TO TOP

4.5M先にも無線で充電できる。Space X出身の米国起業家による無線給電プラットフォーム「PHION ONE」の開発ストーリーとその未来。

読了時間:約 10 分

This article can be read in 10 minutes

コンセントから長く伸びた充電コードは、煩わしい。Wi-Fiと同じ要領で、部屋に入ればスマホが充電されるようなシステムがあればと夢想したことのある方は多いことだろう。

無線給電の技術は、こうした未来を到来させられるかもしれない。住宅やオフィス、そして公共空間における無線給電を実現させるべく、開発を進めているのがカリフォルニアのPHION Technologies Corp.だ。

同社CEO兼CTOのJonathan Nydell氏は、無線給電によって便利になるのは足元の生活だけではないと語る。電子機器のあり方そのものも変えてしまう可能性を孕んでいるそうだ。今回はNydell氏に、無線給電が持つ可能性や開発の道のりについて、お話を伺った。


Jonathan Nydell
PHION Technologies Corp. CEO兼CTO
スペースXにて航空電子工学エンジニアとして「ドラゴン」など複数の宇宙船や宇宙衛星「スターリンク」の初期の開発に従事。スペースXの前にはCERN(欧州原子核研究機構)にてレーザーやプラズマを用いた粒子加速実験を推進。スペースXを離れた後PHION Technologiesを立上げ。PHIONでは技術開発と製品デザインをリード。

INDEX

無線給電という夢の技術
経路依存から免れたときに、革新は訪れる
ありきたりのアイデアがあり得ないアプリケーションを生んだ
日本市場が持つ魅力とは
新しい製品を新しい市場に売り込む
ここがポイント

無線給電という夢の技術

——無線給電というと、小説の中の話のように聞こえてしまいます。こうした技術は実際に実現されつつあるものなのでしょうか?

Nydell:ここ5年くらいの間で、数メートル離れた場所に電力を送る 無線給電の認知度が向上しています。ロボティクスなどの産業分野やRFIDタグやリーダーをはじめとしたリテール分野でも至近距離の低電力の無線給電が使われています。

最初はおそるおそる使いはじめたユーザーも、その利便性に徐々に気づきはじめています。今後、無線給電はさらに多くの領域において利用されることになるでしょう。たとえばスマートシティの構想でいえば、スマートビルディングにおけるIoTデバイスには革新的な変化が訪れるかもしれません。

こうした流れを支えるのが、テクノロジーの発達です。これまでも高周波や磁界共鳴など様々な試みがなされてきたものの、安全に送電できる量やトランスミッターとレシーバーの間の距離などの点で課題がありました。

こうした課題に対して、私たちPHIONは解決を試みています。当社では、従前の課題を克服しつつ、しかも機能を最大化できるような開発を進めています。現時点で、5ワットまでの電力を数メートル離れた場所に送ることが可能となりました

——離れた物への給電は、本当に可能になりつつあるのですね。

Nydell:はい。実際にPHIONのサービスは、小型ロボットやセンサーをはじめとした設備や、持ち運びされる携帯電話、パソコンにも使えます。

あるいは、病院や医療施設のような場所でも有効に機能するかもしれませんね。医療機関においては、さまざまな設備装置が充電コードにつながっています。さらに、Wi-FiやBluetoothなど他の無線周波への干渉もPHIONの技術を用いれば解消できます

経路依存から免れたときに、革新は訪れる

——これまでの無線給電には課題があったと伺いました。どのように課題を乗り越えられたのでしょうか?

Nydell:これまで長距離での無線給電には、データ送信やアプリケーション制御で用いる高周波の技術に頼ってきました。技術者の多くが高周波に慣れ親しんでいることもあり、こうした流れになっているようです。

しかし高周波技術で離れた場所に大量の電力を送ることは簡単なことではありません。これは、空気が高周波エネルギーを吸収してしまい、電力が急激に弱まってしまうからです。仮に高周波技術でPHIONと同等の送電を行うとなれば、莫大なパワーのトランスミッターを用意しなければならない。サステナビリティや効率性の観点でいえば、課題が多いソリューションだと言えます。

そのほかにQi(チー)充電など電磁誘導のアプローチもあります。これは、確かに非接触ではあるものの、トランスミッターが放つ電磁波はすぐに分散してしまいます。トランスミッターとレシーバーの距離は、現在の技術規格では6mm程度しか取れません。
一方、私たちの技術は、光をベースとしています。光ベースのアプローチであれば空中でのロスはゼロとなり、電力量と効率性を実現することで距離と電力量のニーズ両方を満たすソリューションとなります。光のビーム[1]であれば、空間内を動くレシーバーを追いかけられることもメリットの1つです。また、私たちはデバイスメーカーがこの技術を組み込むことができるようなモジュールとすることを念頭に開発しています。大半のコンポーネントは光電子部品として一般的なもので構成されています。

——光を用いたところにブレークスルーがあったのですね。逆に、光を用いるデメリットはないのでしょうか?

