ベンチャーキャピタリストという仕事についてよく聞かれるのが、1日に何件ぐらい起業家のプレゼンテーションを見るかという質問だ。ベンチャーキャピタリストというと、テレビ番組の「マネーの虎」やYouTubeの「令和の虎」のようなイメージで、会議室に次々とやってくる起業家のプレゼンテーションを見てその場で投資を決めていくと思われていることが多いのだが、ベンチャーキャピタリストは毎日プレゼンテーションを見る仕事ではない。本連載コラムのvol.2でも述べたが、仮にはじめて会った社長の話を20分間聞いてお金を貸すかを決めなくてはならないと言われたら、多くの場合は詐欺を疑うはずだ。融資の場合ですらそうであるにも関わらず、担保や利子などがない、株式による投資がそのようなプレゼンテーションで行われると信じられていることを不思議に感じてしまうのは私だけだろうか。
INDEX
・誤解されがちなVCの業務
・VCの業務の難しさ
・どんな人がベンチャーキャピタリストになるのか?
・どうやってファンドを立ち上げるのか?
誤解されがちなVCの業務
知人のジャーナリストから話を聞く機会があり感じたのが、専門性を持った人たちがそれぞれの観点で取材や調査をしていくジャーナリストの仕事と、ベンチャーキャピタリストの仕事の類似性だ。VCの仕事は異なる専門性を持った人たちが、後述のようなそれぞれの専門性に基づいた役割を果たすことで成り立っている。
必要とされる専門性
・投資機会獲得のための人との繋がりやネットワークを活用したスタートアップへのアクセス
・投資獲得のための付加価値の創出
・投資先の評価
・投資先との契約交渉
・投資先の管理
・投資家対応
これらの専門性を活かし、新しい投資候補先のためのリサーチ、ミーティング、関連のインタビュー、既存投資先のためのミーティング、ヒアリング、サポートなどの業務を担当している。つまり、VCの業務は、ベンチャーキャピタリスト個人の「経験や勘」のような属人性に依存するものではなく、様々な専門性をあわせた「組織の力と数値的な裏付け」によって成り立っているのだ。日本ではここに対して誤解されていることが多い。
VCの業務の難しさ
前述のような多岐にわたる作業をそれぞれの専門家間で分担して進めていくVC業務の難しい点は、投資検討の結果が良い方向に進んでいるのか、すぐにわからない長期的な仕事であることだ。投資先のスタートアップは突然状況が変化し危機的な状況を迎えることもあれば、突然素晴らしく成長して一気に注目企業になる場合もある。そして、そのような変化が徐々に起こるケースは少なく、急展開ということが多い。重要なのは、周りの言説に惑わされず、一喜一憂せずに淡々と常にやるべきことをやり、都度ベストの判断をし続けていくということにある。こう言うのは簡単ではあるが非常に難しく不安を感じることになる。
どんな人がベンチャーキャピタリストになるのか?
ベンチャーキャピタリストになるのにはどうしたら良いか、どんなキャリアパスを経るべきかということもよく聞かれる。
VCは基本的には「案件の獲得に貢献する人」「ファンドの付加価値に貢献する人」「企業評価、投資先管理に貢献する人」の3種類の経験者でチームを組んでいくことになる。つまり、ベンチャーキャピタリストになるには、3種類のいずれかの役割を担える経験を積むということになる。以下に具体的な例を説明したい。
まず、案件の獲得に貢献する人については、そのファンドが投資対象とする領域で有望なスタートアップに対して人脈と投資実績がある人間になる。ここではスタートアップの投資経験やスタートアップでの業務経験、業界での人脈が求められる。重要な点は「その投資ファンドが対象とする領域」での人脈と経験が必要になることだ。例えばアメリカのスタートアップに投資をするのであれば、アメリカでの人脈と投資実績が必要となる。Sozoに関していうと、KFPの代表を務めたフィル・ウィックハムなどアメリカ人のベテランが主な役割を果たす分野で、日本人である私の貢献はここでは限定的になる。
ファンドの付加価値に貢献する人に関しては、ファンドの戦略に沿った付加価値作りに貢献する経験が必要となる。Sozoの場合は、アメリカ市場で実績がある会社を日本市場に連れていくということを意味する。Yahoo! Japanの経験にはじまり、三菱商事で経験を積んだ私が主に貢献できる分野になる。
企業評価、投資先管理に貢献する人については、基本的にはVCファンド固有の業務になるのでVCファンドでの経験が不可欠になる。Sozoの場合でもノキアベンチャー、エマージェンス、シャスタベンチャーでのその分野での10年以上の経験者がその役割を務める。
どうやってファンドを立ち上げるのか?
