日本人として日本に住んでいるとほとんど意識しないが、ひとたび視点を変え、外国人の目から見ると非常に使いづらいものがある。今回のテーマである「銀行」もその一つだ。
外国人労働者が急増する中、日本の銀行の多くの課題が露見している。審査が通らず口座が作れない方いるというだけではなく、口座が作れても日本語の説明しかなく適切なサービスを受けられない外国人が何万人もいるのだ。
そのような課題を解決するべく事業を展開するのが、エストニアに本社を置くFinTechスタートアップ「GIG-A」。インターネット上で様々な金融サービスを提供する「ネオバンク」の一つで、2023年に日本で本格的なサービスを開始を予定している。東京都が主催する東京金融賞では、金融イノベーション部門で1位を受賞している。
今回は同社代表のラウル・アリキヴィ氏にインタビューを実施。日本の銀行サービスが抱える課題やネオバンクの可能性、そしてエストニアのスタートアップ事情について話を聞いた。
ラウル・アリキヴィ
株式会社GIG-A CEO
1979年エストニア生まれ。タルトゥ大学卒業後、早稲田大学修士課程を修了し、エストニア経済通信省入省。エストニア経済通信省で局次長を務め、エストニア情報社会のための新たな戦略と政策の設計などを担当。2021年株式会社GIG-A設立。
INDEX
・日本とエストニアの橋渡しの経験から感じたギャップ
・2,000万人にも上る、適切な銀行サービスを受けられない「Underbanked層」
・新しい金融サービス「ネオバンク」で、外国人の暮らしはどう変わるのか
・恩恵を受けるのは外国人だけじゃない。GIG-Aが描く壮大なビジョン
・エストニアから学ぶ、スタートアップがグローバルで成功する方法
・ここがポイント
日本とエストニアの橋渡しの経験から感じたギャップ
――まずはラウルさんが日本でサービスを展開した経緯を聞かせてください。
私がはじめて日本を訪れたのは大学生の頃の交換留学で20年以上も前のことです。戦後、日本経済が急成長した秘密を研究したいと思ったのです。エストニアの大学を卒業後、早稲田大学の大学院に入学し卒業しました。
帰国後、日本で学んだことを母国エストニアに活かしたいという想いから、エストニア経済通信省で働き始めます。当時、経済の中心がアジアに移るだろうと思っていた私は、もっとアジアの国々と経済関係を作らなければいけないと考えました。そうして作ったのが、エストニアとアジア諸国間の貿易を促進する「アジアプログラム」です。
しかし、戦略を練ってサポート体制を作ったものの、実際にプログラムを活用する企業がいなくて。そのため、自分がやるしかないと思い、妻の母国である日本に戻ってくることにしたのです。官僚の仕事を辞め、エストニアで起業して、来日しました。
――当時はどのような事業をしていたのでしょうか?
日本に進出するエストニア企業のコンサルティングをしていました。ただ、当時はそんな企業はほとんどなくて。そこで日本の企業にエストニアのデジタル活用などを紹介する仕事を始めたところ、日本とエストニアの橋渡し役的な仕事が増えていきました。日本のクラフトビールや日本酒をヨーロッパに広める仕事は、今でも趣味として続けています。
その後も、エストニアの電子政府技術を日本に紹介するスタートアップにフリーランスのコンサルタントとしてだけでなく、会社のメンバーとして参加したこともあります。エストニアは早くから政府がデジタル戦略を取り入れ、行政サービスの様々なものがデジタル化されていたので、その仕組を日本の企業や自治体にも提供しようとしたのです。
そのような仕事をしているうちに、エストニアと日本の銀行サービスのギャップを感じるようになって。それが今の事業の原点になります。
2,000万人にも上る、適切な銀行サービスを受けられない「Underbanked層」
――エストニアと日本で、銀行サービスにどのようなギャップがあるのか聞かせてください。
たとえばエストニアでは私が高校生の時、つまりは20年以上前からインターネットバンキングが当たり前で、支払いもデビットカードでした。しかし日本では、紙の通帳とキャッシュカードを渡され、市中にはクレジットカードが使えないお店も。経済が発展していると国だと思って来日したので、そのギャップには正直驚きましたね。
そして、その状況は20年以上経ってもあまり変わっていません。当時に比べればインターネットバンキングも増えましたし、クレジットカードやキャッシュレス決済が使えるお店も増えました。しかし今でも、銀行口座を開設すると通帳とキャッシュカードを渡されるのが主流です。
――確かに、未だに紙の通帳が渡されたり、クレジットカードでもデビットカードでもなく、キャッシュカードを渡されたりするケースは多いでしょうね。
特に外国人が直面している課題は深刻です。多言語に対応していない銀行が多く、日本語がわからないために口座が作れなかったり、適切なサービスを受けられなかったり。たとえば口座の申請をしても、書類に記載ミスなどの不備があって再提出の案内があった場合、日本語がわからず「断れた」と思って口座を作るのを諦める人もいるのです。
信用の問題もありクレジットカードを作るのも難しくて、仕方なく母国のクレジットカードを使っている方もいます。当然ながら手数料がかかりますし、為替レートでもお金がとられるため、取引する度に無駄なお金を払わなくてはいけなくて。そのような十分な金融サービスを受けられない「Underbanked層」の数は、日本国内で、外国人も含め、フリーター・パートタイマー・ギグワーカーなど2000万人にものぼると言われています。
――そのような課題を解決するため、どのような行動を採ったのですか?
