電源ケーブルの接続なしに、離れた場所から給電できる注目の新技術「ワイヤレス給電」。米国スタンフォード大学発のスタートアップ・エイターリンクは、業界でも類をみない「最大20メートル離れた場所に電力を給電する技術」を開発した。
心臓に埋め込んだペースメーカーで電池交換の手術が不要になるなど、医療分野での期待が集まる他、2020年には竹中工務店とオフィスビル内で複数のセンサーをワイヤレス給電により稼働させるセンサーメッシュ構築の実証実験も行っている。ワイヤレス給電が実用化されることで、私たちの生活はどのように変わるのだろうか。
今回はエイターリンクの代表取締役、岩佐凌氏にワイヤレス給電がもたらす未来や取り組んだきっかけ、新技術の事業化ついて話を伺った。
岩佐凌
エイターリンク株式会社 代表取締役
1990年11月生まれ。学習院大学卒業後、岡谷鋼機株式会社(商社)で自動車関連の事業に従事。最先端技術も取り扱い、年間売上120億円達成。
シリコンバレーで田邉氏と出会い、当社の創業に至る。
INDEX
・IoE社会に体内埋め込みのチップ。ワイヤレス給電の先に見える未来
・医療のために研究された技術を工場へ。田邉さんとの出会いが起業のきっかけ
・センサーを使ったオフィス環境の改革に、ワイヤレス給電が欠かせない
・まずはチャレンジしてみる。新技術を事業化する上で忘れてはいけないこと
・次の時代を作るために「技術」と「ビジョン」のギャップを埋める
・ここがポイント
IoE社会に体内埋め込みのチップ。ワイヤレス給電の先に見える未来
――「ワイヤレス給電」と言われても、それが普及することでどんな良さがあるのかイメージがついていません。まずは、ワイヤレス給電が普及することで、どのような未来が待っているのか聞かせてください。
ワイヤレス給電のゴールの一つが「IoE社会の実現」です。IoEとは「Internet of Everything」の略で「全てのものがインターネットに接続された社会」のことです。例えば椅子やペンさえもインターネットに繋がり、誰がいつ座ったのかなどの全データがエッジ側で認識されるかもしれません。
しかし、全てのものがインターネットに繋がるということは、何かしらの「電源」が必要となりますが、これら全てを従来技術の「配線」「バッテリー」でまかなうことは難しいです。そこでカギとなるのがワイヤレス給電です。IoE社会の実現に向けて欠かせないピースの1つがワイヤレス給電であり、実際に6Gの規格にもワイヤレス給電は登場する予定です。
――面白い未来ですね。
もう一つのゴールは医療分野での活用。現在は薬だけでは治療できない病気や、手術では治せない病気があります。それらの解決策の一つが体内にインプラントデバイスを埋め込み、直接的な電気刺激で治療する、もしくは異変があればすぐに病気を発見し治療することができる仕組みです。
これらの装置もまた、ワイヤレス給電の実装によって実現が期待されています。現在のペースメーカーも数年ごとに手術をして電池を交換しなければなりませんが、ワイヤレスなら年に一度、身体の負担をかけずに給電するだけで済むのです。また、例えば糖尿病の患者に対して「血糖値が上がった際に自動的にインスリンが分泌される」デバイスといったものが挙げられます。
――IoEと医療分野での活用がメインになるのですね。
その2つが組み合わさることで、空間世界のアナログ情報と体内情報のアナログ情報がデジタル情報に置き換えられ、かつそれぞれの情報がシームレスに繋がることで、新たなサービス展開が行われます。例えば椅子に座ると、その人の健康状態の多くが分かったり、肉を食べて運動した後なので、今晩はどんな栄養素が必要なのか?がデジタル上で処理され、さらにはその情報を基に体内のデバイスとスマートキッチンがリンクして、今の健康状態に合った料理を提案してくれる。そんな世界が待っています。
医療のために研究された技術を工場へ。田邉さんとの出会いが起業のきっかけ
――壮大な未来予想ですね。ところで、なぜこのワイヤレス給電で起業したのですか?
