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目指すはアイアンマンのジャーヴィス 10億人の生活を変える。ANAホールディングス発のスタートアップが描く、AIロボットの未来

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2020年4月、ANAホールディングス(ANAHD)からスタートアップとして生まれたavatarin。手がけるのは、エアライン事業とは全く異なる、ロボティクスやAI技術の研究開発だ。

遠隔地を自由に動きまわり、自分の目で見たり話したりできるコミュニケーションAIロボット「newme(ニューミー)」を提供し、その過程で個人が特定できないような形で映像や音声、制御などの複合的なデータ(マルチモーダルデータ)を同時に記録。そこからAI学習を行い、LLMなどと連携させることで、単なる自動化・無人化ではない、人とAIが共存できる新しい接客ソリューションを提供しようとしている。

avatarinは、当初ANAHD内で始動したプロジェクトだった。事業へと展開をする際に、別会社として切り分け外部資本を入れて、設立されている。なぜこのような形をとったのか、またavatarinはどのようなきっかけで発足し、どんな未来を描いているのか。代表取締役CEOの深堀氏にお話を伺った。


深堀 昂
avatarin株式会社 代表取締役CEO
2008年にANAに入社。パイロットの操作手順などを設計する運航技術業務やパイロットの訓練プログラムを開発する訓練企画業務を担当。マーケティング部門に移動しウェアラブルカメラを使ったYOUR ANAプロモーションや海外ブランディングを担当。2016年にイーロン・マスク氏などが支援しているXPRIZE財団のコンペにてグランプリを受賞、2019年に新規事業としてアバターイン準備室を立ち上げ、2020年4月に起業。2022年、日本オープンイノベーション大賞 内閣総理大臣賞受賞。2023年、経産省主催J-Startup認定。2024年7月、ソフトバンク社はじめ日本を代表する事業会社からシリーズB資金調達を行い、累計調達額が77億円になる。現在、ハーバードビジネススクールの教材にユニークな企業発イノベーション事例として掲載されている。

ポイント

・avatarinは、「10億人の生活を変える」がテーマの国際賞金レース設計コンテストでグランプリを受賞したことがきっかけで誕生。高度なAIロボティクスインフラを構築するために必要な、人・物・金を適切に集められるように外部資本も入れたスタートアップとして設立された。
・avatarinが開発するのは、2つ。何歳になっても、どこで生まれても、どこにでも行ける未来を実現するための「瞬間移動技術」と、人々のスキルをコピー&共有する「AIロボット技術」。
・スタートアップ起業家に何より必要なのは、パッションと行動力。大企業発の子会社もピュアスタートアップも変わらない。
・avatarinが目指すのは、完全に人に取って代わるAIではなく、人を支えて個性を最大限拡張させるAIの開発。また、ロボットを使うことで、今は暗黙知となっているマルチモーダルデータの収集、形式化、AI化を進めている。
・日本で起業するのであれば、大企業のレバレッジを効かせながらも、スタートアップとしてスピーディーに意思決定していき、かつ複数の外部資本を入れる大企業×スタートアップのハイブリッドなスタイルが最適解と言える。

INDEX

「全人類にとっての社会課題」を解決するために
起業家のパッションと行動力が、人・物・金を集める
マルチモーダルデータで、「不可能のない未来」を
大企業×スタートアップのハイブリッドが、日本にマッチしている

「全人類にとっての社会課題」を解決するために

——avatarin設立のきっかけを教えてください。

深堀:イーロン・マスクやGoogleといった錚々たる企業や個人投資家から資金を集めて、ブレイクスルーをもたらすコンペティションを開催するXPRIZE財団というものがあります。その財団が「コンペのテーマを決めるためのコンペ」という少し変わった大会を開催したのがきっかけです。

私は以前から社会課題の解決に寄与したいと考えていました。ANAでも過去に2つ新規ビジネスを立ち上げた経験があり、3つ目のビジネスを作るためにコンペに参加したんです。とはいえ、当時はANAのマーケティング部門で働いており、最初は完全に業務外で取り組んでいました。

