VCをどうやって評価するか?
前回までで、スタートアップ投資には必要な機能、評価プロセスがあり、そのような「システム」が確立できているVCファンドでないと継続的な成果を上げることが難しいことを説明してきた。
ファンドを評価する際に、定量面(ファンドの投資パフォーマンス)と定性面(ファンドの人材を含むリソース、能力)を評価していく必要があるが、一般的にはまだ投資の結果が出ていないVCファンドを評価することはかなりの専門性が必要で難易度が高い。新しいVCが、まず小さなファンドを立てて実績を示し、組織やシステムなどのインフラの拡大と合わせて、ファンドサイズを適切なサイズまで時間をかけて大きくしていく形をとるのはそのためだ。
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DPIは嘘つかない
投資実績に基づいた評価をしていくにあたっても注意点がいくつかある。例えばファンドの投資パフォーマンスの評価の指標として、代表的なものでは、「マルチプル」と呼ばれる投資先の評価額の総額が何倍になったかという評価指標と、「IRR」という投資先の評価額の総額の増減を利率(パーセント)で示す指標がある。これらは、各VCファンドからでてくる数字をそのまま鵜呑みにはできない。
特に、IRRはVCのパフォーマンスの評価指標として最も使われるものであり、きちんと精査された上で使われれば他の投資アセットとの比較においても非常に重要なものとなるが、数字だけを一人歩きさせて単純な評価に用いるのは誤った結論を招きかねない。
なぜならば、まず第一に、利率自体は絶対的なものではなく他のアセットとの比較が必要なもので、パフォーマンスはその時点での経済状況の影響を強く受けるものだからだ。さらに、最も重要な点は、前回、前々回の記事で説明した通り、投資先の評価に関しては、必ずしも各VCファンドが同じ基準で行なっているとは限らないことだ。IRRは、GAAPのガイドラインのような一般的な評価基準に基づいているかを含め、どのような基準で評価を行い、どのようなシステムで評価の見直しを行っているか、また、どのようなコスト項目がその評価に含まれているかにも大きく依存している。そのため、評価対象となるVCファンドのバリュエーションや投資先評価の仕組みをチェックする必要があるのだ。
これに対して「Distrubuted Paid in Capital (DPI)」というファンドが投資家に対して支払った投資利益金額という指標がある。この金額はVCファンドの恣意的な評価が入り込む余地がないため、VCファンドのバリュエーションの仕組みに依存せず、客観的な評価が比較的容易に可能になる。DPIに対する、「Paid In Capital(PIC)」と呼ばれるVCファンドにLPから払い込まれた金額の総額の割合を見ることでファンドのパフォーマンスを客観的に評価される。一般的に運用しているファンドのトータルのDPI/PICが100%を超えると実績がしっかりあるファンドという評価になると言われており、100%に満たないファンドはまだまだ実績が出ていないEmerging Managerと呼ばれる。もちろん、歴史の浅いファンドなどのDPI/PICの数字が100%を超えることは難しく、そのようなファンドを全て否定する必要はない。ただ、少なくとも数字面を評価するだけでも、バリュエーションや投資先評価の仕組みの細かなチェックが必要になり、相当の知識と経験が必要になることは理解すべきだ。
VCの評価に関して確認すべき質問
もちろん、投資実績以外にもVCのチーム、体制等の定性面の評価が必要であるが、確認には知識とノウハウが必要となる。以下でDPI以外でVCに聞くべき質問、確認事項を挙げてみる。
VCを評価する際は、このような項目をVCに対して確認すると同時に、当該VCの関係者や過去の出資先などにも確認することが望ましい。
1 投資先のヒットレートと想定されるリターン倍率、追加投資実績をチェックしよう。
VCの投資成功率のハードルは思いのほか高い。50%の成功率の場合ミニマムな成功投資のリターン倍率平均は5倍を超える必要がある。追加投資も良いVCには必須の機能だ。出資先と追加投資で現時点での見通し、評価、投資後の状況、追加投資実績をみてみよう。
IRRやマルチプルを鵜呑みにしてはいけない。どのような評価プロセスで企業価値を出しているかを判断した上でリターン倍率をみていく必要がある。
過去の投資先の投資経緯、同タイミングで投資している共同投資家についても確認し、その共同投資家の実績についても調べると良い。
2 必要な経験をもったチームが揃っているか?また必要な権限とインセンティブが必要な人に付与されているか?
