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個社の課題は新たな機能の手がかり。ファイルフォースが目指す、利用者にルールを押し付けないSaaSの作り方

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インターネットを使い、必要な機能を必要な分だけ利用できるSaaS。クラウド会計や近年サブスクリプションモデルにシフトした画像編集や表計算ツールなど、SaaSは事業運営にもはや欠かせない存在になっている。SaaSの黎明期から存在する代表的なものにクラウドストレージがあり、今や導入している企業も多い。SaaS基本の思想はマルチテナント方式で、多くの企業のニーズを満たす最大公約数となるような汎用的な設計がしてあることが多い。しかし、企業によってファイルやデータを保存するためのディレクトリ構造や参照権限がすべて同じなわけではない。

こうしたニーズに応える形で、SaaSでありながら個社ごとの複雑な権限設定にも応えられるようプロダクトを提供しているのが、ファイルフォース株式会社だ。どんなデバイスからでも企業のファイルを保管、整理、管理、追跡、共有などができるクラウドストレージサービス「Fileforce」を提供。個別の課題にも対応できるシステムを構築し、エンタープライズから中小企業まで組織やプロジェクトの規模に合わせて幅広く利用されている。

「Fileforce」はSaaS型のクラウドストレージでありながら、オンプレミスで運用していたファイルサーバーを同じルールのままクラウド化できるなど、企業ごとの個別ニーズに合わせた複雑な権限管理やダウンロードの可否設定ができるのだろうか。今回は、同社代表取締役のサルキシャン アラム氏を招き、その裏にある開発思想について詳しく伺った。

INDEX

企業のミッションやビジョンを達成する。複雑な課題にも対応するファイルフォースの姿勢
外国人でも日本で正社員雇用。日本の文化を理解してもらうことを重視した人材育成
持続的な関係性を築くため、顧客との密着度を高める
ここがポイント

サルキシャン アラム
ファイルフォース株式会社 代表取締役
モスクワ国立大学卒業後、カリフォルニア州立大学Hayward校のMBA取得
1995年に来日し、早稲田大学と一橋大学商学・法学研究科での国費留学を経て、ファイルフォース㈱ 設立

企業のミッションやビジョンを達成する。複雑な課題にも対応するファイルフォースの姿勢

2014年にサービスを開始したファイルフォース。当時は、日本の非ITの大手企業では、現在ほどSaaS型のサービスは主流ではなく、システム会社がお客様の個別の要望に合わせてシステムを開発するシングルテナント方式が多かった。そんななか、アラム氏がSaaSで起業に至ったのは、SI企業で働いていたときに感じた課題があったからだった。

アラム:留学生として日本に来て、卒業後はITの世界に飛び込み、お客様の要望に合わせて開発するSI企業に就職しました。仕事自体は充実していたのですが、次第にオンラインサービスなどのプロダクトに興味を惹かれるようになったんです。SIは1社ずつお客様の要望に合わせたシステムをつくる必要があり、非効率ですよね。でも、プロダクトであれば、横展開もできるし、ノウハウが蓄積されれば、お客様にフィードバックすることも可能。毎回莫大なコストをかけるよりも汎用性があると思いました。

SIの課題を意識したアラム氏は、2014年4月に起業。自身が開発会社にいたときに営業からプログラミングまでを経験し、一連の流れを理解していたことも大きかった。当時はストレージサービスが出始めたころで、海外の企業が日本の商習慣を一切無視して、「あなたたちのビジネスはこうやるべきだ」と上から目線でサービスを提供する姿勢に疑問を感じたという。

ITツールは企業のミッションやビジョンを達成するために入れるべきもの。すべて無視して売りつけるものではない」。そう考えたアラム氏は確実に企業の力になるため、目線を一段階あげようと考えた。単に課題を補完して権限をつけるだけではなく、もう少し視座をあげて、「この会社の業務は何か」「業務をよりスムーズに加速するにはどのように支援すべきか」を念頭に作業にあたるべきだと。こうした意識を持つと、画一的な権限設定のストレージサービスだけでは企業の課題を解決できないため、個別の課題にも対応する必要がでてくる。
とはいえ、マルチテナントを基本とするSaaSでは個別の対応には限界がある。ファイルフォースでは、一体どのようにプロダクトを開発しているのだろうか。

アラムマルチテナントと個別の課題解決のための機能を両立するために、企業からこう機能は追加できないのかと要望があったときにかなり労力をかけて汎用的なモデルに落とし込んでいます。一旦汎用化したモデルでリリースしてみて、使いにくい箇所が見つかったら、そこをアップデート。PDCAをまわしていくだけです。すべての個別ニーズに対応できるわけではありませんが、一見すると個別のニーズであっても探せば必ず似たような要望を持っている企業があります。本当にプロダクトが必要なのか、今までお客様が他にツールを使ってこなかったから固定概念でこのサービスが必要だと思っているのか。こうした課題を社内でディスカッションしていきます。