ワイヤレス給電の技術開発はもともと、田邉がスタンフォード大学で行っていました。私は商社で自動車の新技術を探す仕事をしており、シリコンバレーで田邉と会った際に「こんな技術があるけどビジネスにできないか」と相談されたのです。
田邉は当時、医療機器の開発をしていたものの、医療機器は収益化まで10~15年はかかる業界。他の業界にワイヤレス給電の技術を応用し、事業化できる用途を探していました。
――田邉さんから相談され、どのように回答したのでしょうか。
工場での生産性を上げる「ファクトリーオートメーション」の領域に応用してみてはどうか、と提案しました。私は空飛ぶ車や自動運転のために必要な技術を探していて、多くの工場に足を運んでいたので、工場が抱える課題の解決の糸口を探していたのです。
今の工場には多くのセンサーが入っているものの、ロボットが動くことで電源ケーブルが断線し、作業を中止せざるを得ない状態が頻繁に起きています。例えば大手自動車メーカーの工場は1分間で生み出す付加価値は300万円と言われており、もし1時間も工場が止まったとしたら損害は「億」単位。
ワイヤレス給電を使えば電源ケーブルを使う必要もないため、課題解決の糸口になると思ったのです。会社を設立し、本格的に事業化に向けて走り出しました。
――工場での活用を視野に入れてから、どのように事業化していったのでしょうか。
まずは、本当に工場でワイヤレス給電の需要があるのかマーケティングしました。500件ほどヒアリングデータを集める中で、竹中工務店さんのように声をかけてくださる企業もあり、工場での活用に加えオフィスビルでの活用も目指し一緒に事業化に向けて走り出しました。
どんな優れた技術を持っていたとしても、それを社会に実装していくのは大変なもの。私たちも1年ほどかけて、どのように事業化できるか検討しました。様々なメディアで発信しながら、最も効果的なパートナーを探せたと思っています。
センサーを使ったオフィス環境の改革に、ワイヤレス給電が欠かせない
――竹中工務店さんと進めているプロジェクトについて教えて下さい。
竹中工務店さんと進めているのは、センサーを使い、より快適で省エネなオフィス空間を作るプロジェクト。
例えば、フロアに数人しかいないオフィスでフロア全体にエアコンをつけては非効率ですよね。加えて、風の当たり方やその人の状況によっては、例えば外から帰ってきたばかりなど、暑いと感じる方もいれば寒いと感じる方もいます。
センサーで人流を感知すれば、人がいる場所だけを効率的に冷やせますし、AIを使ってそれぞれに合った風を送れます。薄着の人には弱い風、厚着の人には強めの風と、それぞれの人に合わせた温度を提供できるのです。
――実現できることは理解できたのですが、そこにワイヤレス給電はどのように関係するのでしょうか。
多くのセンサーを稼働させるのに問題になるのが給電です。センサーには電気が欠かせませんが、有線の電源ケーブルを引こうとすればコンクリートの壁に穴をあけるなど大規模工事が必要になります。また、バッテリーでワイヤレスを実現しようとすると、大量のセンサーを稼働させるには大量のバッテリーが必要になり廃棄物がでますし、バッテリー交換には手間がかかります。竹中工務店さんも様々な方法を検討した中で、ワイヤレス給電に的を絞っていました。
私たちが出会ったのは、ちょうどそんなタイミングです。
――出会いのきっかけを教えて下さい。
私たちが竹中工務店さんのアクセラレーションプログラムに参加したのがきっかけです。竹中工務店さんは既に課題が顕在化していたので、私たちのデモを見せた瞬間、すぐに「一緒にやろう」という話になりました。
実証実験フェーズは完了し、2021年度中には課題が山積している「ビル全体」にサービスを導入していく予定です。
――現在のビルにはどのような課題があるのでしょうか。
まずは電気代が高いこと。先ほどもお話した通り、数人しかいないフロアも全体の空調を働かせなければならず、無駄なコストが発生しています。しかし、センサーを導入してもバッテリーや配線での給電では、メンテナンスのコストなどがかかり、結局コストを削減できません。
ワイヤレス給電なら、メンテナンスがいりませんし、天井裏に設置したセンサーでもすりぬけ給電が可能。わざわざ天井に配線を引っ張ったり、バッテリーを交換しに行く手間もかからないのです。
――ワイヤレス給電だからこそコストカットできるのですね。
加えてセンサーでデータを蓄積できれば、新しいビジネスにも繋がります。現在ビルを所有する不動産デベロッパーなどは家賃収入がメインですが、次のキャッシュポイントをいかに作るかが大きな課題です。
人流データなどがあれば、新しいビジネスの種にもなりますし、入居したテナントのマーケティングにも使えます。テナントが儲ければ退去されませんし、結果的にデベロッパーの利益にも繋がるはずです。
まずはチャレンジしてみる。新技術を事業化する上で忘れてはいけないこと
――技術とビジネスを組み合わせる上で、難しいポイントを聞かせてください。
ポイントは2つあり、1つは技術を効果的に応用できる領域を探すこと。優れた技術は様々な領域に応用可能ですが、その中から最も事業化に最適なセンターピンを探さなければなりません。
当社が開発しているワイヤレス給電の特徴は低電力の物に長距離でも給電できること。スマホを充電するようなものとはそもそもが違います。それを効果的に使えるのが工場で活用するセンサーだったわけです。ただ、工場で使うと決めた後も、数ある工場のセンサーの中で、どのセンサーにワイヤレス給電をするのが最も効果的か、時間をかけて検討しました。
もう1つのポイントは、ユーザー視点に立ってアレンジすること。どんなに優れた技術も、そのまま他の領域で応用できるわけではありません。どのようにアレンジしたら応用先のユーザーが使いやすいのか考えるのが重要です。研究者だけではユーザーの視点で開発するのが難しいので、一緒に考えてくれるビジネス領域の人間がいるといいですね。
ワイヤレス給電の受電板
――応用する領域を選ぶ上で、意識していることがあれば教えて下さい。
私たちの技術でなければ解決できない課題かどうかです。応用先を探している時に「テレビリモコンにワイヤレス給電しないか」という話を何度か頂きましたが、それなら現在の乾電池で事足りています。
工場やオフィスの課題は、他の選択肢も検討した結果、ワイヤレス給電しか解決策が見つからなかった課題です。そのような課題を探すために半年ほどは悩みました。
次の時代を作るために「技術」と「ビジョン」のギャップを埋める
――お客さんと一緒に事業を作っていく中で、気を付けていることはありますか?
