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差別化が困難と思われていたクレジットカードにZ世代向けの新風!推し活カード「ナッジ」が見つけた若者がクレカよりも現金を使う意外な理由

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自分が推すアイドルやアーティストを応援できる「ナッジカード」というクレジットカードがある。アーティストらのロゴや顔写真が入ったカードで支払うことで、提携先のアーティストを応援できる仕組みだ。提携先としては市町村やスポーツクラブもあるほか、植林やウクライナ人道支援などの社会貢献も選ぶことができる。

一般にこの業界では、巨大な資本を持つ大企業が圧倒的に有利である。しかしこちらを運営するナッジは、2020年創業、令和のスタートアップ。Fintech協会の会長を務める沖田氏が率いているとはいえ、その突破力には目を見張るものがある。

今回、新参者であるナッジがなぜ切り込めたのか、代表の沖田氏にお話を伺った。キャッシュレス業界の課題をどのように見定めたのか、その課題に対してどのようにアプローチしたのか。同氏は、「なぜ若者はお得で便利なキャッシュレスを使わないのか」という疑問に対し、既存の思考フレームを取り払い、若者の考えを本当の意味で理解することが重要だと語る。

沖田 貴史
ナッジ株式会社 代表取締役
一橋大学在学中に、電子決済大手ベリトランスを共同創業し2004年上場。
2012年econtext ASIA社を共同創業し、翌年香港市場に上場。(2015年まで代表取締役CEO) 2016年に、SBI Ripple Asia株式会社代表取締役に就任し、ブロックチェーン技術の日本・アジアでの実用化に貢献。
その間、米国Ripple社、インドネシアtokopedia社などのユニコーン企業の役員も歴任。 主な公職に、金融審議会専門委員、SBI大学院大学経営管理研究科教授など。
日経ビジネス 2014年日本の主役100人に選出。

INDEX

若者に浸透しないキャッシュレス。「お得で便利」だけでは広がらない
若い人たちがカードを避けるのは正しい感覚だ。「なんか怖い」を乗り越える発想の転換とは
若者にキャッシュレスを広めたい――クラブ機能というソリューション
成功の秘訣は、業界の慣習を「半分だけ捨てる」こと
ここがポイント

若者に浸透しないキャッシュレス。「お得で便利」だけでは広がらない

――日本ではいまだに現金が広く使われていて、キャッシュレス文化は進んでいないように思います。まずは、日本のキャッシュレス決済について簡単に教えてもらえますか。

沖田:実はかつて、日本はキャッシュレスの先進国だったのです。私が決済に関わりはじめたのは1997年、その頃には楽天市場のローンチなどeコマースが立ち上がって、電子決済が流行りはじめました。2000年代には「おサイフケータイ」が誕生しましたね。2000年代中頃までは、日本のキャッシュレスは世界を牽引する存在だったと言えます。

しかし、スマートフォンの時代になって日本のキャッシュレスは伸び悩みました。お店側の対応が間に合わなかったこともあり、キャッシュレス比率は世界から大きく遅れを取ることになります。

もっとも、コロナ禍の影響もあってキャッシュレス決済はじわじわと普及してきています。ただしその普及にも課題があって、日本のキャッシュレス普及は30代以上が牽引しているということです。消費者庁のデータによれば、キャッシュレス決済の利用率が最も高いのは30代[1]です。裏を返せば、20代のキャッシュレス比率はそれよりも低く、実は40代とほとんど同じレベルに留まっています。本来リテラシーが高く、新しいものを積極的に受容するはずの若者。彼ら・彼女らへの広まりが鈍いことは日本の課題だと言えるでしょう。

――比較的上の世代がキャッシュレスの波を引き起こしたというのは意外です。

沖田:この背景には、既存金融機関とのタッチポイントの差があります。ある程度資産を持っている方々と金融機関との接点は多く、金融側からのアプローチが30代以上に対しては効いているように思います。一方で、20代の若い方々に対しては施策が奏功していません。資産の蓄積はこれからという若者世代と金融機関との接点は限られているためです。

