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”データサイエンスの旗手”としてグローバルで戦うdotDataの藤巻氏がNECからのカーブアウトで事業を切り出した理由

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ここ数年で、AIや機械学習という言葉を耳にする機会が増えてきた。その恩恵を様々なITサービスから享受する機会もまた増えている。一方で、同分野はまだまだ発展途上の領域だ。扱うデータが膨大すぎて、それを解析するAIの開発や、分析できるようにデータを加工する人手が足りていない。

シリコンバレーに拠点を構えるdotData,Incは、この問題を解決するプロダクトを開発している。同社が行う事業は「データサイエンスの自動化」だ。データ分析に用いられるAIの多くは「顧客の中からある商品に興味のある人だけを検知する」のように、一定のルールに沿って動く。このルールは「機械学習モデル」と呼ばれ、一般的にひとつのモデルを作るためには数ヶ月かかると言われる。加えて、モデル開発には高度な専門知識も必要となる。そこで同社はモデル開発を自動化するプロダクトをつくり、AIビジネスのソリューションを提供しようとしているわけだ。

各分野で注目されている「ビックデータの活用」は、AIなくして実現はできないだろう。だからこそ、「データサイエンスの自動化」を提供するdotDataに大きな注目が集まっている。

同社はNEC社からカーブアウト(企業が有望な事業を分離し、社外の投資家から資本参加を受けながら、新会社として独立させること)した企業だ。カーブアウトは、子会社設立の意味合いが強い「スピンオフ」や、独自技術を持つ人材が退職後に新会社を設立する「スピンアウト」とは異なり、日本ではあまり聞くことがない事例だろう。

同社はなぜカーブアウトを選んだのか。NEC社との間にはどのようなやりとりが有ったのか。dotData,Inc CEOの藤巻遼平氏にその背景を伺った。

INDEX

機械学習との出会い、NECへの入社、北米で見つけたデータサイエンスの課題
カーブアウトの理由。先端技術の市場では“大きな組織”が不利だった
カーブアウトの裏側で何が起きていたのか、一人のキーパーソンがその行方を決めた
危機を乗り越え“良き理解者”へ、必要なものは共通のゴール

藤巻遼平
dotData,Inc. Founder&CEO
2006年に東京大学を卒業後、NECに入社。世界トップレベルのAI技術開発で多数の実績を有する。2011年より米国シリコンバレーのNEC北米研究所に拠点を移し、2015年には弱冠33才でNECの研究最高位である主席研究員にNEC史上最年少で就任。2018年2月にNECからのカーブアウトとして、人工知能によってデータ分析を自動化するソフトウェアの開発と提供を行なうdotData,Inc.を創業。工学博士。

機械学習との出会い、NECへの入社、北米で見つけたデータサイエンスの課題

dotDataのCEOを務める藤巻氏は、東京大学で宇宙工学を学び、NEC社に技術者として入社した。在職中は、1000名中数席しかないというNECの主席研究員に史上最年少(33歳)で就任するなど、輝かしい経歴を辿ってきた。彼が機械学習に関わり始めたのは学生時代だった。

藤巻:機械学習との出会いは2003年で、学生時代にAIを人工衛星の遠隔測定データに適用し、故障を検出する研究を行なっていました。当時の機械学習界はニューラルネットが一度失敗して、別の手法で再び盛り上がっていた時期でしたね。

大学院卒業後はアカデミアに残ることは考えていませんでした。学生時代に世界のトップ会議で論文を発表するなど、機械学習研究者としてのキャリアもありましたが、実際に動くものが作りたいという気持ちが強かったのです。当時、日本企業として機械学習の強い基礎研究グループがあり、それを事業に生かしているのはNEC含め3社程度だったので、縁があったNECに研究員として入社しました。

入社後の藤巻氏は機械学習のアルゴリズム研究やデータサイエンスのクライアントワークを行っていた。「データサイエンスの自動化」というテーマに携わったのは、北米に拠点を移してからだった。ここでdotDataの原型となるプロダクトが生まれている。

藤巻:北米に移ったのは2011年で、「データマイニングの自動化」のプロジェクト立ち上げのためでした。このプロジェクトは、1期と2期に分かれていて、2011年に着手した第1期は、今でいう「AutoML(機械学習モデルを自動的にチューニングさせる技術)」に相当します。この時期は、機械学習モデルの自動チューニングや、複雑な非線形変換をいかに自動化することができるかを重視していました。

ところが、第1期の自動化プロジェクトを休止し、2012年から手掛けることになった「異種混合学習」という別のプロジェクトでは、アルゴリズムのチューニングはあまり問題にならず、前提となるインプットの作成や、作成したモデルをシステム化し運用する、機械学習プロジェクトのプロセスとライフサイクル全体により大きな課題があることに気がつきました。

