TO TOP

海藻、「カギケノリ」を使った飼料で、メタンガスの排出を減らす!サンシキが取り組む海藻養殖とは

読了時間:約 9 分

This article can be read in 9 minutes

記録的な猛暑や海水温の上昇、降水量の増加による自然災害など、あらゆる場面で問題となっている地球温暖化。この地球温暖化を食い止めるため、さまざまな企業がGHG(温室効果ガス)の排出量削減に取り組んでいるが、酪農や畜産の面で向き合っているスタートアップがある。それが、海藻ベースの飼料サプリメントを開発するサンシキだ。

牛などの反芻動物は、消化分解と同時にメタンガスを生成し、それらは主にゲップとして大気中に排出される。メタンガスの温室効果は二酸化炭素の28倍とされており、世界に数十億頭いるとされる反芻動物によるGHG排出量は、全世界のGHG排出量の約4%を占めている。

サンシキは、牛に「カギケノリ」という海藻を食べさせると、メタンガスの排出量が減ることに注目。高知大学総合研究センター海洋生物研究教育施設・海洋植物学研究室 平岡雅規教授らのグループと共同で、「カギケノリ」の生産についての研究を進めてきた。

今回は、そんな「カギケノリ」の生産や飼料開発に取り組む、サンシキの代表取締役社長 久保田遼氏に取材を実施。海藻の事業に取り組むことになった経緯や、今後の展開についてお話を伺った。


久保田遼
サンシキ 代表取締役社長
東京大学在学中は、動画データへの深層学習を用いた手元動作認識のアルゴリズムを研究。また、アートのアプリを立ち上げユーザー3万人を達成。卒業後はスタートアップにてソフトウェアエンジニア。リーダーとして多国籍なエンジニアチームの立ち上げ、マネジメント、技術的なリードに従事。2024年2月に、海藻テクノロジーのスタートアップ「サンシキ」を設立。現在は主に、牛などの反芻動物由来のメタン排出を削減する海藻ベースの飼料サプリメントを開発。

ポイント

・海藻は日本が強い分野で、昔から海藻を食べる文化がある上、養殖も江戸時代からやっているため研究の歴史もある。
・海藻で注目されている市場として、「家畜によるメタン排出量を減らす飼料」と「バイオスティミュラントなど乾燥に強い土壌を作るもの」があるが、飼料の場合は「カギケノリ」を作ること自体が価値になる。
・陸上養殖では、微生物を取り除くのことが重要で、高知大はその技術がとても優れているので、微生物の混入がない状態で育てることができる。
・「カギケノリ」は牛の飼料のうち、少しの量を海藻に置き換えるだけで、メタンガスの排出量を最大98%削減できる。
・クライメートテックに取り組む際は、スキルに縛られなくてOK。足りないスキルはなければ学べばいい。

INDEX

ソフトウェアエンジニアから、海藻にたどり着くまで
「カギケノリ」がメタンガスの排出量を減らす!
農家の負担はゼロ、むしろ収益が上がる仕組みを作る
ゆくゆくは「海藻×環境」を軸に展開したい
スキルに縛られずに、あとから学べばそれでいい

ソフトウェアエンジニアから、海藻にたどり着くまで

——はじめに、起業されるまでの久保田さんの経歴を教えてください。

久保田:ソフトウェア会社2社で、合わせて5年ほど働いていました。1社目は消費者向けのヘルスケア系アプリの会社で、2社目は不動産管理会社向けのSaaSを開発している会社でした。あとは、大学時代に自分たちでアプリを立ち上げるといったこともしていましたね。

——起業のきっかけは何だったのでしょう。

久保田:親が会社を経営していたのもあって、なんとなく「自分もそうなるんだろうな」というイメージが小さい頃からありました。新卒で就職する際にソフトウェア業界を選んだのも、当時スタートアップ界隈で勢いがある領域で、自分もそこを経験したいと思ったのが理由の一つです。

——とはいえ、1社目はヘルスケア系、2社目は不動産系とまったく違うサービスですよね。

久保田:正直、そんなに業界は気にしていなくて、エンジニアとしてどれくらいチャンスがあるかといった技術面を重視していました。

——そこから起業されるわけですが、なぜ海藻というソフトウェアからはかけ離れた分野に行き着いたのでしょうか?

久保田:最初はソフトウェアや機械学習などの分野で起業を考えていたんですが、いろいろな分野を調査する中で、自分は「日本から世界に」という思いが強いことに気付きました。そこで、日本が強い分野にシフトして調べていたとき、たまたま「FoundX」のスタッフから海藻を提案されたんです。最初はそんなに乗り気じゃなかったんですけど、調べ始めたら夢中になってしまって(笑)

——そもそもの話ですが、海藻って日本が強い分野なんですか?