私たちは、新参プレーヤーとして、若い世代へのアプローチを進めるべきだと考えました。資産額こそ差があるかもしれませんが、決済の観点から言えば十分にターゲットになりえます。若い人はお金を持っていないからビジネスにならないと言う人もいますが、私はそうは思いません。可処分所得でいえば、多くの方々は月に10万円くらいは使うものです。もちろん足元だけでなくLTVの観点も含めて、若者世代と真剣に向き合う価値があると判断しました

――金融包摂のような考え方と近いのでしょうか。

沖田:いえ、必ずしもそういうわけではありません。銀行口座を作れない方々が多くいる途上国とは違って、日本の場合には銀行口座を持っているのにキャッシュレスが進んでいないという特徴があります。クレジットカードを作ることができる、あるいはクレジットカードを持っているのに、現金払いにこだわる人がいるのです。

そこに対して金融側は、キャッシュレスがお得だ、便利だというアピールを繰り返してきましたよね。CMなどで利便性をアピールしたり、ポイントを惜しみなく付与したりして普及させようと試みてきたのに、20代の方々にはなかなか刺さらない。それはなぜなのか。このシンプルな疑問に答えることがキャッシュレス普及の鍵だと考えたのです。

若い人たちがカードを避けるのは正しい感覚だ。「なんか怖い」を乗り越える発想の転換とは

――確かに、キャッシュレスは便利でお得なのに、なぜ普及しないのかは疑問ですよね。

沖田:このクエスチョンに対して、キャッシュレスを拒む人を「リテラシーが低い」などと考えてしまうきらいすらありました。しかし、若者世代のリテラシーが低いわけでは決してないはずです。ビジネスの観点からいえばユーザーは常に正しいと考えるべきですし、便益の大きいキャッシュレスを若者世代にこそ広げたいという思いもありました

そこで、なぜキャッシュレスを使わないのか、じっくりと考えてみることにしたのです。ナッジの立ち上げの際、50名くらいの若い方にユーザーインタビューを行いました。若者世代の声を実際に聞いて、そうした方々の考え方を知ることが大切だと考えたからです。

――インタビューの結果、若者がキャッシュレスを使わない理由はどこにあったのでしょうか。

沖田:結論から言うと、「怖さ」なんですよね。50人に取ったインタビューをまとめると、いろいろな理由が挙げられたものの、結局のところ怖さに帰結しました。キャッシュレスの便利さやお得さを理解した上で、「なんか怖い」という感情を抱いていたのです。

私たちは、それにきちんと向き合おうと考えました。というのも、キャッシュレスが何となく怖いからと現金生活を続けると、クレジットの履歴ができないまま年を重ねていきます。そうすると信用スコアがたまらず、ローンなどの審査にも不利になって、いつか本当にクレジットカードが作れなくなる可能性もある。以前の私であれば蔑ろにしていた若者世代の感情に対して、真正面から向き合うことが大切だと考えたのですね。

――しかし、「怖さ」が理由というのは難問ですね。

沖田:確かにそうです。しかし、「なんか怖い」をよく分析していくと、あながち間違ったものでも非合理的なものでもないと思うんです。

たとえば、「口座引き落としは、なんか怖い」という声が多くありました。ある日いきなり引き落とされるのが怖いといった意見です。従来の金融サイドからすると理解に苦しむのではないでしょうか。「事前にお知らせもあるし、明細にも書いてあるのに何を言っているんだ」と。しかし考えてみれば、決して見やすくはない明細を細かく確認する人や、何日にいくら引き落とされるかを正確に把握している人はほとんどいません。それなのに若者の怖さを非合理的だと切り捨てるのは、口座残高が潤沢にあるシルバー世代や、見やすくもない明細を送りつけている側の傲慢な偏見にすぎないのではないでしょうか。若者が抱いた「怖さ」は、実は合理的で正しい感覚でもあるのです。

