人手不足を“チャンス”に変える。Polyuseの3Dプリンターが拓く建設業の未来
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建設業界では工期遅れが常態化している。その大きな要因の1つが人手不足であり、各企業ともに人手の確保に奔走してきた。こうした状況が深刻化すれば、本来行われるべき工事が後回しにされる事態も起こりかねない。
建設業界のディープテック企業Polyuseの代表取締役である大岡航氏は、インフラの老朽化によって住民が住めなくなり、過疎化が進んでしまう地域も出てくるのではないかと警鐘を鳴らす。人手不足が深刻化して建設事業が回らなくなれば、その弊害は甚大だ。
同社が取り組んでいるのが、建設業界向けの3Dプリンターである。省人化・効率化をもたらし、人手不足に苦しむ建設事業者にとっての救世主となるかもしれない。しかし3Dプリンターの開発や実装に当たっては、様々な困難があった。スタートアップに共通するであろう課題や、その乗り越え方について大岡航氏にお話を伺う。

大岡 航
株式会社Polyuse 代表取締役/共同創業者
1994年生まれ、高知県出身。同志社大学卒。在学中にWeb/システム開発事業を中心としたIT会社を創業。現在まで、スタートアップの創業4社に参画。2019年に株式会社Polyuseを創業し、建設業界におけるコンクリート構造物を対象とした日本唯一の建設用3Dプリンターメーカーとして研究開発及び業界の施工DXに従事。創業後、国土交通省の令和4年度インフラDX大賞をはじめ、2023年経済産業省のJ-Startup企業、東洋経済の「すごいベンチャー100」等に選定。また、米国の経済誌「Forbes」が主催する「Forbes 30 Under 30 ASIA 2024」において、アジア太平洋地域を対象とした30歳未満の世界に影響を与える起業家に選出。
ポイント
・インフラの老朽化や災害リスクが高まっている中、建設業は人手不足・生産性・働き方改革など複数の課題を抱え、従来の属人的な施工モデルでは立ち行かなくなりつつある。
・大岡氏はIT出身ながら林業・建設現場を徹底リサーチし、少量多品種の土木構造物と相性の良い建設用3Dプリンターに着目。現場起点で参入機会を見出した。
・海外製品の輸入ではなく、自社で3Dプリンター・材料を開発。経験工学で決まってきた土木の基準を科学的に紐解き、国交省工事での適用まで3年超をかけて実証した。
・創業初期から吉村建設工業などパートナー企業と共創し、多数の現場実証を重ねて信頼を獲得。その結果、国内建設用3Dプリンター市場で90%超の技術シェアを獲得した。
・今後はPolyuse Oneを全国に約100台設置し、データとネットワークで施工DXを推進。将来的な海外展開と「建設業の民主化」により、人材不足解消と業界の魅力発信を狙う。
INDEX
・建設業界が抱える課題 インフラの老朽化で脅かされる生活基盤
・3Dプリンターで、建設業界の課題を解決する
・業界外からの新規参入 突破の鍵は深いリサーチ
・建設業界が蓄積してきた経験を科学的に紐解き、製品を投入
・建設業界を民主化して、人手不足を解消したい
建設業界が抱える課題 インフラの老朽化で脅かされる生活基盤
――はじめに、Polyuseが取り組む建設業界の課題について教えてください?
大岡:私たちは創業から一貫して日本の社会課題であるインフラの老朽化に向き合ってきました。例えば国土交通省の発表資料によると、2024年度には45都道府県合わせて1400件超の土砂災害が発生しており、特にここ10年は発生年度平均が増加傾向です。土砂災害の発生地域の特徴は、山地・丘陵部など傾斜が大きい斜面や地形・地質的にリスクが高い場所などです。そういったエリアは公共インフラの老朽化に加え、整備や管理面でも都市部に比べて遅れていることも少なくはなく、対策は急務です。
国土交通省は「国土強靭化」をキーワードに災害対策や社会機能の維持・回復を進めています。私自身も、今こそ各立場を超えてでも、建設業界全体としてインフラの老朽化という課題に全力で取り組むべきだと考えています。
――インフラの老朽化に対して、建設業界はどのように取り組んでいるのでしょうか?
大岡:前提として、災害が起こる前に対策をすることが基本です。それに則るならば、道路や河川、港湾、砂防といったインフラ整備は急務です。より迅速にこれらを整備しなければ災害面での脆弱性が危険視され、安心して住むことが難しい地域から過疎化は進んでしまいます。災害を予防するためのインフラ整備事業の重要性はますます高まってくると言えるでしょう。
一方で、こうした整備を安定的、かつ持続的に行うことが難しくなりつつあるのも事実です。代表的なのが労働力不足です。日本全体で労働人口が減少する中で、これからの貴重な若手人材が建設業界に入り、そして定着する未来が見えづらい状況に警鐘が鳴らされています。2000年頃と比べると、建設業の従事者は30%ほど少なくなりました。
人数だけでなく1人あたりの生産性など、質の面にも多くの課題があります。建設業界でも働き方改革での労働時間規制や安全性などが求められています。その上で人への教育コストなどは適切に取っていかなければ、中長期に見て1人1人の生産性が向上してこないのではないかと考えます。これまでと同じコミュニケーションだけでは通用しません。世代を超えてお互いに価値観を認め合い、時代に沿った柔軟性の高い労働環境へと変化していくことは、今後の建設業界で生き残っていくための活路の一つだと感じます。
――そこで、建設業にもテクノロジーが求められているということですね?
大岡:その通りです。建設業界はこれまで属人的な業務プロセスや管理が中心でしたが、このままでは立ち行かなくなることは明らかです。そこで、オートメーション化によって解決する動きが各方面から出てきています。私たちも、国土強靭化に資するべく、オートメーション化によって建設業が抱える課題を解決したいと考えています。

