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技術大国への再興の鍵を握る「ディープテック」。VCであるBeyond Next Venturesはどこに勝機を見出すのか

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近年、ディープテック領域への投資が急速に拡大している。医療・バイオテクノロジー、宇宙、エネルギー、フードテックなど、社会課題を解決する革新的な技術が次々と生まれるなか、日本のVCもこの領域への投資が拡大している。しかし、ディープテックは研究開発から社会実装までに膨大な時間と資金が必要なため、投資家としての関与の仕方が従来のスタートアップ投資とは異なる。

こうした状況のなか、日本を代表するディープテック特化型VCの一つであるビヨンドネクストベンチャーズは、どのような戦略で投資を行っているのか。代表の伊藤毅氏に、ディープテック投資の潮流、日本と海外の違い、グローバル展開の勝ち筋、そしてVCとしての役割について伺った。


伊藤毅
Beyond Next Ventures 株式会社
東京工業大学大学院 理工学研究科化学工学専攻修了。2003年4月にジャフコ(現ジャフコ グループ)に入社。Spiberやサイバーダインをはじめとする多数の大学発技術シーズの事業化支援・投資活動をリード。2014年8月、研究成果の商業化によりアカデミアに資金が循環する社会の実現のため、Beyond Next Venturesを創業。出資先の複数の社外取締役および名古屋大学客員准教授・広島大学客員教授を兼務。内閣府・各省庁のスタートアップ関連委員メンバーや審査員等を歴任。

ポイント

・2010年代半ばから政府支援も後押しし、大学発ベンチャーへの投資環境が大きく改善。研究成果の事業化が進み、起業家の裾野が拡大した。
・ディープテックスタートアップにとって日本市場だけでの成長には限界があり、創薬・フードテック・エネルギーなどの分野では最初から海外展開を視野に入れることが競争力の鍵となる。
・創薬は初期から海外志向が必須だが、フードテックなどはまず国内で評価を得てから海外展開。分野ごとの特性に応じた成長戦略が求められている。
・Beyond Next Venturesは単なるリターン追求ではなく、成功した研究開発が次の資金源となる循環型エコシステムの構築を重視。国内技術の持続的発展を目指す。
・研究者が起業し成功する事例を増やすことで、若者が科学技術分野に希望を持てる社会を築く。ディープテックはその突破口として期待されている。

INDEX

大学発ベンチャーの時代到来!世界を目指すディープテック起業家たち
「失われた30年」を取り戻す。グローバル市場での勝機とは
グローバル市場で勝つために、創業初期から必要な「仕込み」とは
「研究者が憧れられる社会」を作るため、世界で成功するモデル起業家を輩出していく

大学発ベンチャーの時代到来!世界を目指すディープテック起業家たち

――ディープテック領域のこれまでの変化について聞かせてください。

伊藤:私がディープテック領域に興味を持ち始めたのは前職、ジャフコにいた2008年ごろ。当時は、ディープテック領域への投資は「儲からない」と考えられ、VCの間でも敬遠されていました。特に大学発ベンチャーは成功事例がほとんどなく、起業しても成長しきれずに終わるケースが大半。そのため、投資家の関心も低く、資金調達のハードルが非常に高い状況でした。研究開発に時間がかかるディープテックは、短期間でのリターンを求める投資には向かないとされており、支援するプレイヤーも限られていました

しかし、2014〜2015年頃から状況が変わり始めます。国内でも大学発のディープテックベンチャーが成功する事例が出始め、市場の関心が徐々に高まってきたのです。これには政府の後押しも関係します。2012年度の補正予算で、東京大などの国立4大学に合計1000億円を出資しました。政府もこの分野の重要性を認識し、スタートアップ支援策を強化していきました。

これにより、大学の研究成果を事業化するための資金供給が活発化し、シード段階のスタートアップでも投資を受けやすい環境が整備されていったのです。この変化によって、ディープテックベンチャーの数は増え、それまで成長の機会を得られなかった研究者や起業家にもチャンスが広がり始めました。

――現在の様子はいかがですか?

