気候変動の深刻化や化石燃料の枯渇が懸念される中、持続可能なエネルギー源の開発が地球規模の課題となっている。その解決策として半世紀以上にわたり注目されてきたのが、太陽のエネルギー源である核融合反応を地上で再現する「核融合エネルギー」だ。しかし、その実現には膨大な時間と費用がかかるため、長らく「夢のエネルギー」と呼ばれ続けてきた。
国際協力で進められてきた大型プロジェクトが遅延する一方で、近年、民間企業による核融合開発の動きが活発化している。そんな中、日本発の核融合技術「ヘリカル方式」の実用化に挑戦するスタートアップ、ヘリカルフュージョンが注目を集めている。同社は、日本が世界に誇る核融合研究の成果をもとに、2034年までの核融合発電の実現を目指している。
同社が採用するヘリカル方式は発電に必要な核融合反応自体を起こすためのプラズマの安定性に優れ、長時間運転が可能という特徴を持つ。これにより他の方式に先駆けて商用化できる可能性を秘めている。さらに、日本には世界最大級のヘリカル方式実験装置があり、25年以上にわたる運転実績と積み上がった知見がある。この強みを武器にヘリカルフュージョンは核融合エネルギーの実用化に向けて邁進中だ。
今回、同社の共同創業者であり代表取締役CEOを務める田口昂哉氏に、核融合技術の可能性や実用化への道筋、そして日本発のディープテック・ベンチャーとしての挑戦について語ってもらった。エネルギー革命の最前線に立つ起業家の視点から、核融合がもたらす未来像に迫る。
田口 昂哉
株式会社Helical Fusion 共同創業者 代表取締役CEO
京都大学大学院文学研究科(倫理学)修了。京都大学修士(文学)。みずほ銀行、国際協力銀行(JBIC)、PwCアドバイザリー(M&A)、第一生命、スタートアップCOOなどを経て株式会社Helical Fusionを共同創業。
ポイント
・大きな目標に向かって妥協せず突き進む姿勢が、ディープテック分野で成功する鍵となる
・短期的な売上や上場にこだわらず、本質的な価値創造に焦点を当てることが重要
・志を共にする仲間や投資家を見つけることが、長期的な挑戦には不可欠
・既存の研究成果や設備を活用し、効率的に開発を進めることで競争優位性を獲得できる
・人材採用では、経済的動機よりも事業の本質的な意義に共感する人を重視すべき
・国が主流としている方式以外でも、民間企業が実用化に挑戦することで新たな可能性が開ける
INDEX
・国がヘリカルを諦めるなら、自分たちがやるしかない
・安定稼働を実現する、ヘリカル方式の優位性
・ヘリカルの社会実装に向けたロードマップ
・いまは売上は考えない。覚悟を持って、志を貫くだけ
国がヘリカルを諦めるなら、自分たちがやるしかない
――ヘリカルフュージョンに関わるようになったきっかけを教えてください。
田口:ヘリカルフュージョンは、核融合科学研究所という国立の研究所のスピンアウトスタートアップです。そこの研究者たちが、「民間で何かできないか」と考えたことから始まっています。ただ全員研究者だったので、議論ばかりで事業化に向けた動きが進まず、1、2社ほど、投資家さんやVCとも話すも、門前払いに近い状態だったと聞いています。
見かねた知り合いが、私と研究者をつないでくれて。無償で外部アドバイザー的に関わりはじめたのがヘリカルフュージョンに関わるきっかけでした。ちょうど4年ほど前のことです。
そこから毎週、打ち合わせをして資料を作っているうちに、核融合や研究メンバーの技術研究力、熱意に魅力を感じ、「この技術が埋もれるのはもったいない。今、これをやることには意義がある」と思い、ヘリカルフュージョンを共同創業することにしました。それが3年ほど前になります。
――なぜ民間でヘリカル方式の核融合事業をやろうと思ったのでしょうか?
