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サバがマグロを生む!?前代未聞の新技術“代理親魚技法”で水産業を革新する大学発スタートアップ「さかなドリーム」のビジョン

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漁獲量の減少によって、水産物の安定供給に陰りが見えてきた日本の水産業。ゲノム編集や培養技術などの最新技術に期待が高まっているが、それらが社会に普及するには、まだまだ時間がかかりそうだ。

そんな中、水産業界で大きな注目を集めているのがさかなドリームの「代理親魚技法」という技術。「試験管から魚を生み出す」「サバにマグロを産ませる」といった驚きのアプローチで、水産業界が抱える課題解決を目指している。

この「代理親魚技法」が社会実装されることで、私たちの食卓にどんな変化が起きるのだろうか。今回は同社の共同創業者であり、東京海洋大学で代理親魚技法の研究をしてきた吉崎悟朗教授と代表取締役CEOの細谷俊一郎氏にインタビューを実施。起業の経緯やこれからの事業展開について話を聞いた。


左:吉崎悟朗
東京海洋大学学術研究院海洋生物資源学部門教授、水圏生殖工学研究所所長
株式会社さかなドリーム Co-Founder
神奈川県鎌倉市出身。東京海洋大学博士(水産学)。魚類の生殖工学分野で長く世界を牽引し、2023年春の褒章にて紫綬褒章を受章。革新的な生殖幹細胞操作技術「代理親魚技法」によって、天然記念物や絶滅危惧種に指定される多くの魚の保全を手掛ける。本技術で養殖業の発展に貢献するべく、2023年7月に株式会社さかなドリームを共同創業。

右:細谷俊一郎
株式会社さかなドリーム 代表取締役CEO
神奈川県横浜市出身。上智大学(法学部)卒業後、丸紅株式会社にて穀物トレードや事業企画に従事。その後、日系・外資系メガベンチャーやスタートアップでの事業開発、上場医薬品メーカーでの海外子会社長、D2Cブランドの起業・売却等の経験を積み、さかなドリームを共同創業。

INDEX

異なる種の魚に卵を産ませる「代理親魚技法」で目指した未来
研究者と経営者、互いに惹かれ合ったポイントとは
みんなが知らない「おいしい魚」を流通させるのが重要な戦略に
生産パートナー、流通パートナーとの関係構築が重要課題
ここがポイント

異なる種の魚に卵を産ませる「代理親魚技法」で目指した未来

――まずは「代理親魚技法」がどのような技術なのか聞かせてください。

吉崎:代理親魚技法とは、魚(ドナー)の精子や卵のもととなる生殖幹細胞を、別の魚(代理親)に移植することで、代理親が成魚になった際に“ドナー由来の魚”を産ませる技術のことです。この技術を使えば、ターゲットとする魚(増やしたい魚)がわずか一尾でも手に入れば、代理親を介してその子孫を量産することができます。

また、生殖幹細胞は死後一定の時間内であれば、死んだ魚からでも採取できるため、生きたまま捕まえるのが難しい希少な魚でも、細胞移植により増やすことができるのです。

――代理親魚技法を使って、当初はどのように社会実装しようと思っていたのでしょうか?

吉崎:代理親魚技法の研究を始めた時に定めたゴールは3つありました。一つは生殖幹細胞を液体窒素で凍らせて、いつでも魚を蘇らせられる状態にすること

もう一つの目標は、品種改良のサイクルを加速させること。たとえばクロマグロなどは成熟するまでに3~5年はかかりますが、もしも1年で成熟するサバに細胞を移植すれば、成熟するまでの期間を大幅に短縮できます。それによって品種改良のサイクルを早められれば、より養殖技術に貢献できると思ったのです。

そして最後の目標は、試験管の中で無限に培養した生殖幹細胞に由来する魚を産ませること。それが実現できれば食糧不足解決の大きな糸口になります。他社では試験管から刺し身を作る研究も進められていますが、それらは実現までにまだまだ時間がかかります。しかし、代理親を介して魚を生むならそこまで時間はかからないと思っていました。

