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“藻”スタートアップAlgaleXが海の生態系の課題解決に向け「うま味」から事業を始める理由

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ソフトウェアスタートアップとは成り立ちも、成長曲線も全く異なるDeepTechスタートアップ。初期の技術研究、技術を社会実装するための市場ニーズの発見、量産体制の整備など、DeepTechスタートアップには拡大に向けて様々な壁が立ちはだかる。

今回は、そのようなDeepTechスタートアップの先輩起業家にインタビューを実施。未利用食品残渣で育てた“藻”で海の豊かさを取り戻すことを目指すAlgaleX代表の高田大地氏に話を聞いた。

大手商社の新規事業として始まったプロジェクトが、どのような経緯でDeepTechスタートアップになったのか。大きなビジョンを実現するための第一歩はなんだったのか。ビジネスを軌道に乗せるまでの苦悩を赤裸々に語ってもらった。

高田大地
株式会社AlgaleX 代表取締役
総合商社の在職時に、「養殖魚の餌は天然魚、養殖魚を増やせば天然魚は減る」という問題を解決できないかと考え、新規事業を展開。課題の本質である「DHA」の天然魚依存を解消することによりコミットすべく、筑波大学で藻類研究をリードしていた多田(現当社CTO)と、AlgaleXを2021年に沖縄にて設立。
捨てられている泡盛粕からうま味とDHAが豊富な藻「うま藻」を生産。国内外の高級レストラン・小売を中心に販売している。

ポイント

・藻は、光合成をして育つものと、栄養素を吸収して育つ「従属栄養性藻類」に分けられ、”うま藻”の原料は「従属栄養性藻類」に属する。
・魚の成長にはタンパク質とDHAが必要で、それを安価で安定的に供給できるのが天然魚。もし、養殖魚が海の魚を減らさないで成長することが出来れば、真の意味で海を守るソリューションになりえる。
・飼料ビジネスは利益率が低く、儲かるビジネスを作るには時間がかかるため、「うま味」事業で着実に利益を出すことで、未来へと魚を繋ぐ飼料事業を進めていくことを考えている。
・AlgaleXの技術では、適切なタイミングで適切な調整をかけることで、安定して狙ったスペックまで藻を育て上げることができる。
・DeepTechスタートアップの立ち上げで大事なのは、経営者が研究者をリスペクトし、研究者に適切なリソースと時間を与えること。

INDEX

驚異的なDHA含有量を誇るUmamo(うま藻)の驚くべき環境メリット
飼料作りへ繋げるための「うま味」事業
「魚を餌に使わない養殖」から調味料ビジネスに至った経緯
研究者をリスペクトし、正しい方向へと導くのがDeepTech起業家の役割

驚異的なDHA含有量を誇るUmamo(うま藻)の驚くべき環境メリット

――まずは「Umamo」について教えてください。

高田Umamoは、泡盛の粕で育てた藻で、旨味があるだけでなくDHAをはじめアルギニンやGABAなどの栄養素が豊富に含まれています。DHAと聞くと魚を連想する方も多いと思いますが、実は魚はDHAの蓄積はできても作り出すことはできません。

魚に含まれているDHAは、元をたどると藻由来のものです。海の生命を支えるDHAやタンパク質などは、実はもともと海に豊富に存在するものではなく、藻や微生物が作り出したものが食物連鎖で蓄積されていきます。そう考えると、藻が海の生命を支えていると行っても過言ではありません。

――藻は植物のイメージなのですが、泡盛の粕で育てるとはどういうことでしょう。

高田:実は藻には大きく2種類あって、一つはミドリムシやクロレラといった光合成をするタイプ。そして、もう一つが栄養素を吸収して育つ「従属栄養性藻類」で、周りに浮遊するアミノ酸などを吸収して大きくなります。その栄養素を泡盛粕から供給し、美味しく育てているのがうま藻となります。

従属栄養性藻類は光合成をしないので光が不要ですが、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出します。そのため、従属栄養性藻類にはブルーカーボンなどで話題になるような、直接的に二酸化炭素を減らすような機能はありません。

――二酸化炭素削減ではないとすると、「海の豊かさを取り戻す」とはどういう環境への作用を指していますか?