田口:日本政府の方針が変わり、民間でやらざるを得ない状況だったからです。もともと核融合反応を起こす磁場閉じ込めの代表的な方式は、トカマク、ヘリカル、レーザーの3つが代表的で、国も推し進めようとしていました。その中でも特にトカマクとヘリカル方式が有望で、しかもヘリカルは日本独自の技術ということもあり、この2つに国は注力する計画でした。
しかし、ITERと呼ばれる巨大トカマク型核融合炉に必要な装置をフランス南部で建設する国際プロジェクトの進捗が当初の予定から10年、20年レベルで遅延し、予算もどんどん膨らんでいきました。国として核融合研究に使えるお金は限られている中、トカマク、ヘリカル、レーザーの3つに予算を分配する予定が、トカマクに資金を集中せざるを得ない状況になってしまったようです。
私たちがヘリカル方式の核融合炉の実現を目指す理由はもう1つあります。実は、核融合炉で商用に辿り着けそうなものは、今のところヘリカルしかないと考えているんです。トカマクはおそらく、まだまだ時間がかかります。「日本がヘリカルを諦めると、人類が核融合炉を手にできなくなるかもしれない。政府がヘリカルを国策としてやらないのであれば、民間でやるしかない」そんな危機感が、私たちの原点なのです。実はこれアメリカでも同じで、数百億円、数千億円集める核融合炉事業会社の創業者の多くは、「国や大学からお金がつかないから」という理由で起業しているケースがほとんどです。
安定稼働を実現する、ヘリカル方式の優位性
――日本はなぜヘリカルに強いのでしょうか?
田口:そもそもITERのように国際協調でやっているプロジェクトとは別に、各国が独自に開発を進めてきた背景があります。それが日本だとヘリカルですし、ドイツではヘリカルの仲間と言われるモジュラーステラレーター、アメリカでは軍事用を念頭に置いたレーザーで、国際協調と国際競争の2軸で各国が開発を進めているのです。そういった中で、今私たちが取り組んでいるヘリカル方式は日本生まれで、大型装置があるのも日本だけなんですよね。これは非常に大きな競争力になると思っています。
――ヘリカルとトカマクは、何が違うのでしょうか。
田口:大きくは違いません。水素などのガスを高温にしプラズマを発生させ、閉じ込めておくと、核融合反応という、基本的に太陽の中で起きているのと同じ反応が起こります。そのため、核融合炉ではまずプラズマを閉じ込めないといけないんですよ。その時にコイル、つまり磁力を使ってプラズマを閉じ込める点は、ヘリカルもトカマクも共通しています。
異なるのは、コイルのねじり方です。昔、学校でフレミングの法則を習ったと思うのですが、コイルに電流を流し磁力線を発生させ、その磁力線でプラズマを閉じ込める際に、磁力線の端が開いているとプラズマが逃げてしまうんです。それを防ぐために、トカマクやヘリカルでは核融合炉のコイルはドーナツ状になっています。
ただ、普通にドーナツ状に磁力線を作って閉じ込めても、うまくプラズマが安定しないことが昔の研究でわかったんですね。ドーナツの内側の輪っかと、外側の輪っかは長さが違うじゃないですか。 内側は素早くぐるぐる回れますが、外側は時間かかるので、プラズマの中の粒子のバランスがどんどん崩れて、プラズマが安定せずに消えてしまう。
そこで更にドーナツをねじることで、内側にある粒子が1回外に出てくるようになり、外の粒子はねじられて、また中に入ることができます。そうして螺旋のように回ると、全部の粒子が同じような動きをするのです。 陸上のトラック競技でも、インコースの人って、途中でアウトコースに出て交代しますよね。あれと同じで、それぞれの粒子が同じ距離を走ることになるんです。この磁力線をねじるところまではヘリカルもトカマクも同じ。ねじり方だけそれぞれ違います。
まずヘリカルでは、最初からコイル自体をねじっておきます。このコイルに電流を流せば、勝手にねじれた磁場ができるのでで、それだけでプラズマを安定的に閉じ込められるのがヘリカルの考え方です。
一方、トカマクは普通のドーナツをまず1回作って、このプラズマの中にコイルとはまた別の向きに、プラズマ自身の中に電流を流します。「プラズマ電流」といって、プラズマの中に流れる電流に、また別向きの磁力線を発生させる。コイルが作る磁場と、プラズマがつくる磁場をぶつけて、ねじれた磁場を作るトリッキーなやり方をするんですよね。
ただ、プラズマの中に電流を流して安定させるのは実は難しいことがわかってきていて、トカマクでは長時間の安定稼働が課題です。一方、ヘリカルはコイルだけでねじれた磁場を作れるので、安定稼働が期待できます。だからこそ、ヘリカルはトカマクの発電炉としての弱点をカバーでき、商用化に一番向いていると考えられているのです。
ヘリカルの社会実装に向けたロードマップ
――社会実装に向けてヘリカルは今どのフェーズなのでしょうか?
