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ディープテックスタートアップがユニコーン企業になるステップとは?立ちはだかる2つの資金の壁

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スタートアップは日本に数多くある。ベンチャーキャピタルの興隆をはじめとして事業環境は整いつつあり、今日もたくさんのスタートアップが生まれている。しかし、その中で企業価値10億ドルのユニコーンになれる企業は本当に少ない。

ディープテック領域のスタートアップにとって、設立10年以内の企業価値10億ドル達成に向けて乗り越えるハードルはいくつかある。今回インタビューさせていただく木場祥介氏に、VCの立場から解説してもらう。

木場氏は、素材・化学領域に特化したVCであるUMI(ユニバーサル マテリアルズ インキュベーター株式会社)の代表であり、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)のプログラムディレクターも務めている。国内外のスタートアップを数多く見てきた同氏に、ユニコーンへの道筋と課題をお話しいただく。

同氏は、「ユニコーンの仲間入りを果たす段階になれば、デカコーン(評価額100億ドル)までの道は見えてくる」と述べる。いくつかのハードルを越えてユニコーン化への爆発的な推進力を得れば、その後の未来は明るいと言えるだろう。


木場祥介
ユニバーサル マテリアルズ インキュベーター株式会社 代表取締役パートナー
豊田通商株式会社に入社後、トヨタ自動車株式会社出向を経て、機能性材料分野における新規事業の立ち上げと、素材系ベンチャー企業への投資、グローバル展開支援に従事。2012年に株式会社産業革新機構(現・株式会社INCJ)に入社後、素材・化学チームを立ち上げ、UMIを企画の後、2016年4月よりUMIに正式参画。2023年4月より総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の戦略的イノベーション創造プログラム第3期(SIP第3期)プログラムディレクター(PD)

ポイント

・ 日本のディープテックスタートアップは数多いが、10年以内に企業価値10億ドルのユニコーンを目指すには資金調達や事業環境整備など厳しいハードルが存在する。
・製造設備投資が不可欠なディープテックでは、売上目標の1.5倍相当の資金調達が必要となる。現状の国内ファイナンスは初期と最後の数百億円調達フェーズが不足しがち。
・初期と最後のフェーズで資金が不足するのは、企業価値が低い段階では、投資家が大きな投資をしづらいこと。また、最終フェーズの数百億円レベルの金額になると、補助金では難しく、金融機関としても貸付は難しいことが理由。
・化学系はイノベーションに時間とコストを要するため、創業前の計画立案が重要。うまく行かない場合は、ピボットではなく、事業を畳んで再起するぐらいの覚悟やグローバル展開のロードマップ明確化が必要。

ユニコーン化には大企業連携やM&Aでのスケールアップ、長期視点のパートナーシップ構築が鍵。日本の技術力を生かし、10年・20年先を見据えた協業が求められる。

INDEX

世界的にも珍しい、素材・化学領域特化のベンチャーキャピタル
ユニコーン化を阻む、2つの資金フェーズ
どうすればユニコーン企業になれるのか?
「世界を見渡す。20年先の未来を見据える。

世界的にも珍しい、素材・化学領域特化のベンチャーキャピタル

――木場さんはユニコーン創出に向けたVC事業を展開する傍らで、内閣府のプロジェクトにも関与しています。まずは、木場さんの経歴を伺えますか?

木場:博士号を取得したあと豊田通商に入社し、素材・化学領域で働いていました。大学院在学中からスタートアップに興味を持っており、入社3年後に、現在のUMIのベンチマークとなるVCに出会うことになります。そのファンドに出資する体験を経て、現在のUMIのイメージが具体的に湧いてきました。

2007年には社内のビジネスコンテストに応募します。日本の製造業に対して、製造・マーケティングのサポートをしながら新規ベンチャーを育成する事業モデルで、「ものづくり商社」の豊田通商にフィットしたこともあり最優秀賞を受賞しました。その事業構想を実現させるために転職し、UMIの創業に至りました。

UMIは、優れた素材・化学企業の育成を通して、日本の技術力を強化し、世界に通用する産業構造を醸成するVCです。素材・化学領域に特化したVCは世界に6社しかないのですが、その1社とご理解ください。

――ありがとうございます。大学院で研究されていた2000年代前半では、スタートアップは日本でそれほど脚光を浴びていなかったように思います。そのような中でも興味を持っていた理由は何ですか?

木場:在籍していた研究室から、素材ベンチャーが何社か立ち上がっていたのです。世界を変える勢いがあり、純粋にかっこいいと感じました。

ただし、現実はそれほど甘くはありませんでした。研究室では盛り上がっていたものの、当時はアカデミアスタートアップの手法が確立されておらずベンチャーキャピタル自体もまだまだこれからという時代。スタートアップ投資の資金流通量も年間で200億円程度でした。金融機関にも知見は蓄積されておらず、結局はジョイントベンチャーを組む大手企業の動向に左右されてしまったこともあり、当時立ち上がったベンチャーのほとんどがすぐに潰れてしまいました。

私自身も、本当は素材・化学領域でベンチャーを立ち上げたいと考えていました。ただ、当時は就職氷河期だったこともあり、ベンチャーの立ち上げどころかVCへの就職もままならない時代です。そのような中で、OBの方々の勧めもあって豊田通商に就職することになったのです。

ユニコーン化を阻む、2つの資金フェーズ

――日本でもVCが増えスタートアップ投資が活発になり、ディープテックのスタートアップにも注目が集まっています。木場さんから見て、投資環境は良くなっているのでしょうか?