高田:現在、海の生物はどんどん減っています。かつて、ピーク時には日本の漁獲高1,200万トンありましたが、今では420万トンしかありません。そして、多くの皆様が勘違いしているのは、養殖魚は海を守る解決策ではないということ。それは、陸上でやろうと、海面でやろうと同じです。なぜなら、養殖魚の餌は天然の魚だから。マグロを1㎏太らせるには、13Kg以上の天然魚が必要とされているからです。

逆に言えば、養殖魚が海の魚を減らさないで成長することが出来れば、真の意味で海を守るソリューションになります。その鍵を握るのがDHAです。魚の成長にはタンパク質とDHAが必要ですが、それを安価で安定的に供給できるのが天然魚になります。特にDHAは、現状魚に完全に依存している状態です。

だからこそ「藻」なのです。冒頭触れた通り、DHAを最初に作り出すのは藻です。それを安価で安定的に作れる様になれば、魚に魚を食べさせない、海を守る養殖が実現可能になります。

――光合成をする藻を餌に使ってはいけないのでしょうか?

高田:藻にはそれぞれ特徴があり、ある一つを育ててれば全て解決というものはありません。ユーグレナなどの光合成をするタイプの藻は、タンパク質やビタミンが豊富であることが多く、当社が使うオーランチオキトリウムなどの従属性藻類は、脂質を蓄えやすい性質があります。特にDHAという点で見れば、私たちの扱う藻がDHAを最も多く含有しています。

飼料作りへ繋げるための「うま味」事業

――現在は、どのようなビジネスを展開していますか。

高田:最終的に目指しているのは藻を使って、魚に魚を食べさせない養殖を実現することですが、現状ではどうしても既存の餌との比較だとコストで勝てません。餌になる天然魚は、南米のペルーとチリにて数万トン単位で漁獲され、コモディティ商品として非常に低コストで取引されています。将来的には、私たちも同程度の低コストで餌としての藻を作れるようにしたいのですが、そのためにはマスへの普及が不可欠です。

だからこそ、私たちは「美味しい藻」という新しいマーケットの開拓に注力しています。美味しさというわかりやすい価値は、和食が世界に普及した様に、簡単に国を越えていきます。美味しさに乗せて海を守る藻という価値を1人でも多くの人に届けていければ、その過程でコストは大きく逓減していくからです。

そこで、うま味の話に繋がります。実は私たちが育てている藻の大きな特徴は「うま味」にあります。これまで藻は栄養面が注目されてきましたが、そのまま食べても残念ながら美味しくありませんでした。だからこそ、サプリメントを中心とした健康食品としてしか展開出来ておらず、普及しているとは言い難い状況です。しかし、私たちのうま藻は日高昆布の4倍以上のうま味成分を含み、そのまま食べても美味しい。そして、当然DHAも豊富に含有しています。食材そのものがうま味の塊なので、お料理の土台となるうま味を手軽に加えられる食材として1流シェフからも高い評価を頂いています。

――うま味を手軽に加えられる食材とは調味料のようなものでしょうか。それらはどのような市場なのでしょうか?

高田:私たちが参入しようとしている「うま味食材」は大きく「アミノ酸系調味料」と「天然食材」に分けられます。前者は商品の裏面に「タンパク加水分解物」や「〇〇エキス」と書かれたもので、天然の原料からうま味成分を抽出して作られたもの。一方で藻を含めた天然食材は、昆布や椎茸などうま味を多く含む食材を指します。主に熱水でうま味を引き出し、「出汁」という形で利用されます。

日々の生活で、様々な形で「うま味」は使われており、日本にいる限り1日1回は必ず何かしらの形でうま味に触れています。うま藻はその中でも、昆布、カツオブシ、シイタケに代表されるような天然のうま味食材の一つとして認知を取っていければと考えています。

――すでに成熟した市場のようにも感じますが、どこに勝機があるのでしょう。

高田:飲食店などでよく使われる天然の「うま味食材」には、昆布や椎茸、カツオブシなどがあるのですが、うま藻はそれらと比べても「レイヤーが深いうま味」とシェフから評価されています。また熱水などでうま味を抽出せずともうま味を感じられるため、味の最後の一押しとして飲食店の方が使っています。もちろん、DHAもサバの10~15倍含まれているため、からだにも良いのも売りの一つです。

現在、国内外の高級レストランに使って頂けています。うま味という側面だけでなく、うま藻に託した思いにも賛同してくださる店がとても多いのがとても有難いです。

今後は、大企業との商品開発も増やしていければと考えております。プラントベースで本当に美味しい商品の開発や、添加物を使わないで商品を作りたい企業様には、うま藻が持つうま味は、ぴったりはまる食材になると自負しています。

――どんなタイミングで、飼料作りも始めるつもりでしょうか?

