世界の喫緊の課題である地球温暖化を防ぐため、2050年までにカーボンニュートラル(CO2排出量を実質ゼロにする)を達成することが世界の目標になっている。それをリードするのは誰なのか、革新テクノロジーでブレイクスルーを起こす企業が出てくるのか。すべての国、すべての企業が対応を迫られている中、この課題を突破し先導することができれば、その影響力は絶大である。
国際エネルギー機関(IEA)が2021年3月に発表した報告書によれば、2020年の全世界のCO2排出量は、前年比で5.8%減少した。新型コロナウイルス感染症対策のため、世界中で都市のロックダウンが行われ、企業活動や人々の移動が制限された結果、CO2の排出量も減少した。しかし、昨年4月を底にすでにCO2の排出は増加傾向にある。2021年の排出量は、再び増加する可能性が高く、世界で危機感が高まっている。
各国政府は、カーボンニュートラルの対策を急ぐが、企業の取り組みには温度差があるのが現状だ。私は、地球環境問題の解決は、まさにポストデジタルの覇権争いのテーマだと感じている。今回は、環境問題をそんな視点で考えてみたい。
INDEX
・イーロン・マスクの100億円賞金コンテスト
・環境対策で一歩先を行くアップル
・スイッチが入ったカーボンニュートラル
イーロン・マスクの100億円賞金コンテスト
Xプライズ財団とイーロン・マスクは、CO2回収・炭素除去(Carbon Removal)を競う賞金総額1億ドルの大型賞金コンテストの詳細を4月に発表した。世界のCO2排出量は、現在おおよそ330億トンで、カーボンニュートラルを実現するには、排出量を減らすことはもちろん重要だが、年間100億トン規模のCO2を大気中から回収するソリューションが必要である。破格の賞金額が、気候変動、地球温暖化対策への並々ならぬ意気込みを感じさせる。
スペースXで人類の火星移住を計画するイーロン・マスクには、地球環境の保全のために、増加する人類を地球外に移住させることが必要だという思いがある。それが実現するまでは、テスラでEVを普及させ、脱CO2、自然エネルギーの普及を進め、地球環境を維持するという訳だ。今回のプロジェクトもそのミッションにつながっている。賞金コンテストというやり方で、脱CO2への強い意思を示すと同時に、世界中の研究者にCO2回収技術の実用化を呼び掛けた。
コンテストでは、4年間かけて参加チームが大気や海水中などからCO2を回収する技術が競われる。コンテストのガイドラインによれば、年間1,000トンのCO2を具体的に回収できることを示す必要がある。そして、年間1メガトン(1,000トンの1,000倍)のCO2を回収する際に、1トン当たりコストを算出する。さらに、将来ギガトン(メガトンの1,000倍)レベルのCO2回収を実現できる見通しが要求される。まさに、実際に課題を解決できるソリューションが期待されている。
学生チームも挑戦可能で(応募締切は、2021年10月1日)、1チーム25万ドル(補助的な研究には10万ドル)、総額500万ドルの奨学金が用意されている。ぜひ、日本からも挑戦してほしいところだ。大きな課題に対して明確な目標を設定して、世界から果敢な挑戦者を募る。このプロジェクトから有望なスタートアップがいくつも出てくるのではないだろうか。今から展開が楽しみだ。
環境対策で一歩先を行くアップル
いち早く再生可能エネルギーを導入して、地球環境にこだわっている企業がある。米アップル社だ。2011年に自社のデータセンター向けに20メガワットの太陽光発電設備を建設した。電力会社以外では、当時、米国で最大の規模であった。2014年には、世界中のアップルのデータセンターが電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを達成している。2017年に完成したシリコンバレーの本社アップル・パークでは、ドーナツ型構造の屋上全面に太陽光パネルが設置されている。そして、2018年には、アップルの全世界の事業活動(オフィス、店舗、データセンターなど)に使用する電力を再生可能エネルギー100%にした。
すでに自社のカーボルニュートラルを実現しているアップルは、2020年7月には、「2030年までにサプライチェーンの100%カーボンニュートラルを達成する」[1]と発表した。すべてのアップル製品の生産を通じて排出するCO2、つまり部品を提供するサプライヤー、製造パートナーなどのCO2排出量を含め、総合的にカーボンニュートラルを実現することを意味する。アップル製品の生産を100%再生可能エネルギーで賄うことを確約したサプライヤーはすでに100社を超えており、パートナーのCO2排出削減を支援している。2030年というのは、国連の掲げる目標より20年も前倒しの計画である。アップルのスピードについていけなければ、世界では戦えない。