大会で出されたお題は、「10億人の生活を変える」というもの。この非常に大きなテーマを前に、私は「多くの社会課題は、その問題を解決できる人はどこかにいるのに、問題が起こっている場所にはいないから起きているのでは?」と考えました。

そこで、「アバターを使って地理的・時間的・経済的距離を縮めて世界をつなぎ、人類の課題を解決する」というコンセプトを考え、グランプリを受賞したんです。その後、ANAがスポンサーとなって「ANA AVATAR XPRIZE」を開催し、そこで世界中のAIロボティクス開発者と出会い、AIロボティクスの現状の課題も把握することができました。

我々avatarinは、「求める時間・場所に適切な人材を伝送する瞬間移動技術」と「その人の能力をコピー&共有できるAIロボット技術を実装する」ことで、AIロボティクスの課題解決に挑んでいます。おかげさまで、シリーズAラウンドで20億円という、資金調達を達成することができました。また、シリーズA・BともにVCではなく事業会社から出資を受けているという点も大きな特徴です。

——ANAHD内の新規事業としてではなく、別会社として切り分けて外部資本を入れたのはなぜですか?

深堀:我々はリアルタイム伝送という、ブレイクスルーが必須の独自テクノロジーを開発している会社です。人間と同じようにコミュニケーションができて動けるAIロボットを作ろうとしているわけですから、ディープで専門的な話ができる人材を求めていました。しかし当然、そんな人材はANAにはいませんし、ANAで募集をかけても絶対に採用できません。プロフェッショナルを集めるためには、スタートアップという形態をとる必要があったんです。

そして株主も、ANAHDだけでは不十分でした。avatarinは次世代の社会インフラを作ろうとしているため、エアライン以外にもさまざまな業界からデータを取得する必要があります。その上、独自にLLMのファインチューニング(学習済みのモデルに独自のデータを追加学習させ、新たなモデルを作り出す技術)を行うと莫大な費用がかかります。これらを実現させるには、ソフトバンクなど各企業との深い連携が不可欠でした。そこで、ANA以外のステークホルダーにも利益をもたらすために、外部資本を入れました。

——事業が非常に興味深い反面、「移動」という観点で、ANAとは利益相反してしまうのではないかとも思いました。

深堀:私は常々、「したい移動」と「したくない移動」の2種類があると考えています。旅行や誰かに会うための移動は「したい移動」で、絶対に現地に行くべきだと思います。一方、たとえば小売業のエリアマネージャーが1週間で40店舗を回らなければならない場合の移動は、もはや何のバリューも生み出さない「したくない移動」です。この場合は、サスティナブルの観点から見ても、飛行機ではないツールを使う方がいいに決まっていますよね。

また「飛行機のユーザーは全世界で見ると6%程度しかいない」という事実にも課題意識を感じていました。経済的余裕や空港が近くにあるかなど、いくつかの条件が揃っている人でなければ飛行機は使えないんです。何歳になっても、どこで生まれても、どこにでも行ける「移動の民主化」を実現する、未来のツールがあってもいいんじゃないかと私は思います。

avatarinは当初、瞬間移動の技術に重きを置いていましたが、現在は「人々の技能を伝送する」「技能を共有する」「特定の人の技能をダウンロードして自分が使う」といったところまでビジョンが広がっています。ゆくゆくは、同時に1000ヵ所で自身の能力を活かすことができる世界が来ると考えていて、我々はまさにそのインフラを作ろうとしているんです。

起業家のパッションと行動力が、人・物・金を集める

——スタートアップとして始動する中で、優秀な人材を集められたのは何か秘訣があるのでしょうか?