ちょうど、マーケットも変化しており、AIや機械学習のニーズの高まりとともに、「データサイエンティスト」の職が生まれ、世界的に人材の取り合いとなり、人材が圧倒的に不足している状況でした。機械学習プロセス全体を簡易化、効率化し、スキルのバリアを下げる需要が生まれたのです。

そうした背景から、2015年に再開した第2期では方向性を変え、データサイエンスのプロセス全体を自動化することにフォーカスしました。このプロジェクトがdotDataのプロトタイプになっています。

カーブアウトの理由。先端技術の市場では“大きな組織”が不利だった

大きく方向性を変えた第1期と2期の間で、別プロジェクトに関わった藤巻氏。この時の経験が独立を選ぶ由縁のひとつになっているという。

藤巻:先に述べた異種混合学習のプロジェクトに携わるなかで、「プロダクトの成長には旧来の大手企業型R&Dは向かない」と考えるようになりました。先端技術領域の市場は、日々状況が変化しますし、プロダクトを常に進化させる必要があります。研究開発部門がプロトタイプを作り、製品開発部門が製品化、事業部門が販売をする縦割りの組織では、速やかな意思決定ができない。また、競合のスタートアップがプロダクトに100%フォーカスしている中で、「既存事業との調整」をしていては、とてもスピードについていけません。

また、ビジネスモデルやブランドも、カーブアウトによる大きなメリットです。NECは設計・構築・テスト・運用のプロセスを包括した「プロフェッショナルサービス」を売る会社です。一方、dotDataはSaaSも含めた「プロダクト」の会社。技術を提供するスタンスやプロセスが異なるので、作り方から売り方まで全く異なります。ブランドの面では、シングルブランド・シングルプロダクトには大きなメリットがあります。「NECは何の会社ですか?」という問いに「データサイエンスの自動化をやっている会社です」と答える人はほとんどいないと思います。ですが、dotDataといえば「データサイエンスの自動化」と、NECという巨大な名前に埋もれずにユニークなブランドを築くことができます。

シングルブランド・シングルプロダクトの戦略は、雇用にもプラスの影響を与えているという。同社の拠点となるシリコンバレーでは、トップエンジニアは給与だけでなく、機会を求めて会社を選ぶことが多いからだ。

藤巻:dotDataに応募してくれるエンジニアには「GoogleやAmazon、Salesforceからもオファーが出ている」というケースがよくあります。候補者もGoogleより給与が低いことは分かっているんです。それでも面接に来てくれるのは、「アーリーステージの会社を経験したい」とか「自分の仕事のインパクトが見えやすい」など、別の価値を感じてくれているから。そもそもキャリアとして提供できる価値が異なるため、全く違う土俵で戦うことができます。一方で、もしdotDataがNECの子会社だったら難しかっただろうと感じています。なぜなら「大きな会社」という観点で、Googleなどと直接戦わないと人材を採用できないためです。

カーブアウトの裏側で何が起きていたのか、一人のキーパーソンがその行方を決めた

2018年にカーブアウトを果たした同社だが、NEC社は主席研究員の藤巻氏とそこに関わる知財を外に出す形になった。当然、独立の際には様々な取り決めや、きめ細やかな調整を求められただろう。

藤巻:もともとはカーブアウトという話ではありませんでした。「縦割りのR&Dではグローバルに通用するプロダクトを作るのは難しい、だから全て自分でやらせてほしい」とNECの経営陣へ伝えたのです。AIと機械学習はNECの成長軸のひとつなので、dotDataは会社の中核となりうる事業です。藤巻事業部を作るとか、子会社を作る、我々が会社を辞めて完全に独立するなど、様々な案を議論しましたし、決裂の危機もありました。

最終的には「NECが資本参加しつつ、独立した会社としてカーブアウトすることがベスト」という形にまとまりました。

当時はプロダクトを成長させることしか考えていませんでしたが、それは社員としてNECから投資してもらえたことで生まれたものです。ここは反省点ですが、「なぜNECがdotDataをカーブアウトすべきか」を十分に考えていなかった。着地点の方向性を決めたのは、NECのトップマネジメントから伝えられた「私たちは君たちの将来をリスペクトするが、私たちの今までの投資もリスペクトして欲しい」という言葉です。

もちろんNECとしてのキャピタルゲイン、ファイナンシャルリターンがどうとか、諸々の議論はありました。けれど、「NECが温めて育ててきた技術を思い切って外に出してみることがNECにとっての挑戦なのだ」という流れができてから、話がスムーズにまとまっていきました。