ここまで説明してくると、それではどうやってファンドを立ち上げるのかという質問も出てくる。ファンドを立ち上げるにはかなりの時間がかかり、その間はある意味収入がない状況になる。かつファンドの立ち上げには前もってかなりの金額が必要となり、チームを作っていくことにも時間がかかる。
一般的に、最初のファンドの募集には時間がかかる。プレマーケティングと呼ばれるファンドの概要説明をし、最初の投資家候補に関心を持ってもらうまでですら1〜2年かかると言われている。最初の投資家候補にある程度関心を持ってもらえたら、ファーストクローズと呼ばれる最初の投資募集の契約締結を行う。このプロセスには早くても半年程度かかることが一般的で、その後1〜2年間継続募集期間を設定する。以上をまとめると最初のファンド設立には最低でも3〜5年かかることになる。
また、ファンドを始めるには多くのお金もかかる。ファンド設立までの3〜5年間の活動を支える費用が必要になるのに加え、会社やファンド組織の設立、投資契約に必要な弁護士、会計士などのプロフェッショナルファーム関連の費用が必要になる。例えば、3名でファンドを始めるとすると、三人分の活動費(一人1〜2千万円とすると3〜6千万円)に加え、少なくとも数百万円から1千万円の費用が必要となる。このような費用に加えて多くのファンドでは一定割合(多くの場合はトータルのファンドサイズで1%以上)をファンドマネージャーが自己資金で投資する必要がある。これをGPコントリビューションと呼び、ファンドの利益にコミットを示すという意味で非常に重要な仕組みになっている。仮に100億円のファンドであれば1億円を準備する必要がある。つまり、100億円のファンドを始めるとすると、活動費と諸経費にGPコントリビューションを加えた、1.5億円程度の費用と3〜5年間の無給労働期間が必要になるのだ。
また、業歴がしっかりある専門家を雇用しようとすると相応のお金(業歴がしっかりある専門家はそれなりの給料をもらっている)と時間がかかる。加えて、実績がないエマージングマネージャー(新興資産運用業者)に投資するノウハウがあるLP投資家は極めて限られており、それらの投資家はファンドの中身を時間をかけてしっかり見ていく傾向にある。
以上のような理由から、米国においては多くのファンドが小さなサイズで最初のファンドを立ち上げ、実績と共にファンドサイズを拡大させていく。日本でも有名なファウダーズファンドやA16Zも最初のファンドは80Milドル(約110億円)以下のファンドでスタートさせており、Sozoもその例外でなく、20Milのコンセプトファンド、100Milの1号ファンドから時間をかけて業歴者の採用を進めて10年かけて約700Milまでファンドサイズを大きくしてきた。VCの立ち上げには長期的な視野と資金を含めた準備が必要だということをご理解いただけたらと思う。
[中村幸一郎:Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター]
早稲⽥⼤学法学部在学中にヤフージャパンの創業・⽴ち上げに孫泰蔵⽒とともに関わる。三菱商事では、通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーションファンドの事業などを担当した。早⼤法学⼠、シカゴ⼤学MBAをそれぞれ修了。⽶国のベンチャーキャピタリスト育成機関であるカウフマンフェローズ(Kauffman Fellows Program)を2012年に修了。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャーキャピタリストのグローバルランキングであるMidas List 100の2021年版に日本人として72位で初めてランクイン、2022年度版のランクでは63位までランクを上げた。シカゴ大学起業家教育センター( Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)を2022年より務める。