TO TOP

大学発でもカーブアウトでもない。研究シーズなしで始まった異例の創薬スタートアップ、EXORPHIA(エクソーフィア)の挑戦

読了時間:約 11 分

This article can be read in 11 minutes

科学的な発見や革新的な技術を用いて、大きな課題に立ち向かう「Deep Tech」スタートアップ。その多くは大学や大企業の研究機関の研究シーズを基にしており、ソフトウェアスタートアップに比べて参入障壁が高いのが特徴だ。

そんな中、研究者のキャリアを持たないながらも、エクソソームを利用した創薬スタートアップを起業したのが株式会社EXORPHIA代表の口石幸治氏だ。過去にも再生医療スタートアップの起業経験を持つシリアルアントレプレナーでもある口石氏。

自身で経験したからこそ見えてきた、再生医療業界の課題を解決するのが今回の起業の目的だったと言う。再生医療業界が抱える課題とはなにか。研究シーズなしにいかにして創薬スタートアップを立ち上げたのか。

今回は口石氏と共に同社を立ち上げ、研究を統括している金子氏も交えて、これまでの道のりを伺った。


口石幸治
株式会社EXORPHIA代表取締役社長。パナソニック、特許事務所およびマッキンゼーを経て2010年に九州大学発再生医療スタートアップの株式会社サイフューズを共同創業、6年間代表取締役を務めた。2017年より株式会社リプロセル(東証グロース)メディカル事業担当取締役。2019年5月株式会社EXORPHIAを創業。慶應義塾大学理工学部卒


金子いずみ
株式会社EXORPHIA 創薬研究部部長。東北大学大学院で医学博士を取得後、富山化学工業株式会社(現 富士フイルム富山化学工業株式会社)で7年間創薬研究に従事し、ヤンセンファーマ、MSDのメディカルアフェアーズ部を経て、ベンチャー企業で創薬支援ツールの研究開発をリード。2019年に口石氏とEXORPHIAを共同創業し、エクソソームの製造・評価の基盤技術構築に貢献。

INDEX

2度目の起業の目的は「再生医療業界の課題の解決」
人との縁がつないだ起業のチャンス
研究シーズは起業時に必ずしも必要ではない
「適切なリスクをとること」こそスタートアップの戦い方
「レンタルラボを借り、研究設備は中古ともらい物。創業初期を振り返る
ここがポイント

2度目の起業の目的は「再生医療業界の課題の解決」

――まずは口石さんが初めて起業するまでの話を聞かせてください。

口石:私は大学卒業後6年間パナソニックでモノ作りを学び、次に特許事務所で出願実務に携わりました。この間、いつか世界にインパクトを与えるようなプロダクトの開発に携わりたいと思いながらも、日系エレクトロニクスメーカーが新興国のライバルにグローバルでジリジリと負け始めていた状況を悔しく思っていました。そして、要因は経営の問題だと考えました。自らビジネス側に立ってなんとかしたいと思い、マッキンゼーに転職しました。

マッキンゼーでは、いずれまたメーカーで経営に近い仕事をすることを見据え、修行のつもりで猛烈に働きました。4年ほど経って経営の視点も身につき次のキャリアを考え始めた頃、大学で再生医療用バイオプリンターの研究をしていた高校の同級生から連絡がありました。「自分のシーズで起業したいので経営者を探して欲しい」と。

自分にはライフサイエンスのバックグラウンドがなかったので、同僚に相談して回りました。マッキンゼーには医師や博士出身のコンサルタントもいましたから。しかし、面白いとは言うものの自分がやるという人は現れず、結局、俺がやると名乗りを上げました。論文を読み、学会で聴講するうちに、私自身が再生医療の可能性に強く惹かれていきましたし、無謀にも思えましたが一度きりの人生で機会を見送って後悔したくないという思いが強かったからです。それが最初の起業のきっかけです。

――その最初の起業はいかがだったのでしょうか?