3Dプリンターで、建設業界の課題を解決する
――貴社のメインプロダクトは3Dプリンターですが、建設業界に求められるテクノロジーの中でも、なぜ3Dプリンターに注目したのでしょうか?
大岡:建設業界の課題を解決できるソリューションを検討している中で、海外では3Dプリンター技術に注目が集まっていることを知りました。2025年アクセンチュアのレポートによれば、世界中のインフラを中心とした大規模工事のうち92%が予算不足・工期遅れなどの問題を起こしているとされています。同じ先進国の欧米諸国や中国でも日本と同等の課題に取り組んでいるスタートアップや技術があるはずだと仮説を立て、創業前に調査を行いました。そして、これらの建設現場課題に3Dプリンターが活躍していることを知ったのです。
――建設業界向けの3Dプリンターはどのような場面で使えるのでしょうか?
大岡:国内に焦点をあてると、まずは土木との相性が良いと考えています。土木では各現場に適した工事を行うオーダーメイド施工は珍しくなく、それ故に少量多品種が求められることが多々あります。例えば、擁壁、護岸ブロック、階段、魚道、笠コン、消波ブロック、ボックスカルバートなどから集水桝や側溝、基礎構造物などの現場ごとに規格化しづらい構造物は3Dプリンターとの相性がとても良いです。もちろんプレキャスト製品と組み合わせてハイブリッドに施工する進め方も可能です。

業界外からの新規参入 突破の鍵は深いリサーチ
――大岡さんは建設業に精通されている印象ですが、もともと建設業界で勤めてこられたのでしょうか?
大岡:いえ、実は私は元々IT業界に従事していました。Polyuse創業前までシステム開発の会社を経営していて、メディア事業やアプリケーション開発などを行っていました。IT業界には意義深さを感じていたのですが、徐々に直接的かつ大規模に世の中の人に役に立つ事業をやりたいと思うようになりました。
そこで興味を持ったのが、元々高知出身で馴染みも深かった農業や漁業・林業といった第一次産業でした。農林水産業の構造変化が求められるであろうと仮説を持った上で、今後は小規模事業者がM&Aなどで集約されて大規模化かつICTやIoTなどを駆使してスマート化していくだろうと考えたんです。そこで林業事業者向けの森林資源の管理、計画を一元化するアプリケーション開発などにPoC的に取り組んでいました。
――IT業界出身で、しかも林業に携わっていたとは驚きました。
大岡:林業は奥深い世界で、知れば知るほど業界の重要性を認識できました。ただ、現場の機械化が進んでいる中で、その当時私が貢献できるのは全体のワークフローの中でも管理面一部の効率化にすぎませんでした。ものづくりの現場が抱えている課題に真正面から答えられていない、という想いが日に日に強くなっていました。
その試行錯誤の中で、建設業への参入のきっかけをつかむことになります。現場でのニーズ調査や多くの方々にもご協力いただき、建設業も深刻な人手不足などの現場の問題にぶつかっていることを知りました。それこそまさに日本国全体に貢献できる可能性のある公共事業の土木の課題でした。Polyuseを創業する頃はまだまだ施工領域をDXするスタートアップも少なく、我々の貢献できる余地も大きいと感じたのを今でも覚えています。
――異業種から建設業界に新規参入されたということですが、勝機はあったのでしょうか?
大岡:はい、ありました。おそらくこの業界は情報技術周りに長けたインターネット界隈の人材だけのチームでは、求められている建設業界の抜本的な課題解決は非常に厳しいと考えます。人手不足や複雑な工程管理を進める中での工期遅れや労働災害など、現場にある真の課題を認識した上で、解決していく必要があるからです。また業界構造や商習慣をよく理解しつつ、より多分野での工学知識や製造、品質管理、法律などの知識を身につけた特殊なチームが必要です。とはいえ、そう簡単ではないことを考えると早期に参入すれば勝機はあると考えました。
また、建設業界のリサーチは現場に足を運ばないと得られない情報がほとんどです。事前のマーケットリサーチは事業を行う上で欠かせませんが、インターネット上だけで事業仮説を立てるとおそらくうまくいきません。マクロ市場数値はAIに聞けば断片的には分かりますが、それでは枠組みしか分かりません。コンクリートについても、誰がどのようなプロセスでどう製造し、どういった手段を使い工程連携をしているのか、安全対策や周辺配慮などの、都度起きる現場での判断基準など現場に足を運ばなければ分からないことも多いです。また、3Dプリンター建築関連でよく話にもあがる建築基準法なども、大きな災害などからの経験工学に基づいてアップデートされているため、施工、制度構築の実務に長けたそれぞれの経験者の話を聞かないと真に理解するには至りません。
現場での様々な経験やハックが積み重ねられているのがこの業界なので、現場に足を運ぶことが何よりも重要なんです。Polyuseが意思決定を行う際には基本的には「調べる」よりも「現場に行く」ことを大切にしていて、何度も足を運んだ我々だからこそ戦えると思いました。

