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日本の地方から始まるローカーボンR&D-ワインの事例 | 環境経済学から見るクライメートアクション vol.4

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日本が2050年に国全体でネットゼロを達成できた時、私たちが手にするプロダクトの大半が「化石燃料由来のCO2を排出せずに製造されたもの」となる見込みです。これらの製品は英語でCarbon-Neutral Productなどと呼ばれ、日本では「ゼロカーボン製品」と訳されています。しかし、いきなり「ゼロ」にするのは簡単ではないため、従来品と比べて「低い」を積み重ねていく「ローカーボン製品」の開発にも注目が集まっています。前回のコラムVol.3ではカーボンプライシングがローカーボン製品の普及を後押しすることを期待できると書きました。今回は、日本の地方部で始まっているローカーボン製品開発の取り組みを紹介します。

INDEX

ローカーボン製品とそのための「足跡」算定
大手テック企業にしか出来ないか?
ローカーボン製品としての「ワイン」
鳥取でのローカーボン・ワイン開発
日本各地でじわじわと進むワインのネットゼロ化
地方でも出来る「クライメートアクション」へ

ローカーボン製品とそのための「足跡」算定

従来品よりも製造時のCO2排出量が少ない「ローカーボン製品」。ネットゼロを目指す世界的なトレンドの影響や「クライメートアクション(気候変動対策)」に敏感なセグメントに向けた戦略として、世界中でその研究開発(R&D)が始まっています。
身近な例として、製造時のCO2排出量を計測し、それを公開しているスニーカー・メーカーがあります。また、2023年発売のApple Watchは製造時のCO2排出量を大幅に削減し(ローカーボンにした上で)、残りの排出分のカーボンクレジットを購入することで名目上のゼロカーボン製品としています。

こうした動きは、私たちが日常的に手にする製品にとどまらず、グリーン・スチールという鋼材やローカーボンなセメント、プラスチックなどにも広がっています。コラムVol.2で紹介したNorthvolt社はローカーボンなバッテリーの開発を目指して奮闘中です。このような素材や部品のローカーボン化があってはじめて、消費者が手にする製品がゼロカーボンに近づきます。

ゼロカーボン製品やローカーボン製品の開発に必要なプロセスとして、製品の自然環境への負荷を可視化した「フットプリント」の計測・算定があります。フットプリントは「足跡」という意味ですが、環境学ではある製品の原材料の採掘・採取から使用後の廃棄に至るまで、どれだけ環境に「負荷という足跡を残してきたか?」を数値で表す用語として使われています。

フットプリントは、大気汚染や水利用、資源採掘や土地改変に関するものも考案されていますが、ネットゼロへの道のりで最も重視されるのは「カーボンフットプリント」です。これは化石燃料由来のCO2のフットプリントを意味します。本来ならば原材料の採掘・採取から消費者が使用した後の廃棄に至るまでのCO2排出量を計測します。ただし、実務上は「原材料の採掘から出荷まで」など、一企業で管理できる範囲に限定して算定することも多いです。

大手テック企業にしか出来ないか?

ローカーボン製品の開発には、巨大な資本とディープテックが必要というイメージやAppleのような世界的な企業がいち早く実施するイメージもあるのではないでしょうか。また、開発のために必要なカーボンフットプリントの算定にもノウハウとマンパワーを必要とします。

しかし、農業に目を向けてみれば、畑での野菜や果物の栽培自体からは化石燃料由来のCO2は出ません。空調を入れたハウス栽培やトラクターを使えばCO2を排出しますが、その部分を工夫し、電気と燃料の使用を効率化することでローカーボン製品とすることも可能です。

つまり、スニーカーやハイテク製品でなくともローカーボン製品になりうるのです。むしろ、金属やプラスチックを使わない製品の方がローカーボン化しやすい側面もあります。実際、国内外で農産品や食品のカーボンフットプリント算定が盛んに行われています。また、ビュッフェ形式の食堂などでメニューにカーボンフットプリントを明記する取組も各地で見られます。これらは「CO2をたくさん出しているから可視化すべき」というよりも、「ゼロカーボンに近そうだから可視化しよう」という取り組みと言えるでしょう。

