【前編】スタートアップが「お金」を変える。JPYCがステーブルコインの認可を最初に受けられた理由
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「お金」の変化が進んでいる。街中で現金を使う場面は減少しており、クレジットカードや電子決済などのデジタルな決済が主流となりつつある。その次に来る選択肢として注目されるのが、特定のプラットフォーマーに依存しない仮想通貨だ。「誰でも持てる、誰でも使える」ステーブルコインにより、お金のデジタル化はますます加速し、世の中がさらに便利になることが予想されている。
JPYC社は、国内で最初の、日本円と1:1で連動する電子決済手段を発行可能な資金移動業者だ。国債や現金などを裏付けとするステーブルコインを普及させることで、安全かつ便利な送金・決済を可能とする。
同社は2019年11月設立のスタートアップでありながら、国内外の投資家から出資を受け、金融庁をはじめとする関係省庁とも連携してステーブルコインの社会実装を進めてきた。わずか数年間でシステム構築やロビー活動を行い、2025年には資金移動業者の登録を実現。日本円ステーブルコインのリーディングカンパニーとして事業を展開している。
スタートアップに過ぎない同社は様々な困難を乗り越えてきたわけだが、その裏には緻密な戦略と圧倒的な熱量があった。今回、JPYCの岡部典孝氏と、同社の成長を支援してきたFINOLABの柴田誠氏の対談を、前後編に分けてお届けする。
後編はこちら

岡部典孝
JPYC株式会社 代表取締役
2001年 一橋大学在学中に有限会社(現株式会社)リアルアンリアルを創業、代表取締役/取締役CTO等経て取締役に就任。2017年 リアルワールドゲームス株式会社を共同創業、取締役CTO/CFOを経て取締役。2019年 日本暗号資産市場株式会社(現JPYC株式会社)を創業、代表取締役。2020年 Links株式会社取締役。2021年 iU情報経営イノベーション専門職大学の客員教授、BCCC理事、DeFi協会・ステーブルコイン部会長。
柴田誠
FINOLAB所長
株式会社FINOLAB設立とともに現職就任。東大経済学部卒、東京銀行入行、池袋支店、オックスフォード大学留学(開発経済学修士取得)、経理部、名古屋支店、企画部を経て1998年より一貫して金融IT関連調査に従事。2018年三菱UFJ銀行からMUFGのイノベーション推進を担うJDDに移り、オックスフォード大学の客員研究員として渡英。日本のフィンテックコミュニティ育成に黎明期より関与、FINOVATORS創設にも参加。
ポイント
・決済のデジタル化は次段階へ。ステーブルコインは「誰でも持てて使える」開かれたデジタル円として可能性が広がる。
・JPYCは早期参入と粘り強い当局対応で制度整備前夜から走り、数年で登録・社会実装を前進させてきた。
・道がないなら自ら作る。プリペイドで実績を積み「立法事実」を形成し、ロビーと要件対応で突破口を開いた。
INDEX
・「『お金』の社会的変化」が始まった
・日本円ステーブルコインの開拓者としての偉業 成功までの細く長い道のり
・ロビー活動 道がないなら自ら切り開く
「『お金』の社会的変化」が始まった
柴田:改めてステーブルコインとは何かを教えてください。
岡部:ステーブルコインとは、価格が安定するように設計された電子決済手段です。当社が発行するJPYCは日本円を裏付け資産とするステーブルコインで、1JPYC=1円で発行しています。送金や決済に際して、様々な事業者が提供するサービスでも使えます。ステーブルコインの本質的な価値は「お金をデジタル化する」ことにあるので、「デジタル円」という言い方もしています。
柴田:いわゆる電子マネーと同じような感覚なのでしょうか?
岡部:送金・決済のデジタル化を可能とするので近いとも言えますが、違いもあります。最大の違いは、ステーブルコインは「誰でも持てる、誰でも使える」点です。運営会社が中央集権的にコントロールする電子マネーと異なり、ステーブルコインはウォレットさえあれば誰でも所有できます。また、複数社が提供しているウォレットのどれを利用しても構いません。
例えば、1万円札や5千円札のような日本銀行券は日銀が発行していますが、その日本円を使って商売をするのに日銀の許可は必要ありませんよね。それと同じように、JPYC社の許可がなくても、JPYCを使って誰でも商売ができるんです。誰でも持てるデジタル円として注目をいただいている通り、オープン性が最大の特徴として挙げられます。
柴田:決済、あるいは「お金」に対して、本質的な変革が起こりそうな予感がしますね。
岡部:そして、もう1つの特徴がプログラマビリティです。自分でプログラムをすれば手数料をほとんど掛けずに取引ができます。JPYCを活用した安価な決済・送金サービスがどんどん出てくることを期待しています。
事業者は、独自判断で新しいサービスを提供できるようになります。JPYC社から特別な許可を取る必要はありません。従来型の電子決済サービスだとプラットフォーマーの機能リリースに依存しますが、JPYC社の機能リリースを待たずに自社で開発できてしまうわけですね。

柴田:お金がデジタル化することで消費者にとっての利便性が向上するだけでなく、プログラマビリティを確保することでJPYCを使ったビジネスの展開にも効いていきますね。例えば、BtoB取引においてレベニューシェア型のビジネスをするときに、2割は紹介元に、8割は提供先に割り振るような支払い方法も作れてしまうのですか?