もう一つ、ファイルフォースの大きな特徴が、詳細かつ柔軟に対応できる権限設定。通常、社内ファイルサーバーからクラウドストレージに移行した場合、フォルダやファイルに対してアクセス権限の制約が一元管理されている。しかし、「Fileforce」は、20以上のアクセス許可項目がカスタマイズできることで、フォルダやユーザー単位だけでなく、チームなど組織単位で、閲覧やダウンロードの可否などを詳細に設定することが可能だ。また、複雑なディレクトリ構造、フォルダ構造でも、叶えたい設定は必ず実現できるようにしており、多くのコンテンツを管理する企業でも、柔軟に対応可能だ。このように企業の課題に誠実に向き合った結果、サービスの汎用化につながる結果となっている

外国人でも日本で正社員雇用。日本の文化を理解してもらうことを重視した人材育成

ファイルフォースは採用も特徴的だ。外国人が代表を務めるIT企業だととくに、海外在住者とチームを組んだり、雇用形態も多様に設定していることが多い。オフショア開発も少なくない。しかし、ファイルフォースはどこの国籍であっても日本に住むこと、正社員雇用を前提としている。この条件にどんなこだわりがあるのだろうか。

アラム:我々の仕事はお客様の重要なデータを扱います。だからこそ、データが国外に出ないこと、開発プロセス自体が国外に出ないことが重要な要素だと思っています。そのため、プロダクトの質を向上するために世界中から優秀な人材を集めてきますが、全員日本に住んでもらうことを前提に正社員採用をしています。全員同じ場所で働くからこそ、いかに重要なデータを預かっているのかという共通認識が培われていくのです。

加えて、気をつけているのが、海外のビジネス視点を日本に持ち込まないこと。日本には日本の商習慣や組織の論理があります。それを前提とした上で、ビジネス視点ではなく、スキルを持ってきてもらうことを意識しています。

ファイルフォースがもう一つ大事にしていることが、日本の文化を理解してもらえる人を採用すること。社内では外国人メンバーに月に一度日本語を習う機会も設けている。英語を共通言語としているIT企業もあるなかで、日本語でのコミュニケーションを重視している企業だ。

アラム:我々がプロダクトを提供しているのは、日本の市場です。日本語や文化が分からなければ、クラウドストレージというビジネスの特性もあり、日本のお客様になかなか融合しません。日本語には、英語では訳せない概念がたくさんあります。特に「お疲れさま」と言い合う文化は海外の人には分からない感覚。だからこそそういった日本の文化を学ぶ意欲がある人たちと一緒に働きたいと思っています。グローバル化はこれまで変わらず進んでいくはずですが、ほとんどの国で、コロナ禍によりローカルの重要性も再認識されたはずです。今後はグローバルとローカルをいかにバランスよく進めるかということがとても重要になってくることでしょう。

また、こうした高いスキルを持った人たちに日本の理解を深めてもらうためには、「日本ではこうだから」と伝えるだけではなく、「なぜこうなったか」「どういう文化の流れでこうなったのか」を丁寧に説明して理解してもらうより他ありません。これを地道にやっていくしかないと今は思っています。

持続的な関係性を築くため、顧客との密着度を高める

マルチテナントでありながら、カスタマイズまではいかないものの、細かなニーズにも対応できるファイルフォース。ビジネス的な効率とお客様のニーズ、その間のちょうどよいバランスを見つけることで、既存のお客様の満足度を持続させており、経営指標としてはLTVを重視しているという。アラム氏はLTVの価値を提示しながら、顧客との密着度の重要性を教えてくれた。

アラム:解約しないSaaSを目指すのであれば、お客様との密着度が重要です。寛容さや効率性よりも、いかに密着するか。やめられないじゃなくて、「やめたくないサービス」をいかにつくっていくか。そこはお客様との密着度に比例するものだと思っています。

顧客満足度をあげた上で、顧客と持続的に付き合っていく。その上でアラム氏は、こうした会社の思想を次世代につないでいくことにも意欲を見せる。

今後は今日話したような日本文化を知る姿勢やお客様との関係性など、今の思いを継承していきたいと思います。今のメンバーが、これらをきちんと理解し、新しいメンバーに伝えていく。そんな次の世代につないでいける輪をつくっていきたいです。

SaaSは、多少不便があったとしてもサービスのルールに企業が合わせるもの。そんな固定概念があった。しかし、サービスは多様化し、複雑な構造を持たざるをえない企業も多くなった。そんななか、同社は企業の課題に真に寄り添い、個別の課題に答えられるSaaSを常に開発してきた。

ビジネスにおいて重要な点は、顧客の課題を解決すること。当たり前のサービスを提供するだけではなく、もっと最適な解はないか。改めて、ビジネスの原点に触れた時間だった。

ここがポイント

・ファイルフォースは、SaaS企業でありながら複雑な課題にも応えられるサービスを提供している
・企業から個別の要望があった場合、汎用的なモデルにまで落とし込んでいる
・企業にとって本当にプロダクトが必要かから議論を重ねる
・権限設定は詳細かつ柔軟に対応できる
・外国人を採用しても、日本語や日本の文化を理解してもらうため、基本は日本で働いてもらう
・お客様との密着度を重視し、持続的な関係を目指す
・日本文化を知る姿勢、お客様との関係性などを次世代にしっかりと受け継ぐ


企画:阿座上陽平
取材・編集:BrightLogg,inc.
文:長谷川円香
撮影:小池大介