最初はエストニアの銀行の技術を日本に取り入れようと思いました。日本の法律でも問題なさそうだったで、どう取り入れるのが適切か考え始めて。その時に相談したのが、共同創業者の坂本です。彼はメガバンクで働いていた経験があり、法律にも明るいため、相談していくうちに一緒に起業することになりました。
そこにもう一人、アメリカの移民向けのネオバンクバのプロジェクトに携わっていたライトアッロというエストニア人を誘い、3人でサービスを作り始めました。
新しい金融サービス「ネオバンク」で、外国人の暮らしはどう変わるのか
――GIG-Aが提供しているネオバンクとはどういうものを指すのでしょうか。
ネオバンクは、オンラインで銀行サービスを提供する事業者のこと。「バンク」とありますが銀行ではなく、むしろ弁護士サービスに近い形だといえます。弁護士にお願いすれば、代理人として銀行口座を作ったり振込をしてくれたりしますよね。それをオンラインでやってくれるのがネオバンクです。自らは銀行免許を持たず、オンラインで便利に、預金や決済、送金などの金融サービスを提供する企業を指します。
日本で「ネオバンク」と名乗っている会社もありますが、実態は「銀行代理店」で、銀行の代理人として銀行サービスを提供している会社です。GIG-Aはそもそもの論理が違っていて、銀行との取引においてエンドユーザーを代表する形になっています。私たちが使っている電子決済等代行業のライセンスは、通常、個人ではなく法人にサービスを提供する企業が使うものです。
私たちがサービスを提供できるのも、坂本が法律を調べ慎重に展開してきたおかげです。
――どのようにサービスを展開していったのでしょうか。
様々な銀行に私たちの構想をプレゼンしたところ、興味を持ってくる銀行も何行かいまして。特に東京の地銀である「きらぼし銀行」は、以前から外国人向けのサービスを考えていたので、初めて話をした時にこういうサービスが必要なんだと前のめりでした。東京都は最も外国人が多くいる都市でもあるので、課題感を強く持っていたのです。
また、オンラインでサービスを展開できれば、東京にいる外国人だけでなく全国にサービス展開できることもあり、前向きに受け入れてくれましたね。
――外国人にサービスを広げることによるリスクもあれば教えてください。
外国人による口座売買が増えるリスクを懸念している銀行はいました。しかし、外国人が口座を売買してしまうのは、銀行の手続きの煩雑さが背景にあります。日本語が不得意な外国人にとって銀行に行って手続きするのはハードルが高く「解約するのが難しいから口座を売ってしまおう」という発想に至るのです。
しかし、ネオバンクでスマホから気軽に解約できるようになれば、そのようなケースを減らせるはずです。また、ネオバンクで開設した口座はスマホに紐付けられているので、口座を売るにはスマホも渡さなければいけません。これが解約のハードルを下げ、口座売買のハードルを上げることになるのです。
加えて、トランザクションを追えるので、普段とは違う使い方を検知すると本人確認を求めるなどの対策もとれるようになります。そのような理由から、ネオバンクなら口座売買のリスクは限りなくゼロに近づけられます。
――ネオバンクが社会に普及することで、外国人の方たちの生活はどう変わるのでしょうか。
とにかく金融サービスを受けやすくなります。特に20~30代の外国人は、母国でモバイルバンキングに慣れている人が多く、日本のアナログなサービスは不便すぎます。わざわざ銀行が開いている時間に行かなければならないのは、非常にストレスに感じているはずです。
また、当社のビジネスモデルのように、銀行サービスに月額を支払うというのは日本では抵抗を感じる人がいるかもしれません。ですが、これまでは海外送金によって高い手数料が発生していましたし、ネオバンクが普及することで、それらの手数料を支払わなくてもよくなることを考えると十分にメリットが月額サービスでも出せると思います。サービスが便利になり、手数料が安くなれば、日本の暮らしも大きく変わるでしょう。
恩恵を受けるのは外国人だけじゃない。GIG-Aが描く壮大なビジョン
――ネオバンクの先に、どんなビジョンを描いているのか聞かせてください。
単に銀行サービスを便利にするだけでなく「信用コード」を作りたいと思っています。外国人が日本に来てローンが組めなかったり、クレジットカードが作れなかったりするのは、海外での信用を引き継ぐことができず、日本で信用がない状態になってしまうからです。
私たちのサービスを通して信用を可視化できれば、ローンやクレジットカードをはじめ、様々な金融サービスが受けやすくなります。それは外国人だけでなく、一部の日本人にとっても有益な仕組みになるでしょう。
――日本人にも?
