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スウェーデンで広がるEVとデマンドレスポンス|環境経済学から見るクライメートアクション vol.5

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連載vol.1でも書いた通り、2024年度はスウェーデン・ヨーテボリ大学に客員研究員として滞在しています。今回の記事ではその経緯とネットゼロ社会にひと足先に向かうスウェーデンの様子を紹介します。

<ヨーテボリ中央駅>

INDEX

スウェーデンで進むネットゼロ
スウェーデンの電気自動車シェア
時には電力を供給する側にも。同僚のEV充電ライフ
海外での研究にスウェーデンを選んだ理由
日本とスウェーデンの協力でネットゼロへ

スウェーデンで進むネットゼロ

スウェーデンの強みは電力がほぼゼロカーボン電力[*1]である点です。最新の2023年の統計によると、全発電量16.6万GWhの内訳は水力発電が40%で最大の割合、続いて原子力発電29%、風力発電21%、バイオマスによる火力発電と太陽光発電が合わせて8%、そして、残りの1.5%が天然ガスなどの火力発電となっています。つまり、合計で98.5%が脱炭素電源なのです。その上、発電量が需要量を超えており、この2年は電気料金が安く電力の輸出も行っています。

この電源構成と電気料金は社会全体のネットゼロを目指す上で非常に大きなアドバンテージです。電気が安く、その発電時にCO2がほぼ発生しない。これはCO2を生じさせる活動を電化していくだけで、ネットゼロに近づいていけることを意味します。この強みを背景に、スウェーデンではゼロカーボン電力を活用してグリーン水素[*2]を生成し、グリーンな製鉄を行うプロジェクトも複数進行しています。家庭から産業まで、世界で見ても先進的にネットゼロに向かっている国だと言えます。

日本に目を向けると、化石燃料での火力発電の割合が72%と高く、現状では電気と電気自動車(EV)を使用することがゼロカーボンに直結しません。他方、ほぼゼロカーボン電力のスウェーデンでは、ガソリンやディーゼル車からEVやプラグインハイブリッド車(PHV)にシフトすることで明快にネットゼロ社会に向かうことが可能となります。事実、スウェーデンを含む北欧諸国はEVの普及が先行的に進む地域の一つでもあります。そこで次にスウェーデンの自動車市場を見てみましょう。

*1再生可能エネルギーなど、発電によるCO2排出係数がゼロの電力
*2 生成時にCO2を排出しない水素の一種

スウェーデンの電気自動車シェア

まずはスウェーデンで現在使用されている乗用車のエンジンタイプ別シェアを見てみます。図1はスウェーデン統計局から公表されている最新のデータで2023年末の統計より作成しました。


図1 スウェーデンの使用中乗用車タイプ別シェア(2023年12月末時点)

図1を見ると、現在使用されている乗用車ではEVが5.9%でPHVが5.5%となっています。一方、いわゆるハイブリッド車(HV)は3.8%に過ぎません。そして、ガソリン車が48.3%で欧州に多いディーゼル車が32.3%であり、合わせて約8割を占めています。つまり、これまでに購入され、現在走っている乗用車についてはまだまだガソリン/ディーゼル車が大半ということになります。

参考までに日本の状況も確認しておきます。最新の2023年度末のデータによると、乗用車保有台数に占めるEVのシェアは0.3%でPHVは0.4%です。一方、ハイブリッド車が20.1%となっており、スウェーデンと日本ではどちらもガソリン/ディーゼル車が8割ですが、残り2割の電動車の内訳が大きく異なっています。

再びスウェーデンの統計に戻って、2024年(2024年1月から11月)の新規登録車のシェア、図2を見てみましょう。この「最近買われた車」のタイプは図1の「現在走っている車」とは大きく異なる割合となっています。EVが33.6%、PHVが22.9%、HVが9.3%で、残りのガソリン/ディーゼル車で約3割となっています。つまり、直近の動向として2024年に入ってから新車・中古車で購入された車においては、EVとPHVで半数を超えているのです。


図2 スウェーデンの新規登録乗用車タイプ別シェア(2024年1月-11月末)

最近、欧州でEV需要が落ち着いたというニュースも見かけますし、スウェーデンでも景気の停滞や2022年11月にEV補助金のカットという政策変更があり、新規登録車のEVシェアはピーク時より下がっています。ただ、ピーク時より下がってもこの市場動向なのです。このシェアの傾向から分かる通り、堅調にEVシフトが進んでいると言えます。

スウェーデンに来てから、実際、街中で多くのEVを見かけます。私の住むヨーテボリはストックホルムに次ぐスウェーデン第二の都市であり、地方よりもEV比率が高いかもしれません。肌感覚では図1の割合以上にEVを見かけるように思います。EVでよく見かけるメーカーとしては、テスラやフォルクスワーゲンやボルボが挙げられます。実は、ここヨーテボリは、ボルボの本社があり、自動車製造で発展して来た工業・商業都市です。

