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世界一有名なイチゴブランドを作る。テクノロジーとブランドで日本発の「グローバル農産物ブランド」を目指すCULTAの挑戦

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「シャインマスカット」や「あまおう」など、日本の農産物で知られるブランドはいくつもある。しかし、それらのブランドは「品種」のブランドであり、商品としてのブランドではない。結果として、誰もが美味しいと感じる商品もあれば、ブランドを冠するにも関わらず味が劣る商品も存在している。

いかに素晴らしい品種を作っても、品質がばらついてしまうとブランドとしての価値を確立できない。そんな中、日本発となる「農作物のグローバル商品ブランド」を確立しようとしているのがCULTAだ。農業の構造を改革するために、生産者たちを巻き込み“垂直統合型”の事業を展開しようとしている。

今回は代表の野秋収平氏にインタビューを実施し、起業の経緯から農産物のブランド化とはどういうことなのかを聞いた。

野秋収平
株式会社CULTA代表取締役CEO
東京大学大学院農学生命科学研究科卒。研究はスマート農業分野。農業分野への画像解析技術の応用で、修士(農学)を取得。在学中に、タイの農業スタートアップ、東京都中央卸売市場、イチゴ農家での業務経験で、グローバル農業ビジネス、農業生産、流通を学び、(株)CULTAを学生起業した。『Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023 (世界を変える30歳未満30人) SCIENCE & TECHNOLOGY & LOCAL部門』選出。1993年生まれ。静岡県沼津市出身。

INDEX

電化製品に代わって日本の顔となるポテンシャルを感じた「農産物ブランド」
従来の5倍のスピードで新しい品種を生み出す新技術
これまで日本が成し得なかったブランド化に必要な“垂直統合“モデルとは
“日本ブランド”を活かした将来の事業展開
ここがポイント

電化製品に代わって日本の顔となるポテンシャルを感じた「農産物ブランド」

――まずは起業のきっかけを聞かせてください。

起業のきっかけになったのは、20歳の時の留学でした。東南アジアで食べた現地のトマトがあまり美味しくなかった反面、日本の農産物のポテンシャルを強く感じて。当時は韓国や中国の電化製品ブランドがグローバルで拡大している時期で、日本のブランド価値がどんどん低下しており、現地の日本人の方も寂しそうでした。

電化製品に代わって、食ブランドなら日本に勝機があると思い、事業化を考えるようになったのです。

――当時はどのような事業構想を描いていましたか。

当時から今まで一貫して抱いているのは「農業のバリューチェーンを構造的に変えたい」という想いです。そのための戦略として描いたのが「農産物のブランド化」でした。ケーキ屋に行くとブランド品種のいちごを使ったショートケーキが、他のショートケーキよりも高く売られているのを見てブランドの価値を感じて。

そして、調べていく中でわかったのがキウイで有名なゼスプリが商品ブランドとしてグローバルで成功していることです。彼らが掲げているビジョンはとてもシンプルで「農産物の単価を上げる」ということ。消費者を満足させる商品ブランドを構築するために、単に品種改良をしてロゴをつけるだけでなく、各地でのプロモーションまで手掛けていました。

その結果、それまで「モジャモジャして気持ち悪い」と言われていたキウイが、当たり前のように食卓に乗るようになったのです。私たちも、そのようなゼスプリを参考に戦略を練っていきました。

――ゼスプリの戦略についても教えてください。

まず参考にしたのが「品種改良」です。地球上のキウイフルーツの3分の1を作っていると言われているゼスプリの売上は4,000億円で、そのうちの3,000億円は「ゴールドキウイ」。このゴールドキウイこそ、ゼスプリが品種改良したもので会社の成長を加速させるエンジンになりました。

私は最初から品種改良に興味があったわけではなく、ゼスプリの事例を見て、消費者に喜びを提供し農家の収益性を高めるには、第一に品種改良に着手すべきだと思ったのです。

もう一つの戦略が垂直統合です。ゴールドキウイの種苗を広めるだけでなく、生産技術も統一し、品質基準も定めることで商品の価値を安定させています。これは、ロゴを作って種苗を配るだけの日本のブランド化とは一線を画す戦略です。同じ種苗でも生産方法や、品質基準がバラバラで販売されてしまっては商品ブランドは確立しません。私たちが実現しようとしているのも、ゼスプリ同様の生産者を巻き込んだ垂直統合モデルで、当社で開発した種苗を、生産者に委託しての生産し、全量買い取って一定の品質で販売しようとしています。