Nydell:安全性に関しては、大きな懸念がありました。たとえばレーザーポインタを想像していただくと分かるように、レーザー光[2]が目に入ってしまうと目の健康を害する恐れがありますよね。光ベースの無線給電は、そうした課題を抱えています。

だからこそ私たちは、安全性を第一に開発を進めました。解決策となったのが、人間がレーザー光に曝露しないシステム作りです。具体的には、トランスミッターとレシーバーの間に入ろうとする人間や物体を検知する多重かつ冗長なセンサーとシステムを搭載しました。物理的な充電コードと同じような考え方で、給電用のレーザー光の周りにバリアを張り巡らせているイメージですね。

物理的な充電コードにはカバーがあるので、中の電線に直接触れられません。これと同様に、給電用のレーザー光の周囲360度に、バリアとなる低パワーで目に完全に安全なビームを円筒状に配置します。そのビームは情報を伝達するための弱いもので、バリアとなるビームに何か物が触れた場合、その干渉を瞬時(まばたきの1000倍の早さ)に検知して、給電用のビームが止まる仕組みです。人間には給電用レーザー光が当たらない仕組みとなっています。


現在(左):銅線を通じた有線での送電/銅線/スクリーン/絶縁被覆
未来(右):光を通じた無線送電/パワービーム/絶縁被覆となる光のスクリーン

——なるほど、安全性を乗り越えるブレークスルーがあったからこそ成功したのですね?

Nydell:はい、おっしゃる通りです。

また、レシーバーに当社独自の光起電を組み込みました。一般に、トランスミッターから光が送られてくると、レシーバーはそれを効率的に電気に変換します。通常であれば、市販の太陽電池の仕組みを活用するかもしれませんが、当社では光起電の仕組みを自社でデザインしました。これによって、変換効率は一般的な市場製品の2倍から3倍ほどとなっています

このように、安全性と変換効率の2つの観点からのブレークスルーがありました。従来の給電方法の欠点を補いつつ、ポジティブな側面を前面に押し出す技術です。

ありきたりのアイデアがあり得ないアプリケーションを生んだ

——斬新な手法によるブレークスルーだと感じました。このようなアイディアは、どのようにすれば出てくるものなのでしょうか?

Nydell:2つのきっかけがありました。1つ目は、かつてSpaceXで働いていたときの経験です。ロケットや宇宙船に使う電子機器には、たくさんの電線ケーブルとコネクタがあります。そのケーブルは、銅線の周りに絶縁体やシールドなどがあるマルチレイヤー構造でした。それによって重量も大きくなってしまいますが、私は違う方法があるのではないかと考えたのです。無線給電の着想は、宇宙線での物理的な充電ケーブルを無くし重量を軽量化するニーズから得たものです。

2つ目はもっと身近なもので、ガレージのシャッターから着想を得ました。電動シャッターには、人が誤って挟まれないための安全装置がついていますよね。技術的には、2つの光学部品で障害物を検知する仕組みなんです。このシンプルな仕組みに着想を得て私たちの安全システムは開発されました。

——日常生活からも着想を得たというのは、大変興味深いです。それでは、この技術を使うことで、何ができるのでしょうか?

Nydell:現行の技術はPHION ONE(TM)と呼んでいるものです。5ワットの電力を、4.57m離れた距離にある携帯デバイスに安全に送ることができます。

5ワットであれば、スマートフォンのほか、スピーカーや電動歯ブラシ、リモコンといった家庭用機器やIoTデバイスを動かせます。そのうえで、第二世代にあたる20ワット充電のデバイスも開発中です。こちらであれば、一部の小型ロボットやドローン、ラップトップPCに給電し永続的に稼働させることができます。

——第2世代の次には、どういったところを目指されているのでしょうか?

Nydell:電力量の増大に取り組むことで、より多くのデバイスへの充電を実現させることで無線給電の新しい市場を開拓したいです。建設業界では一般消費者向け機器より多くの電気を必要とします。こういった業界で利用できるように何百ワットの送電ができるよう技術をスケールさせるのが目標です。それには多くのことを達成しなければいけませんが、根本的な技術面でのハードルはありません。

ただし、電力量を大きくすることで送電効率を下げる方向に向かうことは避けなければなりません。エコフレンドリーなグリーンテクノロジーの実現は大切だと考えています。特に大規模な商業用不動産に用いる場合には、電力量の増大と効率性の向上の両立は非常に重要です。

また、PHIONのテクノロジーを他社の製品に組み込む構想もあります。野望としては、スマートホンやラップトップPCにPHIONのレシーバーを一体化させ、ユーザーに利用されている世界を想い描いています。

現在、携帯電話やパソコンといったデバイスには、充電のためのポートがありますよね。この充電ポートや開口部を、PHIONのテクノロジーを組み込むことによってなくしてしまう。無線の強みはこのようなところにも生かせるはずです。電子機器のあり方も大きく変えられるかもしれません。

日本市場が持つ魅力とは

——貴社は、米国企業でありながら日本において事業を展開されています。貴社にとって、日本はどういった市場なのでしょうか?