口石:リーマン・ショック後の起業だったこともあり、まず資金調達で本当に苦労しました。創業から3年経ってようやくまとまった資金調達ができるようになり、バイオプリンタの販売と立体臓器の用途開発に取り組みましたが、用途開発に難航し計画未達が続きました。そして投資家への情報開示不足を理由に一部のVCが投資を引き上げたことで、私は役員辞任に追い込まれ会社を離れました。反省と悔しさが大きく残りましたが、チームを率いてインパクトのある挑戦に取り組むことに大手企業では得難いやり甲斐も感じました

その後、上場バイオベンチャーの社長から再生医療事業の立ち上げを手伝って欲しいと声をかけられ、今度は取締役としてメディカル事業を統括することになります。

台湾企業から導入した再生医療シーズの国内でのフェーズ2臨床試験を立ち上げたり、米国企業との共同研究を立ち上げたりと2年間で一定の成果を上げることができました。同時に、もう一度自分で起業したいという気持ちが強く湧き上がっていました。取り組もうと思ったテーマは、長く携わり課題が見えてきた再生医療です。

再生医療はこの20年間、社会から期待され、多額の資金が研究機関にも企業にも投入されたものの産業化には程遠い状況。自分の力不足も含めて、忸怩たる思いでした。そんな時、ある論文を読んで知ったのがエクソソームです。エクソソームは、細胞由来のタンパク質やRNAなどを他の細胞にデリバリーする細胞間メッセンジャーです。論文では幹細胞移植の薬効の本体である可能性が示されていました

私は再生医療の産業化の大きな課題が、細胞の薬効のコントロールの難しさにあると理解していたので、直感的にエクソームが解決の切り札になると思いました。そして、論文を読み漁るうちにそれが確信に変わっていきました。

当時、エクソソームに関する論文は既に数多く発表されていたものの、創薬として本格的に取り組んでいる競合は海外に10社程度でいずれも研究段階。事業を立ち上げるには絶好のタイミングだと思いました。当時の会社でも新規事業として提案しましたが、優先度の高い他の事業があり採用されなかったため、いよいよ自ら起業することを決めました。

――研究者としてのバックグラウンドのない口石さんが、ゼロからどのように事業を立ち上げていったのでしょうか。

口石長く業界に携わることで、研究開発の進め方と必要な人材はかなり理解できるようになっていました。エクソソーム自体は未解明な部分が多いのですが、製造に関して言えば、上流は再生医療、下流は抗体やワクチンの技術がそれぞれ応用できます。また、一旦サンプルが製造できれば評価は従来の医薬品と同様です。これらに必要な人材が国内の企業やアカデミアに一定数いることはわかっていました。

そこで、これまでの人脈を頼りに、エクソソーム創薬のビジョンに共感してくれる人を巻き込むことにしました。そのはじめの一人が現在研究を統括してくれている金子です。

人との縁がつないだ起業のチャンス

――金子さんの経歴も聞かせてください。

金子:私はもともと文系でしたが、高校時代に病気になったのをきっかけに医学の世界に興味をもち、理転して東北大学で医学博士を取得しました。卒業後は富山化学工業という製薬会社で、親会社の富士フイルムへの出向も含めて7年ほど創薬の探索研究に携わり、やり甲斐を感じていたのですが、家族の転職を機に私も転職せざるをえなくなって。

次の職場は大手製薬会社のメディカルアフェアーズという部署で、患者や医師のニーズの調査・分析、医師に適切に薬を使ってもらうための情報発信などをしていました。3年ほど働いたところで部署異動があり、自分の将来について改めて考えた時に、また新しいことを生み出せる研究の仕事に戻ろうと思いました。一度研究から離れ、臨床医がどういう薬を求めているのかを肌で感じ、視野が広がったことで、改めて研究に専念したいという思いが芽生えました。

そんな時に友達経由で出会ったのが口石さんです。当時は大きい会社でしか働いたことがなく。ベンチャー企業に不安感を持っていたのですが、口石さんに言われた「人生は自分でハンドルを握ってドライブした方が楽しいよ」という一言が胸にストンと落ちて、ベンチャーで働くことにしました。

1社ベンチャーで働き、再度キャリアで悩んだ時にまた口石さんに相談したところ、エクソソームで起業したいという話を聞いたんです。

――アイディアを聞いてすぐに一緒にやろうと思ったのですか?

金子:いえ、その場では、シーズもない中で立ち上げから携わるほどの勇気はないと、本業としてジョインすることはお断りしました。しかし「ボランティアで調べることならお手伝いできます」と伝え、自分でエクソソームについて調べていると、徐々にその魅力に気づき始めたんです。かつ、自分の経験も活かせると思ったらワクワクしてきて、自分のアイディアを自分の手で実証したいと思うようになりました。

そう思い始めた頃、口石さんから「お金は僕が集めるから、本格的に一緒にやらないか」と誘われてEXORPHIAをスタートしたのが2019年5月のことでした。

――口石さんは、最初から金子さんと一緒にスタートしようと思っていたのですか?