高田:製造量が増え、生産コストを下がり、DHAの供給源である魚油価格と同程度で作れるようになったタイミングです。漁獲高の減少だけでなく、世界的なエネルギーコストの上昇により、南米の魚粉・魚油価格は高騰しています。そして、今後も下がる見込みはないので、早いタイミングで生産コストも追いついてくると見込んでいます。

ただし、飼料ビジネスは利益率が非常に低いため、儲かるビジネスを作るには時間を要すると思っています。ただ、誰かがやらなければ本当に未来に魚が残らないところまで来ています。だからこそ「うま味」事業で着実に利益を出すことで、未来へと魚を繋ぐ飼料事業を進めていければと思っています。順調にいけば、2026年には餌の事業も展開できる見込みです。

「魚を餌に使わない養殖」から調味料ビジネスに至った経緯

――藻で事業をスタートした経緯を聞かせてください。

高田:もともとは商社でタンパク質を扱うチームに在籍しており、その新規事業として「魚を餌として使わずに養殖をするビジネス」を考えていました。2014年にペルーでの大不漁で、魚粉の輸出規制がかかり日本に魚粉がとても高騰した時期がありました。その結果、体力のない養殖業者は廃業を余儀なくされてしまったことから、海外の魚粉に頼らない養殖方法を模索する新規事業がスタートしました。

その過程で藻がDHAを作ることが分かり、その中でも生産技術に強みを持つ企業を探し投資していました。しかしながら、商社からだとなかなか事業がやり難いことも多く、よりこの課題にコミットしたかったので、投資先の一つにCFOとして転職しました。ただ、その会社に転職して1年ほど経った頃に、ファウンダーが急逝するという事態が発生してしまいました。

その会社自体は途絶えてしまったものの、その会社のコア技術はしっかりしていました。それが該社の研究実務トップであり、当社の現CTOである多田が持つAI藻類発酵技術です。多田の持つAI藻類発酵技術を「絶対に世に出す」と誓い2021年にAlgaleXを沖縄で設立し、会社をスタートさせました。

――そのようなスタートから、どのような経緯で調味料ビジネスにたどり着いたのでしょうか?

高田:うま味でビジネスしようと思ったのは、たまたま藻を美味しく育てる方法が確立できたらからです。笑

コストを考えると、すぐに飼料に進めるわけもないと思っていたため、もっと手前でビジネスができる領域は探していました。その過程で、偶然にもDHAを豊富に含むオーランチオキトリウムという藻に、うま味も同時に蓄えさせる方法を発見しました。

藻は、食物連鎖の麓にいる生物であり栄養の塊です。地球に酸素を供給したのも藻であり、海の生命をDHAで支えているのも藻です。だからこそ、健康食品としてはとても価値があるのですが、その独特な風味と味は美味しいとは言い難いものがありました。

その意味で、当社が確立したおいしい藻というのは藻類業界では画期的な事であり、偶然の発見ではありますが美味しく食べる「食材」への道を拓いたと言えます。

――泡盛の残渣を使い始めた理由を教えてください。

高田:環境的な配慮とコストを考えてのことです。人が食べるものを使って藻を育てても、食料問題は解決されません。そこで「使われていないけど、藻を育てられるアミノ酸の供給源」を沖縄で探し、泡盛粕に辿り着きました。

また、多田は単に藻を育てるのが上手いわけではありません。彼の技術のコアは、彼が独自にプログラミングしたAIで藻類の成長をコントロールできる所にあります。このAIは多田と同じ判断を出来る様に組み上げられています。適切なタイミングで適切な調整をかけることで、安定して狙ったスペックまで藻を育て上げることが可能です。

