医薬品でもサプリでもない。「腸内細菌」の力でウェルビーイングに革新を起こすNERONの構想
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病気になる前に、体と心の異変を捉え、適切な対処を可能にする──。
そんな未来の健康管理を実現する可能性を秘めた研究分野が「腸内細菌」だ。
このテーマに、研究者として、そしてスタートアップ経営者として挑んでいるのが、NERON代表取締役CEOであり、理化学研究所客員研究員、横浜市立大学共同研究員でもある長﨑恭久氏。
大学や研究機関で得た知見や腸内細菌の研究を社会実装する手段として、なぜ起業という形を選んだのか。いかにして「法制度も市場も未整備の領域」に踏み出していったのか。
その背景には、キャリアの転機となる出来事や、科学と社会の間に橋を架けようとする強い意思があった。本記事では、起業のきっかけからプロダクト開発、資金調達の裏側、そして腸内細菌研究にかける想いまで、じっくりと話を聞いた。

長﨑恭久
株式会社NERON 代表取締役CEO / 理化学研究所客員研究員
大阪大学大学院修了。2013年、日清食品ホールディングス入社。腸内細菌の機能解析や食品の健康機能に関する研究を推進。2014年から2018年にかけて横浜市立大学および理化学研究所統合生命医科学研究センター(現・生命医科学研究センター)にて客員研究員として活動。2022年、NERONを創業。
ポイント
・医薬品として開発するコスト・時間を避け、食品カテゴリーで展開。法制度が未整備な領域において、省庁と連携しながら「菌そのものの力」を届ける新市場の開拓に挑む。
・単一の菌ではなく、複数の菌の相互作用に着目。健康な人の腸内細菌組成を科学的に設計・組み合わせる「レシピ化」技術を核に、知財戦略と研究開発を加速させる。
・意思決定の迅速化と知財の100%保持を優先し、大学発やスピンアウトではなくゼロから起業。アカデミアとは資本に縛られないフラットな共同研究体制を構築。
・創業初期に議決権の希釈を避けるため、あえて融資を選択。渋谷区の認定制度を活用し、銀行からの信頼を勝ち取ることで、研究開発に必要な時間と自由度を確保した。
・知人の死をきっかけに、自らの人生を「よりよく生きる」ための挑戦へ捧げる決意を固める。研究者の真摯な視点と経営者の責任感を両立し、グローバル展開を見据える。
INDEX
・「医薬品でもサプリでもない」食品カテゴリーで腸内細菌を届ける狙い
・大学発でもカーブアウトでもなく、ゼロから起業した理由
・“融資から始める”異色の資金調達戦略
・「命の有限性」を実感したとき、起業を決意した
・腸内細菌で世界を変えるために
「医薬品でもサプリでもない」食品カテゴリーで腸内細菌を届ける狙い
――貴社が開発している腸内細菌を用いたカプセルは、どのような背景から生まれたのでしょうか?
長﨑:腸内環境と健康の関係については多くの研究が進められており、腸内細菌が心身の状態に与える影響が徐々に明らかになってきました。私たちが注目しているのは、いわゆるプロバイオティクス[1]やサプリメントでは十分にアプローチできていない「菌そのものの力」を活用することです。
その中で着目したのが、「健康な人が持つ腸内細菌の組成」です。現代人の生活習慣や食事環境によって、腸内細菌の多様性が失われているとされており、それがさまざまな不調や疾患の原因になるとも考えられています。そこで、本来人間が持っている“望ましい腸内環境”を再現するような菌の組み合わせを科学的に設計し、それをカプセルにして提供できないかと考えました。
――それは製品としては、どのような立ち位置になるのでしょう。サプリメントですか?
長﨑:私たちが目指しているのは、医薬品でもサプリメントでもない、「その中間」に位置するような新しいカテゴリのプロダクトです。大分類では「食品」として市場に出すことを想定しています。現行の制度上、医薬品としての承認を得るためには膨大な時間とコストが必要になります。まずは食品という枠組みの中で、いかに有効性や安全性を担保できるかが重要だと考えています。
一方で、「食品」の枠ならではの難しさもあります。腸内細菌の活用に関しては、まだ法制度が十分に整っていないため、どのような菌が食品として認められるか、どの程度の機能性表示ができるかといった点が非常に曖昧なんです。ですから、私たちは事業の初期段階から厚生労働省や経済産業省とも情報交換しながら、制度側の理解も得ながら開発を進めています。

――具体的にはどういった方法で菌を選定・組み合わせているのでしょうか?
