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受け継がれたアセットを進化 老舗企業のイノベーションが日本経済を支える Morning Pitch vol.390

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デロイト トーマツ ベンチャーサポート(DTVS)です。当社はベンチャー企業の支援を中心に事業を展開しており、木曜日の朝7時から「Morning Pitch(モーニングピッチ)」というイベントを東京・大手町で開催しています。毎週5社のベンチャーが大企業の新規事業担当者や投資家らを前にプレゼンテーションを行うことで、イノベーションの創出につなげることを狙いとしています。
 モーニングピッチでは毎回テーマを設定しており、それに沿ったベンチャーが登場します。ピッチで取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信する本連載。今回は老舗企業イノベーションです。

47都道府県で老舗企業の出現率が最も高いのは京都

日本の創業100年以上の企業数は約33,000社で世界第1位です。200年以上の数は1340社と世界全体の65%を占め、2位の米国と53ポイントもの差をつけるという長寿企業大国と言えます。
日本の老舗企業を業種別にみると「貸事務所」「清酒製造」が上位に入っています。年商規模別の社数は1億円未満が最も多いのですが、老舗企業の出現率でみた場合、年商規模が大きくなるにつれて割合が高くなります。500億円以上は最も高く出現率は15%です。

老舗企業の出現率を47都道府県別でみると、最も高いのは伝統工芸や旅館が多い京都府です。次いで、京都と同様に山形県、新潟県という酒どころが2位、3位を占めています。

後継者が30代の時に事業承継を行うと業績が好転

老舗企業の約半数は親族で経営を継承しており、後継者が40代で交代するケースが割合として多くなっています。
東京商工会議所による「中小・小規模企業経営者への事業承継に関するアンケート調査」によると、後継者が30代の頃に事業継承を行った場合、その後の業績が良くなる割合が高くなっています。また、30~40代で引き継いだ経営者は事業承継のタイミングを「ちょうどよい時期」と回答している割合が高く、前向きに取り組んでいる経営者が多いようです。この調査は事業承継を行う際、現経営者の年齢ではなく次期経営者の年齢を検討する必要があると示唆しています。

アセットや安定性はメリットにもデメリットにも

老舗企業はアセット、安定性、後継ぎ使命という特性を備えていますが、これはメリットにもデメリットにもなり得ます。伝統技術や長年の顧客基盤・安定性、長年受け継がれ洗練された老舗の看板は強みである一方、
(1)保守的にならざるを得ない
(2)新規性や開拓の妨げになることがある
(3)先代からの思いや前例を考慮しなくてはいけない―といったジレンマも生じやすいようです。

こうした中、アセット・安定性・後継ぎ使命と新商品開発、最新テクノロジー活用、マーケティング革新、ターゲットや市場の拡大、企業コラボ、新業態参入との組み合わせによって、時代に合わせながらイノベーションを起こす事例も増えてきています。

黒板とアプリの組み合わせで新商品開発

時代に合わせたイノベーションによる新商品開発事例を紹介します。創業100年の老舗黒板メーカーであるサカワは、4代目の坂和壽忠代表(35歳)が第2創業として黒板を活かしたICT教育ソリューションを開発しました。坂和代表は「生まれた時から黒板屋」という〝運命〟に忸怩たる思いがありましたが、黒板にプロジェクターで投影できる黒板アプリを考案し、時代に適合する工夫によって次世代の事業へとシフトしました。

マーケティング革新の事例としては、義理チョコとしても人気の「ブラックサンダー」を製造する有楽製菓を紹介します。現在の3代目社長である河合伴治氏が責任者として2011年にマーケティング部門を立ち上げ、斬新かつ綿密なマーケティング&PR戦略により、10年間で売上規模は拡大。一気に100億円企業にまで昇り詰めています。
360年前の江戸中期に創業した兵庫の老舗和菓子屋「大三萬年堂」の13代目である安原伶香社長は、別会社として「HANARE」を立ち上げ、和洋折衷のスイーツブランドを展開しています。兵庫県に2店舗しかなく全国的にスイーツを届けるのは難しかったのですが、別会社の社長として有名ホテルや大手コンビニと連携しながら門外不出の秘伝のあんこや和の素材を活用し、新感覚のスイーツを展開しています。今回はイノベーションに取り組んだ5社の老舗企業を紹介します。