――なるほど……。しかし、「怖さ」に対して、どのようにアプローチすればよいのでしょうか。

沖田:答えは簡単で、一度体験していただけばいいだけの話です。たとえばインターネットが出てきたとき、みんな怖がりましたよね。けれど今では誰しもがインターネットを使う。その理由は“全員がシステムや暗号技術について詳しくなったから安全性を理解できた”では決してないはずです。実際に体験してみることこそが、怖さを解消する術だと考えました。

それでは、どのようにすれば体験していただけるのか。何よりも大切なことは、ハードルを下げることです。そのためには、申し込みが面倒くさそう、せっかく申し込んでも審査に落ちるかもしれないといった感情に徹底的に寄り添うことが肝心だと考えました。

たとえば申し込みが面倒くさそうという感情に対しては、ハードルを下げるために、勤務先に電話をかけたりすることはないと伝えて安心していただいたり、スマホで3分で申し込めると説明したりしました。

あるいは、「新しい働き方」、たとえばフリーランスの方や、アイドルやクリエイターを目指している方々の中には、収入が不安定だから審査に通らないのではないか、大企業に勤めていないから審査で不利になるのではないかと二の足を踏んでしまう方々も少なくありません。しかし、そうした方々の中にも、生活をしっかりと営まれていて、借りたお金をきちんと返せる方は多くいらっしゃるはずです。ちょうど規制緩和もあって、よりダイナミックな与信が実現しつつあります。どの会社に所属しているのか、そこで何年勤めているのかといったスタティックな情報だけではなく、支払い履歴をはじめとした人となりの部分も含めて審査すべきだと考えました。

――若い方々の考えを否定するのではなく、それを基軸に考えるということですね。

沖田:その通りです。これまでのように、そうした方々の感情や考え方を無視して、便利な機能を揃えたり、お得なキャンペーンを打ったりするだけでは不十分だということです。もちろん、そうした機能面の整備も大切で怠ることはしませんが、それは必要条件でしかありません。

大切なことは、若者を「おかしい人」だと切り捨てず、彼ら・彼女らの考え方を尊重した上で「正しい人」だと理解して、その目線でサービスを導入することだと思うのです。便利でお得な機能を整えつつ、ユーザーに寄り添うことが大切。そう考えてローンチしたのが弊社のクラブ機能なのです。

若者にキャッシュレスを広めたい――クラブ機能というソリューション

――クラブ機能とはどのようなサービスなのですか。

沖田:簡単にいうと、クレジットカードの提携カードのようなものです。お財布の中のVISAやJCBカードの中に、百貨店や航空会社の名前が書かれているものがありますよね。百貨店や航空会社のような大企業だけでなく、アーティストやスポーツ選手・アイドルなどが1枚からカードを作れるのが私たちのソリューションです。

一般に、クレジットカード会社は加盟店が支払う手数料を受け取りますが、手数料の一部は提携先にも支払われます。クラブ機能の場合、提携しているアーティストやアイドルの皆さんに手数料の一部が届く形です。アーティストやアイドルの方々の収益につながることから、ユーザーにとっては新しい応援の仕方になるのです。投げ銭のように身銭を切るのは大変ですが、普段の買い物でクレジットカードを使用して支払うだけ[2]で簡単に応援できるといった仕掛けです。

さらに、カードを使うことで推しを応援できるだけでなく、アーティストやアイドルから特典をもらえることもあります。たとえば航空系カードを使うとマイルが貯まりますよね。同じ要領で、アイドルの方の秘蔵ショットや着ボイス、バスケット選手のオリジナルメッセージが届けられることもあるのです。

――クレジットカードのユーザーにとっても嬉しい仕組みということですね。

沖田:もっとも、そうした特典はきっかけに過ぎません。面白いことに、全ての場合で特典が届けられるわけではないのですが、ユーザーの皆さんは使い続けてくださるんです。この理由の1つとしては、応援していること自体がエンターテインメントであるということもあります。