このような目標を2000年初頭に描いていたのです。

――それらの目標が実現したのか教えてください。

吉崎:最初に実現したのは、2013年に冷凍保存した生殖幹細胞を用いてその子孫である魚を作ること。また、試験管で培養した生殖幹細胞から魚を産ませるというのも2020年に世界で初めて成功しました。私が最初に掲げた夢は、夢物語ではなくなったのです。

しかし、一方で周りを見渡すと、その技術が普及していないことに気づきました。なぜかというと、この研究の社会実装には幹細胞生物学の知見から養殖のスキルまで、幅広いノウハウが必要だからです。しかし、今はサイエンスが細分化されすぎていて、幹細胞などの研究をしている人たちは養殖現場の知見を持っていませんでした。

わたしが定年して研究を止めたら、この研究を続ける人がいないことに気づき危機感を覚えたのです。

――その危機感からどのようなアクションに出たのでしょうか?

吉崎:研究室に社会実装を見据えた研究者を迎え入れました。当時、大学が水圏生殖工学研究所を立ち上げたため、研究者の増員が認められたんですね。そこで、大手水産会社で養殖技術の開発を手掛けてきた森田哲朗(現・東京海洋大学 水圏生殖工学研究所 准教授 / さかなドリーム取締役CTO)を招き入れました。

その出会いもあり、生研支援センターが主催する、研究を社会実装するための「スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)」に採択され、そこで細谷と出会い本格的にスタートアップの立ち上げを始めました。

細谷:SBIR支援の中には経営者候補をマッチングさせるプログラムがあり、私はそこに共同創業者で現取締役CMOの石崎と参加していました。そこでマッチングした吉崎と事業化の検討を始めたのです。

研究者と経営者、互いに惹かれ合ったポイントとは

――SBIRには様々な研究者が参加していたと思いますが、その中で細谷さんが吉崎さんを選んだ理由を教えてください。

細谷:SBIRに限らず、VCなどから紹介を受けた技術は100を超えているのですが、その中で吉崎の研究や技術に惹かれたのは、技術を応用できる範囲の広さと市場の大きさです。

加えて吉崎が圧倒的にハードワーカーであること。普通に考えれば、アカデミアの仕事だけでも相当忙しいはずなのに、さらに社会実装しようというのはハードワーカーでなければ無理です。

吉崎に出会ったころ、深夜の1時くらいまでミーティングをしていたことがあったのですが、それが終わってから別のミーティングにも参加していて。それを聞いた時に「この人たちと一緒に働きたいな」と思って、私達の方から口説きました。

――吉崎さんは、なぜ細谷さんたちと起業しようと思ったのでしょうか。

吉崎:細谷、石崎となら、自分の夢を叶えられると思ったからです。当時は大きなビジョンを掲げていたものの、魚の研究一筋だった私にはそれをどうやって実現すればいいか道筋は見えていませんでした。

そんな時に細谷と石崎から、スタートアップの仕組みやマーケティングについて詳しく教えてもらったのです。その話を聞いて、僕らの研究と彼らのビジネスのノウハウを組み合わせたら無限の価値を生み出せると思い、一緒に起業することを決めました。

みんなが知らない「おいしい魚」を流通させるのが重要な戦略に

――近年、養殖業界ではゲノム編集や培養魚などの技術も注目されていますが、それらの研究をどのように見ているのか聞かせてください。

吉崎:ゲノム編集も培養技術も、どちらも重要な技術だとは思いますが、現時点ではまだ課題もあると思っています。たとえばゲノム編集した魚を海面養殖すると、生け簀から逃亡した魚が野生の魚と交配して、遺伝子撹乱を引き起こすリスクがあるため、現在は陸上養殖しか行われていません。しかし、初期投資や生産コストの観点から陸上養殖を広げるには限界があるのが現状です。

また、培養魚にも同じことが言えますが、人が手を加えた魚が市場にどこまで受け入れられるかまだわかりません。もしも、天然の魚と人が手を加えた魚が売り場に並んでいたら、多くの人が天然の魚を選ぶのではないでしょうか。