ナッツとスイーツを掛け合わせた新ブランド

有馬芳香堂(兵庫県稲美町)は創業100年のナッツ・豆類のメーカーです。アーモンドとクルミ、カシューナッツによるナッツ市場は美容・健康という観点から注目を集めて右肩がりで成長しており、2020年の輸入量は10年前の1.6倍です。こうした状況を踏まえ、ナッツにスイーツを掛け合わせた新ブランド「 NUTS LAB 」の展開を始めました。店舗はカフェ機能も兼ね備え、パティシィエがスイーツを作っている様子を目の前で見ることができます。

デバイスでストレスや眠気などを可視化

ミツフジ(京都府精華町)は銀メッキ導電性繊維と着衣型ウエアラブルIoT「hamon」の製造販売を行っています。hamonは心拍波形の揺らぎから、アルゴリズムを通してストレスや熱ストレス、眠気など様々な情報を可視化できる点が特徴です。また、素材からクラウドまで一気通貫で行っています。ウエアラブルデバイスで培った技術を結集しリストバンド型デバイスへ実装することに成功、脈拍から深部体温上層変化を捉え、暑熱リスクを可視化できるようになりました。

葬儀社の経営ノウハウ生かしマッチングサービス

〝相続テック〟の「はなまる手帳」(東京都渋谷区)を運営する吉野匠代表取締役は90年続く葬儀社の5代目で、葬儀社の経営ノウハウと事業者とのネットワークを活かしてサービスを立ち上げました。サービスは自宅にいながら5分でできるオンラインAI相続診断や、税理士、行政書士、FPなど多岐に渡る専門家との無料マッチングサービスです。終活・相続に関わる様々な課題をワンストップで解決できるようにしました。 

秘伝のあんこを使った和スイーツ

大三萬年堂は、保守的で広報・PR 力が弱いといったマイナスイメージによる、若年層の和菓子離れといった課題に取り組むため、HANARE(東京都中央区)を創業しました。新ブランドは「大三萬年堂 HANARE」で秘伝のあんこや米粉、豆乳クリーム、発酵食品など体に優しいヘルシーな和素材を使用し、どら焼きと米粉パンを融合させた「どらぱん」や、あんこと濃厚チョコレートで作った「あずきとかかお」など進化した和スイーツを提供しています。

テレワーク向け薄さ4センチの壁掛け折り畳み机

細田木工所(東京都東久留米市)は創業54年の家具屋で、3代目の細田真之介社長は「家具を新しくする」をテーマとして掲げています。この考えに賛同した若手クリエイターが集まり、様々なプロジェクトを展開しています。そのひとつが、テレワークスペースを作る薄さ4センチの壁掛け折りたたみ机「タナプラス」です。ホチキスで留めることができ、画鋲よりも小さい穴ということから、賃貸住宅でも使用できるのが特徴です。
老舗企業大国の日本では、老舗企業ながらスタートアップのようにイノベーションやチャレンジを続ける後継ぎ経営者を支援する動きも増えてきています。受け継がれたアセットを衰退させずに後継ぎが進化させる老舗企業のイノベーションが加速することは、世界一老舗企業が多い日本を盛り上げていく一助になり得るでしょう。

永石和恵(ながいし かずえ)
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
学生時代からITベンチャーへ参画し大手ネット広告代理店と2社で計10年の人事キャリア。1社目のベンチャーでは、上場前メンバーとして人事採用チームを立ち上げ、上場後にHR領域マネジメントと経営企画IRを担当。2016年より現職で、スタートアップ個別支援や、イノベーションエコシステム構築に従事しMorning Pitchの運営を統括。トータルで1,000社以上のベンチャー企業と大企業のアライアンス・ファイナンスをサポート。EdTechベンチャー支援や自治体向け教育イノベーション事業アドバイザリーも行う。

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●転載元記事:https://www.sankeibiz.jp/startup/news/211119/sta2111190700001-n1.htm