ネットゼロの実現に向けて、世界各国が再生可能エネルギー(再エネ)による電力にパワーシフトを図っている昨今。その中で、再エネの安定供給や活用最大化に役立つとして、蓄電システムの注目度が高まっている。
2023年、国内で新たに蓄電システムの開発を担うスタートアップが誕生した。元経産省官僚の岩田貴文氏が創業したESREE Energy株式会社である。
同社が取り組んでいるのは、再エネによって生み出された電力を、ヒートポンプの技術を用いて熱に変えて貯蔵し、必要に応じて再度電力として放出する「熱エネルギーの蓄熱・蓄電技術」の開発。国内ではあまり前例のない新たな仕組みや技術で、再エネの安定供給を支えようとしている。
岩田氏は、「官僚経験は、スタートアップの運営に大いに活かせる」と語る。その理由や、現事業に行き着いた経緯、そしてこれからの再エネのあるべき姿について、お話を伺った。
岩田 貴文
ESREE Energy株式会社 代表取締役
2013年に経済産業省入省後、再生可能エネルギー、サイバーセキュリティ、産業技術政策等のプロジェクトに従事。2019年に退省し、同年、独立系VCより出資を受けて「株式会社ポンデテック」を起業。障がい者雇用のデジタル分野への移行支援事業を立ち上げて軌道に乗せた後、2022年4月に関西電力へ売却。再エネを取り巻く課題に取り組むべく、2023年にESREE Energyを創業する。
ポイント
・再エネは天候に左右されやすく、供給が不安定になるため、蓄電が不可欠。
・再エネ稼働で重視されるのが「S+3E」という考え方。「Safety(安全)」を前提とした上で、「Economic efficiency(経済合理性)」「Energy security(安全保障/安定供給)」「Environment(環境適合)」をそれぞれ伸ばしていくことが求められている。
・海外では、再エネの安定供給を実現する新たな方法として、LDES(長期エネルギー貯蔵)領域が盛り上がりを見せている。
・岩田氏が着目したのは、電池を使うよりも低価格で蓄電ができる「熱エネルギー」を活用したLDES。
・ESREE Energyでは、ヒートポンプ技術を使うことで、充電した電力分より大きな熱量を貯蔵できる蓄熱・蓄電技術を開発中。
・バックキャスティングが重要なクライメートテック領域のスタートアップでは、官僚経験が大いに役立つ。
INDEX
・再エネの弱点をカバーする「LDES」に惹かれた
・他社を巻き込み、大手に負けないビジネスモデルを
・ヒートポンプで、蓄えたエネルギーをより大きく
・再エネの導入コストを下げ、電力が安定供給される社会を
再エネの弱点をカバーする「LDES」に惹かれた
ーー岩田さんのキャリア遍歴を教えてください。
岩田:はじめに勤務したのは経済産業省で、大きく3つの仕事を担当していました。1つ目は再エネを含めたエネルギーミックス政策の策定業務、2つ目がサイバーセキュリティ政策の推進業務で、3つ目は産業技術政策に関する業務です。
エネルギーミックス政策のプロジェクトでは、将来的なエネルギー需給の見通しの策定を行ったり、再エネの安定供給に向けて蓄電池の補助事業を推進したりする仕事を行っていました。また産業技術政策では、国内企業からイノベーションを起こすための産学連携の推進やスタートアップ支援に携わっていました。
その後2019年に経産省を辞めて、ポンデテックという会社を立ち上げました。障がい者雇用のデジタル分野への移行支援事業を立ち上げ、ある程度スケールアップしたところで、関西電力に売却させていただくことになりました。
ポンデテックの引き継ぎを終えた後、以前から興味があった再エネの領域に踏み込もうと考え、2023年にESREE Energyを創業し、現在に至ります。
ーーなぜ、蓄電領域に挑もうと思ったのですか?
岩田:まず経産省から起業の道へ進んだのは、官僚時代に産業技術政策に携わったことがきっかけでした。日本は、ベンチャー企業やスタートアップに資金援助しようとする団体は一定数いる一方で、実際に起業しようとする人が不足しているのではないかという問題意識を持っていました。また、リスクのない国家公務員が「リスクを冒して挑戦しろ」と働きかけるのも変な話だなと思い、自らリスクを取って挑戦する側に回りたいと思いました。
蓄電の領域に踏み込んだのは、再エネのボトルネックである、供給の不安定さに対して、官僚時代の初期から問題意識を感じていたからです。太陽光や風力などを利用する再エネは「天候に左右される」という弱点があり、供給できる時間や量が極めて不安定です。しかし電力は需給が常に一致していなければいけないため、この不安定さが大きな痛手になります。だからこそ、必要なときに必要な分だけ電力供給するには「蓄電」は欠かせないと考えていました。
もう1点、再エネで重要視すべきなのが「S+3E」という考え方です。Sは「Safety(安全)」、3つのEはそれぞれ「Economic efficiency(経済合理性)」「Energy security(安全保障/安定供給)」「Environment(環境適合)」を指しており、再エネを普及させるには、安全性は大前提の上で、3つのEをいかに伸ばしていくかが大切だと提唱されています。しかし、これらをすべて並立させるのは至難の業で、皆が頭を抱えているわけです。
私はその“難しさ”に心惹かれて、海外のクライメートテックスタートアップや国内の専門家、研究報告書などを徹底的に調べるようになりました。そこで知ったのが、海外ではLDES(長期エネルギー貯蔵)という分野が盛り上がっているということでした。大量のエネルギーを長く貯蔵する技術・システムの導入によって、再エネの安定供給に寄与しようとする動きです。再エネ由来の電源比率がまだ高くない日本ではまだあまり注目されていませんが、今後確実に求められる分野になるだろうと考え、挑戦することにしました。
ーー学生時代からエネルギーに関する研究やインプットを行っていたのですか?
