日本を代表する金融の中心地「東京・大手町」に、FinTech領域の新旧プレーヤーが融合してイノベーションを起こすために設立された株式会社FINOLAB。その新しい取り組みとして「金融イノベーションのステークホルダーが集まり、取り組むべき課題を話し、未来へのアクションを起こすための場」としてFuture Frontier Fes by FINOLAB(4F)をスタートした。
2020年3月23日から25日にかけて「REBOOT」をテーマとし、オンラインにてその様子が配信された。この記事では24日に行われた、東京証券取引所の上原大季氏と株式会社LayerXの福島良典氏のスピーチの様子を紹介していく。2人が語るFinTech業界での新しい取り組みとは。
INDEX
・投資領域のイノベーションを促進させる「データサンドボックス」プロジェクト
・イノベーションの阻害要因は、サービス開発時のイニシャルコスト
・LayerX福島氏が語る、これから起こる金融業界の変化
・業務の効率化の先でLayerXが目指すもの
・BtoBビジネスがダサいなんて言わせない
・当日のセッション
投資領域のイノベーションを促進させる「データサンドボックス」プロジェクト
上原氏が語ったのは、東京証券取引所の新しい取り組み「データサンドボックス」について。東京証券取引所は株式市場の運営のために様々な機能を有しており、そのうちの重要な機能の一つが、株価や売買情報を外部に配信する「株式情報」の提供だ。2019年8月に東京証券取引所はその情報提供機能を用いて、FINOLABとともに新しい取り組みを行うと発表している。
上原「FINOLABと東京証券取引所が取り組んでいる『データサンドボックス』は、FinTech業界の新しいイノベーションを促進するためのプロジェクトです。過去を振り返ると、これまでに投資領域ではいくつかのイノベーションが起きており、その代表的なものが『ネット証券』です。ネット証券により、それまで支店に足を運ぶか電話をしなければ売買できなかった証券を、どこでも気軽にリアルタイムの情報を見ながら売買できるようになりました。
その後も『ロボアドバイザー』や『AI投資』など新たな技術が登場し、自動で分散化できたり、ポイント投資によってこれまで100株単位でしか変えなかったのを、1株単位で買えるようになりました。確かにそれらも便利ではあるのですが、ネット証券が出てきた時と比べるとインパクトに欠けるというのが正直な印象です。
ネット証券が登場してから20年以上が経った今、そろそろネット証券に匹敵するようなインパクトのあるイノベーションが金融業界に求められているのです」
上原氏は業界全体の歴史の視点からだけでなく、ユーザー視点でもイノベーションが必要なタイミングだと語る。
上原「今の日本は課題先進国とも言われており、多くの社会課題が山積しています。国が掲げるSociety 5.0を見ても、経済の発展と社会課題の解決を両立させなければいけないことは明白です。社会課題と投資がどのように関係するのかいうと、例えば人生100年時代を例にとって考えてみましょう。
寿命が延びれば、それだけ多くの老後の資産が必要です。これまでは老後の生活費は貯金と年金で賄えていましたが、これから資産運用をしなければ豊かな老後を迎えられない時代になりつつあります。そのため投資は、誰もが向き合わなければいけない事柄の一つになっているのです」
イノベーションの阻害要因は、サービス開発時のイニシャルコスト
これから多くの人が関わる投資だからこそ、より便利に行えるようなイノベーションが求められていると上原氏は言う。しかし、投資領域でイノベーションが起きにくいのには理由があるようだ。
上原「投資サービスを開発するには、データの利用に大きなコストがかかり、それがイノベーションを阻害する要因になっています。リアルタイムのマーケットデータだけではなく、過去のヒストリカルデータなども仕入れるとなれば、多大なコストが発生します。売上に先行して大きなコストがかかることが、高い参入障壁となっているのです」
イノベーションの阻害要因となっているコストを削減するために行うのが、今回の「データサンドボックス」プロジェクトだと上原氏は語った。
上原「データサンドボックスは、新しいサービスを作るスタートアップに対して、私達が持つデータを一定期間無償で提供するプロジェクトです。上場企業に関する株価などのデータを無料で使えるため、スタートアップにはどんどん新しいチャレンジをしてもらいたいと思います。
また、提供できるデータは私達が保有するデータだけではありません。プロジェクトに共感してくれたパートナー企業が様々なデータを提供してくれているため、金融のプロが実際に使っているデータや分析環境を提供できるようになりました。今後もパートナーを募集しているので、FinTechに関連するデータを提供してくれる企業がいましたらぜひお声がけください」
LayerX福島氏が語る、これから起こる金融業界の変化
続いて株式会社LayerXの福島氏が登壇し、これから金融業界に起こりうる変化と、三井物産と新たに始めたプロジェクトについて語った。
福島「まずはLayerXが何をしている会社なのか紹介すると、ブロックチェーン技術を使ったソフトウェアを金融機関に提供している会社です。これまで証券や銀行、損保といった様々な金融機関に私達が作ったソフトウェアを導入してきました。
また、ソフトウェアを開発するにあたり、ブロックチェーンのR&Dもしています。その技術力は日本で初めてEthereum FoundationやWeb3 Foundationから助成金をもらうほど高く評価されています。現在いるメンバーも上場企業の創業時の経営経験者や、日本でトップクラスのブロックチェーン技術者が集まっている会社です」
続けて福島氏は、これから起こりうる金融業界への変化について話し始めた。