農産品や食品・飲料品に向けたカーボンフットプリント政策も始まっています。例えば、(まさに今年)2024年には農林水産省が農産物加工食品のカーボンフットプリントを算定するガイドを開発・公表しました。そして、これから生まれてくるローカーボン製品の普及を後押しするために、「みえるらべる」というラベル制度もスタートさせています。基本的に、ローカーボン製品は製品そのものが新しいわけではありません。残念ながら、従来品よりも機能面で上をいくとは限らない新商品なのです。ただし、気候変動対策がなされていて、将来世代フレンドリーではある。それをエコラベルのように示せると差別化に繋がるでしょう。

また、カーボンフットプリントの算定結果が数値で表示されていても、それが高いか低いか判断しづらい場合があります。そこで、こういったラベルによって「ローカーボンで製造された」というシグナルを見える化するわけです。こうすれば消費者が「みえるらべる」を確認するだけで済むはずだというのが政策の狙いです。

ローカーボン製品としての「ワイン」

あまり知られていませんが、「ワイン」もローカーボン製品の開発が進んでいる一例です。そもそもぶどうやワインの生産は、製鉄や火力発電のように大量のCO2が出るわけではありません。従って、醸造・熟成の際の冷蔵庫の電気やトラクターの利用を見直すことでゼロカーボン・ワインを生産することも夢ではありません。このように比較的簡単にゼロカーボン製品を生み出せそうな点、そして、ワイン需要家の中に環境問題に関心のあるセグメントが少なくない点がローカーボン・ワインの開発が国内外で始まっている理由だと私は考えています。

イタリア、オーストラリア、アメリカ・カリフォルニア州などでは、ワイナリーによるカーボンフットプリントの算定が始まっています。算定結果から排出が多いプロセスを特定した後は、排出の削減に取り組んでいます。そして、ローカーボンであることをラベルなどで見える化します。また、こうした取り組みを進めるワイナリーの国際的な団体「インターナショナル・ワイナリーズ・フォー・クライメートアクション」も設立され、各国政府の政策による後押しも広がっています。

鳥取でのローカーボン・ワイン開発

そんな中、日本の地方部にもローカーボン・ワインを作る試みを始めたワイナリーがあります。

鳥取県にある「兎ッ兎(とっと)ワイナリー」では自社ワインのカーボンフットプリント算定と削減に取り組まれています。ぶどうの産地である鳥取市国府町にあるこのワイナリーではおよそ20品種のぶどうを栽培し、自社でワインを醸造しています。こちらの代表的なワインの一つが「ヤマソービニオン」という品種のぶどうを使った赤ワインです。ちなみにこの品種は「山ぶどう」と「カベルネソービニヨン」の交配で生まれた日本品種です。兎ッ兎ワイナリーではこのワイン「ヤマソービニオン2022」の生産プロセスのカーボンフットプリント算定を自社でされました。

兎ッ兎ワイナリーは、以前からネットゼロに向けたCO2排出削減に取り組んでおり、その最たるものが使用電力の再生可能エネルギーへの切り替えでした。地域の電力会社である「とっとり市民電力」と契約することで、2020年から段階的に再エネへのシフトを進め、2022年には使用電力の100%再エネ化を実現しています。また、このように気候変動の緩和を目指しつつも、すでに予想される今後の気候変動に備えて適応できるぶどうの新品種開発にも取り組まれています。2022年からはこれらの取り組みをまとめた「サステイナブルレポート」の公開も行っています。これらの経緯を踏まえ、鳥取県のカーボンフットプリント算定事業の下で上述の算定を行ったのです。

私がこう書くのも失礼ではありますが、兎ッ兎ワイナリーは決して規模の大きな企業とは言えないかもしれません。日本の地方部にある比較的小さな企業がぶどう栽培とワイン醸造を行っていると言えるでしょう。しかし、取り組んでいらっしゃるのは先進的なローカーボン製品開発です。ちなみに兎ッ兎ワイナリーでは英語版のサステイナブルレポートの公開もされており、海外からのサイト来訪もあるとのことです。

日本各地でじわじわと進むワインのネットゼロ化

兎ッ兎ワイナリー以外にも再エネへのシフトを進めるワイナリーが登場しています(例えば、キリン社サッポロビール社)。ただし、ワインのカーボンフットプリント算定の国内事例はまだ多くありません。そこで、農林水産省の農林水産政策研究所では国内のまた別の小規模なワイナリーの協力を得て、ワイン製造時の温室効果ガス排出量を算定する研究プロジェクトを実施しました。その結果は、すでに日本LCA学会でも報告されています。こういった試みが増えることで、算定方法のノウハウや算定結果が業界に蓄積されていくことでしょう。そして、算定以外にもクライメートアクションがありえます。