岩田:いえ、学生時代は土木を専攻していたので、エネルギー分野は専門外でした。蓄電事業を始動するために、電気主任技術者の3種の資格を取得したり、熱力学を一から学んだり、論文・知財を読み込んだり、専門家の方に話を聞きに行ったり……と、すべて勉強しなおしました。
他社を巻き込み、大手に負けないビジネスモデルを
ーー数あるLDES(長期エネルギー貯蔵)技術の中でも、熱エネルギーにフォーカスした理由はなんですか?
岩田:LDESは、電気化学系かそれ以外かの2種類に大別されています。電気化学系はいわゆる電池による貯蔵を指します。効率的に貯蔵ができる反面、新たな種類の電池を開発しようと思ったら、要素技術の開発から量産技術の開発まで長い道のりが必要になるため、技術的なリスクが様々あり、安価に蓄電できるようになるまでお金と時間がかかると考えました。一方、それ以外のLDESは熱エネルギーや位置エネルギー、圧力など原始的なエネルギーを用いるため、貯蔵効率はあまり高くないかもしれませんが、比較的、必要な要素技術開発は少なくて済み、低リスクでスピーディに開発を進められると考えました。そこで、この2つを比較したとき、後者の原始的なLDESに、私も挑戦してみることにしました。
ちなみに、後者を選んだのは、そもそもLDESに効率性はあまり必要ないのでは?と考えたのも理由の一つです。たとえば太陽エネルギーは、晴れている日は膨大に供給されるため、土地の狭い日本でさえ、ある程度太陽光発電が導入されている地域では、晴れている日の昼間の電気の価値は0円になります(BtoBの卸市場の価格)。その場合、極端な話、太陽光を1kWh(キロワットアワー)購入しても100kWh購入しても、購入代金は変わりませんよね。実際は、託送料等あるのでそのような単純な話でもないのですが、そう考えると、貯蔵効率の高低はあまり重要な問題ではありません。
また、蓄電している電力は常に売れるわけではなく、電力の不足時しか需要がありません。その上で再エネ電力を吸収・貯蔵する時間も必要なため、売れる時間や回数が限られます。つまり、蓄電は投資回収が難しいビジネスなんですね。となると、とにかく本体価格が安いLDES装置が今後求められるだろうと考え、最終的に熱エネルギーに辿り着きました。
ーーコストが理由となると規模勝負になり、スタートアップは大手企業に負けてしまうのではないかと感じました。何か勝ち筋が見えていたのですか?
岩田:私もそこが懸念点だったのですが、海外を見てみると、うまく事業を回しているスタートアップも多かったんです。そのポイントは、ビジネスモデルにありました。
単純にスタートアップ一社だけですべてを動かすとなると、当然大手企業には勝てません。しかし、他社も巻き込んでパートナーシップを組んだ上で、「貯蔵装置を動かすときにどうしても必要になるコア技術」の知財やノウハウをピンポイントで押さえられると、勝ち筋が見えてくるのです。
たとえば位置エネルギーを活用する蓄電システムを構築するために、コンクリートブロックを積み上げる装置を作るとします。その場合、ほとんどは土木・建築会社さんにお願いすることになりますよね。ただ、その装置にはもしかしたら「積み上げたブロックが風に煽られないように制御する」という、あまり見ない特殊技術が必要になるかもしれません。このようなニッチなニーズを見出し、それを満たす特許技術やソフトが作れたら、大きな付加価値が生まれるのではないでしょうか。これはあくまでたとえ話ですが、このような観点で、我々も試行錯誤を重ねています。
ヒートポンプで、蓄えたエネルギーをより大きく
ーーESREE Energyが開発している熱エネルギーの蓄熱・蓄電技術について、詳しく教えてください。
岩田:我々が開発しているのは、再エネによる電力を熱エネルギーとして貯蔵し、必要なときにまた電気に戻して放電する蓄電システムです。他の蓄電装置との違いは、取り入れた電力をより大きなエネルギーにして貯蔵ができる点です。
電熱線や電気ヒーターを使う一般的な蓄電システムは、1kWhの電気を取り入れても1kWh分の熱しか貯蔵することができません。しかし当社はヒートポンプを使って熱を作り上げるため、「1kWhの電力を3kWhにする」といったことが可能なのです。ヒートポンプ自体はエアコンなどにも使われている昔ながらの装置ですが、それを再エネの蓄電システムに活用しようとしている国内企業は、当社以外にはまだないと思います。これにより、蓄熱蓄電の弱点である充放電効率の低さを克服できると考えています。
ーー技術開発は、現在どのくらいのフェーズまで来ているのでしょうか?
