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 三菱地所DX推進部 統括の渋谷一太郎氏が語る、丸の内で描く「ロボットと共存する未来」

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「未来の世界」と聞いて、あなたは何を想像するだろう?
おそらくは、ビルの合間を空飛ぶ車が飛び交い、ロボットと人が共存する街並みを頭に浮かべるのではないだろうか? 空飛ぶ車の実現はまだ少し先かもしれないが、ロボットはここ数年のうちに街中で姿を増やすかもしれない。

三菱地所は2018年から丸の内エリアをはじめ、全国各所のビルの管理にロボットを導入している。警備・清掃・運搬など様々な分野で導入と実験が進められており、着々とノウハウとデータを増やしているそうだ。

この動きの仕掛け人、三菱地所DX推進部 統括の渋谷一太郎氏に、ロボット活用の背景や将来像を聞いてみた。

INDEX

ロボット導入のきっかけは人手不足。ロボットによるサービス向上も目指す
「何ができるかわからない」の疑問に答え続け、現場の方が「俺が使いこなす」と言うまでに
将来はwin-winの関係を広げ、丸の内を「ロボットと人が共存する」エリアへ
ここがポイント

渋谷一太郎
三菱地所DX推進部 統括
2003年入社。法務部門を経て、神戸でのタワーマンションの開発やグランフロント大阪のリーシングなどを担当後、2013年からビル運営事業部にて、昨今の人手不足の状況も踏まえ、先端技術・ロボットなどを活用した、次世代型の施設運営管理モデルの構築を担当。2019年4月より現職にて、部門横断的にRaasを含めた更なるデジタルトランスフォーメーションの推進に注力中。

ロボット導入のきっかけは人手不足。ロボットによるサービス向上も目指す

――工場などの製造現場や、物流倉庫などと比較すると、ビル管理におけるロボット活用は、まだあまり例がないように感じるのですが、導入にあたりどのような背景があったのでしょうか?

渋谷:弊社ではオフィスビルだけでなく、空港やホテル、アウトレットモールなど、様々な不動産を管理しています。新たな開発などにより年々管理すべき床面積も増えているため、人手に頼る従来の管理スタイルでは立ち行かなくなることが予想されていました。

警備や清掃は協力会社の方々にお力添えいただいていますが、人手不足の顕在化に伴い、実際に「現状の価格は維持できない」「そもそも人が集まらず業務の継続自体が難しい」という声が増え始め、どう対応するかが社内で議論されていました。

そのような状況でこれらの課題解消、将来的な運営管理の効率化を目指し、いち早くロボット導入が始められたのです。たとえば、警備でしたら巡回や立哨をロボットが担うことで、人が行わなくてもよくなります。今までは監視カメラを活用して人手を減らす工夫も行われていましたが、死角など監視できない部分もありますし、カメラを増やす場合の設備負担も軽くはありません。そこをロボットでカバーすれば、有事の際のみ人が駆けつけるなど、現場の警備員の方の負担も軽減できるのではと考えました。

――現在はどのようなレベルで導入が進んでいるのでしょうか?

渋谷:今は、清掃・警備・運搬で導入と実証実験が進められています。
清掃ロボットはSoftBank Robotics社の「Whiz」をオフィスビル・商業施設・空港・ホテルなど、全国の多くの施設に順次導入しています。警備ロボットは開発初期段階から管理ノウハウを提供するなど協業を行ってきたSEQSENSE社の「SQ-2」を、全国で初めて本年8月末に当社本社の大手町パークビルに実導入しました。運搬ロボットは海外メーカーの先進的なロボットに目を付け、人を追従するタイプの「EffiBOT」を商業施設に導入、また、日本で初めて自動で建物内外を移動できる「Marble」の実証実験を行うなど、様々なロボットを導入・検証しています。

活用が進められているのは施設のバックヤードや営業時間外のケースも多いので、施設利用者のみなさんの目に触れるのはまだ先だと思いますが、今後、台数や種類が増えれば日中に活躍を見る機会も増えるかもしれません。

――SQ-2はビルの1階に置かれていましたね。どのような機能を持っているのでしょうか?