久保田:あまり知られていないかもしれないですが、実はそうです。日本には昔から海藻を食べる文化がありますし、養殖も江戸時代からやっていて、研究の歴史もあります。対して、海外は海藻を食べない国がほとんどで、海藻への馴染みも薄いです。たとえば、日本では海苔やワカメ、ひじき、昆布など、様々な海藻にそれぞれの利用方法がありますが、海外では「seaweed」で一括りという感覚です。最近は海外でも海藻が注目されていて、東南アジアあたりでは養殖もしていますが、その技術も日本の研究を元にしてることが多いですね。

——なるほど。とはいえ、“日本が強い”だけでは起業の領域をなかなか決めきれないと思います。何か決め手はあったのでしょうか?

久保田:現在、共同で研究を進めている、高知大学の平岡雅規教授と出会えたことが大きかったですね。

高知大学は、それこそ海藻の養殖、特に陸上養殖の研究が進んでいるんです。そもそも食用の海藻は養殖が増えているんですが、海面での養殖だと海水温の上昇や栄養分の変化などがあり、品質を安定させるのが難しい。一方で、高知大の強みである陸上養殖なら、環境のコントロールがしやすく、高度な技術を使った養殖も可能なんです。こうした素晴らしい技術を持った先生に出会えたのは「海藻でいこう」と思えた大きな理由の一つだと思います。

「カギケノリ」がメタンガスの排出量を減らす!

——海藻の領域で行こうと決めたあと、どのように「カギケノリ」で飼料を作るところにたどり着いたのでしょうか?

久保田:海藻関連の事業で、これから伸びていく、市場を牽引していくと言われているものが2つあって、その1つが家畜によるメタン排出量を減らす飼料。もう1つが、バイオスティミュラントなどと呼ばれる、例えば畑に撒いて乾燥に強い土壌を作るようなもの。この2つであれば、比較的早期に事業が立ち上がるだろうと調べていたんですが、うちの養殖技術の強みをより活かせそうなのが前者の飼料でした。

肥料は、製品の価格が安いので、コストを抑え大量に作れるかが第一になってきます。他社は、天然のものを取って可能な範囲で作るというやり方なので、陸上養殖ではどうやってもコスト的に勝てないんです。加えて、高度な養殖技術もプラスにはなりません。

一方で、飼料は「カギケノリ」を作ること自体が価値になります。他社は「カギケノリ」の養殖に苦戦しているという情報も得ていたので、そこの技術勝負ならいけると思いました。

——他社は「カギケノリ」の養殖に苦戦しているとのことでしたが、陸上養殖ならうまくいくのでしょうか?

久保田:陸上養殖というよりは、高知大の持つ高い技術を使えばうまくいくと思いました。高知大は陸上養殖に加え、海藻の種苗を作る際の技術がとても優れています。海藻を育てる際、まずは海で天然のものを採ってくるんですが、その海藻にはさまざまな微生物などがくっついています。それらの微生物を取り除くのが養殖には重要で、その技術がとても優れているので、微生物の混入がない状態で育てることができるんです。

あとは細かいノウハウの組み合わせや微調整です。たとえば、密度や光、温度、栄養といった細かい調整は、陸上養殖だからこそできることですね。

——実際に「カギケノリ」の養殖に取り組んでみて、いかがでしたか?

久保田:はじめて教授に会ったのが2023年1月で、そこで「カギケノリ」の話をしました。その後、5月くらいに実際にやってみようと、天然の「カギケノリ」を採取して、種苗を作って、秋にはすごくうまくいったんですよね。論文で難しいとされていた部分も難なくクリアできて、これはチャンスだと思いました。

——ちなみに、そもそも「カギケノリ」ってどんな海藻なんですか?日本でもあまり食べないものだと思うのですが。

久保田:ハワイでは海藻サラダのような食べ方をされているみたいですが、一般的には食べない海藻ですね。日本でも食用の養殖はされていなくて、本当に数年前まではまったく注目されていない海藻でした。

——それが牛に食べさせてみたら、メタンガスの排出量が減ったと。どうして牛に食べさせたんですかね?

久保田:牛に海藻を食べさせること自体は、古代ギリシャや18世紀アイスランドでの記録が残っており、世界のいくつかの地域では昔からの慣習です。そして、あるとき、カナダの研究者が、海藻を食べた牛は成長が早いと気づいたようです。つまり、海藻を食べさせて、牛の中でガス生成に使っている無駄なエネルギーがなくなったことで、より効率的に成長したんじゃないか、ということですね。そこから、詳しく調べてみたらメタンガスの排出量が減っているとわかって、今問題となっているGHGを減らすのに有効だとわかりました。

——もともとは、メタンガスの排出量を減らすための研究ではなかったんですね。

農家の負担はゼロ、むしろ収益が上がる仕組みを作る

——牛の飼料はそもそも価格が安いものだと思います。「カギケノリ」の養殖をするとそれなりにコストがかかりそうですが……。

久保田:そうですね。ただ、飼料を全部海藻に置き換えるわけではなくて、本当に少量でいいんです。牛の飼料のうち、1%以下のほんの少しの量を海藻に置き換えるだけで、メタンガスの排出量を最大98%削減できます。牛は1日何十キロと食べますが、海藻の量は数十グラムくらいでいいんです。

——そんな少量でいいんですね!とはいえ、農家さんからすると餌代が上がってしまうことになりますよね?