伊藤:現在、ディープテック領域への投資環境は大きく変化しています。まず、ファンドの規模が拡大し、より大きな資金調達が可能になりました。かつてはシード段階の投資が中心で数千万円〜数億円程度が中心でしたが、現在では成長フェーズに入ったスタートアップに対して、数十億円規模の投資が行われるケースが増えています。そのため、長期間の研究開発が必要なディープテック企業でも、事業を継続しやすくなってきました
また、VCだけでなく、大企業もディープテック領域への関心を高めています。特に、オープンイノベーションの一環として、スタートアップと連携する動きが活発化しています。ディープテック分野のスタートアップは、大企業との提携に苦労することが多かったのですが、現在では共同研究や出資を通じて、大企業が積極的に支援するケースも増えてきました

――ディープテック分野のエコシステムが整備されてきたのですね。

伊藤:さらにいえば、ディープテックスタートアップの海外進出も加速しています。特に医療・バイオテクノロジーや宇宙、エネルギーなどの分野では、日本国内だけでなく、最初から海外市場を視野に入れて事業を展開する企業が増えてきました

「国内市場だけでは成長に限界がある」という認識が広がったのに加え、資金調達の選択肢が広がったことが背景にあります。

「失われた30年」を取り戻す。グローバル市場での勝機とは

――これからグローバルでの競争も激化していくと思いますが、海外のディープテック市場の様子も聞かせてください。

伊藤:海外のディープテック市場は、日本とは異なる成長の仕方をしており、特にアメリカや中国、ヨーロッパでは大規模な資金調達が可能な環境が整っています。アメリカではディープテック領域のスタートアップが数百億円規模の資金調達を行うケースも珍しくなく、研究開発に必要な長期的な投資がスムーズに行われてきました。

これは、政府の支援に加えて、ディープテックに特化した投資ファンドやインフラが充実しているためです。一方で、日本では市場規模が小さく、国内の投資環境だけではディープテックスタートアップの成長に限界があるため、海外市場を視野に入れた戦略が必要不可欠になっています。

特に創薬や医療機器分野では、FDA(アメリカ食品医薬品局)やEMA(欧州医薬品庁)の承認を得ることで、グローバル市場に参入しやすくなります。そのため、日本のスタートアップの中には、最初からアメリカ市場での展開を前提に研究開発を進めるケースも増えてきました

――創薬や医療機器以外の分野のグローバル戦略はいかがですか?

伊藤:フードテックやクリーンエネルギー分野でも、グローバルな規模での展開が求められています。たとえば、代替タンパク質や培養肉の分野では、シンガポールやアメリカなどで早くから法規制が整備されており、日本企業もこうした国々をターゲットにする動きが活発化しています。

今後、日本のディープテックスタートアップが成長するためには、国内市場にとどまるのではなく、海外の市場や投資環境の活用が欠かせません。そのためには、海外投資家や企業とのネットワークを築くことが重要であり、日本のVCとしても、その支援を強化していく必要があると考えています。

――IT分野では日本のスタートアップの海外展開は苦戦している印象がありますが、ディープテックならではの勝機があれば教えてください。

伊藤:IT分野では国内市場の規模が小さく、また言語や文化の違いが大きな障壁となるため、日本のスタートアップがグローバルで戦うのは容易ではありません。しかし、ディープテック領域では、技術そのものの優位性が競争力となるため、言語や文化の壁を超えて勝負できるチャンスがあります。

特に、日本の強みとして挙げられるのは、高い研究開発力と品質の高さです。材料工学や精密機械、バイオテクノロジーなどの分野では、日本の技術は世界的に評価されています。また、ディープテックは短期間での市場獲得よりも、長期的な視点で技術を磨き、確実に社会実装を進めることが重要です。この点で、日本企業の強みである「堅実な技術開発」や「品質へのこだわり」が、ディープテック領域では競争優位につながるでしょう。

グローバル市場で勝つために、創業初期から必要な「仕込み」とは

――グローバルで戦うには創業初期からグローバルを見据えた方がいいという話も聞きますが、伊藤さんの考えを聞かせてください。

伊藤:創業初期からグローバル戦略を描くことが重要ですが、そのアプローチは業種や事業モデルによって異なります。バイオ創薬のような領域では、早い段階から海外市場をターゲットにする必要がある一方で、フードテックや社会インフラ領域では、国内での基盤づくりが先決となるケースが多いです。

バイオ創薬では、国内に十分な資金調達のエコシステムが整っていないため、多くのスタートアップが創業初期から海外市場を見据えています。特にアメリカでは、シード段階でも数百億円規模の資金調達が可能で、創薬に関する専門的な投資家や大手製薬企業が数多く存在します。

また、イグジットの環境も日本とは大きく異なり、成功したバイオスタートアップの多くは海外の製薬企業によるM&Aを通じて成長しています。そのため、日本国内にとどまるよりも、早い段階でアメリカや欧州市場に拠点を置き、現地のエコシステムを活用することが成功の鍵となるのです。

――フードテックや社会インフラは、なぜ国内の基盤づくりを優先した方がいいのでしょうか。

伊藤:フードテックの場合、日本の消費者は世界的に見ても味や品質への要求が厳しく、国内市場で評価された製品は海外でも受け入れられやすい傾向にあります。そのため、日本でのフィードバックを活かして製品の完成度を高めた後に、海外市場へ展開する戦略が有効です。