岩田:現在は、町工場でカーエアコンを改造してもらって、スモールレベルで原理の検証を進めている段階です。
我々はできる限り低価格な蓄電システムを作ろうとしているため、蓄熱体も安価なものを使用すべく、研究開発を進めています。ただ、安価な蓄熱体は、必ずしも伝熱性能が良いとは限りません。つまり、ヒートポンプで生み出した熱を蓄熱体に移したり、貯めた熱をまた電気として取り出したりする過程が難しいんですよね。その点をどう解決するかを、東京大学と協力して研究に取り組んでいます。
ーー今後、どのようなビジネス展開を考えていますか?
岩田:これまでお話した蓄電システムの価格や充放電効率以外の観点では、国内のサプライヤーのみで作れる蓄電システムの構築です。先ほど話した「S+3E」のEnergy security(安全保障)を担保するには、海外に頼らない体制を作ることが重要であるため、国内のパートナー企業と協業して大規模な蓄電システムを作りたいです。
一方、LDES市場が盛り上がっている海外での事業展開も視野に入れています。たとえば、風況の良い地域の風力によって生み出したエネルギーを都市部まで運ぶには、普通は風力発電所から需要地まで送電線を引かなければなりません。風力発電に蓄電システムを併設すれば、現地で再エネを使い切れるようになり、送電線を引くよりも安価で電力が使えるようになると思います。
また近年、グリーン水素の生産やグリーン製鉄のために、オーストラリアや中東、南米などの広大な土地に発電所を作ろうとする動きがあるのですが、やはり再エネの不安定さから蓄電システムの導入は不可欠です。そこに我々が介入できればいいなと期待しています。いずれにせよ、社会に非常に大きなインパクトを与えられる会社を目指したいです。
再エネの導入コストを下げ、電力が安定供給される社会を
ーースタートアップを運営する上で、官僚の経験が活きた部分はありますか?
岩田:官僚経験は、スタートアップ運営に大いに役立っている実感があります。まず、役所はとにかく異動が多くて担当業務が変わるのですが、その都度、各業務のプロとしての知識が求められます。私も以前、知識がほとんどない状態で税制担当に異動したにもかかわらず、着任1週間後に「税理士向けのセミナーに登壇してほしい」と言われたことがありました。そのため新しいことをキャッチアップするスキルは異様に鍛えられており、ゼロからスタートアップを立ち上げる際に助けられました。
加えて、官僚は多くのステークホルダーと関わり、巻き込んでいく経験も豊富に積んでいると思います。その点はスタートアップも同様で、パートナーシップを組む企業や投資家、顧客、規制当局など、さまざまな人と手を取り合わなければ大きいプロジェクトを動かせず、イノベーションも起こせません。多様なステークホルダーと関係性を築き、それぞれにメリットがある形で物事を仕込んでいくプロセスは、官僚の仕事と似ているなと思います。
さらにクライメートテック領域に関して言うと、ビジネスの行く末は政府が出す規制や促進策に大きく左右されるものです。そのため、それらを正しく理解したり、動向を予測したりするスキルを持っているという点で、官僚出身者は有利なのではないでしょうか。バックキャスティングが重要なクライメートテック領域において、これは大きなメリットだと考えています。
ーー近い将来、ESREE Energyの蓄電システムが稼働すると、世の中はどう変わっていくでしょうか?
岩田:再エネ普及率を大幅に高めようとした際に必要となるコストを抑えることができると考えています。それにより、ゼロエミ電源比率の向上に寄与できると考えています。冒頭でお話ししたとおり、再エネは天候に左右される不安定さが弱点で、再エネの比率を高めるため、電池などの蓄電システムで貯蔵しようとすると果てしなくお金がかかってしまうんですね。しかし当社の技術を活用すれば、再エネ電力を低価格で貯蔵することができ、再エネを導入する余地も大きくなると考えています。
当社が開発している蓄電システムを使えば、サッカーコート3面分の蓄電装置で1200MWhを蓄電することができるという見通しです。これは、8万世帯が1日に使う電気量と同等です。そこまで広い土地がなくてもこれだけの電力を貯めておけるので、日本国内にも普及させやすいのではないかと考えています。
今後、これまで主に火力発電が担っていた調整力が不足していくのは確実です。ゼロエミ電源を増やしても電力が当たり前に安定供給される未来を、ESREE Energyが作っていきます。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:VALUE WORKS
撮影:幡手龍二