――外部からの参入のほかに、建設業界内部からの革新もありえると思います。そうした動きはあまりなかったのでしょうか?
大岡:これは海外でも同じかもしれませんが、第一次産業・第二次産業は元々国の中心にいて歴史もあります。それ故に従事者も多く、特に建設業は代々受け継いできたものの見方や考え方が強いです。結果的になんとかできているのだから今変える必要はないという構造的マジョリティが形成されていったようにも思います。故に業界の中から革新的なイノベーションが起きる可能性は低いように思えました。
建設業界が蓄積してきた経験を科学的に紐解き、製品を投入
――フィジビリティスタディを終えたあと、実際のプロダクト開発はどのように進めていったのでしょうか?
大岡:最初に行ったことは「3Dプリンターを自分たちで作る」という意思決定でした。海外製品を輸入して実証実験をするという手段もありましたが、日本の高い建設基準や法律が海外製品と国内現場ですんなりとフィットするとは思えませんでした。そして現在に至るまで事業を行ってきて、より文化や考え方を知った上でその仮説は確信に変わりつつあります。創業当初より一貫して行ってきた機械・材料といったハード面を自社開発することの価値が現場での技術理解を共に進めながら施工効果などの数値を生み出すことで評価されていきました。
2022年に国土交通省の工事に初めて適用されるまで、3Dプリンターで十分な精度の造形ができるように研究開発を水面下で行っていました。そして、量産型として建設用3Dプリンター(Polyuse One/ポリウスワン)を市場発表するまでに約5年かかりました。
土木の分野には、いわゆる経験工学的な側面があります。たとえば、集水桝の設計では一般的にコンクリートの強度を18 N/mm²以上と定めていますが、この数値に対して科学的な根拠を正確に説明できる設計者は少ないのが現実です。つまり、この基準は長年の施工経験や実績に基づき、経験的に決められてきたものと言えます。私たちが3Dプリンターで作業を代替するにあたっては、このような基準を単に模倣するだけでは不十分です。使用されるシーンや背景を深く理解し、なぜ現在の基準が設定されているのかを考察した上で、新しい製造方法に適した強度や性能を再検討する必要がありました。

――実装までに3年以上かかったそうですね。
大岡:そうですね。振り返ると、2022年1月に国土交通省の工事に適用いただくまでの3年間は、当社にとっては第1ステージだったと思います。
そこから第2ステージに上がったことは実感したわけですが、そのステージにおいても困難なことは多くありました。公共事業だからこそ、コストや長期耐久性などの観点から厳格かつ公正な工法比較、品質証明を行わなければならなかったからです。また地域ごとにも品質や安全性基準が微妙に異なることもあり、都度協議して解像度を高めていく必要がありました。
とはいえ、3Dプリンターの工事活用が進めば現場が抱える多くの問題を解決できるのも事実です。高度経済成長期のような労働力が豊富で経済や市況が全て前向きとは言えない現代においては、これまでの仕事のやり方から脱却することが国土強靭化に向けた解決策になり得ます。それを信じビジネスを一歩ずつ現場から進めてきました。