深堀:秘訣は、正直ないですね。私はこれまでANAで3つのビジネスを立ち上げましたが、最初のビジネスは稼働するまでに4年半かかり、いろいろな苦節を経験しました。そこで学んだのは、新規ビジネスの立ち上げに必要なのは「パッション」と「人・物・金をすべて1人で集める覚悟」だということです。

先ほどXPRIZE財団のコンペに参加した話をしましたが、我々が参加できたのは、LAにある事務所の門を叩き、たまたま廊下で財団創設者のピーター・ディアマンディス氏にお会いして話ができたからです。以前には、自分の夏休みを使ってタイアップしたい海外企業の本社に出向き、出待ちをしたこともありました。やっとアポが取れたと思った矢先、当日ドタキャンをくらったこともあります。

こういった行動は、スタートアップの起業家であれば皆やっていることだと思います。つまり本気で実現したいのであれば、どんなことでも喜んでしてくださいということです。

——出自は確かにANAだけれども、やっていることはピュアなスタートアップと何ら変わらない、だからこそ人を集められるということですね。

深堀:そのとおりです。ピーター・ディアマンディス氏もよく言っていますが、世の中を変えたいと言っている人は世の中にたくさんいるけれども、実際に行動している人はごく僅かです。今を率いているリーダーたちは、見せかけのポジションではなく行動力で人を見ているのだなとつくづく思いますね。

そしてXPRIZEのコンペで気づいたのが、人々を動かすのは、誰かの利益や都合に囚われていないピュアな想いということです。我々の活動は、レイ・カーツワイル博士やSONYのCTOである北野氏など多くの方から賛同や支援をいただけたのですが、その理由は我々がANAの新規事業としてではなく、純粋に「世界を変えるために必要な技術」としてアバターを使った社会課題解決案を世に発信したからだと思います。大企業では自社が儲かることを前提とした新規事業しか考えられないものですが、それでは自社以外からの賛同は得られません。人類や地球全体にとっての利益をピュアに考える視点を持つ大切さを、そこで学びました。

マルチモーダルデータで、「不可能のない未来」を

——avatarinが見据えている未来について、教えてください。

深堀:今、AIやロボティクスの技術によって、身体のしがらみを超えられる時代が到来しつつあります。さらには自分自身をAIに学習させて外部ハードディスクとして使うなど、脳を拡張する技術も発達しつつあります。

その上で我々が目指しているのは、『アイアンマン』におけるジャーヴィスです。ジャーヴィスはアイアンマンが開発したAIで、非常に優れた頭脳や身体拡張機能を持っているのですが、あくまでジャーヴィスはアイアンマンのサポートツールであり、助言はしても最終的にはアイアンマン自身の意志を尊重するんです。我々は、完全に人の代わりになるターミネーターではなく、ジャーヴィスのような「その人の個を最大限拡張するためのツール」を作りたいと考えています。

そして最終的に見据えているのは、何歳になっても新しい惑星探査ができたり、無菌室のベッドに横たわっていても世界中で活躍ができたりする未来です。二次元データしか収集できなかったこれまでとは異なり、我々が作ろうとしているインフラ環境では、ロボットを使ってインタラクティブかつリアルなデータも収集でき、「なぜマグカップを横から掴んで取ったのか」といった暗黙知まで形式化が可能になります。そうなると、私たちは将来的にインフラを通じて海外で働いたり、複数の言語を使いこなして人と会話したり、デモに参加したり……といったことに容易く取り組めるようになる。“できないことがない未来”を迎えることになるでしょう。そんな時代が来ることに、非常にワクワクしています。

——そのような未来予想図がある中で、現在のavatarinはどの段階にいるのですか?

深堀:現在は、まだ「ステップ1」ですね。接客AIサービスの提供を通じて、この3年間で「ある人が物を動かしたら、さまざまな場所のロボットが連動して動き、かつ、その動作がAI化されていく」という当社独自の強みを作ることができたかなと思います。

直近の事例だと、家電流通業界トップのヤマダHDと業務提携し、ハイスキル人材が不足している店舗などにコミュニケーションAIロボット「newme」を一部店舗に設置し、接客する実証実験を行いました。

「newme」を使って遠隔操作でスキルを持つスタッフが接客を行います。裏側では、データを収集して学習し、接客AIサービスを生み出すことで、人材不足の解消や人材育成に役立てようとしています。