EVやPHVの普及が急速に進むこの国ですが、いわゆるガソリンススタンドのようなEV充電ステーションはほとんど見かけません。代わりに、普段の生活で駐車する場所の各所にEV充電器が設置されています。
例えば、一戸建ての家では外壁のコンセントに専用のアダプターを付けて、家の前に停めてあるEVを充電しているようです。週末に近所を散歩すると、あちらこちらの家でEVの充電をしているのを見かけます。他にも教会や市営体育館などの市民が週末を過ごす場所の駐車場に複数の充電器が設置されています。また、職場や街中のパーキングでも充電器を見かけます。平日の仕事中にも充電をしているのでしょう。

時には電力を供給する側にも。同僚のEV充電ライフ

ヨーテボリ大学経済学部で同僚として同じフロアで働く先生たちにもEV保有者がいます。そのうちの一人の行動経済学者の先生にEVの充電について聞いた話を紹介しましょう。


<ヨーテボリ大学経済学部>

彼女は一戸建てに住んでいて、数年前からEVに乗っており、家の屋根には太陽光パネルも設置しています。そして、電力の小売事業者としてはTibberという会社と契約しているそうです。この会社のメインとなる価格プランがリアルタイム・プライシングです。これは例えば、1時間ごとに電気の単価が変化する価格プランです。日本でも「Looopでんき」のようにリアルタイム・プライシングで電気を提供するスタートアップが登場していますが、まだほとんどのご家庭が時間帯によらず同じ単価の価格プランか、昼間と夜間の単価が違う程度のプランだと思います。これに対して、リアルタイム・プライシングでは卸売市場と連動し、30分や1時間ごとに刻々と電気代の単価が変化します。そして、このTibber社のアプリでは刻一刻と変化する電気料金を簡単にチェックできるとのことです。

さらに、Tibber社ではいわゆる「でんき予報」も行っています。つまり、毎週の初めに専門家による価格の予測が行われ、天気予報のように「今週の電気料金予報」がアプリで通知されるのです。同僚の行動経済学者はこの電気料金予報を見て、行動を変えているそうです。例えば、食洗器や洗濯機の使用は電気を大きく消費します。そこでこの後、電気料金が高そうという予報が出ていると洗濯などを後回しにして、安い予報が出ている時に行うのだそうです。天気予報を見て、傘を持って行くか行動を変えるのと同じように、家電の使用タイミングを変えるわけです。価格シグナルが機能して、いわゆるデマンドリスポンスが実現されていると言えます。

さて、彼女の家ではEV充電は自宅の屋外コンセントから行うのが基本です。そこで、「EVの充電も電気料金予報を見て変えているの?」と質問したところ、「いえ、それはしてないの。EVは家にある時はずっとコンセントに繋いでおくの」とのことでした。

ここからが興味深いのですが、Tibber社ではEV充電を遠隔でコントロールするのだそうです。つまり、彼女が行動を変える必要はなく、電気料金が安い時間帯にTibber社が充電をしてくれていて、逆に高い時間帯にはコンセントに繋がっていても充電されないのだそうです。
さらに、彼女が知らない間にEVから電力の供給を行っていることもあるとのことです。スウェーデンの電源構成には一定程度の風力が含まれます。また、他国と繋がった卸売市場であり、他国の電力需要・供給によって価格の変動もあります。彼女のEVがフル充電されていて、それでいて市場の電気価格が高い時には、Tibber社がそのEVから電力を買い上げてスマートグリッド(次世代電力網)に供給することがあるのだそうです。いわゆるV2G(Vehicle to Grid)が商用化され、生活に根付いているのです。こうして、EV充電については行動変容が不要となっていて、時には彼女はEVから電力を供給する側になっているようでした。

海外での研究にスウェーデンを選んだ理由

所属する一橋大学より、一年間海外で研究する機会をもらってここヨーテボリに来ています。私が利用している制度では自分で交渉して行き先の研究機関を見つけることになっています。逆に言えば、世界中の大学・研究機関から自由に候補を選ぶことが出来ました。私はヨーテボリ大学を第一希望として、幸いにも受け入れてもらえることが決まり、今回の渡航が叶いました。ヨーテボリ大学を選んだ最大の理由は憧れの研究者がいたからです。環境経済学に行動経済学の理論を導入し、フィールド実験研究を行う先生がいて、その方に受入れを依頼して今に至ります。ただ、他にもスウェーデンを選んだ理由がありました。