その壁を乗り越えるには、天然の魚と並べられても手にとってもらえるだけの魅力を作りだすことが不可欠になってきます。

――さかなドリームでは、どのように魅力を作っているのでしょうか。

細谷:私たちがこだわっているのは「味」です。昔の養殖は餌が今ほど発展しておらず、天然の魚よりも味が劣っていました。今でも「養殖の魚はおいしくない」と思っている人は少なくありません。そのイメージを払拭するためにも、おいしい魚を作るのが私たちの命題だと思っています。

また、これまでの魚の品種改良というのは「いかに成長を早くするか」「いかに病気にかかりづらいか」という点にフォーカスして行われてきました。それらの生産者にとってメリットは、消費者にとって同じようにメリットが大きいとは言い切れません

成長が早かろうが遅かろうが、消費者が食べたいのは「おいしい魚」です。だからこそ、私たちは消費者が手に取りたくなるようなおいしい魚づくりにこだわっていきたいと思います。

――おいしい魚を作るために、何が必要なのか教えてください。

細谷:品種改良でおいしくするのと同時に、消費者が食べたことのない魚を世に広めていくことも重要だと思っています。消費者の頭の中には「この魚はこんな味」というイメージがあり、それを覆すのは容易ではありません。

しかし、食べたことのない高級魚なら素直に味わえますよね。それらの高級魚と呼ばれるような魚が高価なのは、漁獲量が少なく市場に出回らないからです。代理親魚技法なら、そのような希少な魚も増やすことができるため、今よりも流通を増やし、手を出しやすくすることもできます。

日本には4,000種類もの魚が存在していますが、実際に市場に流通しているのはそのごく一部です。みなさんが知らないような「幻の魚」を市場で流通させるのも、私たちの役割だと思っています。

――おいしい魚を流通させるというと近畿大学による「クロマグロ」の完全養殖もそうですよね。代理親魚技法を使えば、もっと効果的においしい魚を流通させられるのでしょうか?

細谷:たしかに完全養殖でおいしい魚を流通させることはできますが、クロマグロの完全養殖の実現までに30年以上の歳月を要したように、完全養殖は非常に難しい技術です。さらに魚の種類ごとに適切な水温や餌なども違うため、多くの魚で完全養殖を実現するのは容易ではありません

しかし、代理親魚技法を使えば、既に完全養殖の方法が確立している魚を代理親にすることで、簡単に完全養殖が可能になるのです。

吉崎:さらに、代理親魚技法を使えば、生け捕りが必要ないのも大きなメリットです。これまでの養殖では、必ず生け捕りが必要で、生け捕りしやすい魚が養殖されてきました。唯一、生け捕りが難しくても、その美味しさから養殖されるようになったのがクロマグロだと言ってもいいぐらいです。

しかし、生殖幹細胞は魚が死んだあともしばらくは生きているため、新鮮な魚からなら取り出して冷凍保存が可能です。死んだ魚を親にできるということは、他の技術にはない大きな優位性だと思います。

――名前も知らない種類の魚が食卓に並ぶのも夢ではないのですね。

吉崎:さらには、おいしい「魚種」だけではなく、おいしい「個体」を選んで流通させることも可能です。魚が個体によって脂のノリが違うように、個体ごとにおいしさも変わります。たとえば、和牛なんかは家系図が作られていて、いかにおいしい牛の遺伝子を残していくかが非常に重要視されていました。

しかし、魚は同じようなことができなかったため、「〇〇産の魚」程度しか分別できなかったのです。代理親魚技法を使えば、実際に食べて「おいしい魚の生殖幹細胞を用いて、その子孫を増やすこともできるため、よりおいしい魚を口にしてもらえると思います。

生産パートナー、流通パートナーとの関係構築が重要課題

――これからの目標について聞かせてください。

細谷:私達が品種改良した魚が、当たり前のように食卓にならぶ世界を作ることです。そのため必要なものが3つあると思っています。一つは私達の魚を一緒に作ってくれる生産パートナー、もう一つは流通パートナー、最後に魚を食べてくださるお客さまです。

お客さまに関しては、まずは食べてみたいと思ってもらうこと、そして実際に食べてもらっておいしいと思ってもらうことが大事なので、ある意味シンプルです。問題は生産パートナーである養殖業の方や流通業の方たちです。

どちらもトラディショナルな業界で、私たちのような得体の知れないスタートアップの話を聞いてくださる方ばかりではありません。彼らの協力をいかに得るかがこれからの課題になると思っています。

――流通パートナーの方々の協力を得るのはどのように難しいのでしょうか?