さらに、2021年2月の株主総会のQ&Aの中で、ティム・クックCEOは「いつの日か、地球から何も採らずにすべての製品を生産する」[2]という野心的な構想を表明した。実際、アップルは、リサイクル作業ロボットを自ら開発して、製品の回収、リサイクルにも並々ならぬ力を入れている。究極の目標は、リサイクルされた素材や再利用可能な資源のみで製品をつくる「クローズドループ」の実現である。循環型社会の実現を、まず自らの製品でやろうという強い意思が感じられる。
CO2回収についても、2021年4月に2億ドル規模の基金(Restore Fund)を設立し、森林再生に投資すると発表している。年間100万トンのCO2を大気中から削減することをめざす。気候変動を自然の力で解決するプロジェクトである。こうしたアップルの環境問題に取り組む姿勢は、イノベーターとしてのブランド力を高めると同時に、ユーザーの支持を強固なものにしている。
スイッチが入ったカーボンニュートラル
アップルに続いて、2019年頃からアマゾン、グーグル、マイクロソフトなど、米大手IT企業が、CO2排出量の削減、再生可能エネルギーの導入を打ち出している。こうした動きは、従業員に後押しされている面もある。2019年の9月に、テクノロジー企業の従業員が、経営陣に対して環境問題への対応を要求するという動きが起きた。従業員が企業のモラルを監視する時代となっている。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告によれば、2100年の気温は、1985年から2005年までの20年間の平均と比較して、最大4.8度上昇すると予測されている。このまま温暖化が続けば、南極の氷が解けるなどして、2100年までに海面が最大1.1メートル上昇すると推計さている。極めて深刻な状況である。米国は、トランプ政権時には、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」から離脱したが、バイデン政権に変わって2021年2月にパリ協定に正式に復帰した。これをきっかけに、世界的に対策への動きが加速している。
日本政府も、昨年(2020年)10月に2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すと宣言した。すべての企業は、地球温暖化の課題と関係があり、CO2排出削減への対応を迫られている。今後、多少値段が高くても、地球環境を重視する企業の製品が売れるのではないだろうか。各国で炭素税の導入も検討されている。官公庁や企業の資材や物品調達の条件にもなって行くと思われる。CO2排出削減を本気で対応しないと生き残れないのは明らかだ。企業の選別はすでに始まっている。
1.https://www.apple.com/jp/newsroom/2020/07/apple-commits-to-be-100-percent-carbon-neutral-for-its-supply-chain-and-products-by-2030/(アップルプレスリリース)
2.“Another major goal is to one day make all of our products without extracting anything from the Earth.” アップル社の年次株主総会でのティム・クックCEOのQ&Aの中での発言(2021年2月23日)
[ 鎌田富久: TomyK代表 / 株式会社ACCESS共同創業者 / 起業家・投資家 ]
東京大学大学院理学系研究科情報科学博士課程修了。理学博士。在学中にソフトウェアのベンチャー企業ACCESS社を設立。世界初の携帯電話向けウェブブラウザを開発するなどモバイルインターネットの技術革新を牽引。2001年に東証マザーズに上場し(現在、東証一部)、グローバルに事業を展開。2011年に退任。その後、スタートアップを支援するTomyKを設立し、ロボット、AI、人間拡張、宇宙、ゲノム、医療などのテクノロジー・スタートアップを多数立ち上げ中。著書「テクノロジー・スタートアップが未来を創る-テック起業家をめざせ」(東京大学出版会)にて、起業マインドを説く。