木場:改善されつつあると感じています。スタートアップにとっても、資金調達額も企業価値も10年前と比べると大きく上がっているなど、事業を展開しやすい環境になりつつあるのではないでしょうか。

ただし、ディープテックスタートアップにおいては資金量はまだまだ不十分です。ディープテックスタートアップは、量産を目指すフェーズで工場への投資が必要になるなど、潤沢な資金が必要になります。大きな資金が調達できず自社での製造が困難な場合は、ライセンスビジネスを志向せざるをえませんが、企業価値としては100億円程度にとどまりがちです。付加価値は生み出せるけれども、大きくは儲からないわけですね。特に素材・化学領域の場合、AIなどのソフトウェアだけでなく設備などのハードウェアが絡むケースが多い。ユニコーンを目指すためには今以上の資金量が求められます。

――スタートアップにとって、具体的にはどの程度の資金が必要なのですか?

木場:目安としては、年間売上目標の1.5倍の資金が必要だと言われています。たとえば売上200億円を目指すならば300億円程度の資金が必要。素材・化学メーカーの利益率を粗利ベースで20~30%と見込めば、7年から10年かけて償却するイメージです。

――想像以上に多くの資金が必要となるのですね。

木場:そうなんです。こうした感覚を持っている人は、大企業・ベンチャーを含めてごく僅かです。

私も内閣府のお仕事をする中でも、確かにディープテックのような多くの資金が必要な領域にもお金が回るようになっているけれども、シームレスではないという課題感を持っています。スタート時点の企業価値を上げるための資金調達と、ユニコーン誕生に向けた最後の数百億円の資金調達のフェーズが抜けてしまっているのが現状です。

――スタートアップがユニコーンにまで成長するためには、事業立ち上げ時点と、ユニコーン化へのステップアップ時点の、2つのフェーズでの資金が鍵を握るのですね?

木場:その通りです。もっとも、この2つのフェーズでの資金調達が難しいことは当然と言えば当然です。投資する立場から見ると、企業価値が低い段階のスタートアップに対しての大きな投資は容易ではありません。あるいは最終フェーズの数百億円レベルの金額になると、補助金では難しいですし、金融機関としても貸付は難しい。IPOにより市場から調達したとしても、調達直後の赤字に直面すると株は手放されてしまい、株価の暴落につながってしまいます。スタートアップ向けのファイナンスは増えてきましたが、ユニコーンへの成長にはつながっていないのが現状です。

スタートアップ側にも課題はあります。デットファイナンスとエクイティファイナンスをうまく使いながら成長することが大事なので、金融機関や市場にきちんと説明する能力が必要です。「リスクが低いからデットで銀行から借り入れる」という金額ではないからこそ、ユニコーン化に向けたロードマップを示せるかどうか。総合格闘技のようにいろいろなことを考えていかないと、素材・化学領域での成長は見込めません

――最近では小さく始めて大きく育てるスタートアップが頻繁に取り上げられます。ディープテック領域では、そうしたリーン・スタートアップは考えづらいのでしょうか?

木場:はい、創業時点での計画性が重要です。ディープテック領域のユニコーンを分析してみたところ、「創業からユニコーン化まで、ピボットしなかった」というのが共通項として浮かび上がってきました。この分析結果から得られるのは、「創業までの計画立案は何よりも大事。それでも後々に立ち行かなくなったなら、ピボットするのではなく事業を畳んで一からやり直す覚悟も必要」という教訓です。

この辺りは、分野によるとは思います。たとえばITのようにプロダクトのスピードが速いものであれば、うまくいかなければどんどんピボットして市場にマッチするまで探り続けることも有効です。しかし化学系の場合、物質を反応させるために1週間かかることもあるなど単位イノベーション当たりの時間は長くなりがちで、各フェーズで多額の費用もかかります。素材・化学領域のディープテックであれば、創業までに腰を据えて計画を練り上げるべきだというのが私の考えです。

どうすればユニコーン企業になれるのか?

――ディープテック領域のスタートアップは、ユニコーンを目指すためにはどうすればいいのでしょうか?