理由その1)気候変動政策の先進国
最大の理由は上記の先生の存在でしたが、スウェーデンが気候変動政策の先進国であることも背景にありました。連載Vol.3で紹介した通り、1991年にカーボンプライシングが導入されています。これはフィンランドに続いて世界で二番目で、日本より20年早い社会実装でした。クライメートアクションの先進国が現在何に取り組もうとしているのか?どんな暮らしがあるのか?それを肌で感じたいと考えたのも選んだ理由でした。

理由その2)日本と似た産業構造
もう一つの理由は日本と似た産業構造という点です。あまり知られていませんが、スウェーデンには鉄鋼産業があり、造船業や自動車産業で発展してきた製造業の国でこの点で日本と通じるところがあります。ただし、人口密度は日本よりも低く、電源構成も上述の通りに大きく異なります。それでも、製造業で発展してきた国で、ネットゼロに一足先に向かう国の取り組みは日本の政策形成やエコシステムの変容において参考になるのではと考えました。

理由その3)イノベーションの先進国
そして、イノベーションの先進国であることも理由の一つです。音楽配信のSpotifyや決済サービスのKlarnaなどのスタートアップが生まれ、国連の専門機関によるGlobal Innovation Indexでは2024年に世界2位、人口一人当たりのベンチャーキャピタル投資額でヨーロッパ1位など、実はイノベーション・エコシステムが発展している国でもあります。Northvoltの苦境が伝えられていますが、Vol.2で紹介したVargasとスウェーデン政府による取り組みをもっと調べたいという理由もありました。

この他にも、英語で暮らせて治安がいい点なども理由でしたし、8カ月暮らしてみて日本人にとって住みやすい外国だなと感じます。ヨーテボリ大学に断られたら、ノルウェー商科大学やマンチェスター大学にお願いしてみようかと他の候補も考えていましたが、結果的にここに受け入れてもらえてよかったです。


<観光スポットのハーガ地区>

日本とスウェーデンの協力でネットゼロへ

ネットゼロの道のりにおいて、スウェーデンは日本のはるか先を進んでいると言わざるを得ません。私の感覚に過ぎませんが、今のスウェーデンが日本の2040年頃の目標のイメージです。もちろん、スウェーデンと日本では地形や置かれている状況が異なるため、真似をすべきとは考えていません。日本で今からダムを建設してスウェーデンのように水力発電を増やすことはまた別の環境問題や社会問題を生んでしまうでしょう。電力のカーボンフットプリントが比較的高い現状で、スウェーデンのようにEVシェアをHVよりも高めることがネットゼロへの最適パスとは考えていません。

それでも、スウェーデンから私たちが学べることは多いでしょう。イノベーションを起こすことを重視し、イノベーティブな政策を導入し、ネットゼロに向けて着実に社会を変えていく姿勢。そのまま真似る必要は無く、日本には日本の社会と歴史を踏まえたやり方があると考えますが、その姿勢には多くの見習う点があると感じています。

逆に、日本がスウェーデンに協力できることも多いと考えています。それを示すかのように、2024年12月4日にスウェーデンのウルフ・クリステション首相とエネルギー担当大臣らが来日し、石破茂首相と会談しました。クライメートアクションの先進国首脳が日本に来てくれて、協力を依頼してくれたのです。こうして、日本政府とスウェーデン政府は「戦略的パートナーシップ」を締結し、加えて「エネルギーとイノベーションにおける協力」という今後5年間の協定も結びました。この内容によると、カーボンニュートラルを達成する手段としてのディープテックや新興グリーンテクノロジー分野での科学・技術協力の拡大が挙げられています。
このように、トップ同士の協力関係も加速している中、私としてはアカデミアや産業界の草の根からボトムアップで二国の協力関係を築き、両国をネットゼロに向けて行くことに貢献したいと考えています。日本のエネルギー関連の技術力や豊富な人的資本でスウェーデンに貢献し、エコシステムと制度設計をスウェーデンから学び、共にイノベーションと政策でネットゼロに向かっていく未来が見えています。

主な参考資料:
[1]Statistics Sweden (2024年12月14日Webサイトアクセス)
電力統計
自動車統計
[2]一般財団法人自動車検査登録情報協会(2024年12月15日Webサイトアクセス)
[3]WIPO (2024) Global Innovation Index 2024
[4]ノルディックイノベーションハウス東京(2024年6月10日)「北欧スタートアップエコシステムの特徴」
[5]Dealroom (2024) Sweden tech 2023 REPORT

[横尾英史:一橋大学大学院経済学研究科 准教授]
専門は環境経済学。経済学の理論と手法を応用して、環境政策に関係する人々の選択や市場の動向を研究。
京都大学にて博士(経済学)を取得。環境経済・政策学会常務理事、経済産業研究所リサーチアソシエイト、国立環境研究所客員研究員等を兼務。2024年度はスウェーデン・ヨーテボリ大学経済学部に滞在中。