一方ビジネスの肝としては、クレジットカードの便利さを体験したから使い続けていただける側面を見逃すべきではありません。先ほどのお話ともつながるのですが、クレジットカードを使いはじめると、クレジットカードを使えない不便さが途端に浮き彫りになります。普段は現金で払うところをクレジットカードをお試ししていただければ、キャッシュレスの便利さ・お得さを体感してもらえるはずです。

成功の秘訣は、業界の慣習を「半分だけ捨てる」こと

――この仕組みを思いついたきっかけは何だったのでしょうか。

沖田:大前提として、発想自体はそれほど難しいものではないと思っています。実際に金融機関に勤めている方々からは「俺も考えていたよ」とサービスをローンチした後に言われました。それはその通りで、新規性がすごく高いビジネスモデルというわけではありません。

ただし、ローンチまで進めるのは簡単なことではないと思っています。弊社のようなスタートアップが、大手では実現できない小ロットでの提携カード発行が可能なのは、大企業のような技術負債がないからだと考えています。特に金融機関の場合、絶対にシステムを止めてはいけないわりに、使われているアーキテクチャはかなり古いものです。その点、スクラッチで作れる点に優位性があると思いました。

――しかし、業界の特性もあって、新参者が勝ち抜くのは難しかったのではないでしょうか。

沖田:確かにその側面はあります。特にクレジットカードは、新規契約を1件獲得するのに数万円の経費がかかるような世界です。私たちもVCから資金調達を行ってはいるものの、リソースの点から言えば、大企業には到底及びません。

ただし、私が2度の上場を経験しているため、過去のトラックレコードが蓄積されています。たとえば弊社のカードは凸版印刷さんが作ってくださっていますし、クレディセゾンさんにも協力をいただいています。両社以外にも、多くの株主さんに名前を連ねていただいていますが、その多くは資金を供出していただくだけではなく、私たちを信頼して一緒に革新的なサービスを創ろうとご協力いただいています。

弊社が新規事業に取り組めるのは、そうした方々のおかげです。たとえば今回新しくキャッシュレスでNFTがもらえるcashless to earnという取り組みを始めたのですが、こちらも皆さんのご協力のおかげでローンチまで漕ぎ着けられました。NFTはもらったり買ったりするためには仮想通貨やウォレットなどを準備するなど面倒なことも多いのですが、ナッジのアプリにウォレットの機能を搭載することで簡単に受け取ったり送ったりできるようにしました。

業界の人間として業界をよく理解した上で、スタートアップとしてやることで突破できたのかなと考えています。

――業界の慣習は良い面もある一方で、時には足枷となることもありますよね。

沖田:おっしゃる通りです。だからこそ、業界事情に通じていることが足枷とならないように、アンラーニングしていくことが大切なのです。そうしなければ、若くて優秀なチームメンバーに見限られてしまいます。

アンラーニングというと小難しく聞こえますが、要するに、ユーザーが正しいことを肝に銘じて、自分の傲慢さを取り払うことが鍵なのだと思っています。特に今回のように自分よりも若い方々がターゲット層である場合、若い方々の声を謙虚に聞かなければなりません。業界の慣習を理解しながらも、そこに囚われないこと。今回の勝因は、若いチームメンバーに積極的に任せて意見を素直に取り入れたことだと思っています。

ここがポイント

・日本においては、若者のキャッシュレス比率は高くない
・若者の考えを理解せずに、お得・便利をアピールするだけでは奏功しない
・若者の生の声を聞いて気づいた「なんか怖い」という感覚を基点にサービスを展開
・お得・便利という機能面を実感していただくための第一歩に工夫
・業界人としての知見を生かしながらも、業界の慣習に縛られないようにアンラーニングする

1 消費者庁 令和3年版消費者白書(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2021/white_paper_130.html)
2 クレジットカード手数料は加盟店が支払うため、ユーザーの負担は発生しない。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう
撮影:阿部拓朗