また、社会インフラや宇宙関連の事業では、日本政府の支援を受けながら、まず国内で事業基盤を築くことが求められます。 これらの分野は安全保障や国家戦略と深く関わるため、政府の発注案件や国内の規制を考慮しながら、着実に事業を成長させる必要があります。ただし、最終的にグローバル市場を狙うためには、中長期的な視点で海外展開の計画を立てることも欠かせません。

業種によってアプローチは異なりますが、どの事業であっても最終的に海外市場を目指すことを前提とするべきです。

――海外市場を見据えるために、どんな準備をすればいいのでしょう。

伊藤創業時から多様な人材が働きやすい企業文化をつくり、将来的に海外展開をスムーズに進められる体制を整えることが重要です。最初からグローバル展開を見据えた企業では、社内のルールや報酬体系を多国籍の人材が違和感なく受け入れられるように設計することで、海外市場への適応しやすくなるでしょう。

「研究者が憧れられる社会」を作るため、世界で成功するモデル起業家を輩出していく

――これからスタートアップがグローバルで戦っていく中で、VCとして求められるあり方についても聞かせてください。

伊藤:スタートアップがグローバルで戦っていく中で、当社の役割は単に資金を提供するだけではなく、日本のエコシステム全体を強くすることにあると考えています。VCの究極の目的はリターンを得ることなので、それだけを追求するのであれば、日本に限らず世界中の優れた技術や投資機会に資金を投じるのが合理的です。しかし、私たちは単なるマネーゲームとして投資をするつもりはありません。

私たちが重視しているのは、日本の技術が経済的に成功し、それが次の研究開発に資金として還流する仕組みをつくることです。日本発のディープテックスタートアップが成長し、黒字化すれば、法人税として国に還元される。大学が知財を持っていればロイヤリティ収入として研究資金に再投資される。このように、日本の研究と産業が持続的に成長していくエコシステムを築くことが、当社としての本質的な役割だと考えています。


――単に利益を追求するのとでは、投資方針も変わるのでしょうか。

伊藤:たとえばバイオ創薬のような分野では、資金調達やイグジット環境が整った海外に拠点を置くほうがリターンを得やすいのは事実です。日本の大学の研究者が海外でスタートアップを設立し、海外VCから資金を調達し、最終的に海外の製薬企業に買収される。この形が最も資金効率が良いかもしれません。

しかし、もしこの流れが続けば、日本国内のディープテックエコシステムには何も残らず、20〜30年後には国内の研究開発基盤が細ってしまうでしょう。日本の技術者や研究者が経済的に成功し、その成功が次の世代に継承される仕組みをつくることが、長期的に見た私達の使命だと考えています。

また、当社が重要視しているのは、経済的に成功する研究者を増やすこと。世界的に見ても、研究成果を出している科学者は、同時に社会実装も両立させていることがデータで明らかになっています。研究と事業の両立が可能な環境を整え、研究者が「成功するキャリアパス」として起業を選べるようにすることが、日本のディープテックの成長に不可欠です。最終的には、大学発のスタートアップ創業者が莫大な資産を築き、「研究者というキャリアは経済的にも成功できる」と若者が憧れる社会をつくることが理想ですね。

――最後に、これから起業を考えている方へのメッセージをお願いします。

伊藤:日本がこれから科学技術立国として生き残っていくためには、「日本の若者が科学者や研究者に憧れる社会」をつくることが不可欠です。現在、日本の高校生の中で「博士まで進みたい」と考えている人はわずか2%。これは、アメリカの15%、中国の19%、韓国の6%と比べても極めて低い数字です。20年以上前から指摘されているこの課題に対し、いまだ抜本的な解決策が打たれていないことは、日本の将来にとって大きなリスクとなっています。

しかし、希望がないわけではありません。ディープテックスタートアップが成功し、研究者としてのキャリアの選択肢が増えることで、この流れを変えることができると信じています。今までは「起業する研究者は金儲けに走った」と批判される風潮もありましたが、世界を見れば、資金が集まる環境こそが研究成果の発展につながっていることは明らかです。

本当に優れた研究者であれば、「もっと研究したい」という欲求を持ち続けます。しかし、大学の予算だけではやりたい研究の10分の1も実現できないことが現実です。そのため、起業という手段を選び、研究資金を自ら確保する動きが増えているのです。これは決して「研究の質を犠牲にしている」のではなく、「より大きなスケールで、より自由な発想で研究を続けるため」の手段なのです。

そのような研究者を支援し続けるのが私たちの役割だと思っているので、少しでも起業を考えている方は私たち含め、VCやCVCに相談してほしいですね。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:小池大介