従来の5倍のスピードで新しい品種を生み出す新技術

――品種改良における強みについて教えてください。

私たちは品種改良のスピードを飛躍的に上げる技術を持っています。品種改良の難しさは長い年月がかかることでした。たとえばシャインマスカットを生み出すためには30年の月日がかかっています。一つの品種を生み出すのに数十年かかるのが一般的で、研究者は生涯で2つも新品種を生み出せればいい方です。

一方で、私たちはその期間を5分の1に短縮する技術を持っています。その根幹となっているのが、私が修士の頃に研究していた画像解析技術です。これまでの品種改良は、属人的な感覚に依存してきたのですが、私たちはそれをデータ化する研究を行っていました。

その技術を使うことで、これまでよりも格段に早く品種改良することができるのです。

――なぜ画像解析で品種改良のスピードを上がるのでしょう。

意思決定の精度を上がるためです。これまでは品種改良が成功したかどうか人の目が判断しなければならず、うまくいっているのか、再現性があるのかを何度も栽培して確認しければなりませんでした。そこに、画像解析技術を用いることで判断の精度を高め、試行の回数を減らしています

また、PDCAのサイクルが長いのも品種改良に時間がかかった理由です。普通に種を植えて育てると評価が1年に一度しかできません。つまり、10回PDCAを回すには10年かかります。私たちはゲノム情報を活用した予測と人工的な環境での種育により、年に3回PDCAが回せるようにしました。

その2つを組み合わせることで、これまでより品種改良のスピードを5倍にまで引き上げることができました。

――どのような戦略で品種改良をしていますか。

大きく消費者視点と生産者視点に分けて戦略を練っています。消費者側の戦略は、伸びているマーケットに、差別化した商品を供給するということ。また、輸出先で美味しく食べてもらうために、鮮度や甘さをキープできるような品種改良が重要になります。

生産者向けの視点では、気候変動への対応が求められます。農産物は気温の変化などを感じ取って花を咲かせるため、気候が変わると収穫のタイミングも変わってしまいます。品種改良によって、そのような変化にも打ち勝って美味しい実をつけられる農作物を作らなければなりません。

両軸で考える理由は、生育が早い、気候変動に強いなど生産者視点だけで考えては、必ずしも売れる商品ができるわけではないからです。

――現在は品種改良したいちごを展開していますね。なぜいちごを選んだのでしょうか。

短期間で差別化できる品種を生み出せると思ったからです。改良する品種を選ぶ際に、まずはブランドを作るために差別化できる作物にしたいと思い、ゼスプリの影響もあってフルーツに絞ることにしました。しかし、果物の多くは果樹で、品種改良に時間がかかります。そのため、選択肢は苗を植えて1年以内に収穫できる「野菜」でフルーツのいちごかスイカかメロンの3択に絞られました。その中で最も市場規模に可能性があるのがいちごだったのです。

さらに、いちごの次は繁殖形態が似ていて差別化のしやすいサツマイモにとりかかろうと思っています。シンガポールでは屋台に行列ができるほど焼き芋が人気なのに加え、私たちCULTAの顧問の山川理先生は「紅はるか」を作ったサツマイモの権威でもあるのです。

これまで日本が成し得なかったブランド化に必要な“垂直統合“モデルとは

――日本はシャインマスカットなどのブランドも作っていますが、なぜゼスプリのようにブランド化ができなかったのでしょうか。

これまで日本が作ってきたものは、商品ブランドではないからです。ブランドとは何かを保証するものですが、日本の農産物ブランドが保証しているのは品種か地域でしかありません。たとえばシャインマスカットにも、1房3万円の高価なものから500円のガッカリするようなものまで売られていますよね。つまりシャインマスカットという品種が保証されていても、味までは保証されていないのです。

いくら品種をブランディングしても、栽培方法や流通の方法が変われば味は変わってしまいます。栽培の過程まで管理して味を保証してこなかったのが、これまでの日本のやり方でした。私たちは品種改良で終わらず、栽培の管理からマーケティング、販売まで「垂直統合」で行い、日本発の「農作物のグローバル商品ブランド」を作ろうとしているのです。

――栽培方法や物流まで管理するとなると多大なリソースが必要ですよね。

たしかにスタートアップである私たちが、栽培から物流まで管理するには非常に高いハードルがあります。多くの投資家からも指摘されており、「ロイヤリティビジネスにするか、名前を売るだけなら投資するよ」と言われたことは一度や二度ではありません。

しかし、垂直統合をしないのであれば、私たちの存在価値はありません。単に品種改良をして種苗を配るだけでなら、既存の会社もやっています。私たちは農業の構造改革をするために会社を立ち上げ、その解がブランド化なのですから、垂直統合にこだわるしかないのです。

