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ロボットの国際会議にも論文採択経験のあるエリート集団SoftRoidが「ロボットを止めた」という決断によって得たもの

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ロボットを開発し世界を変えようと集った若きエンジニアたち。ロボット分野における世界最大の国際会議であるIEEE IROSなどトップカンファレンスで複数の採択経験を持つ代表の野﨑氏をはじめ、ボードメンバーはロボット開発の経験のある確かな実力の持ち主ばかり。

しかし事業の成長のため、ソリューションプロダクトフィットのため彼らは文字通りロボットを「止めた」。側から見ると苦渋の選択にも見えるが、彼らにとってその決断は「スケールしないこと」をする、スタートアップにおける基本をおさえた自然な流れだったと話す。言い換えればそれは正しいスタートアップだったと振り返る彼らに、現在に至るまでの紆余曲折と段階別のアクション、バックボーンとなった学びについて聞いた。

野﨑 大幹
株式会社SoftRoid CEO
慶應義塾大学・大学院にて情報工学を専攻。未踏IT人材発掘・育成事業採択。変形しながら不整地を移動するソフトロボットを研究・開発し、IEEE IROS等ロボット分野のトップカンファレンスで複数採択・発表。卒業後、Arthur D. Little Japanにて、製造業に対する新規事業戦略/中長期戦略の策定支援を行う。2020年7月に株式会社SoftRoidを創業。剣道5段。
建設会社にて数ヶ月間の現場監督見習いを経て、AIとハードウェア技術により現場の課題を解決するサービスの着想を得る。

INDEX

バーニングニーズが見つからなければ勝機がない
「スケールしないことをしよう」
正しくスタートアップするということ
ここがポイント

バーニングニーズが見つからなければ勝機がない

――SoftRoidのこれまでの活動を簡単に教えてください。

私は大学院までソフトロボットの研究開発に携わりました。研究していたのは段差など不整地の凹凸に応じてスポンジ状の接地面の形状を変形させて移動するロボットでした。その知見をベースにいくつかのスタートアップで挑戦的な事業を担当し、その後、大学時代にロボットを研究していた仲間たちとSoftRoidを立ち上げました。

現在は、360度カメラを持って建設現場を歩くだけでデータ取集を行い、360度の現場ビューを作成する「ロボットなし」のサービスを提供しています。SoftRoid立ち上げ当初は、階段を登れるソフトロボットの特性を活用したラストワンマイル物流や商業施設の警備巡回、建設現場の資材運搬などを目的としたロボット事業を構想していました。結果的に、それぞれ2週間から1ヶ月でピボットしたのですが。

――ピボットまでのサイクルが非常に短いように思われますが、その見切り方とは。

想定ユーザーのヒアリングを行うとそこにニーズがあるかどうかがわかります。「バーニングニーズ」、すなわち「頭に火がついて今すぐにでも消化しないとマズイ」くらい明確に渇望されているニーズがないとなかなか勝機はないように思いました。

たとえば商業施設の警備について、大手デベロッパーから地方の警備会社、警備の現場で働くプレーヤーなどあらゆるポジションの方にヒアリングを重ねましたが、実際のところあまり困っていなそうに見受けられたんです。人手不足は確かに解決すべき課題ではありますが、エレベーター連携などが進んでいることを考えると後発組である僕たちが階段を登れるロボットを開発してどれだけ戦っていけるのか疑問でした。

――様々な事業を構想してはピボットする。その一連の流れの中で得た気づきが「ロボットエンジニア集団がロボット事業を手放す」現在の展開につながるのですね。

そうです。ヒアリングの場数を踏み、僕たちが感じたのは「ロボットスタートアップは難しい」ということ。工業系人材に偏った傾向でしょうけれども、サービス展開して収益を上げる前からとにかくエンジニアリングに集中しがちです。作りたいものを作ってしまう。ロボットを作るとなると開発にも時間がかかるし開発後のアップデートにも時間がそれなりにかかる。しかし、それが収益に繋がらなければ事業としてはなんの意味もありません。いわゆるソフトのスタートアップとは話が違うんですよね。

そこから僕らは、正しくスタートアップしようと、スタートアップインセプションプログラム「FoundX」に参加するに至ります。

「スケールしないことをしよう」

――正しいスタートアップというのは?

剣道の世界には「守破離」という教えがあります。修行における段階を示したもので「守」は師匠や流派からの教えや型を忠実に守り、確実に身に付けること。「破」では「守」で身につけたものを土台に、他の流派や教えに触れて発展させ、「離」の段階に達すると新しく独自のものを確立させるようになります。

恥ずかしいことに僕たちはそれまでこの「守」すらない「型なし」状態、要は守るべき教えもないのにめちゃくちゃやっていただけだったと気づいたのです。よく言われる「初めて起業した当人たちは何をしているのかわからない」状態。何も考えずにお金を使ったり人を雇ってみたり作りたいものを作ってみたり。

そうした状態の中で正しいメンターと出会い、地道に、愚直にスタートアップのすべき教えに習い、実行しようと決断したのでした。

――具体的にその学びを教えていただけますか。

経典のように今でも読みかえす“Startup Playbook(Sam Altman著)”に書かれていることに“Do thing that do not scale.”があります。直訳すると「スケールしないことをしましょう」

その意味することは至極当たり前のことです。現場に行くこと、ヒアリングをすること、テレアポすること、FAXを送ること、セールスアニマルになること、恥ずかしいバージョンでもとにかくローンチすること、骨が折れる手作業を続けること……

この学びを体現するため僕たちも当初まだ可能性を捨てていなかったソフトロボットの活用現場になりうる空間を全て書き出し、上から順番にヒアリングを重ね、可能性を見出して行きました。そこで行き着いたのが建設現場でした。

――建設現場における“Do thing that do not scale.”とは。

メンバーそれぞれが建設現場の日雇いバイトをしたり、建設現場にある仮設事務所に飛び込み営業をかけたり、数百件のテレアポを行ったり……。当時開発していたデータ測量のソフトロボットの代わりになって私たちが人力で納品したこともありました。大きめの会社には名刺とお菓子だけ置いていくなど。できることは全部やり尽くしました。

――その当時のプロダクトの開発状況は?