渋谷:SQ-2は日中は警備員の代わりに搭載されたカメラでビル内部を監視してくれていて、時には内蔵されたマイクとスピーカーを経由して通行人からの問い合わせ対応を行います。夜には決められた時間に自動で監視ポイントの巡回を行い、独自の3Dセンサーを使って障害物を避けながら自律走行をします。他の自律走行ロボットは天井や床に誘導テープを貼るなど、施設そのものに手を入れなければいけない場合もありますが、SQ-2はその必要がありません。安全面でも様々な配慮がされており、万が一大人がぶつかっても簡単には倒れないよう重心が下になる設計がされていて、通行人の邪魔にならないよう常に周辺環境を把握しながら廊下の端を移動することもできます。

――お話を伺うと、様々なロボットが導入されていますが、どのような基準で選んだのでしょうか?

渋谷:安全に確実に、我々がしてほしい作業をしてくれるかが最も重要な基準でした。また、難しい手順を覚えなくても使えることも大事なポイントです。

ロボットは多種多様なものが出ていますから、実際にロボットを触って、動かしてみて、現場の課題もヒアリングしました。そうやって活用法を常に検証し続けています。

また、このプロジェクトには効率化やコスト削減以外の目的もあります。たとえばデータの活用。ロボットは運用するなかで色々なデータを取得できます。それをAIで分析すれば、接客やビルの運用、サービス向上などに応用できるかもしれません。画像認証技術を組み合わせて運用レベルの向上につなげたり、建物間や屋外をロボットが自律移動することにより導入エリア全体で新たなサービス提供ができる可能性もあります。

このように、当社だけのメリットではなくエリア全体の活性化にもつながる施策なので、ステークホルダーも巻き込んでエリア一帯で実証実験を行う場合もあり、行政からも応援をいただいています。関係者を巻き込む際も、そのようなビジョンに落とし込んでステップを説明するよう心掛けています。

「何ができるかわからない」の疑問に答え続け、現場の方が「俺が使いこなす」と言うまでに

――ロボット活用はまだ新しい領域ということで、導入時も苦労が多かったと思います。

渋谷:まさに今も苦労の連続で、ロボットの選定だけでなく、従来業務の組み替えも必要になるケースが多いので、その点は粘り強く様々な現場の方と対話を続けています

ロボットも一台あたり数百万円するものもあり、短期的な視点で見れば人が業務を担当した方がコストが安いのではという声もあります。しかし、明らかに人手が足りなくなっていく状況が見えている中で、長期的視点を持って早い段階から新しい施策に取り組むことで、新たな管理手法を構築することができれば、必ず結果はついてくると信じています。ですので、関係者の説得に時間をかけています。

実際に導入する際も、管理者からは「何ができるかわからない」「安全面で何かあったらどうするの?」と懸念があがることがありました。そこで、「ロボットは同じ作業を正確に同じ品質で繰り返すのが得意です。それが求められる作業をロボットに任せることで、人間は『本来、人の集中するべきところ』に集中できるようになります」と丁寧に説明しました。そのうえでロボットの動きを見てもらうと、「安全性も高いしすぐ入れよう」と言ってもらえるケースも多く、実際に見て触れると安心してもらえるので、これはロボットの利点だと思います。

――警備や清掃など、現場の方から反発はありましたか?

渋谷:もちろん全く無いと言ったら嘘になりますね。特に年齢が上の方は多少抵抗があるようで、「機械に弱いから操作が上手くできるかわからない」という声も耳にしました。けれど、決して現場の方が難しいロボット操作をしなければならないわけではないので、活用に必要な手順をちゃんと説明して不安を解消することで、「ロボットは俺が使いこなす」と逆にやる気になってくれる職人肌の方もいらっしゃいました。結局は「漠然とした不安」がほとんどなんです。

ロボット導入を阻害している要因には、導入側のマインドや初期負担面などがありますが、それらを取り除けば、業務負荷の軽減にもなりますし、うまく使えばコストメリットも出るので、「まず使ってみよう」という意識を作り、共通理解を育むことで当社でも少しずつ導入が進んでいきました。

――先ほど「エリア一帯で実証実験を行っている」という話が出ました。丸の内エリアには様々なステークホルダーが存在しますが、円滑に合意形成するためにどのようなことに留意したのでしょうか?