――現在では民間企業でも貴社の3Dプリンターが使われています。どのように普及させたのでしょうか?
大岡:創業当初より、3Dプリンターの社会実装にあたっては全国多くのパートナー企業様と強い信頼関係を前提にしています。例えば、京都に拠点を置く吉村建設工業さんには創業初期から相談させていただいており、今日まで多くの現場実証を共にさせていただきました。経験豊富な建設会社ならではのリアルなご意見をいただいて、製品や運用面をブラッシュアップし、時には朝まで協議や実証実験にお付き合いいただきました。本当に感謝しています。
そういった背景から、着実に全国の現場で評価をいただいて国内建設用3Dプリンター市場の90%を超える技術シェアになりました。
――ありがとうございます。ところで、建設業は実績が重視されるイメージがあります。スタートアップなのに、なぜ信頼を勝ち取ることができたのでしょうか?
大岡:当たり前のことですが、何度も現場での協議を重ね、今まさに取り組むべき現場課題を把握した上で、その課題に細かく最適化を繰り返したことが大きかったのだと思います。
ご認識の通り建設業界でも社歴や実績は重視されるのですが、一方で現在多くの企業が後継者不足に喘いでいますし、人材採用や教育の面でも課題が山積みです。そんな中でも、会社を大切に繋いできた先輩たちからなんとか続けてほしいと言われ、先代へのリスペクトと目の前の危機感の間で我々の世代だからこそ表現できるやり方で、後継者として努力する方々がいらっしゃることを知っています。
実は、当社の3Dプリンターを導入してくださった吉村建設工業の吉村成一取締役もそうした1人です。吉村さんと話した時「3Dプリンターが一つのきっかけで建設業は変わるかもしれない。未来の建設現場になくてはならない存在になると思う」と言ってくださったんです。今後、インフラの老朽化や人手不足が加速する状況を踏まえると、持続可能性の向上に貢献しうるプロダクトである当社の3Dプリンターは導入コストを十分に上回るポテンシャルを持っているとご評価いただけました。
建設業界を民主化して、人手不足を解消したい
――今後の展開も伺えますか?
大岡:今後は、量産型モデルの3DプリンターであるPolyuse Oneを全国に設置していきます。2025年度から2026年度に掛けて全国で約100台設置予定で、すでに多くの企業様との契約が進んでおり、25年度分はほぼ完売しております。
また今後、3Dプリンターを建設現場に活用していくには三次元データと豊富な実験・施工データにより裏付けされた材料や印刷技術の品質証明が必要になります。我々は全国に設置する弊社の3Dプリンターにより蓄積されたデータをもとに、地域の建設会社様やプレキャストコンクリート会社様と共に積極的な現場DXを推進していく想定です。個社がそれぞれで行うのではなく、Polyuseネットワークとしてのチームで進めていく。それにより更に高精度なデータ蓄積とシナジー効果を生み出して参ります。
――普及にあたっては、地域差なども考えなければならないのでしょうか?
大岡:おっしゃる通りで、たとえばコンクリートにおいて一般的な規格だけでなく地域ごとの独自の規格や慣習も存在しています。その点においても、当社のように多くの試験データ(N数)を集めることができる企業ならではの強みが発揮されます。品質に責任を持って施工を行うために、地域差も十分に考慮した施工計画書作成を支援することが可能です。
そして近いうちに海外進出も準備しています。資金調達や国内外での仲間集めや体制構築を進め、適切なタイミングで海外マーケットに挑戦する意思を持っています。アジア内でインフラ投資が進むインドやインドネシアのような国か、あるいはインフラ課題が大きいアフリカのような地域を狙うのかなどは引き続きリサーチをしていきたいと思いますので、ぜひ楽しみに追っていただければ幸いです。

――3Dプリンターが大衆化する未来も見えそうですね?
大岡:そうですね、この先、設置台数を300台、500台と増やしていけば、いずれは建設用途以外にも広がっていくはずです。たとえばDIY好きの方がいて、自分の庭にサウナを作るために3Dプリンターを使えるかもしれません。これまで一般の人にとって建設業界は見えづらく、家を作るはもちろん、ちょっとした小規模のサウナを作りたいとなっても法律や設計・施工面で誰に相談すれば良いかわからないという方も多かったはずです。建設業界がもっと身近になるきっかけにしたいですね。
建設業界の民主化は部分的には始まっています。ただ今の子供たちにとって建設現場というのはそこまで身近とは言えません。だからこそ建設業界の一員でもある我々も表面的ではない魅力発信をする必要があり、建設現場の面白さを多くの方々に見てもらいたいと考えています。その一環として、神奈川県建築士会青年委員会の皆様とは実施コンペ方式を企画し、公共エリアに3Dプリンター構造物を設置する取り組みも年内中に完了します。
建設用3Dプリンターに関して、バックグラウンドは関係ありません。私のように異業種であっても建設業界には貴重な人材になり得ます。Polyuseや技術を通して、業界関係なく少しでも多くの方々に建設業界の魅力が向上、そして伝播していくことを願い、引き続き建設用3Dプリンターによる現場DXを全国で推進していきます。
企画:阿座上陽平
取材・編集:BRIGHTLOGG,INC.
文:宮崎ゆう
撮影:河合信幸