福島「これから『金融機関』が『金融機能』になっていきます。先日、アンドリーセン(全米トップクラスのVC)のAngela Strange氏が語った『全てのスタートアップがFinTech企業になる』という話も、まさに同じことを言っています。
これまでは金融サービスを行うのに、詐欺の防止や厳しいレギュレーションの遵守、データや決済システムなど様々なインフラ要素を揃えなければいけませんでした。それら全ての機能を持っていたのが、これまでの金融機関です。そして、それらの機能を維持するにはバックオフィスに莫大なコストがかかっていました。
しかし、これからはそれらの機能を外注できるようになっていき、UIとデータとライセンスさえ用意すれば、簡単に金融サービスが作れるようになるのです。AWSの登場によって、どのスタートアップも簡単にインフラを整えてウェブサービスを開発できるようになったように」
金融システムにかかるコストが下がることで、具体的にどのような変化が起きるかについても福島氏は語る。
福島「例えば証券化を例に見ていきましょう。現在、資産を証券化しようとすると約1億円、安くても数千万円はコストが発生します。そのため数百億円もする資産でなければ、これまで証券化することができなかったのです。1億円のコストがかかるのに、1億円の不動産を証券化する人はいないでしょう。しかし、もしそのコストを10分の1、もしくは100分の1にできたらどうでしょう。これまで証券化できなかった資産も証券化でき、資金調達の選択肢が増えることになります。
証券化における変化はコストだけではありません。現在は証券を買ってから自分の権利になるのに3日はかかっていますが、その時間も大幅に短縮可能です。ネット証券の登場によって、証券領域はデジタル化が進んでいるように見えますが、実際にはUIがデジタル化しただけで裏側の業務はアナログなままです。そのため紙での業務も多く残っており、非効率が多く存在しています。もしもブロックチェーンで業務を効率化できれば、証券を買った瞬間に自分のものになるのです。
様々なコストと時間が省略できれば、それだけでも金融機関は新しいマーケットを見つけたり、これまでできなかったサービスを提供できるようになります。ブロックチェーンで金融業界の業務を効率化すれば、私達の生活もより便利になっていくでしょう」
業務の効率化の先でLayerXが目指すもの
業務が効率化されて私達にメリットがあるのは嬉しいことだが、一方で金融業界の雇用が心配になる。業務が効率化されれば、それだけ人員も減らせるため、現在金融業界で働いている人たちの仕事はどうなるのだろうか。
福島「金融業界の仕事が減っても雇用の心配をする必要はありません。なぜなら私達のようなテクノロジー企業で、新たな雇用が生まれるからです。金融サービスを作るにはテクノロジーだけでなく金融業界の知識も必要ですが、私達には金融の知識はありません。そのため、金融の知識を持っている方たちの採用や、金融のノウハウをもっている企業との提携が重要になっていきます。既存の金融業界を壊していくのではなく、新しい金融インフラを作って業界全体を太く大きくしていくことが、私達が考えている構想です」
福島氏はFinTechの本番がこれから始まるとし、金融業界の既存プレーヤーとも積極的にパートナーを組んでいきたいと話した。その一環として行われたのが、先日発表した三井物産と共同で行うプロジェクトだ。
福島「三井物産とやろうとしているのは、ブロックチェーンを活用した新しいアセットマネジメントの会社を作ることです。資産の証券化などの業務を全てプログラムに落とし込んで、これまでにないアセットマネジメントをしていこうと思っています。
新しい会社を作るのではなく、既存のアセットマネジメントの会社にブロックチェーンを導入する選択肢もあったのですが、あえて新会社を設立しました。私は『出島戦略』と呼んでいるのですが、新しい島を作って成功したら他の企業にも普及させていく構想を練っています。そのプロジェクトを一緒にリスクとって行っていくパートナーとして組んだのが三井物産です。海外ではテクノロジーを活用したアセットマネジメントの会社は既に誕生していますが、日本では初めての試みとなります」
BtoBビジネスがダサいなんて言わせない
セッションの最後に福島氏は、日本のスタートアップシーンに対して、toBビジネスを仕掛ける重要性について説いた。
福島「LayerXを立ち上げた頃から『日本のベンチャー企業は本当に社会をよくしたのだろうか』とよく考えるようになりました。例えば1日24時間のうち寝る時間が8時間、仕事をする時間が8時間、自由にすごせるのが8時間だとします。これまでのベンチャーシーンはtoCビジネスに偏っていたため、自由な8時間の質は飛躍的に向上してきました。
しかし、その一方で働く8時間はどうでしょう。未だに紙での業務が多く残っており、機械でもできる仕事で人が消費されている職場が数多くあります。そのため、これからは働く8時間の質を上げるようなBtoB企業の重要性が高まっていくはずです。世間にはBtoCのビジネスはクールで、BtoBのビジネスはダサいという風潮がありますが、これからBtoBやBtoGビジネスをやるほうがクールな時代になっていくのです。
今からBtoCのビジネスで成功しても、大した話題になりませんが、BtoB、特に金融業界でイノベーションを起こせたら歴史の教科書に載るほど大きなインパクトになるはずです。もし、金融業界やBtoBの領域を食わず嫌いしている起業家がいたら、ぜひ一度チャレンジして欲しいですね」
福島氏の言葉はデータサンドボックスと相まって、金融業界に大きなチャンスがあることを指し示した。決済業界はこれからが本格的なイノベーションのはじまり。多くのスタートアップがこれから金融ビジネスにチャレンジしていくのが楽しみだ。
当日のセッション
東京証券取引所 上原大季氏
株式会社LayerX 福島良典氏
企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:戸谷信博