細谷:ある仲卸さんに私たちのコンセプトを説明した時に言われたのが「高級魚というのはもう決まっているから、これから作れるものではないんだよ」ということです。しかし、調べてみると、のどぐろが爆発的に人気になったできごとがあることを知りました。

今でこそ人気ののどぐろですが、昔から今のような人気があったわけではありません。その人気を押し上げたのが、テニスプレーヤーの錦織圭選手です。彼が海外ツアーでのインタビューで「今何が食べたいですか」と聞かれて、のどぐろと答えて爆発的に認知が広がりました。

そのようなきっかけをいかに人為的に作り出すかが、これからの課題になってくると思います。

――具体的にどのようなアクションをしているのか教えてください。

細谷:今は日本中のおいしい魚が豊洲に集まっているため、その中でも特においしい魚を扱っている卸の方たちと話を進めています。彼らも漁獲量の減少や、小売が力をつけて市場を通さずに買い付けている現状に悩んでいました。

そのような中で、私たちのユニークな取り組みに興味を持ってくださる卸も現れ始めている状況です。

――卸業者との協力が肝になってくるのですね。

吉崎:もう一つ、私たちが行っている養殖業者との取り組みです。日本で魚類を海面養殖するには区画漁業権という権利を取得しなければならないのですが、それは簡単にとれるものではありません。そのため、魚の海面養殖をするには、どうしても養殖業者に一緒に魚をつくっていただく必要があるのです。

しかし、養殖業者に稚魚を売りつけるだけのビジネスモデルでは、養殖業者に全てのリスクを押し付けることになります。そこで私たちが行っているのが、養殖業者が育ててくれた魚を全て買い取って、自分たちでマーケティングし販売するということ

万が一、台風なので魚が全て飛ばされてしまったような場合でも、それまでの全てのコストをお支払いして、養殖業者のリスクを全て取り除いていくのです。養殖業者も、最近は生簀で育てる魚がいなくて困っているケースも多いので、できる限り養殖業者の「できない理由」を取り除いて協力体制を築いていければと思います。

――最後に、これから起業を考えている方にアドバイスがあればお願いします。

細谷:起業を考えている方の中には、よく「課題を見つけること」に必死になっている方もいますが、無理に課題を見つけるよりも「今よりいい世界を作る」くらいにポジティブに考えるといいと思います。様々な起業アイディアを聞いていると、無理やり課題をこじつけているような方もよく見かけるので。

私たちも最初は「おいしい魚を提供できたらハッピーだよね」くらいのポジティブな気持ちで始めました。だからこそ社名も「さかなドリーム」というゆるい名前なんです。無理に課題を見つけて解決するよりも、もっとポジティブに考えて、それぞれの方が持っている得意なことを活かしていけばいいと思います。

それと既存の産業を否定しないことです。スタートアップは「古い業界をディスラプトする」というイメージを持っている方も多いかもしれませんが、必ずしもそんなことはありません。

たとえば私達が関わっている水産業界というのは、たしかに改善の余地はありますが、それに対して私達がどうにかしようと思うのは傲慢な考えです。むしろ先人たちの努力があって今の基盤があるので、そのような日本の良さをどうすれば活かせるか考えながら事業アイディアを考えてほしいと思います。

ここがポイント

・代理親魚技法は、魚(ドナー)の精子や卵のもととなる生殖幹細胞を、別の魚(代理親)に移植することで、代理親が成魚になった際に“ドナー由来の魚”を産ませる技術
・試験管で培養した生殖幹細胞から魚を産ませるというのも2020年に世界で初めて成功した
・代理親魚技法を使えば、既に完全養殖の方法が確立している魚を代理親にすることで、簡単に完全養殖が可能となる
・認知を広げるきっかけをいかに人為的に作り出すかが、これからの課題
・起業に困っていたら、無理に課題を見つけるよりも「今よりいい世界を作る」くらいにポジティブに考えるといい


企画:阿座上洋平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:阿部拓朗