口石:いえ、最初は彼女の専門がフィットしているとは知らなくて。しかし、数ヶ月かけて、エクソソームが効きそうな疾患をリストアップしてくれたんです。

そして、はじめにどの疾患を狙うか議論した上で、動物モデルで薬効データを取得するまでの計画と予算を提案してくれました。そのおかげで私も事業計画を作れましたし、個人投資家から研究資金を調達することがでました。

――人の繋がりを大事にしていたからこそ、起業のチャンスが生まれたのですね。口石さんが普段人との付き合い方で意識していることがあれば教えてください。

口石:特別なことはしていませんが、自分にない強みや専門性を持つ人に興味を持ち、リスペクトして接するように意識しています。そうやって関係を作っておいて、何か新しいことを始める時にいつでも相談できるようにしておく。知らない人でも繋がりたいと思ったら人の紹介やSNSなどあらゆる手段でアプローチします。断られても失うものはないですから。

研究シーズは起業時に必ずしも必要ではない

――研究シーズがない中でDeep Techで起業するのはレアだと思うのですが、起業に際して重要だったと思えるポイントを教えてください。

口石:金子の創薬研究経験と起業のタイミングが特に重要だったと思います。Deep Techと言っても必要な科学的知見の多くは論文で報告されています。巨人の肩の上に立って尚存在する目標とのギャップを埋める作業が研究開発です。金子が徹底的に論文を調べた上で無駄のない研究計画を立ててくれたおかげで、想定以上のペースで研究が進みました。また、起業のタイミングは、エクソソーム創薬の可能性に対する業界の認知度が当時まだ低かったことと、ガイドラインや規制が遅れていることがプラスに働き、他社が参入する前にステルスで先行することができました

金子:とはいえ、実験を始めた当初は十分な設備もない環境で手探り状態でした。特にエクソソームの精製方法は標準法がなく、試行錯誤が続きました。

――研究シーズを持っている大学発ベンチャーに比べると、不利な戦いのようにも感じるのですが、そんなことはありませんか?

口石:一般に大学発ベンチャーは、シーズを持っていることで初期の研究環境の確保や資金調達には有利です。一方でシーズが未完成だったり特許出願の出来が悪い場合も多く、それらが後に足枷になることすらあるんです。シーズや特許というのは、競合優位性を高める要素の一部にすぎません。ビジネスのノウハウや研究チームの創薬経験だって競合優位性を高めてくれるもの。更に言えば、特定の分野でパイオニアとして研究開発を進めれば、必ず知財が生まれてくるものです。

――知財が生まれると言い切れるものなのですね。

口石:新領域のフロンティアは未解決の課題の宝庫です。いずれ競合他社も直面するような技術的な課題をいち早く解決できれば特許やノウハウにつながります。

「適切なリスクをとること」こそスタートアップの戦い方

――話を伺うと、Deep Techでは既に人材が集まっている大企業の方が有利に思えるのですが、スタートアップの優位性があれば教えてください。

金子:適切なリスクをとれることです。私は大企業にもいたので内部事情を知っているのですが、大企業には優秀な若手や中堅社員がいても、彼らのポテンシャルを活かしきれていません。

若手が新しいことを始めようと思っても、提案が完璧に仕上がっていないとGOサインが出ないんですね。そして、若手社員が完璧な提案を作れるかというと、そんなことはありません。いつまでも提案が承認されず、心が折れてしまった若手社員を何人も見てきました。

一方でシニア人材は新しいことを始めるエネルギーが足りていないことが多いように思います。そのような組織構造から、大企業から画期的な新薬が生まれるケースを最近は殆ど見かけません。

――なぜ大企業では提案が通らないのでしょうか。

金子:大企業では形式やルールが重要視されるので、難易度が高い課題にチャレンジして失敗しても評価されません。そのため、絶対に成功するとわかった提案しか承認しません。新しいこと、難しいことをして大成功を目指すより、堅実に失敗しない方法を選ぶ。だから若手の提案のあら探しばかりをしてしまう傾向があると感じます。

結局若手は疲弊してしまって、優秀な人材は別の会社に行ってしまいますし、残った社員は同じように堅実な選択をするようにします。そうやって「新しいことを始めない風土」ができあがっていくのではないかと。

――それでも大企業でも新しい技術は生まれていますよね。その背景も教えてください。

口石:Deep Techに関して言えば、大企業は自社で研究テーマを立ち上げるのではなく、ある程度仕上がった技術を買っているのです。世界的に、不確実性の高いゼロイチはアカデミアとスタートアップにまかせることが大企業にとって合理的な経営判断になっています