長﨑:菌の効果は単独では安定しにくく、複数の菌が共存することで初めて安定した機能を持つことが知られています。私たちは、健康な人の便から採取した腸内細菌をもとに、スクリーニングと呼ばれる評価手法で、それぞれの菌の持つ特性を精査してきました。例えば、炎症を抑える作用がある菌や、短鎖脂肪酸を多く生成する菌、あるいはバリア機能を高める菌など、それぞれ異なる役割があります。
そのうえで、それらの菌がどのように相互作用するかを実験し、効果が相乗的に高まる組み合わせを選定するのです。まるで料理のレシピのようなもので、材料(菌)をうまく組み合わせることで、単体では得られなかった結果が生まれることもあります。この組み合わせ技術こそが、私たちの知的財産の核となる部分です。
[1] プロバイオティクス・・・適切な量を摂取すると腸内環境の改善や免疫力向上など、人体に有益な効果をもたらす「生きた微生物」。いわゆる善玉菌。
大学発でもカーブアウトでもなく、ゼロから起業した理由
――長﨑さんは理化学研究所や横浜市立大学とも関わりをお持ちですが、独立したスタートアップとして創業されたのはなぜでしょうか?
長﨑:技術開発と経営判断の自由度を最大限に確保したかったからです。現在も理研や大学との共同研究には継続して関わっていますが、自らが100%のイニシアチブを持って起業する形を選びました。
大学発ベンチャーや大企業のスピンアウト型のスタートアップの場合、どうしても出資元や知的財産の持ち分、ガバナンスなどで制約が生まれがちです。特に医療やバイオの分野では、開発初期の段階で意思決定を迅速に行えるかどうかが、研究の進捗や事業化の成否に直結します。そのため、創業時から自社で100%知財を保有し、どんな方向に進むかを自分たちで決められる形にこだわったんです。
――知的財産の取り扱いについても、戦略的に設計されたのでしょうか?
長﨑:創業前から「特許をいかに自社で押さえるか」は常に念頭にありました。とくに当社が取り扱う「菌の組み合わせ」に関しては、単なるデータやノウハウではなく、明確な権利として押さえておくことが重要です。そこで、シード期に出願する特許については、外部の弁理士に丸投げするのではなく、自分で明細書の内容にも深く関わりながら設計しました。
さらに、すべてを特許として公開してしまうのではなく、ブラックボックスにしておく部分と、特許として守る部分を戦略的に分けて設計しています。特許というのは、「時間を稼ぐための武器」だと考えており、他社に模倣されるまでに、次の研究開発や差別化を積み上げていきたいと思っています。
――大企業からのスピンアウトという選択肢もあった中で、それを選ばなかったのはなぜですか?
長﨑:起業前に在籍していた企業に新規事業として提案するという選択肢もありえましたが、どうしても「稟議」や「ステークホルダーの調整」が必要になります。月に一度、進捗を報告して、ようやく次のフェーズに進めるかどうかが判断されるというスピード感では、バイオ系のスタートアップにとっては致命的だと思いました。
また、大企業からスピンアウトする場合、知的財産の帰属やロイヤリティ、さらには組織としての独立性にも制約が出てきます。例えば、意思決定において親会社の承認が必要となると、それだけでスタートアップとしての柔軟性や迅速性が損なわれてしまいます。だからこそ、最初から独立した法人として、自分たちで全責任を持って動ける体制を作ったというわけです。

――大学や研究機関との連携は、どのように活用されているのでしょうか?
長﨑:創業の自由度を確保するために、出資や知財は自社で完結させましたが、研究面では大学や研究機関のネットワークを積極的に活用しています。たとえば、横浜市立大学や理化学研究所とは、共同研究や研究指導という形で連携しており、自社だけでは賄いきれない実験設備や知見、人的リソースを補完する形で活用しています。
重要なのは、「資本関係や権利関係に縛られずに、純粋に研究としての協力関係を築くこと」だと思っています。そのため、創業当初からアカデミアとの関係構築には非常に気を遣ってきました。ありがたいことに、大学側にもフラットに協力していただけており、今後の研究開発においても重要なパートナーになると考えています。
――独立型のスタートアップとして、ゼロから立ち上げる中で特に苦労された点はありますか?