渋谷ステークホルダーそれぞれ目線が違うことを理解したうえで、立ち位置を明らかにすることに気を遣いました。安全性なのか、コスト削減なのか、事業の盛り上げなのか、その目的は様々でしたが、こちらの意見を押し付けないことが大切で、その中で「こうした取り組みはお互いにとってWin-Winになる可能性があります」と説明できると進みやすかったですね。「監視カメラの数が減らせるかもしれない」とか「テナントのサービス向上につながるかも」とか、建物オーナーは我々と同じ悩みを抱えていることが多いので、将来的にはそうした外部の方々にもソリューションを提供したいという我々の姿勢も説明してきました。

もちろん我々も汗をかくことが大事だと思っています。まずは自分達のフィールドを使って安全性の検証や業務の組み換え検討などを行い、時にはロボットを自分達で運んででも納得されるまで何回も説明に行くこともありました。そこまでやる、という覚悟が伝われば合意していただけることも多いですね。

将来はwin-winの関係を広げ、丸の内を「ロボットと人が共存する」エリアへ

――ここからは今後のビジョンについて聞かせてください。

渋谷:これはプロジェクト始動時からの目標ですが、短期的な目先の課題の解決だけでなく、外部のお客様へのソリューション提供も含め、ビジネスとして将来的な可能性が広がるものにしていきたいですね。私たちは実導入に適した場所を持っていて、先行してロボットを運用して試行錯誤している。そこが強みかもしれません。

先ほどお話ししたように、データの利活用も考えていますし、様々なアセットタイプの施設での複数機種のロボット運用によるファシリティマネジメントやサービス向上のモデルケースにもしていきたいと思っています。すでに開発協力や施設管理のコンサルティングのご依頼もいただき始めているので、苦労は少なくないプロジェクトですが、取り組む意義は非常に大きいのではと思います。

問い合わせは企業だけでなく大学からもいただいているんですよ。広大な土地を持っていますし、私有地なので規制も少ない、教育にも良い影響を与えるということで、実証実験しやすい場所です。官公庁からもこうした取り組みを後押ししていただいているので、今後は産官学連携で進められるかもしれません。

――今後は様々な場所でロボットを見る機会が多くなりそうですね。ところで、CEATECにも出展すると伺っていますが、「Society5.0」に対してどう考えているのでしょう? Society5.0の世界では、「あらゆるものがサイバー空間につながり、デバイスを通して現実が拡張されていく」とお聞きしました。

渋谷:Society5.0については当然意識しています。ロボティクスだけでなく通信の高度化や他のデジタルテクノロジーも含めて、最終的にはビル単体ではなく、「街やエリア全体でロボットも含めた先端テクノロジーをどう活用するか」という話になってくるでしょう。

テクノロジーを組み合わせれば、様々な未来像が描けます。現在は丸の内を中心に実証実験を行っていますが、自治体や政府とも連携して、将来的に近未来のモデルケースをいくつも生み出せるようなオープンイノベーションフィールドになればいいですね。

現在ロボットで主に取り組んでいるのは清掃・警備ですが、今後はデリバリーや近距離配送などでも活躍できると思います。エレベーターなどの建物設備とロボットの連動については既に様々な検証を進めていますが、屋外での自動走行技術も日に日に進歩していることから、法的な課題がクリアできれば、買い物した商品を指定の場所までロボットが運んでくれたり、エリアでの物流をロボットに任せたりというような活用も考えられます。

三菱地所がロボットに積極的に取り組むようになったことで、様々な方からロボットに限らない先端技術の提案や情報をいただくようになり、街の中でそうした先端テクノロジーを複合的に活用し、新しい価値観を提供できる世界もそう遠くないと感じています。
今後、人手不足がより一層深刻化する中、技術の進歩をどう活用するかが課題となることは目に見えていますから、同じマインドを持った方々と連携しながら地道な努力を継続し、高さ390mの日本最高層タワーを含む東京駅前常盤橋プロジェクトが竣工する2027年度には、新しい世界観を感じていただけるような街づくりができればいいなと思っています。

ここがポイント

・導入の背景は「人手不足」「ロボットによるサービス向上も目指す」
・自律走行型のロボットも登場し、すでに現場で活躍している
・関係各社を巻き込む際は、不安のヒアリングと丁寧な説明が必要
・大学や官公庁からの問い合わせもあり、産官学連携でさらなる進化を目指す
・将来的にはエリア全体での活用も見込む、複数のロボットが行き交う丸の内エリアに

企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:戸谷信博