――ではスタートアップがとるべき「適切なリスク」についても聞かせてください。

金子:大企業では、ベストな解を求めるための検討に時間をかけます。スタートアップはスピードが命なので6割、7割方の手応えがあればリスクを取って前に進みます。走りながら改善を繰り返して、よりベストに近いベターを生み出していくんです。

――スピードが命ということですが、どれくらいの完成度でリリースしてしまうのでしょうか。

口石:最低限、課題解決につながる機能が達成できたときです。ソフトウェアの世界でも、MVP(Minimum Viable Product:実用最低限の商品)ができたらリリースして、それから継続的に改良する考え方がありますよね。

創薬でも、新しい技術コンセプトで創製したプロトタイプで一定の有用性を示すことができれば、人もお金も圧倒的に集めやすくなります。あとは継続的に技術改良を進めながら、第2第3のプロダクトで高機能化してポートフォリオを組んでいく。私たちの最初のプロダクトも改良の余地がまだあることはわかっていましたが、動物実験で薬効データが得られた段階で製法をフィックスして開発へステージアップさせました

レンタルラボを借り、研究設備は中古ともらい物。創業初期を振り返る

――特許がなくても起業できるのはわかったのですが、やはりゼロから再生医療スタートアップを立ち上げるイメージがわきません。お金を集める時もどのように投資家にプレゼンしたのか教えてください。

金子:私が隣で口石のプレゼンを見ていて、投資家の方が共感してくれるケースが多かったように感じています。私たちが起業して2年目の資金調達の際には、新型コロナウイルスの感染が広がって、社会的に医療への期待が高まっていたタイミングでした。

最終的にどんな社会を作りたいのかビジョンを共有することで、共感して投資してくださった個人投資家が多かったように感じています。

口石:もちろん、私ひとりでは何も実現できませんから、金子のようにビジョンを実現できるチームがいることもプレゼンでは強調しました。

あとは、同じ業界で二度目の起業なので、解決すべき課題と仮説の精度には自信がありました。その点も経験を交えて具体的に説明しました。

――再生医療の研究といえば、すごい規模の設備が必要な気もするのですが、それはどのように用意したのでしょうか。

口石:はじめは小中学生向けのサイエンスラボの一部をレンタルしていました。本格的な研究には足りませんが、外注の活用と、大学の設備を借りることで、サンプル製造から動物実験までなんとか行うことができ、シードファイナンスに繋げることができました。

現在の大手町ビルに自社ラボを構える際も、ある大学の先生が研究室を縮小されるという情報を得て、廃棄予定の理化学機器をいくつも無償で引き取りました。これで数千万円分の初期投資が節約できました。

他にも試薬棚や冷蔵庫はヤフオクの中古で。スタートアップなので、みんなで工夫しながら節約して設備を整えていきました。

――最後にこれからの目標を聞かせてください。

金子:まずは開発中のパイプラインのプロダクトを世に送り出し、その後も希少疾患や難病に対して新薬を生み出すことにチャレンジしていきたいです。

また、自分がスタートアップの立ち上げに携われたのは運良く良縁があったから。大手の製薬会社で思い切ったチャレンジができずに燻っている人にも同じようなチャンスを提供できればと思っています。優秀な人材が大企業で潰れていくのはもったいないですし、彼らがポテンシャルを発揮できる世の中になれば、日本はきっと世界でも戦っていけると思うので。

口石:私はできるだけ早いタイミングでグローバルに挑戦したいですね。特に医薬品の最大の市場であるアメリカで臨床試験を成功させたいと思っています。
私たちの挑戦に共感してくれる専門人材を集めて、強いチームを作るのが私の責任です。

ここがポイント

・「Deep Tech」は研究シーズを基にすることが多く参入障壁が高い
・長く業界に携わることで、研究開発の進め方と必要な人材が理解できるようになっていたから
・EXORPHIAがシーズを持たずに事業を立ち上げられたのは、人の縁がつないだ金子氏の創薬研究経験と起業のタイミング良かったから
・シーズを持っていることで初期の資金調達などは有利になる反面、特許出願の出来が悪い場合も多く、後に足枷になることすらある
・スタートアップはスピードが命なので6割、7割方の手応えがあれば適切なリスクをとって前にすすめる
・最終的にどんな社会を作りたいのかビジョンを共有することで、共感して投資してくれた個人投資家が多かった


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