その地域、投資分野で投資先獲得、そのファンドの付加価値獲得機能、投資先評価、投資先管理、ファンドオペレーション/バックオフィスなど、それぞれの機能で適切な経験者がいるかどうかを確認しよう。その際にそれぞれの機能に関して過去どこでどのような経験や実績があったのか、可能な範囲でレファレンスも取る必要がある。類似の経験はスタートアップや金融機関で積めることもあるものの、VCファンド特有の経験はあり、少なくともそれぞれの機能でVCでの経験者がいない場合は経験が不足しているということになる。
組織体制・役割分担・各メンバーの権限、役割に応じたインセンティブ設計が適切に行われているかを確認する必要がある。一部の人間にのみインセンティブが集中していることは長期的に体制を維持できないリスクを考えることも必要となる。
3 投資案件の獲得、評価、ポートフォリオ管理に関しての体制、システム、プロセスを確認する。
VCファンドがどのようなプロセスとシステムでスタートアップにアクセスし、どのような項目に基づいて評価を行い投資を決定し、投資実行後どのようなプロセスとシステムで投資先を評価していくか、企業評価と評価見直しをしていくかをチェックする必要がある。
プロセス、投資先の評価ドキュメント、四半期での評価ドキュメント、追加投資金額の決定、見直しプロセス、モニタリングのKPI、それぞれの担当、管理システム、投資家向けのレポート等も確認しよう。
VCの各業務に経験者が重要となる理由の一つが、これらのプロセス、システムを知見が無いと適切に設計、実行できないということにある。
このような点のチェックはVCに確認すると同時に投資先やLP投資家を紹介してもらい、そちらにレファレンスを取ることも重要となる。
4 外部のプロフェッショナルファームに適切な経験がある先を起用しているか。
連載でも説明した通り、VCは非常に専門性が高い業務でその業務に知見があり、最新の規制の変更等を補足している弁護士事務所、会計事務所、監査法人は限定的となる。
どのようなプロフェッショナルファームを起用しているかは非常に重要な点となる。
投資契約やLPとの間の投資契約(LPA)、Term Sheet、ファイナンシャルレポートについても過去のものも含めて確認しよう。グローバルスタンダードから外れた独自条項(不平等条約に近い、極めてVC有利な内容 例えば……個人補償条項・買戻し条項・上場目標時期・1倍以上・参加型・べスティングがない・最恵国待遇など)等がないかどうかを可能な範囲でチェックしよう。
ファインシャルレポートについてもどのような基準で評価が行われているか、GAAPガイドラインに沿っているかなどを確認する。第三者の評価機関等を使っていることはより望ましいがその評価会社についても実績を確認しよう。
また、VCファンドのコンプライアンス体制や副業などの利益相反が無いかも確認の必要がある。
上記のような点は多くの場合、VCファンドで実績があるプロフェッショナルファームを起用していると対応が取られている。その点からしてもどのような先を起用するかは重要となる。
5 適切な投資家サポート、ボードメンバーとしての貢献があるかどうか。
投資先に対して、投資前、投資後にどのようなサポートがあったか、期待通りの関係が築けているかどうかも確認しよう。ボードメンバーに誰を派遣しておりその人間がどのようなサポート、トレーニングを受けているかも確認しよう。
これ以外にも確認要素はたくさんあると思われるが、代表的と思われる内容について簡単に触れさせてもらった。VCの評価はノウハウが不可欠で専門性が重要であるが故に、表層的な理解や誤った比較がされやすいことがあることはご理解いただけると思う。
[中村幸一郎:Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター]
早稲⽥⼤学法学部在学中にヤフージャパンの創業・⽴ち上げに孫泰蔵⽒とともに関わる。三菱商事では、通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーションファンドの事業などを担当した。早⼤法学⼠、シカゴ⼤学MBAをそれぞれ修了。⽶国のベンチャーキャピタリスト育成機関であるカウフマンフェローズ(Kauffman Fellows Program)を2012年に修了。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャーキャピタリストのグローバルランキングであるMidas List 100の2021年版に日本人として72位で初めてランクイン、2022年度版のランクでは63位までランクを上げた。シカゴ大学起業家教育センター( Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)を2022年より務める。