TO TOP

「ロボットフレンドリー」を知っていますか? これからのビル設計/運営に必要なロボット導入のために知っておくべきこと

読了時間:約 8 分

This article can be read in 8 minutes

総務省の試算によると、2050年までに日本の生産年齢人口は約3500万人減少する(総人口のピークだった2005年比)。それを受けてデベロッパーをはじめ不動産関係者が危惧するのは、ビル内の清掃問題である。

「首都圏や地方都市では、今後清掃人員がますます顕著に不足する」と話す三菱地所の村松氏曰く、今後清掃ロボットなしでは現在水準の行き届いた室内清掃は難しくなっていくと言う。その未来が見えている今、なにができるのか。

ロボットを導入「する側」であるデベロッパーが押さえておくべきキーワードに「ロボットフレンドリー」がある。これはロボットの機能を最大限発揮しうる物理的環境を指す。ロボットが苦手とするものをどのように排除、もしくは再設計できるのか。それらは今、どのような段階にあるのか。

三菱地所でロボット導入に取り組むDX推進部の村松氏に清掃ロボット、配送ロボットの現在と、未来の可能性を交えて話を聞いた。

村松洋祐
三菱地所株式会社 DX推進部 副主事 兼 5Gインフラシェア事業室
システムの開発・保守を担当後、不動産領域におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に従事。スマートビルの開発や、施設管理におけるロボットの活用、5Gに関連する新規事業開発を担当。

INDEX

ロボットフレンドリー環境を構築するファーストステップはユースケースの確定
サービスレベルを維持するために
ロボットフレンドリー環境推進のために
ここがポイント

ロボットフレンドリー環境を構築するファーストステップはユースケースの確定

――まずは「ロボットフレンドリー(以下、ロボフレ)」の概念と現状について教えてください。

村松:ロボフレとは、2019年に経済産業省製造産業局産業機械課ロボット政策室が発表した造語で、文字通りロボットが働きやすい環境を意識的に整えるための考え方です。これまで身体に不自由のある方向けにスロープを設計するなどバリアフリーの流れがありましたが、そのロボットバージョンとすると想像しやすいかと思います。

現時点でロボットは、ドアやエレベーターの通り抜け、傾斜のある段差の乗り越え、意外なものだと搭載しているカメラやセンサーのエラー要因となる鏡や直射日光などを苦手とします。これらの状況を打破するために、ロボット関連のシステムの構築・改良や通信連携、ロボットの運用を整理する等、大手不動産デベロッパーをはじめに各社が個別に取り組んでいました。しかし正直に申し上げますと、これは競争領域ではなく協調領域として進めていくべきものです。目指す未来は同じなのですから。

――ロボットの用途によりますが、特に屋内用ロボットは、段差のない環境での移動を前提にしているためちょっとした段差でも越えることができない一方で、屋外用ロボットは一定の障害物を乗り越えることができると聞いています。そうした様々な性能差があるなかで、ロボットフレンドリー環境を構築するにあたってのファーストステップはなにが考えられるのでしょうか。

村松:全体を俯瞰してお話しすると、まずはユースケースの確定です。専有空間か公共空間か、来街者の老若男女の割合などあらゆるパターンを想定することは困難ですから、たとえばオフィス空間に限定し、その条件下で想定されうる課題を全部洗い出していく。それの積み重ねが必要かと思います。

課題への対処として大きくは物理環境への配慮と、運用における配慮の2点が考えられます。オフィスをユースケースとして想定した場合、前者のケースとして壁の仕上げが例として挙げられます。鏡面仕上げが施されている壁だと、ロボットが自身と壁までの距離を誤認してしまい、正しく動けなくなってしまうことがあります。もちろん利用者にとって利便性の高い意匠も重要な一方で、ロボットが通行するうえでどうしても障害となるビル仕様に関しては、既存のルールを反映しながらどこまでロボフレビルとして歩み寄るかを検討する必要があります。

