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投資家から見たビッグテックのレイオフの意味と目的 | ベンチャーキャピタリストの視点 vol.6

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ビッグテック企業のレイオフについて日本でも大きなニュースになっているが、その多くはGoogleのようなビッグテックであっても困難な時期を迎えているという文脈で語られる。しかし、まず理解しなくてはならないのが、多くのビッグテック企業にとってレイオフは経営難によるものではないという点を理解しなくてはならない。

INDEX

レイオフの目的
レイオフされる人のプロファイル
OpenAIとGoogle
レイオフが企業経営に意味すること

レイオフの目的

確かにこれまで毎年のように全従業員の数十%の雇用を拡大し続けてきた企業が、その数年分のレイオフをするというのはかなり衝撃的な数字ではあるが、現在の市場環境を踏まえたリソースの再配分という経営判断をしていると見るべきであろう。つまり、短期的に成長が見込めなくなった分野の組織をスリム化し、バランスシートを強化することで次の打ち手のリソースを確保しているということになる。そうなるとスタートアップのバリュエーションが落ち着いてきている市場環境を考えるとレイオフによるバランスシートの強化の次の打ち手はM&Aによる買収戦略と見るのが妥当であろう。事実、何人かのベンチャーキャピタリストからは、今ビッグテックはどの会社も、買い物候補リストを必死で作っているということを聞いたことがある。
このような戦略的とも言えるレイオフは、過去の景気低迷時に見られた動きだ。そう考えると戦略的なレイオフはM&Aマーケットの活性化の第一歩で、その後にIPO市場の回復が見えてくるという見方もできる。

レイオフされる人のプロファイル

以上のようなレイオフに関しての楽観的な見方は、人の雇用という重大な問題に関して無責任すぎると捉える方も日本人には多いかもしれない。ただ、このようなテック企業における定期的なレイオフは一つのキャリアチェンジ、キャリアアップのチャンスを後押しするものという見方もあり、それほど深刻なものとは捉えていない人も多い。ビッグテックを中心に、テクノロジー業界で働いているそれなりのポジションの人たちは、もともと数千万円の高給をもらっており、退職に関しても会社都合の場合は半年から1年分くらいの退職パッケージ(上乗せ退職金)をもらう場合が業界慣例上多い。そのような高給のスーパーエリートは、レイオフに関してもすぐに次の職がないと困窮してしまうようなケースは少ない。彼ら彼女らは通常5〜6年でキャリアアップを考えており、そろそろ次のステップや職業を考える良い時期に入ったというときに、1年分の給料の退職パッケージをもらい、ゆっくり次のステップを考える場合も多いと聞く。このような経済的余裕がある人材は、その余裕を使って新しい企業や分野への参入を長期視野で考えるケースも出てくるため、レイオフは有望人材の流動性を促進するという意味でも市場回復に貢献する動きと見ることもできる。
最近、資金や注目が集まりつつある環境系のテクノロジーに関しても、有望な人材の就職が相次いでいるのにはビッグテックのレイオフは無関係ではない。ある程度貯蓄もあり、分厚い退職パッケージをもらった人などは、まだまだ立ち上がるまでに時間がかかるこれからの業界にはある意味とても相性が良いとも言える。人材の流動という意味においても新しい事業分野の創造に結びついていると言えるのだ。

OpenAIとGoogle

大企業の戦略的なレイオフは会社レベルで選択と集中、資本政策を含めた新しい戦略を進める第一歩となる。このような例としてChatGPTなどで知られるOpenAIとGoogleやMicrosoftの関係が非常に興味深い。

もともとGoogleはAIの開発に莫大なリソースを注ぎ込み、スタートアップを買収し、最高レベルの人材を採用してきた。DeepMindと呼ばれる対戦系のAI企業の買収に始まり、AI研究の最高の人材を次々に採用し自社でさまざまな開発を進めてきた。ところが、AIの先端的なサービスはなかなかトップ企業になったGoogleからはサービス化しづらくなった。例えば画像認識のサービスを出したところ、黒人女性をゴリラと誤認識したなどの極端な例がメディアでクローズアップされサービスの停止などが相次いだ。その結果、最近はAIの技術系人材の離脱が相次いでおり、そのような人材がいくつもの新しい会社を作る中心となってきている。その中でも元Googleの世界的なスターAI人材を中心に、Yコンビネーターなどのスター投資家やイーロンマスク等の有名起業家が支援して作られた会社がOpenAIだ。そのOpenAIに対してオンラインサービスでGoogleに大きく遅れをとりつつあったMicrosoftが、自社のサービスを整理し、レイオフを含めコスト削減を図って買収資金の余力を作り1兆円以上の莫大な投資をしてOpenAIからの外部のイノベーションを取り込み、遅れたGoogleの牙城の検索、オンライン広告を破壊して大逆転を図ろうとしていると見ることもできる。

レイオフが企業経営に意味すること

グローバルでの激烈な競争の中で成長を続けるためには、経済状況や外部の環境変化に合わせて、内部の組織の成長だけでなく、リソースの最適配分が不可欠だ。膠着化した組織では実現できない、スタートアップの買収を含めた成長戦略の策定と実行が必要となる。逆の見方をすると、グローバルな競争環境で成長していくためには、固定的な採用計画や買収に関してどのような経済局面でも消極的な企業では難しい時代になってきていると言えるのではないか。内部での成長に舵を切る段階では数年で倍増するような規模で有望人材を獲得し、難しい局面になったら素早く適切なスリム化を急速に行い対応し、外部から調達可能なリソースを買収によって取得する。報道などにおいても一律ネガティブ一色な感が強いレイオフであるが、経営判断の一つの選択肢と見るべき側面もあるのではないか。
このような考え方をするとレイオフも重要な戦略の選択肢で、ビッグテック各社が今後どのような買収や協業戦略をとっていくかということに注目していきたい。

[中村幸一郎:Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター]
早稲⽥⼤学法学部在学中にヤフージャパンの創業・⽴ち上げに孫泰蔵⽒とともに関わる。三菱商事では、通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーションファンドの事業などを担当した。早⼤法学⼠、シカゴ⼤学MBAをそれぞれ修了。⽶国のベンチャーキャピタリスト育成機関であるカウフマンフェローズ(Kauffman Fellows Program)を2012年に修了。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャーキャピタリストのグローバルランキングであるMidas List 100の2021年版に日本人として72位で初めてランクイン、2022年度版のランクでは63位までランクを上げた。シカゴ大学起業家教育センター( Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)を2022年より務める。

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