プロダクトの概要説明はできましたが、手元にあったのはハリボテです。今でこそデジタルツインのような独自データの立体化も実現しましたが、その当時のプロトタイプはただ現場の360度写真をウェブ上で図面化したただの360度ビュワーでした。

正しくスタートアップするということ

――この頃はまだロボット事業の路線だったそうですが、どこのタイミングで「止めた」のですか?

活用空間を建設現場に絞り込みヒアリングを重ねた結果、まずはユーザーターゲットを変えることにしました。それまでは大手ゼネコン狙いでしたが、経営者層には刺さっても現場ではうまく活用されないことが続いたからです。上層部は働き方改革や効率化を考えますが、その意図が現場マターでなかなか運用されないのは、ゼネコンに限らずどこの業界にもあることですよね。

変更後のターゲットは工務店。新築戸建やリフォームなどを請け負う工務店の場合、現場には仮設事務所もなく、ひとりの現場監督が3〜4現場を担当します。現場監督の業務過多は深刻で、移動時間削減のためにキャスターのついた点滴台にペットカメラを取り付けてなんとかできないかと試行錯誤している方もいました。工務店における現場のデータ化はまさしくバーニングニーズそのものです。

そして、現場の方々にお話を聞いた結果、わざわざロボットがその作業を行う必要はないと判断しました。いわゆるPMF(プロダクトマーケットフィット)しないことが明らかでしたから。

三菱地所が開発するTOKYO TORCHほどの巨大施設であれば初期投資してロボットがプロダクトフィットしますが、工務店が担当する現場は狭く、小さい。ならば人が撮ってしまう方が効率的だし、いろんなことがスムーズなのだと。

ソリューションプロダクトフィットを考えた結果ですね。検証過程ではプロブレムソリューションフィットしましたが、ロボットなしでも成立するのであればそれでもいいと判断し、人がカメラを持って現場を歩くだけで360度現場ビューを作成し、遠隔から現場全体を確認できるようにするサービスに落ち着きました。

――ロボットを作ろうと集まった集団が、そのような決断を下すことはなかなか難しいように思われますが……。

結局現場が欲しいもの、つまり提供価値が明確なものを作ることが僕らにとっても重要なんです。僕らのプロダクトで言えば、遠隔から現場全体を確認できるから現場監督の移動時間が減って負担が軽減するし、現場監督の確認回数が増えることで管理品質の向上する。あとは施工状況を逐一記録するから、隠蔽部の施工状況も後から簡単に確認できたり、スムーズなアフターケアサービスが実現したりする。これが提供価値です。この価値が認められて、三菱地所が運営する施設「EGG JAPAN」の改装工事でも使ってもらえました。この、ちゃんと使ってもらって、いい反応があることがうれしいんです。

付け加えると、そもそも僕らには複数の失敗経験があるからあんまりプライドがないんです。ではなぜ何度もチャレンジするか。それは面白いことがしたいから。もちろんロボットで挑戦できたらいいですけれども、今、僕らがテコ入れしている建設市場は、国内GDPでも2番目に大きい規模感のもの。かつグローバルでもめちゃくちゃ巨大な市場です。なのにテクノロジーが活用されず、今でもアナログなことをやっている。

そこに入っていき、現場とクラウドをつなぐデータパイプラインをつくって、業務改善をする。そんなプロダクトで世界を変えられたらそれでいいんです。

――振り返ると、それは正しくスタートアップし「直せた」ことだと言えそうですね。

そうですね。まさに“Do thing that do not scale.”の結果かと。めちゃくちゃ高度なディープラーニングとかはまた別ですけれども、電話をかけたり、現場の人に声をかけたりすることって小学生でもできることです。FoundX的に言えば、「息を吸うようにやれ」だし「できない言い訳がない」。やればできるはずなんです

これこそがスタートアップの真髄ですけれども、それを血肉にして実践している人って案外少ないように思います。教えに習って、最後までやりきる。意味があることを世界に生み出すために、まず大事なことだと思います。

ここがポイント

・ソフトロイドは、事業の成長のため、ソリューションプロダクトフィットのため彼らは文字通りロボットを止めた
・「バーニングニーズ」、「頭に火がついて今すぐにでも消化しないとマズイ」くらい明確に渇望されているニーズがないとなかなか勝機はない
・ロボットスタートアップはサービス展開して収益を上げる前からとにかくエンジニアリングに集中しがち
・「スケールしないこと」をするのが重要
・ロボットなしでも成立するのであればそれでもいいと判断した
・結局現場が欲しいもの、提供価値が明確なものを作ることが重要


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小泉悠莉亜
撮影:小池大介