運用面では、エレベーターにおけるロボットの占有面積を考慮し、ロボットのエレベーターへの乗降方式を変えることも、ロボフレ的な配慮だと言えます。具体的には、ロボットが大きい場合ロボット単体でエレベーターに乗り込めるようロボットとエレベーターのシステム両方を制御し、ロボットが十分に小さい場合は人と共同で乗車することでエレベーターの運航効率を上げるなどです。

とはいえロボット技術は日進月歩ですから数年後、ロボフレにおける個別具体的な定義は変わっているでしょう。その都度、ロボットメーカーやビル設備メーカーと密に協議し、人もロボットも快適に過ごせる環境を構築していくことが必要です。

サービスレベルを維持するために

――それらを踏まえた上で、現場での導入実績や現状を教えてください。

村松:三菱地所では、大手町フィナンシャルシティグランキューブと大手町パークビルにてロボフレ環境下におけるロボットを用いた清掃と配送サービスの検証を行なっています。順番にお伝えしますと、清掃においてはロボフレと実運用を掛け合わせてうまく活用シーンを広げていくことをひとつの目標に進めています。

清掃における課題は、清掃ロボットを導入したにも関わらず、現場清掃員のオペレーションに組み込むことが困難で成果が出にくいことです。現状では階ごとの持ち運び、起動スイッチのオンオフは人の手頼みとなり、結果的に清掃員の方の既存オペレーションを乱しています。そうしたことから、まだまだ人間が掃除機をもって移動しながら清掃を行う方がよいという意見が散見されます。ロボットのスペックではなく運用上の課題が、ロボットのバリューを十分に発揮させない阻害要因になっていると。

それがロボフレ環境の整備に伴ってロボットが自力で移動可能になれば前述の清掃員の方々にかかる負荷、オペレーションを乱すことがなくなります。将来的には起動さえすれば夜間にロボットがすべての清掃を終えて朝出社した清掃員の方がロボットの紙パックを交換すれば良いだけになるでしょう。

このように清掃においてはロボットフレンドリー環境にむけたユースケースが確立されつつあり、将来的には清掃現場におけるロボットの活躍の幅が広がっていくことが予想されます。一方でロボットは開発の難易度から、清掃なら清掃ロボットのように、1ロボット1業務で考えられます。エレベーターやセキュリティ連動自体にも導入コストがかかりますから、清掃ロボットだけの活用では正直なところ費用対効果に見合わないでしょう。そこで配送ロボットや警備ロボットなど複数の新しいサービスを展開するロボットと組み合わせ多種多様なロボットが多種多様なビル設備と連動しながらサービスを行うことで、イニシャルコストを按配することになるかと思います。

――将来的な見通しとして、清掃ロボットはどこまで活用の可能性があるのでしょうか。

村松:労働人口が減少する近い未来、現在と同水準の清掃サービスのレベルを保つことは、清掃ロボットなしでは難しいと思います。その傾向は、特に首都圏や地方都市など清掃ニーズの高いエリアで顕著になるでしょう。清掃品質が保たれている今のうちに、私たち施設管理者はロボットを活用した清掃のユースケースを作り出し、清掃員の方々からも喜ばれ全員がWin-Winになれる運用を確立する必要があると考えます。

――ロボフレ環境整備の遅れが清掃のクオリティを維持できないことに紐付き、結果的に不動産価値の低下につながりうる可能性があると。ではもうひとつの例として挙がっていた配送ロボットの現状はいかがでしょうか。

村松:清掃ロボットが管理業務の効率化を目的だとすると、配送ロボットやそれに関連する新サービスはトップラインを上げることや施設利用者の満足度の向上につながっていきます。なぜかと言うと、施設管理者は配送業務を基本的に大手配送業者に委託するか、そもそもなにもしていない領域でしたから。

しかし社会的に非接触に対する需要の高まり、その需要に応えるデリバリーサービスを、三菱地所としても大丸有エリアのビルでなんらかの対応を行いたいと。たとえばアプリひとつで地下1階の飲食店フロアから勤務先のある20階にまでお弁当を届けてくれるというのは一例です。「これって便利ですよね」という仮説に基づいて手段を整えており、現在は移動上の制約からエレベーターホールまでしか運搬ができませんが、将来的にはオフィス空間まで届けてくれる未来もあるかもしれません。

