場として、ルールのないところで活動する際のアドバイスがあれば聞かせてください。

岩城:自分たちのやろうとしていることが世の役に立つことなのか、それを世の中が納得してくれるのか、本質的に考えてほしいと思います。結局、国の主権者は国民なので、法律を作る際も国民の理解を得られるかが非常に重要です。

みんなが大事に思っていることを侵害していないか、もし影響があるとすれば、どのように緩和すればしても許容可能なのか考え抜かなければなりません。専門家の方に話を聞くのも重要ですが、専門家も基本的には他分野の過去の知見でしか語れません。そのため、自分たちが第一人者になって考える姿勢が重要です。

理想としては、自分たちが一番詳しくなって、ルールを作る側に回ることです。どこにどんな危険性があるのか深く理解し、規制できる立場になれば、それが参入障壁になり、自分たちのポジションを作っていけると思います。

——業界のフロントランナーになるということですね。

岩城:そうですね。そのお手本がイーロン・マスクです。彼は世界的にも圧倒的な数の人工衛星を打ち上げていますが、デブリとの衝突のリスクを最小限に抑えています。業界標準では、リスクが1万分の1以下であれば飛ばせるのですが、彼は社内で100万分の1以下じゃなければ飛ばさないというルールを作って、実行しています。

もしもデブリが増えれば、自分たちも事業を続けられなくなるため、あえて厳しい基準を作っているんですね。彼こそフロントランナーとしての責任を果たしていると思いますし、業界標準やルールも将来的にそこに倣っていく流れになるでしょう。

——最後に、これからのビジョンについて聞かせてください。

岩城:これまで人類は宇宙にアクセスするために、汗をかいてきました。しかし、これからはさらにそこから宇宙空間でより自在に活動するフェーズに入っていきます。宇宙空間で燃料を補給したり、ロケットを修理したり、デブリを回収したり。本当の意味で、宇宙という空間を人類が使いこなす時代がすぐそこにやってきているのです。

そのような時代において、宇宙で何がどのように動いているか把握する能力は基盤になるはずです。高速で動く物体を把握できなければ、身動きもとれませんし、ましてや許可もとれなくなるでしょう。

私たちは、そのようなデータを蓄積し、かつオープンにすることで、より人類が宇宙で自在に活動するための礎となるような存在になりたいと思っています。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:小池大介