だからこそ、泡盛粕という栄養成分が安定しない未利用食材を使っても、「うま味」と「DHA」が豊富な「うま藻」を安定して作れるわけです。

――AIで補正できるということは、他の食材でも藻を育てられるということでしょうか。

高田:そうです。今後、事業を拡大していく上で、泡盛の残渣以外の食材も活用していきたいと考えています。ただし、課題は「味」です。他の食材でも藻は育てられるのですが、美味しく育てられる食材は、現状泡盛粕しか見つかっていません。これから、他の食材でも藻を美味しく育てられるよう研究を進めていきたいと思います。

研究者をリスペクトし、正しい方向へと導くのがDeepTech起業家の役割

――DeepTechスタートアップの立ち上げで大事だと思ったポイントがあれば教えてください。

高田研究者をリスペクトすることです。当社の研究者は本当によく働きます。培養が始まれば24時間つきっきりですし、家に帰らないことも多々あります。先日も「徹夜でAIの調整をしていたので、午前中だけ休みます」という者や「夜中に仮眠したいからリクライニングチェアを買ってもらえませんか」という要望も。経営者の代わりは市場で見つけることもできますが、当社の研究者の代わりはいません。だからこそ、彼らに適切なリソースと時間を与えることが、経営者の重要な仕事の一つだと考えています。

その上で、研究の方向性を間違えない様にリードすること。彼らの研究について可能な限り詳細に、経営者も理解しなければなりません。研究が良くても、方向性を間違えれば、時間と資金を失うことに直結します。信頼できる研究者を集めて、正しい方向を示すことがDeepTechを経営する肝だと思っています。

――正しい方向とは、どのように考えればいいのでしょうか。

高田:たとえば私たちの場合は「魚に魚を食べさせない」がゴールですが、一足飛びでゴールに行けるわけではありません。そのため、ゴールにたどり着くためのステップが必要で、そのステップを明確にするのが経営者の仕事です。

もしもサプリを作るなら、研究者に「もっとコストを下げてくれ」と言うでしょうし、今はうま味なので「もっと美味しくするためのファクターを分析してくれ」と言わなければなりません。方向が変われば研究者にお願いすることも変わるため、ステップを達成していくために研究することを明確に伝えていくことが重要です。

――ただ研究してもらうだけではいけないのですね。

高田:適宜研究の方向性を伝えなければ、大抵あらぬ方向に研究が進んでいくものです。それは彼らが悪いわけではなく、彼らが目の前に研究に集中しているからこそ、経営者が俯瞰して方向性を調整しなければなりません。

ただし、頭ごなしに命令するだけでは研究者も言う事を聞いてくれません。だからこそ、彼らへのリスペクトが必要ですし、研究者でなくとも研究を理解して信頼関係を構築することが欠かせないと思っています。私も当然、実験器具の使い方は全て覚えています。

――今後の事業の展望についても聞かせてください。

高田:これまでは会社を潰さないことが一番の目標でしたが、今後はしっかりと商品の価値を広げていくことが重要だと認識しています。「おいしい」「体にいい」「環境にいい」など様々な付加価値がうま藻にはありますが、その本質的価値は「かけるだけでうま味が上がる」ことです。「ちょっと味が足りないな」と思ったら「うま藻でも入れてみるか」と思って頂ける食材にうま藻を育てていく事が目下の目標です。

一方で、将来のゴールである「魚に魚を食べさせない未来」に繋がる戦略も立てています。短期的な最適解が、必ずしも長期的な最適解になるとは限らないため、目先の動きに惑わされず、ゴールに向けた階段を一つずつ明確にしていきます。

――最後に、これからコラボしていきたい会社のイメージはありますか?

高田:美味しさを我慢してまで、環境にいいことはできません。それは私も同様です。だからこそ、うま藻は「うま味」という価値の上に健康と環境を乗せています。どうせ食べるなら、美味しいものがいいに決まっています。
だからこそ、プラントベースで美味しいモノを作りたい企業様や、添加物などは使わないで美味しさを追求したい企業様と「美味い!」を合い言葉にして海を守っていく商品を作っていければ有難く思います。


企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:鈴木光平
撮影:幡手龍二