Nydell日本市場では、機能性とデザインが大変重視されます。特に興味深いこととして、博士号を持った方が建設業界でたくさん働いていて、それによって先端的なテクノロジーを積極的に導入していますよね。アメリカのゼネコンでは、研究者や科学者が働くケースは稀です。

こうした土壌がある中で、多くの日本企業がスマートビルディングの実現や生活の質を高めるための足掛かりとして無線給電を捉えていることを感じています。はじめは高層ビルの窓にあるブラインドを無線で開閉したいというお問い合わせからはじまった日本進出ですが、さまざまな日本企業が建物に掛ける強い想いを持っている中で、無線給電のニーズが高く、広くご利用いただけると考えるようになりました。

——今後、日本で実現したいと考えていることを教えてください。

Nydell:この先1, 2ヶ月で資金調達を完了させて、パイロット導入やPoCを予定しているお客様に私たちの製品を提供したいと考えています。これまで企業パートナーから得たフィードバックによればPoCを通じた技術の導入によってニーズの喚起と幅広い利用を促進することにもつながるでしょう。オフィス環境での利用をスタート地点としつつも、モビリティ・高速鉄道などに関連したアプリケーションにも展開を広げていきます。

日本において無線給電のトランスミッターやレシーバーが一般的になった暁には、アメリカやEUに市場を広げつつ、他社製品への組み込みも進めます。USBがスタンダードとなっているように、PHIONの無線給電が広くスタンダードとして受け入れられる未来を目指しています。

新しい製品を新しい市場に売り込む

——結局のところ、電源コードはどうすれば無くなるのでしょうか?

Nydell:まずは、ユーザーに無線給電の利便性と安全性を実感してもらうことが大切です。新しいテクノロジーに触れていくと、ユーザーはそれが無かった生活を忘れてしまうものです。破壊的なテクノロジーの核心はそこにあります。また現在は広く使われているWi-Fiでも、当初は無線の信号に曝露することを心配する声もありました。ユーザーの皆様に広くお使いいただくためには、安全性をご理解いただけるよう説明を尽くさなければならないとも思っています。Wi-Fiと同じように、有線インターネットもまだ存在します。ですが、一般的にはWi-Fiの方が便利で普及していますよね。

用途をさらに広げることも、多くの人々に知っていただくきっかけとなるでしょう。携帯電話やカメラだけでなく、もっとうまく活用できる用途を探したい。そのためには技術開発を継続し、目に見えずに自然と利用できるような技術にすることが必要だと認識しています。現在の技術より10倍改善しているものである必要があると思います。

新しいハードウェアというものは、色々な場面で使ってもらわなければ普及しません。顧客体験を広げていくことが、新しい利用アプリケーションを呼ぶわけです。ユーザーがPHIONの製品を使っていると意識することすらないよう、バックグラウンドで動かせるようにすることが成功の鍵です。

——「当たり前」を作っていくという感覚なのですね。

Nydell:そうですね。かつてスティーブ・ジョブズがiPodはポケットに1000曲を入れると言うまで誰も信じませんでした。また1990年代には誰もが有線でインターネットとつながっていましたが、Wi-Fiの進化が光景を一変させましたよね。

私たちがやろうとしているのは、このような破壊的なイノベーションなのです。ユーザーにとっては、実際に使ってみるまでは必要性すら認識していない製品を作る。iPodが新時代を築き上げたように、私たちは無線給電によって時代を切り拓きたいと考えています。これが一般的になるには時間が掛かりますが、私たちの技術が街をよりよくするものと信じています。

[1]ビーム:一定の方向に放射または送信される光や電磁波
[2]レーザー光:特定の波長(つまり特定の色)の光が増幅され、ほぼ同じ方向に放射されたもの

ここがポイント

・無線給電は、ユーザーがその利便性に徐々に気づきはじめており、今後多くの領域において利用されることになる
・現時点で、5ワットまでの電力を数メートル離れた場所に送ることが可能
・PHIONの技術は、光をベースとしているため空中でのロスはゼロとなり、電力量と効率性を実現することで距離と電力量のニーズ両方を満たす事ができる
・物理的な充電コードと同じような考え方で、給電用のレーザー光の周りにバリアを張り巡らせているイメージで安全性を確保した
・多くの日本企業が、スマートビルディングの実現や生活の質を高めるための足掛かりとして無線給電を捉えていることを感じている
・ユーザーに無線給電の利便性と安全性を実感してもらうことが大切で、新しいテクノロジーに触れていくと、ユーザーはそれが無かった生活を忘れてしまうもの


企画:阿座上洋平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう