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戦略なきCVCのままで良いのか?CVCの立て直しを請け負ってきた富士通ベンチャーズ矢島氏のCVC戦略論

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近年、大企業に欠かせない戦略となりつつあるオープンイノベーション。その手段の一つが、多くの大企業が次々と設立しているCVCだ。大企業から投資を受け、協業を実現しチャンスが増えることはスタートアップにとっていいことだろう。ただ、CVCの運営には大きな課題も残っている。

自分たちが何をすべきか分かっていないCVCも少なくない

そう語るのは、これまでVC 1社とCVC 2社で投資を経験し、現在は富士通のCVCの立ち上げを牽引している矢島英明氏。これまでの実績と経験から、他社のCVC担当者から相談を受けることも多いと言う。

今回は矢島氏に、日本のCVCが抱える課題と、CVCに欠かせないポイントを聞いた。

矢島英明
富士通ベンチャーズ株式会社 代表取締役社長
NTTデータ、戦略系コンサルティング会社および投資銀行を経て、モバイル・インターネットキャピタル株式会社に入社。その後、米国Cisco SystemsのCVCチーム(Corporate Development)日本代表、株式会社NTTドコモ・ベンチャーズの投資責任者を歴任し、2020年10月に富士通株式会社入社。2021年3月より現職(兼務)
東京大学大学院工学系研究科 修士課程 修了
マサチューセッツ工科大学 スローン経営大学院 MBA

INDEX

MBA留学をきっかけにスタートアップ投資の世界に
富士通CVC立ち上げのきっかけは「投資後のスピード」
財務リターンを意識し、「適切なバリュエーション」で投資する
CVCを経営戦略と連携させる第一歩は「自社アセットの把握」
CVCに投資経験者がいない?大企業通例の「メンバーシップ型雇用」の弊害
ここがポイント

MBA留学をきっかけにスタートアップ投資の世界に

――まずは矢島さんが投資家になった経緯を聞かせてください。

私は新卒でNTTデータに入社し、システムエンジニアとして働き始めました。スタートアップの世界に興味を持ち始めたのは、MIT(マサチューセッツ工科大学)にMBA留学したのがきっかけです。AkamaiやHubSpotを生んだMIT $100 K (当時は$50K)Entrepreneurship Competitionや、在学中の2004年に隣のハーバード大学で起業されたFacebookなど、スタートアップ界隈の異様な盛り上がりに感化され、いずれはスタートアップに関わる仕事をしたいと思うようになりました。

帰国後、戦略コンサルティング会社および投資銀行を経て、2008年ついにVCに転職することに。NTTドコモやみずほ証券の資本が入った「モバイル・インターネットキャピタル」というVCで、ベンチャーキャピタリストとしてのキャリアをスタートしました。

――投資のキャリアの1社目からCVCだったわけではないのですね。

事業会社の資本が入ってはいましたが、実質的な投資戦略は独立系のVCのようなものでした。6年在籍し、国内外のスタートアップ約20社への投資を実行しました。そして、2014年には米シスコシステムズ(以下、シスコ)で買収や投資を担当するCorporate Developmentという部門に移籍し、日本での活動の立ち上げに携わりました。

シスコで3年半ほど投資をした後、次はNTTグループのCVC、NTTドコモ・ベンチャーズ(以下、ドコモベンチャーズ)に移ります。当時のドコモベンチャーズには外部のVCを経験したメンバーがおらず、専門家が必要だということで私に声がかかりました。VC/CVC業界の標準的な投資戦略や管理方法を持ち込んだところ、今でもそれをベースに活動を続けてくれているようです。

そして、3年経ったタイミングで話をもらい、富士通に移りました。

――富士通に移った理由も聞かせてください。

富士通のような規模の会社で、スタートアップ投資機能をゼロから作れるチャンスをいただけることは今後もうないだろうと考えたからです。幸い私にはVC・米系CVC・日系CVCの全ての経験があり、それぞれの長所短所も理解しているつもりなので、よいところを組み合わせたベストプラクティスとしてのCVCを作ってみたいという思いもありました。

富士通CVC立ち上げのきっかけは「投資後のスピード」

――富士通ではどのようにCVCを立ち上げたのか教えてください。

厳密にいうと、富士通には私が参画する前からCVCがあったので、完全に新規の立ち上げではありません。富士通は2006年にCVC投資を開始し、3号ファンドまで組成しましたが、ここ数年は目立った投資活動をしておりませんでした。2019年に現在の社長に代わったのを機に、投資や買収などの非連続的成長に向けた活動を本格的に再開することになったのです。その一環で、ベンチャー投資の責任者として私にお声がけいただきました。

また、私が参画した2020年10月の時点ではまだCVCを作る予定はなく、富士通本体から直接投資をすることになっていました。しかし、本体投資の仕組みだとスピード的に難しいと判断し、CVCを再度ゼロから作ることを提案したのです。

――スピードが問題というのは、投資の意思決定ができないということでしょうか?

いえ、経営陣とは独立した投資意思決定機関として既に投資委員会の仕組みが設けられており、投資前の判断スピードに懸念はありませんでした。その他の社内意思決定も速く、現にCVCの組成も、11月の提案に始まり、12月には経営会議、翌年1月には取締役会で承認されたほどですから。

私が問題視したのは投資後のスピード感です。例えば、特にアーリーステージのスタートアップは会社の運営体制が未成熟なことが多いため、投資先から「株主総会を開催し忘れていました。明日までに委任状をください」と言われるケースが少なからずあるんです。富士通のような大企業で、そこまで迅速に社内事務プロセスを進めることは容易ではありません。それ以外にも、スタートアップの株主は様々な場面で機動的な動きを求められることがありますので、独立エンティティとしてのCVCを作り、本社プロセスとは切り離した形で様々な決裁ができるようにしなければならないと考えました。

――スタートアップを相手にすると、投資した後も柔軟に動ける体制が必要なのですね。CVCを立ち上げる上で、特に注意したことがあれば教えてください。

財務リターンをしっかり意識すること」、「経営戦略と連動させること」、「CVC経験者を関与させること」の三つが肝になると思います。裏を返せば、この三つができていないと失敗する可能性が高まります。

財務リターンを意識し、「適切なバリュエーション」で投資する

――一つずつ伺っていきたいのですが、まずはCVCの財務リターンの重要性について聞かせてください。

CVCは企業が事業戦略を実行するためのツールの一つですから、最も重要なのは戦略リターンです。投資を通じて、投資先との提携関係を加速・強化することが最大の目的です。

一方で、CVCは戦略リターンさえ生み出せれば財務リターンが不要かというと、決してそのようなことはありません。仮に現経営陣が財務リターンを度外視してでも戦略リターンを追及せよという方針を採っているとしても、大企業の経営陣は数年で交代することが多いので、新経営陣に「CVCは赤字だから潰そう」と言われたら一瞬で存続の危機に陥ります。CVCの主目的が戦略リターンであることは揺らぎませんが、それと同時にCVC活動単体で一定以上の利益を生んでいると胸を張って言える程度の財務リターンは絶対に必要です。

――財務リターンを得るために必要なことはあるのでしょうか。

まずは適切なバリュエーションで投資することが基本中の基本です。残念ながら事業会社やCVCの多くが適切にバリュエーションを評価できず、大抵は高めのバリュエーションで投資してしまっています。そのため、スタートアップから「事業会社やCVCは高いバリュエーションでも投資してくれる」と思われていることも少なくありません。

当然のことですが、不適切なバリュエーションで投資してしまうと、それだけ財務リターンも出づらくなります。VCと同じ目線で、自らバリュエーションを評価できるようになるのが一番ですが、まずは信頼できるVCがバリュエーションを設定した投資ラウンドへの参加を原則にするのも一案です。

CVCを経営戦略と連携させる第一歩は「自社アセットの把握」

――経営戦略との連携についても教えてください。

先程お話した通り、CVCは、企業が経営戦略を実行するためのツールの一つです。企業の目標と現実とのギャップを埋める手段としては、内部開発、買収、提携などの選択肢がありますが、このうちスタートアップとの提携によってギャップを埋めようとするときに、CVC投資を組み合わせることによって提携関係を加速・強化し、さらに大きな成果を目指すのです。

そのため、本来ならば、経営戦略があってこそのCVCであるはずです。しかし、「競合他社がCVCを作っているから自分たちも作ろう」などと、目的や戦略を明確化せずにCVCを立ち上げてしまうケースが見受けられます。CVCを立ち上げたのはいいものの、「どこに投資していいかわからない」「CVCをどのように活用していいかわからない」といったご相談をいただくこともあります。

――それは、不安ですね。では、経営戦略とCVCを連動させるにはどうしたらいいのでしょうか。

まずは自社のアセットと、強み・弱みを正確に把握することだと思います。事業ポートフォリオや技術ポートフォリオを常に把握しているからこそ、強化すべき箇所が明確になり、どの分野のどのようなスタートアップに投資すればいいかが見えてくるからです。私が以前在籍していたシスコは、それが完璧に近い形でできており、非常に感心しました。

また、本社経営陣との距離感も重要です。CVCの活動内容を経営陣が正しく認識していないケースもよく見られますが、それでは経営戦略との連動などできるはずがありません。富士通では定期的に経営会議にCVCの活動報告をしており、経営陣にも正しく理解してもらっていると考えています。

――先程上がったような、目的が明確化されていないCVCが、途中から軌道修正することは出来るのでしょうか。

CVCという機能そのものがあることは大きな武器ですので、使い方さえ是正すれば軌道修正は可能だと思います。まずは経営陣や戦略を担当する部門とのコミュニケーションを強化し、全社戦略の中でCVCをどのように活用できるかを模索することではないでしょうか。

CVCに投資経験者がいない?大企業通例の「メンバーシップ型雇用」の弊害

――CVCの組織づくりについても教えてください。

CVCの業務はある種の専門職のようなもので、一定の投資経験がないとなかなか務まりません。特に、迅速な立ち上げが要求される初期メンバーは、即戦力たり得る投資経験者であるべきだと思います。もちろんVC経験者でもいいのですが、CVCはVCと同様の成果報酬制度を設けるのが難しいため、VCからわざわざ移籍してくれる方は少ないのが実情です。

現在、富士通は3名でCVCを運営していますが、全員が他社のCVC経験者です。

――どういうきっかけで別のCVCに移る方が多いのでしょうか?

人事異動でCVC業務を続けられなくなるケースです。定期的な人事異動の一環でCVCに参画したところ、投資の仕事が面白いと感じるようになったのに、数年後にはまた別の部署への異動が待っている。そのタイミングで、投資の仕事を続けるために転職を決断される方が多いようです。

――せっかく育った人材が別のCVCに移ってしまうのはもったいないですね。

人事異動で数年ごとに人が入れ替わっては、投資のノウハウは蓄積されませんし、せっかく築いたスタートアップとの関係性もリセットされてしまいます。企業の中で、まだまだCVC業務が専門職として認められていない証拠だと思います。富士通ではジョブ型人材マネジメントを採用しており、CVC業務の専門職として投資経験者を招聘していますので、本人の意に反して別の仕事に異動させられることはありません。

また、今後もう少しチームを拡大できたら、教育にも力を入れたいと思っています。投資の未経験者を採用したり、他部署から異動してきた投資経験のない方を育てて、さらに組織を拡大していくことを想定しています。

――最後に、これからCVCを立ち上げようとしている方に対してメッセージをお願いします。

繰り返しになりますが、CVCの主目的はスタートアップとの事業連携を加速・強化することにありますので、まずは投資のことを忘れて、本当にスタートアップと協業できるかどうかを試してみてほしいと思います。初めてスタートアップと協業しようとすると、社内から様々な意見が出て、なかなか話が進まないはずです。

そんな状態でCVCを立ち上げても、加速・強化する対象になる事業連携そのものが存在しないわけですから、意味がありません。まずは社内にスタートアップと協業できる体制を作り、その上でCVCの仕組みを整えるという順序が大切だと思います。

ここがポイント

・CVCで最も重要なのは戦略リターンで、投資を通じて、投資先との提携関係を加速・強化することが最大の目的。
・経営陣によって方針変更がある可能性があるため、CVC活動単体で一定以上の利益を生む財務リターンは必要
・経営戦略があってこそのCVCであるため、事業ポートフォリオや技術ポートフォリオを把握ていなければ、どの分野のどのようなスタートアップに投資すればいいかが見えない
・迅速な立ち上げが要求されるCVCの初期メンバーは、即戦力たり得る投資経験者であるべき
・CVCの主目的はスタートアップとの事業連携を加速・強化することのため、まずは投資のことを忘れて、本当にスタートアップと協業できるかどうかを試してみてほしい


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓郎