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想像力の拡張が人と社会を拡張する Imaginics vol.1

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2023年、一橋大学にソーシャル・データサイエンス学部と大学院ソーシャル・データサイエンス研究科が開設された。2025年に創立150周年を迎えようとしている一橋大学において、社会科学領域から科学技術領域にまたがった教育研究をカリキュラムに含めた学部と大学院が誕生させたことは開学以来の大改革であるといえる。この数年でデータサイエンス系の学部・大学院が様々な大学で新設された。その中で一橋大学のソーシャル・データサイエンスの教育研究では、社会科学と科学技術を融合させて様々なスケールの社会課題に実効的なアプローチのできる人材、特に経営人材の育成を目指しているところが特徴的である。これまでに数多くの経営人材を輩出してきた一橋大学だからこそ、産業界や政治行政、国際機関などにおいてデータに基づく意思決定ができるソーシャル・イノベーターやアントレプレナーが生まれることを願っている。

私は、そのソーシャル・データサイエンス学部・大学院の開設に合わせて一橋大学に着任した檜山と申します。こちらにソーシャル・データサイエンス開設間近のインタビューもあります。バーチャルリアリティや人間拡張工学と呼ばれる、人間の身体機能や認知機能を強化していく技術の研究を専門としています。特に超高齢社会の抱える様々な課題にアプローチするテクノロジーの研究開発と社会実装に従事してきて、一橋大学にて新しく研究室を構えることとなりました。

一橋大学で新しい研究室を開くにあたって研究室の活動を表すキーワードを作ることを考えた。それが掲題の “Imaginics” という言葉である。“Imaginics” とは、想像力を意味する “Imagination” と、学問を表す “-ics” を融合させた造語だ。人間が世の中に生み出すことができるものは、どうしても人間が想像できる範囲の内側にとどまってしまう。しかし、人間が想像できる範囲を広げることで、できることが広がっていく。新しい研究室では、テクノロジーをベースに、そこで学ぶ学生の想像力を拡張し、社会に働きかけていく教育研究に取り組むべく “Imaginics” というキーワードを掲げることにした

ソーシャル・データサイエンス研究科では、創立150周年を迎える年に博士課程も開設される。一橋大学にとっていままでの枠を飛び越えた教育研究への挑戦が進んでいる意味で大きな想像力の拡張となっているといえる。

もっと俯瞰的な視点で日本という国を見て、想像力を拡張してみよう。日本において、あらゆる社会課題の根源として立ちはだかっているのが、超高齢社会への対応ではないだろうか。人口ボーナス期に社会実装された制度や慣習が、時代の変化に追いつくことの障壁となっている。本来ならば、人口オーナス期に合わせて制度や慣習を更新していく必要があるものの、人や社会の中に深く浸透してしまっていることで、それが難しくなっている。既存の社会システムを更新していくためには更に50年後の社会の状況を見据えつつ、これまでの価値観をリセットして社会システムを再構築していくような想像力の拡張が求められる。価値観とシステムをアップデートにはデータ駆動型のアプローチに期待が寄せられる。そのためには、複雑な社会課題を織りなす要素を抽出し、計測できるようにすることでデータ化していくことが必須である。既存データでは明らかにできていない人や社会というシステムの特性を見出し、人や社会に働きかける社会システムとしての法制度・テクノロジー・サービスを構築していく。それはソーシャルサイエンスとデータサイエンスの融合によって達成できると考えている。
日本ではこれから、人口減少が加速していく中で更なる高齢化が進んでいくことになる。少子高齢化の未来に対してはかなり悲観的な意識が社会に蔓延しているのではないだろうか。「ダイナブック構想」を提唱し、パーソナルコンピュータの父とも呼ばれる計算機科学者のアラン・ケイが言った、“The Best Way to Predict the Future is to Create it.” 「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」という言葉は名言である。人の営みである社会は人の意識によって舵取りがなされている。クルマを運転しているときに、前方を見据えず周囲の1点に意識がとられるとクルマは意識の方向に寄っていく。社会の舵取りも同じである。一人ひとりの意識が悲観的で、将来を見据えず卑近な結果を求めると、悲観的なイメージが実現されるように社会は流れていってしまう。明るい未来を創造していくためにも、超高齢社会のステレオタイプから脱却する想像力の拡張が必要である。

例えば、若者が働き高齢者を支えるという社会のモデルも人の意識と社会の仕組みの中に固定化されてしまっている。高齢者といっても、10年前の高齢者よりも今の高齢者は身体能力が10歳以上若返っている。そして社会から完全に引退してしまうよりも、高齢期において社会との繋がりを持って何らかの活動に参加していることが、運動や栄養の充実以上に心身の健康を大きく左右することも明らかになっている。高齢者を支えられるだけの存在と決めつけるのではなく、一人ひとりの状況に合わせて社会参加できるような社会であることが望ましいのではないだろうか。そのような背景から、私の研究では全員参加型の「モザイク型の社会参加」を提唱している。1950年のとても綺麗なピラミッド型をしていた日本の人口動態は、そこから100年で綺麗な逆三角形のピラミッド型になっていく。ただ、その未来の人口ピラミッドをひっくり返して想像を膨らませてはどうだろうか。65歳以上の90%は元気で自立した人たちである。その人たちが無理なく参加できる社会となることで安定した未来となる可能性が見えてくる。

未来を考えより明るい方向に進んでいくために、私の研究室で取り組む研究開発は、人や社会を物理的に、そして心理的に拡張していく観点から推進している。下図は研究室で取り組んでいる研究領域を図式化したものである。垂直軸はヒト個人を対象にしたものから、コミュニティや社会に至るスケールを表す軸である。水平軸は、研究開発したシステムが人や社会に対して物理的なはたらきかけを行うものか、心理的なはたらきかけを行うものかを分類する軸である。この2軸で分類される4つの領域に対応する社会システムや活動を原点付近のそれぞれの領域に赤字で整理した。そして、その社会システムや活動を拡張すべく研究開発していくテクノロジーを4つの領域の中心に記載した。私は20年近くこの4つの領域に関わるテクノロジーの研究開発と社会実装に取り組んできている。今後の連載でその具体的な事例も紹介していきたいと思う。

2024年は、我が国の向こう5年間の高齢社会対策に関する政策の方針をアップデートする年でもあった。内閣府において半年かけた議論がなされ、新しい高齢社会対策大綱の策定が行われ、9月13日に閣議決定がなされた。私も検討会の構成員としてテクノロジーの活用や研究開発の観点から参画した。今回の高齢社会対策大綱は従来の高齢社会に対する課題意識に対して、想像力の拡張したものに仕上がったと感じている。一般に高齢社会対策は、高齢者を当事者とした高齢者のための政策であると捉えられがちだ。しかし、高齢化と表裏一体なものとして少子化が存在し、超高齢社会はあらゆる世代によって構成され、その人口動態の特徴によってあらゆる世代が抱える課題に対する対策である。つまり、全世代が高齢社会対策は自分事であるという意識を持つことが豊かな超高齢社会の実現に向けた第一歩となる。新しい大綱では、全世代に向けたメッセージをその冒頭で伝えられたことは大きな布石となるだろう。

私たち一人ひとりが豊かな超高齢社会のビジョンを描いていくことが日本を明るい方向に導いていく種である。新しい高齢社会対策大綱をベースにこれからの国の政策や未来に向けて動き始めているソーシャル・イノベータたちの活動に関する話題も本連載の中で取り上げていきたい。

[檜山敦:一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科 教授、東京大学先端科学技術研究センター 特任教授]
東京大学にて博士(工学)を取得。人間拡張工学、複合現実感、ヒューマンインタフェース、ロボティクスが専門。身体スキルをデータ化し、追体験可能にする技能伝承システムや、超高齢社会をICTで拡張するジェロンテクノロジーの研究、社会実装に取り組む。「ひとりの一生、100年」という時代を踏まえた、自律流動型社会参加システム「GBER」を複数の自治体で展開する。著書に『超高齢社会2.0 クラウド時代の働き方革命』(平凡社新書)。