決裂の危機を乗り越え、双方が納得できる形に着地したdotData。合意形成がスムーズに進んだ要因には、NEC社の内部協力者が関係していたという。

藤巻:カーブアウトは、外に出る人間の覚悟はもちろんですが、出す側の覚悟も必要です。NECのコーポレート事業開発本部の中心メンバーは、私がdotDataプロジェクトを従来とは違う形で進めたいと相談したときに、カーブアウトの案や、シリコンバレーのVC周り、NEC社内での制度改革や根回しなど、調整をしてくれました。そして、彼は「これは藤巻のためではなく、NECのためにやるのだ」と言ってくれました。彼がいなければ、dotDataは別の形で着地していたと思います。

危機を乗り越え“良き理解者”へ、必要なものは共通のゴール

ここからは合意形成後の話を伺おう。両社の間には具体的にどのような取り決めが交わされたのだろうか。

藤巻:カーブアウトにあたって、dotDataとNECは「バリュエーション(企業価値評価)の最大化を共通指標にすること」と約束をしました。この原則によって、両社の平等性が保たれています。

AIや機械学習はNECの成長領域ですし、そもそもはNECで生まれたコア技術のカーブアウトなので、色々と意見したくなる気持ちも理解できる。けれど、我々とNECはdotDataのバリュエーションを共通の基準として定めているため、仮に意見が一致しない場合は、この基準に立ち戻って対等な議論をすることができます

独立前にシリコンバレーの投資家たちに話を聞くと、みなさん「大企業型のカーブアウトは成功しない」とおっしゃっていました。なぜなら、親会社が自身の事業のためにスタートアップを使おうとして、VCと利益相反が起きるから。VCから見たときに、親会社の成長はどうでも良いことで、興味は投資先の企業価値向上によるキャピタルゲインの最大化にあります。

シリーズA、また今後のシリーズB以降でも、外部の投資家から資金を調達することはdotDataの成功にとって不可欠で、この原則は両社の取り決めの中で最も重要な点の一つだと思います。

一方でカーブアウトだからこそ得られるメリットもあるという。

藤巻:最大のメリットは、クライアントとのリレーションと信頼性です。NECの信用があるからこそ、日系大手企業の役員クラスがお話に応じてくれます。2018年に実現したSMBCグループとの商談も、NECの調整とお客様のNECへの信頼があったからこそです。

設立初期のスタートアップはセールスのパイプライン構築に一番苦労しますから、日本市場におけるNECのサポートは非常に大きい。北米では、創業当初誰もdotDataの名前を知らないため、お客さまへのピッチの機会を得るのに非常に苦労しました。大きく好転したのは創業1年後。2019年5月に米フォレスター・リサーチの「Forrester New Wave™ Report」にAutoMLのリーダーとして認定されてからは認知度が高まり、お客様とのリレーション形成もだいぶ軌道に乗ってきています。

「母体企業」と「カーブアウトした会社」は家族に例えられるかもしれない。家族の間には不和が生じること、なまじ近しい間柄だからこそ、コミュニケーションが難しくなってしまうこともある。しかし、「血は水よりも濃い」というように、双方の言い分を理解すれば、誰よりも力強い味方になってくれるのだろう。

事業が軌道に乗り始めた今、同社はどのようなビジョンを描いているのか? 最後に「データサイエンスの自動化」が広く世に広まった時に、どのような未来がやってくるのか伺ってみた。

藤巻:5〜10年後には、エクセルで関数を組むくらいのレベル感で機械学習が活用され、機械学習によってビジネスがどんどんと革新されていくと思います。

学生時代に学んでいた頃は、機械学習は赤ん坊のような存在でした。それがようやく花開き、エンタープライズのユースケースも増えてきています。一方で、業界全体を見れば、まだまだアーリーステージで業務を革新するほどの成功事例は数が少ない。まずは自動化技術で活用の敷居を下げていきたい

今後、機械学習ビジネスはどんどん実用化されていくでしょう。統計モデルや機械学習プロダクトを作るだけでなく、作ったものをどう管理するかの議論も活発化し、モデルの開発だけではなく管理まで自動化する技術も出てきています。

その先に何が生まれるかというと、ビジネスがよりインテリジェントになるはず。人間ができることが無くなるわけじゃなく、人間は「新しい仕事を作ること」に集中すると思います。きっと想像もできない、もっと面白い業務が生まれてくるのではないでしょうか。

ここがポイント

・機械学習プロジェクトのプロセスとライフサイクル全体の課題への気付きが、dotDataのプロトタイプにつながった
・先端技術領域の市場でのプロダクト開発には、旧来の大手企業型R&Dは向かない
・シングルブランド・シングルプロダクトの戦略はビジネス面、ブランド面、採用の面でメリットが大きい
・着地点の方向性が決まったことで、双方が納得できる形に着地した
・バリュエーションを共通の基準として定めているため、立ち戻って対等な議論をすることができる
・カーブアウトの最大のメリットは、「クライアントとのリレーションと信頼性」

企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木雅矩
撮影:安東佳介