廃棄物削減の取り組みが、結果的にCO2削減に繋がることもあります。ワインの原材料から出荷までを対象に算定を行うと瓶の製造プロセスから出るCO2の割合が多いことが見えてきます。大阪府柏原市の「カタシモワイナリー」はワイン瓶のリユースに取り組まれています。元々は違う狙いでこの取り組みを始められたとのことですが、カーボンフットプリント算定結果を知っている研究者からするとワインのローカーボン化にも繋がる試みだと言えます。原料生産から消費までのどこからCO2が出ているかを把握できると、意図せずクライメートアクションを取りうるのです。

ゼロカーボンを超えて「カーボンネガティブ」を見据えた取り組みもあります。日本最大のワイン産地である山梨県の「新巻葡萄酒」ではぶどうの木を活かした大気中からのCO2除去と固定に取り組まれました。ぶどう・ワイン造りは、植樹であり果樹を育てるプロセスであり、樹木でCO2を回収する営みにもなります。そして、剪定で生じた枝を適切に処理することで、CO2を大気中から減らせる可能性があります。この剪定枝によるCO2除去は世界的にも研究開発の進む取り組みであり、新巻葡萄酒ではもう4年以上前からこのパイロット事業をされています。


新巻葡萄酒のぶどう畑と剪定枝(筆者撮影)

これらの取り組みが進めば、日本のワイン生産が他の業界よりも先にゼロカーボンを達成するかもしれません。日本の産業を見渡した時の「ファースト・ムーバー」になる可能性があるのです。あくまで可能性ですが、炭素貯留の取り組みが大規模に商用化すれば、「日本ワインを飲めば飲むほどCO2が大気から減る」なんていう未来も訪れるかもしれません。

地方でも出来る「クライメートアクション」へ

私は群馬県で生まれ育ち、桐生という街で小中高と過ごしました。しかし、今では少子化が進んでしまい、私が卒業した中学校はもう無くなってしまいました。最近では廃校になった校舎が映画などのロケに使われているようです。その桐生北中の先生が理科の授業で「地球温暖化」を教えてくれました。今思えば、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)の3回目(COP3)が京都で開かれ、京都議定書の採択が議論されていた頃でした。ちなみにこの11月には今年のCOP29がアゼルバイジャン共和国・バクーで開催されています。

ネットゼロに向けたイノベーションには高度で先端的な科学技術が必須と言えます。ただし、必ずしも先端的ではないテクノロジーだって重要です。科学技術のフロンティアを広げていく営みと同じかそれ以上に大事なのが、すでにあるテクノロジーやノウハウを普及させていくことです。カーボンフットプリントの計測や算定はそれ自体がセールスや利益を増やすものではありません。むしろ、簡単にはやりにくいですし、時間と多少のコストもかかってしまいます。それでも、算定のノウハウやガイドラインが共有されつつあり、それを支援する政策も登場しています。こうして今や先端的なディープテック企業でなくても、地方でも出来るクライメートアクションになりつつあります。

今回紹介したのは決して規模が大きいとは言えない、主に家族経営のワイナリーです。鳥取、大阪、山梨と日本各地で、ワインを皮切りに様々な製品のカーボンフットプリント可視化とローカーボン製品のR&Dが始まっています。このムーブメントに次に取り組む業界はどこでしょう。どの地域でしょう。そして、そんなローカーボン製品を手に取ってくれる消費者が増え、マーケットが拡大していくことを願っています。

主な参考資料:
[1] 南斉規介,「フットプリントあれこれ」,2013年,国立環境研究所 資源循環・廃棄物研究センター オンラインマガジン環環.
https://www-cycle.nies.go.jp/magazine/mame/201311.html
[2] 髙橋梯二,原田喜美枝,小林和彦,齋藤博,『日本のワイン』,2017年,イカロス出版.

[横尾英史:一橋大学大学院経済学研究科 准教授]
専門は環境経済学。経済学の理論と手法を応用して、環境政策に関係する人々の選択や市場の動向を研究。
京都大学にて博士(経済学)を取得。環境経済・政策学会常務理事、経済産業研究所リサーチアソシエイト、国立環境研究所客員研究員等を兼務。2024年度はスウェーデン・ヨーテボリ大学経済学部に滞在中。