岡部:可能でしょう。さらにレベニューシェアの考えを応用して、税金も将来的にはJPYCで支払えるようにしたいと考えています。例えば、税払い向けのプログラムを組んでおいて、売上の中から消費税や所得税用のJPYCを区別して置いておき、あとはボタン一つで納税できるような仕組みなどができたら便利ですよね。法規制の問題はありますが、ロビー活動なども通じて実現させていければ良いなと思っています。
柴田:応用の仕方は色々あるでしょうから楽しみですね。「日本円がデジタル円になる」ことによる大きな可能性を感じました。実際にステーブルコインが普及したら、どんな未来が訪れるのでしょうか?
岡部:例を挙げると、外国の方が日本に来た時にJPYCとして支払えたり、日本の方が世界中を旅行した時に現地のステーブルコインとしてそのまま支払えたりします。外貨両替は時間も手間もかかるのが通常ですが、ステーブルコインが普及したら何の意識もせずに低コストで両替が終わるようなイメージですね。同様に、輸出入の際の海外送金などもスムーズになります。
柴田:いつ頃実現しそうですか?
岡部:実は、すでに可能です。為替レートはDeFi(分散型金融)を使って計算される形で外貨両替の自動化は始まっています。支払う側はデジタル円のJPYCで支払っているのに、受け取る側に渡ると自動的にデジタルドルのUSDCに変換される形です。さらにいえば、プログラマビリティがJPYCの特徴でもあるので、両替のようなプログラムを独自に制作することも可能です。これが普及すれば便利な世の中になると思います。
日本円ステーブルコインの開拓者としての偉業 成功までの細く長い道のり
柴田:お金をデジタル化することは多くの事業者が夢見てきましたが、実際には部分的な実現に留まっていました。
その点、JPYCは日本円ステーブルコインの先駆け的な存在であり、スタートアップでありながら金融庁からの承認をいち早く取り付けましたよね。その部分の秘訣を教えてください。
岡部:色々な要因があるのですが、我々がおそらく一番早くから、かつ真剣に取り組んでいたことは大きいと思います。
私の中でのステーブルコインの着想は、20年以上前からありました。2001年に初めて起業したとき、ゲーム内のコインで外国の人とも簡単にやりとりできることに衝撃を受けました。その後、FINOLABにも参加しているリアルワールドゲームスを共同創業し、歩くだけでもらえるアルクコインという暗号資産を取り扱いました。そこでも可能性を感じたとともに、暗号資産を普及させる難しさも感じました。その点、ステーブルコインであれば現金とほとんど同じ扱いもできるので、こちらに注力するしかないと決断した形です。
柴田:岡部さんがステーブルコインに本格的に取り組み始めたのはいつ頃だったのですか?
岡部:2017年頃でした。
柴田:2017年であれば、ほとんどの人がステーブルコインという言葉すら知らなかったですよね。
岡部:JPYC社を設立したのは2019年なのですが、当時は世界中を合わせても600億円くらいのマーケットでした。円はおろか、ドルのステーブルコインがやっと出始めたくらいのころだったと記憶しています。
それが今では50兆円規模で、いずれ600兆円規模になると言われています。このように急成長している中では、いち早くスタートできたことは非常に大きかったと思っています。
柴田:早く始めて、真剣に取り組む。そこに勝ち筋があったわけですね。パイオニアならではの苦労もあったかと思うのですが、いかがでしょうか?
岡部:日本の法律が追い付いていなかったので、そのあたりの苦労は大きかったです。日本の商習慣として、法律が整備されないと着手はどうしても難しくなります。その中でも出来そうだったのがプリペイド方式でのステーブルコインの利活用だったため、それから始めました。
金融庁との調整に本腰を入れたのが2020年のことです。当局とは何度も話し合いをしたのですが、「整理するから少し待ってほしい」と言われてしまいました。しかし、止める法律があったわけではないので、「とにかくやらせてくれ」と言って2021年にスタートを切ったんです。
柴田:待ったを掛けられると、金融機関のような大手企業なら大抵は従いますよね。そこで、「待つ理由はありません」と突破するところが、スタートアップの力だと感じます。
岡部:そもそも、プリペイド方式の場合は事後届出がルールなんです。当局には発行を止める権利はないはずなので、当然スタートするのが当事者としてのスタンスです。
柴田:ステーブルコインのアイデア自体は珍しいものではないと思っています。他社が本格的に参入してこなかったことには何か理由があるのですか?