――既存の会社は垂直統合に取り組んでいる会社はいなかったのでしょうか。

垂直統合に近いモデルに取り組んでいる会社は存在します。たとえば小売りチェーンの中には、農業生産に進出している会社もあるため、形だけを見れば垂直統合とも言えます。しかし、彼らが見ているのは消費者だけであり、生産者までは巻き込んでいません。

つまり、小売店の棚に安定して商品を並べるのが最重要なため、産業のアップデートなどは考えていないのです。

――生産者を全面的に支援している農協はいかがでしょうか。

農協は生産者を巻き込んでいるのですが、逆に言えば全ての農家を巻き込まなければなりません。私たちも単に種苗を広めるだけでなく、一緒に産業をアップデートできる「意欲ある生産者」と一緒に手を組んでいきたいと思っています。

農協は戦後の日本を立て直すためにも、小さい農家を支援しながら今の日本を作ってきた立役者です。それはとても素晴らしいことですが、一方で今の時代にはマッチしていない部分があるのも事実。彼らができない先進的な取組は私たちが行い、生産者を巻き込むために彼らに協力してもらうパートナーになりたいと思っています。

――どういう状況を「垂直統合」だと言えるのか、イメージを聞かせてください。

工業における「ファブレス経営[1]」に近いと思います。ファブレス経営は、製造パートナーが自分たちの品質基準を満たすだけの設備があるのか、満たす努力ができるのか見極めますよね。私たちも単に種苗を広めるだけでなく、一緒に産業をアップデートできる意識の高い生産者と一緒に手を組んでいきたいと思っています。

将来的には世界中に生産拠点を広げたいと思っていて、各地域にデモファームなどを作って、そのデータを日本にクラウドで飛ばして管理するようなシステムにしたいと思っています。

[1]ファブレス経営・・・自社で工場を保有せず、製造を外部に委託する経営の方式

“日本ブランド”を活かした将来の事業展開

――農作物の商品ブランドをつくる上で日本ならではの利点があれば教えてください。

大きなメリットは2つあって、1点目は信頼度がとても高いこと。世界的に見ても日本の食は一番安心できるというイメージを持たれており、私たちもそのプレゼンスに助けられています。

2点目は価格の許容度が高いこと。よくも悪くも日本の農産物は高いというイメージを持たれています。そのため、私たちが高価格帯の商品を打ち出しても「日本産なら仕方ない」と思ってもらえるのは大きなメリットです。

――今後はどのように事業を展開していくのでしょうか。

まずはいちごのブランドを確立させてマスターブランド戦略[2]を採りたいと思っています。マスターブランドが一つあると、次に新しいブランドを出した際に「あの美味しいいちごを出している会社」と思ってもらえるため、複数のブランドを展開しやすくなるからです。

また、私たちの戦略は「何をどこで作ってどこで売るか」の3つの掛け算でしかなく、社内で常に議論を続けています。今のところ考えているのは、まずは南に言って東西に広げることです。

日本、東南アジア、オーストラリアで生産ができるようになると、その後の横展開が非常に楽になります。緯度が近い地域は気候が似ているので、東南アジアで生産可能なものはケニアやコロンビアでも生産できますし、オーストラリアで生産できればカリフォルニアやメキシコでも生産できるでしょう。

南に生産地を展開できれば、その後は東西に広げやすくなるため、事業展開が加速できるはずです。

――サツマイモの次に手掛ける品目の構想があれば聞かせてください。

将来的には社会課題の大きな作物を手掛けていきたいと思っています。具体的にはコーヒー、カカオ、オリーブですね。これらは私たちの生活に深く浸透しているにもかかわらず、気候変動の影響を受けやすい作物でもあります。たとえばコーヒーは2050年に生産面積が半減するといわれていますし、カカオにいたっては2050年にはなくなると予測されています。

そのような品目を品種改良することで、世界で唯一熱帯圏に進出できる会社になりたいと思います。

[2]マスターブランド戦略・・・メインとなるブランド名のもとに、企業の製品やサービスを統一したブランド戦略

ここがポイント

・ゼスプリの戦略を参考にし、消費者に喜びを提供し農家の収益性を高めるには、第一に品種改良に着手すべきだと考えた
・農作物のブランド化のために必要なのは、生産者を巻き込んだ垂直統合モデル
・品種改良のスピードを上げるために、画像解析技術を用いることで判断の精度を高め、試行の回数を減らしている
・消費者側の視点では「伸びているマーケットに差別化した商品を供給すること」、生産者側の視点では「気候変動への対応」、にわけて戦略を練っている
・品種改良で終わらず、栽培の管理からマーケティング、販売まで「垂直統合」で行い、日本発の「農作物のグローバル商品ブランド」を作ろうとしている
・一緒に産業をアップデートできる「意欲ある生産者」と一緒に手を組んでいきたいと考えている


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