日本人でもフリーランスや起業したての経営者などには、収入があっても信用がないために金融サービスを受けられない方が多数います。年収は1,000万円を超えているのに、マンションを借りられなかったという話もあるくらいです。
それは今の日本の審査が、勤務先と勤続年数しか見ていないから。信用コードを作れば、これまでの支払状況などが反映され、会社に属していなくても家を借り、クレジットカードを作れるようになります。日本の政府も頑張ってデジタル化を進めているので、その動きを加速させていきたいですね。
――恩恵を受ける日本人は大勢いそうですね。
更にその先には、信用コードが国境を超える世界を作りたいと思っています。今は母国でどんなに信用があっても、外国に行ったら信用はゼロからやり直しですよね。海外に転勤や移住をして、クレジットカードや銀行口座を作れなくて大変な思いをしたこがある人もいると思います。
もしも信用コードを世界共通で使えるようになれば、どの国に言っても母国と変わらないように金融サービスを受けられるようになります。そんな世界を一刻も早く築いていきたいですね。
エストニアから学ぶ、スタートアップがグローバルで成功する方法
――GIG-Aはエストニアに登記をしていますが、そのようにエストニアで起業して海外で活躍するスタートアップは多いのでしょうか。
そうですね。エストニアは世界でも類を見ないデジタル先進国なので、エストニアから海外に行くと違和感を持つ人も多いと思います。エストニアでは当たり前にできていたことが、海外ではできず、その不便さから海外向けにサービスを展開するケースはよく見ます。例えば、会社登記の話だけとってもエストニアではオンラインでどこからでもできるのに対して、日本ではそうもいきません。
加えて、エストニアは人口130万人の小国。日本とは違って国内だけでサービス展開してもたかが知れています。そのため、エストニアのスタートアップは最初からグローバルを視野に入れているのです。
――日本のスタートアップはどうすればグローバルでも活躍できると思いますか?
最初からグローバルを前提に戦略を練ることですね。日本のスタートアップでよく見るのは、まずは日本で地盤を固めてから、段階的にグローバルに進出しようというケース。しかし、日本で地盤ができてしまうと、それが心理的な枷になってしまうのです。
本当ならグローバルに進出できるのに、日本での売上を守ろうとする気持ちがブレーキをかけて、適切なリスクをとれなくなる。そうして日本止まりになっているスタートアップは多いと思います。
「グローバルに進出する」ではなく、最初から当たり前のようにグローバルを意識してサービスを設計していくことが重要なのではないでしょうか。
――最後にGIG-Aをどのような会社にしたいのか、ビジョンを聞かせてください。
まずは、先述のとおり、現在金融サービスを受けていない人たちに広く、金融サービスを届けたいです。加えて、日本のスタートアップに、新しい「成功の型」を示せる会社にしたいと思っています。エストニアは人口わずか130万人の小国ながら、ユニコーンが10社もいるんです。それはつまり、スタートアップが成功するための型がしっかり定着しているということ。
そのノウハウをそのまま日本に持ってきてもうまくいくと思いませんが、参考にすべきことは多いはずです。GIG-Aはそのエストニアの成功ノウハウを、日本の文化と融合させた形で成功の型を作りたいと思っています。それが日本のスタートアップの起爆剤になれば嬉しいですね。
ここがポイント
・エストニアと日本の銀行サービスのギャップを感じるようになったのが事業の原点
・銀行口座を開設すると通帳とキャッシュカードを渡されるのが主流な上に、信用の問題もありクレジットカードを作るのも難しい
・GIG-Aは銀行との取引においてエンドユーザーを代表する形
・ネオバンクでスマホから気軽に解約できるようになれば、外国人による口座売買も減らせる
・最終的には銀行サービスを便利にするだけでなく「信用コード」を作りたい
・スタートアップは「グローバルに進出する」ではなく、最初からグローバルを意識してサービスを設計していくことが重要
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