久保田:基本的に農家さんの実質負担はなしで、むしろ収益をプラスにできるような仕組みを作りたいと考えています。やり方としては2通り考えていて、1つは「環境にやさしい牛ですよ」というブランディングをして、製品の価格を上げる方法。環境へのやさしさを優先して、多少高くても買ってくれる食品メーカーなどが増えれば、農家さんにとってはプラスになる可能性があります。ただ、日本国内だとなかなか難しいので、そこは海外展開も見据えています。

もう1つは、カーボンクレジットですね。ただ、クレジットとしてはそれほど高いものにはならないと思うので、1つ目の方法で模索しているところです。

——現在、事業フェーズとしてはどのあたりでしょうか?

久保田:まだ初期の段階です。技術的にはかなり効率よく「カギケノリ」の培養ができているので、今後は生産規模を大きくして、10トン、40トンといった規模で実証していこうというフェーズです。

——「カギケノリ」はどのくらいのペースで収穫できるのでしょうか?

久保田:1週間で10倍のペースで増えるので、種を入れてから4週間後に約1万倍にして回収しています。また、養殖用のタンクは多段式になっていて、それがスライドしていくので、毎週収穫ができるようになっています。現在、収穫している量としては、牛数十〜百頭に継続的に与えられるくらいの量ですね。

ゆくゆくは「海藻×環境」を軸に展開したい

——ここから、どのように事業を伸ばしていこうと考えていますか?

久保田:大手の食品メーカーなどと組んでやっていきたいですね。生産側で言うと、最初は自社生産ですが、量産する段階になると面積勝負なので、自社生産だけではなかなか厳しい。将来的には生産パートナーを作って、私たちは技術提供をした上で、原料である海藻を買い取らせていただくやり方を考えています。

——組むのは飼料メーカーではなく、食品メーカーなんですね?

久保田:もちろん飼料メーカーも関わってくると思いますが、農家さんのニーズありきなんですよね。それよりは、牛肉や牛乳などを扱っている食品メーカーと組んで、環境にやさしい製品の出口を確保することが優先だと思っています。

——今後の中長期的なスコープを教えてください。

久保田:まずは年内に、量産体制を整えたいと思います。それと並行して、先ほど言ったような食品メーカーと、1社でもいいので継続的な取引が望める状態に持っていきたいです。

数年後の話だと、日本国内で「カギケノリ」を飼料として使えるようにすることが一つの目標。そもそも日本では、規制などの問題で「カギケノリ」を飼料として使うことができません。なので、そこのアプローチに数年はかかってしまうかなと。

さらに20年後とかの話だと、私たちの技術で生産した「カギケノリ」の飼料が世界中で与えられている、そんな未来が理想ですね。現在、牛は世界に15億頭ほどいると言われていて、その10%に「カギケノリ」を与えられれば、二酸化炭素換算で年間1ギガトンくらい減らせるはずです。

また、将来的には、飼料だけではなく「海藻×環境」という軸で、複数の事業を扱いたいという思いもあります。

——「カギケノリ」の飼料からスタートしたけれど、別の海藻を扱って事業を展開することも考えていると。

久保田:そうですね。海藻から繊維やプラスチックを作っているスタートアップもあります。用途によって適した海藻があるので、今持っている技術を展開していきたいですね。

スキルに縛られずに、あとから学べばそれでいい

——起業してからこれまでで、どのタイミングが一番大変でしたか?

久保田:やっぱり、商品や技術を売っていく今の段階です。私たちは技術面をスムーズにクリアできたので、余計にそう思います。

私たちのつくる商品は、環境にはいいんですけど、どこの会社も最初に手をだすのは躊躇しがち。また、GHGの削減についても、国が掲げてるのは目標というレベルで、規制まではいかない国がほとんどです。そうなってくると、直近で環境問題に思い切り投資できる会社は少なくて。

GHGの削減に関して言えば、先ほどの目標の通り海外展開は大前提として捉えています。ただ、輸送コストがかかりますし、飛行機や車を使えばその分の温室効果ガスが排出されます。輸送段階での温室効果ガス排出も最小化したいので、中長期では現地生産を必ず行うことになります。

——これからクライメートテックに取り組もうと考えている人にメッセージをお願いします。

久保田:私から言えるのは、スキルに縛られなくてOKってことでしょうか。私自身、ソフトウェア業界からの転身ですし、現在はエンジニアのスキルは直接的には使っていません。

海藻に関して言えば、スキルに縛られてしまったら、スタートアップやれる人は漁師か研究者くらいです(笑)。自分の興味の赴くままに飛び込んで、スキルを活かせれば理想ですけど、そうでなければ学べばいいと思います。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:溝上夕貴
撮影:幡手龍二