木場:グローバルでプレーするビッグピクチャーを描いたうえで、それを国内外の投資家に説得力のある形で示すことが重要です。

たとえば日本の起業家で、地方創生を志す方は多くいらっしゃいます。もちろんそれはとても素晴らしいことですが、日本国内に閉じている限りはグローバルプレーヤーとして世界を変えることはできず、期待値にも限界があります。投資家とは、突き詰めてしまえば期待値に投資をする人たちのことです。日本の教育では期待値の上げ方が教えられてこなかったこともあって、その部分に弱みを持つ人が多いようです。ここの解消を目指し、私がプログラムディレクターを務めている、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム (SIP)では木場道場というものを立ち上げて起業家育成に取り組んでいます。

――確かに、グローバルな目標を掲げなければユニコーンは難しいのかもしれません。

木場:加えて、ロードマップも具体的に示すことが肝心です。プロジェクトファイナンスを組成してもらえるように「量産工場を建てた後の販路はすでに開拓済みです」と説き伏せられるような実績や、「キャッシュフローが出ている会社をM&Aするので、ベースのキャッシュフローは確保して経営を安定化した上で自社の革新的な技術を使って高成長を実現させられます」といった道筋を示すことが大切です。

たとえば前述した木場道場でも、製品のプロトタイプ製作・サンプル配布の段階までしか視野に入れていない受講生も多いんです。しかし、顧客を獲得して実際に販売すれば、バリューは一気に上がります。将来的にユニコーンになった際には、どういった組織構造なのか、世界的競合とどのように戦っているのかを徹底的にイメージすることで、シリーズAからグローバル投資家にも参画してもらえるような動き方ができるようになるはずです。

――グローバルな夢を実現するロードマップを描くことは、言うは易く行うは難そうです。

木場:当社で重視しているのは、出資先のベンチャーが他企業と連携して一気に成長できるサポートです。特に、素材や化学といった領域のディープテックを1社単独で行うことは困難です。ディープテックの成功要件について議論しているBCGのレポートでも、テクノロジーの融合体であることが成功要件の1つとして挙げられています。マテリアル系は様々な技術が混ざって成り立っていることもあり、大企業が保有するリソースでレバレッジを掛けることが成功の鍵です。

当社の投資先に、ペットボトルのケミカルリサイクルに取り組んでいるJEPLANがあります。独自のリサイクル技術を確立させようとしてきた企業なのですが、スケールアップに苦しんでいました。そこで他社の既存工場を買収し、自分たちの高度な技術は活かしつつM&Aによるサプライチェーン構築を果たしたことで商用スケールでの事業安定化に成功。アメリカのディープテックではM&Aを活用した工場の確保はすでに一般的なのですが、日本のスタートアップにとっても、単独成長の考え方から脱却して安定的に末永く成長する施策として有効だと理解しています。

世界を見渡す。20年先の未来を見据える。

――ここまでお話を聞いて、素材・化学領域のディープテックのユニコーン化は難しいと感じました。

木場:いえ、そんなことはありません。これは、素材・化学領域の特長として、一度波に乗れば広がるのは早いためです。

要因の1つに、言語の壁がないことが挙げられます。たとえばUMIはUAE、サウジアラビア、フランスに拠点があるのですが、英語さえ喋れれば言語の壁を感じる場面はほとんどありません。IT系であればローカライズが一つの大きな壁となってきますが、素材・化学領域のディープテックなら一度波に乗れば世界中どこででも勝負しやすいんです。

しかも、中東やASEANはもちろん、ヨーロッパやアメリカでも日本のディープテックに対する期待値は驚くほど高いです。これまで積み上げてきた日本製品への信頼があるからかもしれませんが、私からみても過剰と思えるほどに高く評価されています。こうした機運を追い風にしてクロスボーダーで考えられるのが、素材・化学領域の楽しさでもありますよね。

ユニコーンになってしまえば、デカコーンへの道は遠くないと思います。キャッシュフローの額が大きければ借入も行えるので、拡大再生産の道は見えてきます。

――グローバルな競争について押さえておくべき点はありますか?

木場:特に注目しておくべきなのは中国スタートアップの動向です。中国のZ世代の方々は、政策的な縛りはありつつも、社会課題の解決など大きな夢を語るんです。しかも中国国内の内需を取り込んで急成長してきました。現在は政治的な問題もあって中国国内を主戦場としている企業も多いですが、こうした企業がグローバル市場にどんどん進出する環境が整えば、日本企業は相当に苦戦するはずです。

前述した通り、ディープテック領域における日本企業への信頼度は現時点でかなり高い状況です。日本のスタートアップにとって、グローバルで戦う覚悟があるなら今は絶好のチャンスだと思います。

――ありがとうございます。最後に、この記事を読まれた大企業やスタートアップの方々に向けたメッセージをお願いします。

木場:中長期視点で物事を考える重要性を改めて申し上げたいと思います。企業間の協業が重要というお話は上述した通りなのですが、協業にあたっては目先の問題解決に焦点が当たりがちです。

協業は一時の打算ではなく、長期的なパートナーシップであるべきです。一時的に盛り上がった恋愛がうまくいかないように、目の前の些末な問題解決や目先の利益のための協業もうまくいきません。イノベーションのスピードは一般的にかなり遅いので、5年先を見据えた中期経営計画のレベルではなく、10年・20年先の未来を見据えて、まずはお互いの長期ビジョンの共有から始めるべきなんです。

VCを経営していて感じることとしては、建設業界の方は投資がうまいですね。その理由は、長期目線を持たなくてはならない業態で操業されてきたからではないでしょうか。四半期ごとの営業利益や単年度の利益に囚われるのではなく、10年先・20年先を見据えて戦略を立てていくことが肝要だと思います。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう
撮影:河合信幸