長﨑:最初の「信用」を得ることは非常に大変でした。特にバイオ分野は、研究に時間もお金もかかるうえに、すぐに成果が出るわけではありません。そのため、最初の段階では、「研究開発を本当に進められるのか」「きちんとイグジットまで行けるのか」といった目で見られることも少なくなかったです。
ただ、それでも私たちは「自分たちで舵を握る」という姿勢を崩さず、少しずつ実績と信頼を積み重ねてきました。創業初期に得た渋谷区のスタートアップ認定制度の活用や、みずほ銀行からの融資の獲得なども、独立系としての活動を信じてもらえた一つの証だと思っています。
“融資から始める”異色の資金調達戦略
――創業初期の資金調達は、どのように行ったのでしょうか?
長﨑:私たちは、あえてエクイティではなくデット、つまり融資という形を選択しました。その理由は非常にシンプルで、先ほどもお伝えした通り会社のコントロールを可能な限り自分たちで持ち続けたかったからです。
創業期というのは、技術もビジネスモデルもまだまだ試行錯誤の段階です。そのときに外部株主が多数入ってしまうと、戦略的な意思決定に影響が出ることもあります。特に私たちのように、科学的な検証と商品化の両立が求められる事業では、短期的な収益性だけでは測れない判断が必要になる場面が少なくありません。だからこそ、外部に株を譲渡する前に、まずは融資という選択肢を取ったのです。
――融資というのは、スタートアップにとってはハードルが高い印象があります。どのようにして借入に至ったのでしょうか?
長﨑:確かに、創業直後のスタートアップにとって、金融機関から融資を受けるのは簡単ではありません。とくに私たちのように実績がない、製品もまだ開発途中、しかも事業内容が分かりにくいという三重苦とも言える状況では、普通は相手にされません。
そんな中で突破口となったのが、渋谷区の「スタートアップ認定制度『S―Startups』認定制度」でした。渋谷区が独自に実施しているスタートアップ支援プログラムで、区が推薦する形で信用保証協会付きの融資を受けやすくなるという制度です。この制度を通じて、みずほ銀行とつながりを持つことができ、結果的に1000万円を、創業間もない段階で融資していただけたという経緯があります。

――融資を受けるにあたって、どのような準備をされたのでしょうか?
長﨑:制度があるからといって、準備すれば誰でも通るというわけではありませんでした。私たちも、事業計画書をしっかり作り込みましたし、銀行の方に説明する際にも、どうやったら技術的な内容を伝えられるか、という点はかなり工夫しました。実際、担当の方とは何度も面談させていただいて、最後はその方が味方になってくれて、上司の方を説得してくださったという経緯があります。
何度も面談の機会をいただく中で、こちらの本気度や誠実さを地道に伝えていきました。書類だけでは伝わらない部分を、直接会ってお話しする中で理解していただいたのだと思いますし、それが結果的に信頼につながったのではないかと感じています。
――融資という選択は、今後の資金調達戦略にも影響していますか?
長﨑:非常に影響しています。融資によって、株式を渡すことなく、開発に必要な時間を確保できたのはとても大きかったです。研究の時間というのは、私たちのようなスタートアップにとって非常に貴重ですし、それを確保できたことで、次のフェーズに向けた準備も進めやすくなりました。
借りたものは返さなければならないので、融資は慎重に扱うべきであることは間違いありません。ただ一方で、エクイティだけではない手段として、選択肢を持っておくことの重要性も感じています。特に、私たちのような事業は制度的にも産業的にもはっきりした枠組みがない中で進めているので、融資や助成金など、さまざまな手段を柔軟に組み合わせていく必要があると思っています。
「命の有限性」を実感したとき、起業を決意した
――起業という選択を考えたきっかけについて教えてください。
長﨑:もともと私は大手の食品会社に勤めていて、工場や研究所など、いわゆる大企業の中で研究開発や事業に関わってきました。その中で、仕事自体に大きな不満があったわけではありません。ただ、同期が亡くなったことをきっかけに、「このままの人生でいいのだろうか」と強く考えるようになりました。
身近な人の死に直面したことで、「人生は思っているほど長くない」「いつ何が起きるか分からない」という感覚が現実のものとして迫ってきました。それまでは、どこかで「今やらなくても、いずれやれるだろう」と思っていた部分がありました。
しかし、その出来事を境に、「本当にやりたいことをやらないまま終わるのは嫌だ」という思いが強くなり、自分の人生として何に時間を使うのかを、真剣に考え直すようになったんです。
