「遅かれ早かれ、あなたのビジネス周辺に根本的な変化が訪れる」とは、ハンガリー出身の実業家、米インテル社の創業メンバーの一人で元CEOのアンドリュー・グローブ氏の著書「パラノイアだけが生き残る」の中の一説だ[1]。実際、どんなに成功しているビジネスでも、永遠に続くということはない。パラノイアとは、病的なまでの心配性というような意味だ。現在のように、テクノロジーの進化のスピードが速く、未来を見通しにくい時代には、なおさらだ。
INDEX
・コロナ禍が引き起こした市場の変化
・市場の変化を見逃さないヒケツ
コロナ禍が引き起こした市場の変化
昨年4月に1回目の緊急事態宣言が発令されてから1年が経過したが、新型コロナウイルスの猛威は鎮まるどころか、変異したウイルスが広がっている状況だ。コロナ禍の影響で、人々は移動を制限し、飛行機の利用は激減した。リモートワークの導入が進み、電車移動を伴う通勤を減らしている。逆に増えているものは、何だろうか。交通トラフィックの替わりに通信トラフィックが増えている。対面での会議の代わりにオンラインで会議をしたり、ショッピングに出かける代わりにネットで買い物をして、映画館に行く代わりにネットで動画を見る。ZoomやGoogle、Amazon、Netflixなどのネットサービスの企業が業績を上げている。航空会社や鉄道会社が収益を減らしている分が、これらの企業の収益に変わっているとも言える。平時には意識していなかっただけで、もともと間接的なライバル関係にあったという訳だ。競合は、同業者とは限らない。
ここで重要なのは、コロナ禍が落ち着いても続くと思われる本質的な変化を見定めることだ。我々が体験した便利なオンラインの機能を定常的に取り入れて、業務を効率化して行くことになるだろう。その結果、シェアリングを含むオフィスのあり方や住宅環境のニーズにも変化が起きる。リモートワークとオフィスワークを両立させるためのさまざまな仕組みも必要になる。あらゆる業種で、リアルとオンラインを組み合わせたサービスの開発が進んでいく。あなたの仕事も、影響を受けるかもしれない。この大きな波に飲まれる前に、むしろ波を起こす側に回りたい。
人々の嗜好にも変化が生じている。商品を選ぶ際に健康に配慮したり、体に良いことをしようという意識が高まっている。企業は、withコロナの長期化にも備えつつ、その後も見据えた戦略の練り直しに迫られている。市場の変化は、新たなプレーヤーにとって躍進するチャンスでもある。新規事業やスタートアップを始めるには好機である。
市場の変化を見逃さないヒケツ
市場の変化を捉え、大躍進した企業も最初は静かなスタートということが多い。民泊サービスAirbnbの設立が2008年、ライドシェアUberの設立が2009年、両者とも設立はリーマンショックで世界の経済が低迷していた時期である。これらの企業が、10年後にホテル業界やタクシー業界を脅かすとは、誰も思っていなかった。ネットインフラの整備、スマホの普及、使い勝手の改善などが進むにつれて、シェアリングサービスは広がっていった。当初は、若者たちを惹きつけ、やがて一般のユーザーにも支持され、今では大きな市場に成長した。
2021年に入り、EVのテスラの株価は好調で、時価総額が70〜80兆円と高くなっている。イーロン・マスクがテスラのCEOに就任したのが、これまた2008年だった。EVが技術的にも課題の多かった当時、今日の状況を予想するのは難しい。その後、気候変動、CO2排出問題が地球的課題となり、各国がガソリン車からEVへのシフトを進めることとなる。社会的なニーズは一気に高まり、テスラがリードするソフトウェア・ファーストの設計は、まさに自動車会社にとっては必須の要件となっている。
今も新しい革新の芽が世界のどこかで静かに生まれている。では、新たな潮流に敏感になるには、どんなことに注意すれば良いのか考えてみよう。
・あらゆることに疑問をもつ
10年、20年と長く続いているものは、今後も続くかどうか怪しいと思った方が良い。業界の常識や、商習慣は今後も必要なのか。周りを見渡せば、疑問に思えるものは多いはずだ。実際、ネットの活用やデジタル化、AIの応用などで、抜本的に変えられるものは多い。あらゆる分野でDXが現在進行中だ。逆に、イノベーションが起きていない分野には何か理由があるはずだ。何かの規制がある場合や、これまでの蓄積が大きくて急には変えられないという場合もある。しかし、まったく違うやり方が可能かもしれない。一度、その課題の前提条件をすべてとっぱらって、ゼロから考えてみたい。理想的な解が浮かび上がってくるかもしれない。
・可能性を否定しない
一見不可能に思えること、とてもチャレンジングなことでも否定しない方が良い。社会のニーズが高ければ、ブレイクスルーが起きる可能性はかなりあると思った方が良い。10年前、20年前には不可能だと思われた数々のことが、現在実現しつつある。自動車の自動運転、ロケットの再利用、手軽なゲノム編集、培養肉バーガーなどなど、イノベーションは勢いがつけば一気に進むものだ。さらに、量子コンピュータや革新的な蓄電池、脳の神経接続のような、さまざまな分野で挑戦的な試みが行われている。仮に、そんな技術が実用化されたら、新たなビジネスとしてどんな可能性があるのか。未来へ向かうストーリーを考えたい。
・狭い範囲で考えない
企業の本質的な危機は、事業そのものの存在意義が危うくなるとか、根底から常識が覆るようなケースである。そうした変化は、同じ業界や目の前の競争相手からもたらされるというよりも、思ってもみない方向からやってくる。冒頭の新型コロナウイルスに起因する移動の変化も1つの例だ。当初は小さな動きだったものが、あっという間に大きな波となる。その波のドライバーとなる要因を見極めることも重要だ。スマホの普及だったり、5Gの通信速度のアップだったり、キャッシュレスの決済だったり、カメラの性能だったりする。その製品やサービスを可能にする関連深い要因が、必ずあるものだ。かつては、ムーアの法則で、半導体(CPU)の性能の進化を予想することができた。今は、幅広い技術の進化に注目する必要がある。加えて、地政学的リスクや感染症のリスクなど、さまざまな領域にアンテナを張るべきだ。
10年ぐらいのスパンで考えると、市場のユーザー層も変化する。特に、1990年半ば以降に生まれたZ世代は、デジタル・ネイティブ、スマホ・ネイティブだ。この世代が世界市場で消費の中心になっていく。スタートアップは、こうした変化の先端を狙ってくる。そんな環境下でビジネスを行うには、大企業におけるスタートアップ的な活動も重要となる。
[1] 原文は、”Sooner or later, something fundamental in your business world will change.”
「Only the Paranoid Survive」Andrew S. Grove (1936-2016)
「パラノイアだけが生き残る」 アンドリュー・S・グローブ、日経BP社(2017年)
[ 鎌田富久: TomyK代表 / 株式会社ACCESS共同創業者 / 起業家・投資家 ]
東京大学大学院理学系研究科情報科学博士課程修了。理学博士。在学中にソフトウェアのベンチャー企業ACCESS社を設立。世界初の携帯電話向けウェブブラウザを開発するなどモバイルインターネットの技術革新を牽引。2001年に東証マザーズに上場し(現在、東証一部)、グローバルに事業を展開。2011年に退任。その後、スタートアップを支援するTomyKを設立し、ロボット、AI、人間拡張、宇宙、ゲノム、医療などのテクノロジー・スタートアップを多数立ち上げ中。著書「テクノロジー・スタートアップが未来を創る-テック起業家をめざせ」(東京大学出版会)にて、起業マインドを説く。