――非接触に対する配慮を理解できます。ただ、すでにデリバリーサービスが一般化している中、デベロッパーが「運ぶ」ことに本腰を入れる必要性はあるのでしょうか。

村松:これは、まさにデベロッパーしか実現できないものだからです。ひとつのビルを想定し、ビル内の配送を最大限効率化させるインセンティブをもつのはデベロッパーしかいません。大手配送業者やCtoCビジネスのデリバリーサービスの場合、利用者個人とお店の一対一でのサービスであり、ビル内の運搬業務を効率化することとはまた別物になります。配送サービスを施設管理者が担うことで、より就業環境の快適性が増し、ビル内の流通が効率化されることによって各種購買が増えトップラインがあがっていくという考えです。

実際のところ館内物流の市場は大きいと想定されるものの、中々運用が回っている物件は多くありません。ここに配送ロボットを導入することで自動化できるのではとモデル研究を進めているところです。

――居住空間における応用も考えられそうですね。

村松:利便性の高い物件としての付加価値要素をまさに現在探っています。ひとつのビルだけではなく一定の範囲内の入居者であればだれでも使用可能というかたちで訴求できればと。発想の転換で、備え付けの宅配ロッカーが動くようになればイコール宅配ロボットですから共用サービスとして提供することも考えられます。エアコンや空調などの不動産の付随品と同様の考え方になっていくのかもしれません。

ロボットフレンドリー環境推進のために

――今後、ロボフレ環境の整備に取り組もうとするデベロッパーや管理会社、もしくはロボット開発メーカーに向けた進言があれば教えてください。

村松新しいことを始めるときはいつでもそうですが、あらゆる関係者を巻き込んでいくことが重要です。現場の清掃員の方々や清掃管理会社、ビル管理会社をはじめテナントの方々、センサーやセキュリティを管理する技術系会社のみなさまなど、あらゆるステークホルダーの意見を聴きながらあるべきサービスを検討し、また有事の責任の所在などをはっきりさせておくことは労力がかかります。けれども、逆に言えばここまで関係各位とのコミュニケーションをとれるのはデベロッパーの立場だからこそできることとも言えます。

しかしながらその費用対効果はまだまだ予測できません。その点をご理解いただきながら不動産オーナーのみなさまやデベロッパーの方々には投資、協力いただく必要があります。今時点でのリターンが見えずとも、そう遠くない未来では、必ずロボットが必要になります。それが見えているならば、ロボットの運用を含め今からその扱いに慣れなければ、いざというときに活用することはできないでしょう。

かなり極端な例ですが、今後仮に清掃も配送も警備も可能な万能型ロボットが誕生したとします。しかし、それをいきなり現場導入することは難しいでしょう。なんでもこなしてくれることの引き換えに、例えばロボットが大きく・重たくなり、通常の床では耐えきれない、みたいな今までの常識からは外れた要件が出てきます。

それならば「ロボットってこんなに重いんだ」と知るところから、繰り返しになりますが、今できることから手をつけなくてはいけません。それを念頭に「実際に導入しながら検証を繰り返していくことが重要だ」と経済産業省はじめ重要性を発信していますが、まさにその通りだと思います。ステークホルダーがそれをしっかり受け入れて周知することが、ロボフレの第一歩につながっていくはずです。

ここがポイント

・ロボットフレンドリーとは、身体に不自由のある方向けにスロープを設計するなどバリアフリーのロボットバージョン
・ロボットはドアやエレベーターの通り抜け、傾斜のある段差の乗り越え、カメラやセンサーのエラー要因となる鏡や直射日光などを苦手とする
・ロボットフレンドリー環境構築のファーストステップはユースケースの確定
・課題への対処としては物理環境への配慮と運用における配慮がある
・清掃はロボットのスペックではなく運用上の課題が、ロボットのバリューを十分に発揮させない阻害要因になっている
・配送ロボットやそれに関連する新サービスはトップラインを上げることや施設利用者の満足度の向上につながる


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:小泉悠莉亜
撮影:幡手龍二