――その原体験が、現在の事業にもつながっているのでしょうか。
長﨑:大きくつながっています。腸内細菌の研究や健康、ウェルビーイングをテーマにした事業に取り組んでいるのも、「人がよりよく生きること」に関心が向いた結果だと思っています。同期の死を経験してから、健康であることや、生きる時間の質そのものが、どれほど大切かを実感するようになりました。
それまでは、仕事の成果やキャリアの積み上げに目が向いていましたが、「人の体や人生に本質的に関わるテーマに取り組みたい」という気持ちが次第に強くなっていきました。腸内細菌は、まだ十分に理解されていない一方で、人の心身に大きな影響を与える可能性がある分野です。そこに挑戦すること自体が、自分にとって納得のいく生き方だと感じました。
――起業を選択したことで、ご自身の価値観や働き方にはどのような変化がありましたか。
長﨑:一番大きな変化は、「すべてが自己責任になった」という点です。大企業にいた頃は、良くも悪くも組織の中で役割を果たせばよかった。一方で起業すると、研究の方向性も、資金の使い方も、人の採用も、すべてを自分たちで決めなければなりません。プレッシャーは大きくなりますが、自分の意思で物事を決め、その結果を引き受けるという感覚は、とても強い実感を伴います。
また、「なぜこの事業をやっているのか」という問いに対して、常に自分なりの答えを持っていなければならなくなりました。
腸内細菌で世界を変えるために
――現在、プロダクト開発や研究と並行して、今後の事業展開や資金調達の計画も進めていると思います。どのようなステップを描いているのでしょうか?
長﨑:私たちは今、「シード〜プレシリーズA」のフェーズにあります。ここでは、腸内細菌を活用した製品の動物での安全性試験や臨床試験を国内外で実施するための資金調達を進めています。これまでに得られた基礎データをもとに、実際に動物や人に投与した際にどのような効果があるのか、安全性を含めて検証していく段階に入っています。また、厳格な基準で評価・選定しているとしても「便」から取った菌を利用していることに対して、どうなれば消費者が許容できるかも見定める必要があります。
その後、「シリーズA」では、得られた臨床データを活用して製品の完成と市場投入を目指します。さらにその先の「シリーズB」では、海外展開を本格化させる計画です。日本だけでなく、アジアや北米などの市場にもアプローチしていきたいと考えており、グローバル展開を前提としたプロダクト設計とデータ取得を現在の段階から意識しています。
――製品が市場に出る段階では、量産体制も重要になってくるかと思います。そのあたりはどのように構想されていますか?
長﨑:製造については、自社で工場を持つのではなく、信頼できるOEM・ODM企業と連携して進めていく方針です。スタートアップとしては、限られたリソースの中で最もインパクトを出せる部分である、研究開発や製品設計に集中したいという思いがあります。製造については、すでに実績のある外部パートナーと組むことで、スピード感と品質を両立させなければなりません。
具体的には、国内の製造パートナーとの連携に加えて、将来的には台湾など海外の製造拠点も視野に入れています。というのも、アジア市場を見据えた場合、現地での製造・供給体制を整えることが、規制対応や物流の観点からも大きな強みになるからです。

――今後、腸内細菌のプロダクトは、どのような形で世の中に届けていきたいとお考えですか?
長﨑:僕らが考えているのは、BtoBtoCの形で、最終的に一般消費者の方に届く、市販されるものです。形としては、カプセルのようなものを想定しながら開発を進めています。
海外では、すでに腸内細菌を使ってストレスを下げるといったカプセルが実際に売られていて、みんな普通に使っている市場もあります。そういうのを見て、腸内細菌のプロダクト自体が全く市場にないわけではないという実感は持っています。
――最後に、腸内細菌というテーマに取り組む上で、長﨑さんが大切にしている考え方を教えてください。
長﨑:私が一番大事にしているのは、「自分たちが本当に信じられることをやる」ことです。腸内細菌の世界は、正直まだ分からないことが多いですし、全部を説明できるわけでもありません。
だからこそ、自分たちでちゃんと見て、触って、データを取って、納得できるところまでやったものだけを外に出すという姿勢でやっています。研究者としての視点と、事業として世の中に出す責任の両方を意識しながら進めていくことが、今の自分たちには一番大事だと思っています。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:河合信幸