ここで重要なのは、我々が作りたいのは「人間に近い接客をするAIサービス」だということです。現状のAIサービス、たとえばChatGPTなどはこちら側から質問しないと何も起こらないですよね。しかしリアル世界の優秀なスタッフは、お客様の様子を見て自ら話しかけにいくものです。このような人間の動きや判断力までデータ化していかなければ、人間による接客とAIとで売上に大きな差が生まれてしまうでしょう。

そして、これまでは、たとえ優秀人材だったとしても「接客する際にどこに注目しているのか」「どんな所作や話し方がポイントなのか」といった無意識に行なっている動作や判断は言語化ができず、それを可視化できるツールもないため、技能伝承が難しいという課題がありました。

しかし、ロボットを使えば今まで暗黙知だった「マルチモーダルデータ」が大量に収集できるようになり、スキルのライブラリも作れるようになります。それができると、たとえば「ヘリコプターに操縦スキルをダウンロードして、素人が一人でヘリに乗る」といった映画のようなシチュエーションも実現ができるようになるのです。

大企業×スタートアップのハイブリッドが、日本にマッチしている

——次の「ステップ2」の段階では、どのようなことを目指すのですか?

深堀:まず、AIロボットは確実にコミュニケーション領域のもっと先に浸透していくと考えます。「newme」に手足がついていないのも、まずは接客や会話に対応できるロボットが必要だと考えたからです。

ステップ2は、AIロボットが肉体領域にまで広がってきた状態を指すのかなと思います。この段階ではモーター側のイノベーションも必要になってきます。現状のヒューマノイドロボットは非常に重量があり、指1本で500万円くらいするんです(笑)。それでいて、持てる最大重量はたった5kg程度です。人間とはエネルギー効率が全く異なるんですね。このあたりのイノベーションが進んだら、人間らしい動きができるロボットもどんどん生まれてくると思います。

——大手企業からスタートアップの立ち上げを検討している方々に向けて、アドバイスがあればお願いします。

深堀:大企業からのカーブアウトやスピンアウトは、ピュアスタートアップよりも立ち上げや運営が大変かもしれません。大企業でもスタートアップでも、人・物・金を確保してスピーディーに物事を進めることが求められるのは同じですが、大企業はその上で”企業内での複雑なコミュニケーション”を一つずつ処理していかねばなりませんよね。社内政治を気にしたり、各担当者にも配慮したり……など。そこが面倒なのであれば、ピュアなスタートアップを立ち上げた方がいいでしょう。

ただその反面、大企業内からの起業を経験していると、大手企業と取引する際にその能力が大いに発揮されるはずです。普通、AIプロジェクトが発足するとDXのいち担当者がカウンターパートとなるケースが多いですが、そうなるとプロジェクトは一向に進みません。PoCに成功したとしても、担当者が変わってしまうと急に中断されることもあります。スタートアップ起業家には大企業を動かす術を知らない人も多いので、その点では大企業出身者は強いと思います。

また、日本でスタートアップを立ち上げる場合のチャンスがどこに眠っているかというと、私は絶対に大手事業会社だと思います。人・物・金すべてがそこに揃っていますから。avatarinもシリーズAで20億円を資金調達しましたが、これだけの財力を持っているVCは日本には多くはありません。そう考えると、大企業のレバレッジを効かせながらも、スタートアップとしてスピーディーに意思決定していき、かつ1社だけでなく複数の外部資本を入れていくという大企業×スタートアップのハイブリッドなスタイルは、日本のスタートアップにマッチしているのではないかなと思います。

最後に、大企業側にどう利益をもたらすかについてですが、私はM&Aでいいのではないかと思います。それができるパワーが大手事業会社にはあるはずですから。またavatarinに関して言えば、ANAの企業価値を超えるという意気込みで取り組んでいるので、最終的には大きなリターンを返すつもりです。もし本当にANAより大きな会社になったら、本体側の経営も担うことでさらに進化した会社へとモデルチェンジも図れるはず。そんな未来を描くのも、また面白いですね。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:幡手龍二