次の時代を見据えて提案することです。お客さんと話していると、どうしても「今あるものをワイヤレス給電化したい」というお話をいただきます。しかし、時代は常に動いているので、それが実現した時にはインパクトが小さくなってしまいますよね。
そのため、お客さんには「次の時代を一緒に作りましょう」と新しい時代のキーになるアプリケーションを、一緒にワイヤレス給電できるように提案しています。技術という「現在」と、ビジョンという「未来」をいかに埋めていくかが重要だと思います。
――技術とビジョンのギャップを埋めるために必要なことがあれば教えて下さい。
私が大事にしているのは「偶発性」です。例えばアクセラレータープログラムに参加するのも、最初はメンバーたちに「意味がないのではないか」と言われましたが、私は偶然の出会いから生まれるものがあると信じて応募しました。
その結果、アクセラレータープログラムでお会いした60歳くらいの方がファンになってくだり、様々な人を紹介してくれたのです。その中には実際に事業化に向けて動いているものもあります。
多くの人は成功するのがわからないと動けませんが、大事なのは結果がわからなくてもチャレンジしてみること。そこに「偶発性」が生まれて突破口が見えてくるはずです。
――結果が分からないことにチャレンジするのは怖くないですか。
もしもチャレンジして失敗しても、また戻ってチャレンジし直せばいいだけです。チャレンジする前から考え込むより、失敗して次のチャレンジをするほうが結果的に早いもの。
ただし、重要なのはチャレンジした後に振り返ること。振り返ることなく突き進むだけでは「なぜ成功(失敗)したのか」が分かりません。まずやってみて、振り返る。それの繰り返しが成功への近道ではないでしょうか。
――振り返るのにいいタイミングがあれば教えて下さい。
私の経験上、3ヶ月で振り返るようにしています。私が起業した当初、様々な会社に話を持っていきましたが、どこも相手にしてくれませんでした。しかし、3ヶ月経った時に縁あってTVに出演したことで風向きが一気に変わったのです。
とりあえず3ヶ月やってみて、選択肢が間違ってなければ転機が訪れますし、間違っていれば別の選択肢を選ぶ。それが私の勝ち筋です。
――最後に冒頭で頂いた未来の実現に向けて、意気込みを聞かせてください。
正直、途方も無いことにチャレンジしていると思いますが、一度きりの人生なので後悔しないように生きたいと思います。やらない後悔よりは、やって後悔した方がいいですし、極論成功するまでやり続けるだけです。
シリコンバレーでは、お金のことためではなく、イノベーションのためにチャレンジする起業家たちを大勢目にしました。彼らを見て私の人生観も大きく変わり、チャレンジできるようになったのです。私も彼らのように、お金のためではなく、イノベーションのために人生を賭けたいと思います。
ここがポイント
・ワイヤレス給電が普及することで、全てのものがインターネットにつながる「IoE社会」の実現が近づく
・IoEと同じく、インプラントデバイスなどの医療分野でもワイヤレス給電が活用できる
・センサーを活用した竹中工務店との省エネなオフィス空間のプロジェクトも進んでいる
・ワイヤレス給電を活用したセンサーにより、省エネに加え、データ活用などの新しい道も拓ける可能性がある
・技術とビジネスを組み合わせで大切なのが、「効果的に応用できる領域を探すこと」と「ユーザー視点に立ってアレンジすること」
・お客さんとのコミュニケーションで重要なのは、技術という「現在」と、ビジョンという「未来」をいかに埋めるか
・チャレンジに重要なのは振り返りの繰り返し
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:戸谷信博