岡部:そもそもJPYCなどのステーブルコインは国債などを裏付けにしているのですが、収益構造としては国債や預金の利息に依存する利息ビジネスです。ところが、当時はいわゆるゼロ金利の時代なので、儲かることは構造的にありえない時代でした。ステーブルコインに取り組むインセンティブがなかったことが大きいと思います。
柴田:要するに、法整備すら進んでいない、しかも収益性の確かな見込みが立たない分野だったということですね。その段階でロビー活動やシステム構築などに真剣に取り組まれていた行動力が実を結んだ形なんですね。JPYC社を応援し続けている我々FINOLABは、貴社が歳月をかけて金融庁の認可を取るまでの道のりを見守ってきました。「ついにここまで来た」という印象を持っています。
ちなみに、当初は批判的な声も多かったかと思うのですが、「風向きが変わったな」と実感されたのはいつ頃でしょうか?
岡部:アメリカのステーブルコイン大手であるCircle社からの出資を受けたときです。当社のリード投資家を務めてくれていたHeadline Asia社の共同代表パートナーの田中章雄さんが、Circle社のCEOをご紹介してくださいました。そのご縁からCircle社からの出資が決まりました。それをきっかけに国内投資家や金融庁の反応が変わり、「JPYC社は本気なんだな」とご理解いただけたイベントだったと思います。
ロビー活動 道がないなら自ら切り開く
柴田:先ほどロビー活動というお話がありましたが、そうした活動は主に大手金融機関をはじめとしたエンタープライズが音頭を取るイメージがあります。スタートアップがロビー活動を行う上での悲喜こもごもをぜひお話しいただきたいです。
岡部:まずは法整備を進めていただかなければならなかったことは上述した通りです。ただ、法律を作ってもらうと言っても、おっしゃる通り簡単なことではありません。特に重要だったのが、法律を作る理由である「立法事実」を固めていくことです。
そこで、我々が立法事実になろうと考えたんです。まずはプリペイド方式で事業を始めてみることで、我々の存在やサービス自体の認知を広げました。
柴田:自分たちの存在を立法事実にするというのは面白いですね。
岡部:もちろん、ただ目立てば良いわけではなく、戦略ありきの行動でした。
当時はステーブルコインがグローバルに伸びていたので、法整備はいつか行われることは読んでいました。あとはタイミングの問題だと踏んでいたので、立法事実を自ら作るのが一番手っ取り早いと考えたのです。
柴田:審議会のディスカッションにも参加されていますよね。審議会ではどういった議論が行われていたんですか?
岡部:審議会といっても、ステーブルコインだけではなく仮想通貨が広く取り扱われる場所だったんです。仮想通貨の不正流出事件の影響もあり、何らかの法規制が求められる機運はありました。議論を進めていくうちに、価格が安定するように設計されているステーブルコインは明確に区別して考えるべきというのが委員たちの間ではっきりとしてきました。
仮想通貨の中でも、発行体が発行と償還を約束しているJPYCのようなステーブルコインは銀行預金に近い性質があります。民間が発行する紙幣は明治時代には認められていた歴史もあるのですがデジタルでは初なので、利用者を保護するための仕組みを作ろうと議論が行われていました。
柴田:喧々諤々の議論だったことが想像できます。

岡部:審議会の中では、反対意見も根強くありました。ステーブルコインの発行は銀行にしか事実上認めるべきではないという意見もありましたね。スタートアップがお金を刷る形になるのは危ないのではないかと。もっともな意見だと私も思います。
しかし、金融庁は意見を広く聴こうという姿勢だったので、JPYCやそのほかのプレーヤーの意見も聞いてくれました。結果として、スタートアップも要件を満たせばステーブルコインを発行しても良いという形で収まりました。首の皮一枚で事業が繋がりましたね。
柴田:ステーブルコイン発行体の要件というと、具体的には?
岡部:100項目以上ありました。ただ、簡単なものではなかったのですが、何をやればよいのかが分かれば後はやるだけです。
問題は、どこまでやれば良いかを誰も示してくれていないことなんです。初めてのことなので、「他社がやっているから同じくらいで良いでしょう」は通用しません。
そこで、1つひとつの要件を地道に満たしていきました。1つでも宿題が残っていると許可は永遠に下りませんが、手元のキャッシュはどんどん減っていきます。そんな中で、大手の仮想通貨取引所が流出事故を起こしてしまって許可が先送りになったりするアクシデントもありました。ゴールポストが遠のいていく中で、先が見えない難しさは何度も経験しました。それを1年以上かけて、1つひとつに対応していきました。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう
撮影:阿部拓朗