田口:実験レベルではトカマクと遜色ありません。岐阜に核融合科学研究所という国立の研究所があるのですが、 そこに世界最大級のプラズマ実験装置(大型ヘリカル装置、LHD)があり、もう25年ほど稼働しています。
その装置の何がすごいかといいますと、1億度という核融合に必要なプラズマ温度の実現と、3000秒もの間プラズマを維持する2つの偉業をそれぞれ達成しているのです。性能の高いプラズマを発生させ、それを長く維持することができるのは、世界でもこの装置だけ。そういう意味でも、ヘリカルは商用化に近いと考えられているのです。
この実験には莫大な電気代が必要で、コストの壁は存在します。ただ、トカマクのような技術的な壁はありませんので、ある程度の予算を確保して小型の装置を自分たちでつくり、数日程度の超長時間運転をやりたいと思っています。
そこに向けた資金の確保は現在も進めています。資金が集まった際は、超伝導技術の最新鋭のものをコイルに使う予定です。もう1つは、核融合反応で出てくるエネルギーを受け止めて熱に変えて取り出す際に利用される、ブランケットと呼ばれる部品を仕上げたいですね。ブランケットがインストールされている核融合実験装置はまだ世界に1つもないので、実現できれば大きな進歩です。
最終的にはそれを全部統合した小型サイズの最終実験装置で、プラズマをつけた状態でブランケットまでちゃんと動くか試していきたい。そうして、2030年までには準備完了の状態まで達成し、2034年の発電実証まで最短で実現したいですね。そう考えると、実はもう残された時間は少ないんです。
いまは売上は考えない。覚悟を持って、志を貫くだけ
――事業を推進する上で、大切にしてきたことはありますか?
田口:まずは売り上げのことは考えず、核融合炉の完成に全力を注ぐことです。当然、ファンドや投資家さんとお話しすると、お金の話になりますが、脇道にそれている暇はありません。そんな覚悟で核融合炉なんて作れるわけないんですよ。今まで誰も成し遂げていないことをやろうとしているのですから。核融合炉の実現は技術的にも難しいですし、全力で完成を目指すしかありません。もちろん売り上げを指標にすることを全否定するわけではありませんが、それだと最も急ぐべき、核融合炉の完成が遅れてしまう。
仮に部品などを売って数億円の利益を得たとしても、実験炉の建設には数百億円もの資金が必要になるので、わずかな足しにしかなりません。であれば、はじめから核融合炉の完成に全集中した方が、最終的に投資家へのリターン時期も早くなりますし、リソースが無駄にならないと思っています。
ディープテックに限った話ではありませんが、私は志が何より大切だと考えています。ただ稼ぐことを目的に事業を拡大することや、数十億円程度のイグジットを目指すことに、魅力を感じないのです。せっかくなら本気で世界を変える事業がやりたいですし、志を共にできる仲間とやりたいことをやった方が面白いに決まっています。
だからこそ、仲間選びも大切にしています。 例えば、「ストックオプションをもらって一発当てたい」みたいな人はうちには絶対に合いません。もちろん結果的にストックオプションはお渡ししたいし、経済的にも豊かになってほしいんですけど、お金が最優先になっている人だとミスマッチになってしまいます。
私たちは発電に全てをかけているので、その方針に共感してくれる人であることが採用では絶対条件ですね。特にコアメンバーに関してはこだわって採用してきました。今活躍してくれているビジネスサイドのヘッドも、初めてコンタクトしてから採用まで1年半ほど時間をかけましたから。
――最後に、核融合炉が完成した先の未来について教えてください。
田口:まず、資源に依存しなくなりますよね。特に日本みたいに自国の資源が乏しい国からすると、エネルギー源はほぼ海外に依存しているわけですよ。特に今は火力発電に相当頼っているので、海外から供給を止められると当然エネルギー確保は立ち行かなくなります。しかも昨今はコストも上がっていて、日本にとってエネルギー源の安定確保は重要な課題です。
しかし、核融合炉で発電できるようになれば、最もプライマリーな太陽のエネルギーを自分たちで生み出せることになります。つまり、海外のエネルギー資源に依存する必要はなくなります。その結果、原油価格などに振り回される必要もなくなりますし、外交だって楽になるでしょう。核融合炉が、国家安全保障の要になるわけです。お金に変えられないナショナルセキュリティを確保できるので、核融合炉の実現にはものすごく価値があるのです。そんな未来の実現に向けて、これからも全力を尽くしていきたいと思います。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:VALUE WORKS
撮影:幡手龍二